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 (2011/3/27 02:25) 
それは伝説とよばれるべき

「伝説のシンディ・ローパーの日本公演」というタイトルで、オーストラリアとNZの音楽好きの友人にメールでコンサートの様子とYouTubeのクリップを伝えてあげました。伝説というのは、まず彼女の飛行機が、11日の地震発生直後となる午後3時半に成田着の予定が空港閉鎖のために横田基地に着陸、そこから羽田へ飛んだのが夜の10時、さらに車でホテルに向かうも、渋滞のため着いたのが朝の4時だったとか。そうやって災害の大きさを肌で感じているときに、ツアーの中止と離日を勧められたにもかかわらず、公演をチャリティ・イベントに切り替えてツアーの決行を決断したこと、がひとつ。余震と放射能の恐怖はわたしたち日本人が感じるよりもはるかに大きいことを思うと、それを世界的アーティストが日本に留まるなんて、ふつうはあり得ないことです。

ふたつ目は、観客から差し出された日の丸を羽織ると、予定にはなかった曲を挿入したこと。音あわせの練習もしていなかったであろうに、ステージのその場でバンドと一言二言打ちあわせただけでやってのけてしまうその実力。

みっつ目は、最終公演のみだが、できるだけ多くの人に視聴してもらえるようにと、急きょネットによるライブ中継を実現してしまったこと。想像だが、テレビ局にも打診したのではないか。だが、急に番組を組み替えるのは、スポンサーがらみの民放では対応できなかったでしょうし、NHKでは即断できる人間がいなかったと思う。それはともかく、わたしはこのライブ放送を最初から見れた幸運な3万人のうちのひとりだったと思うと、この伝説的コンサートのことを伝えるべき人に伝えておこう。

オーストラリアの友人に知らせたのは、シンディ・ローパーの次のツアーがオーストラリアだったせいで、その最初が明日28日のブリスベーン公演です。友人のひとりはこのブリスベーンに住んでいます。昨年末から今年の1月にかけて大雨によってクイーンズランド州とその州都ブリスベーンの中心部までが「津波のような」洪水で大きな被害を受けたことはまだ記憶に新しい。

ブリスベーンがどの程度復旧しているか分かりませんが、そこでの彼女の公演はまたもうひとつ伝説を残すかもしれません。


 (2011/3/23 00:25) 
アーティストの力を見せつけたステージ

シンディ・ローパーの最後の日本公演がニコニコ動画で生中継されるというニュースを見つけたのは夕方の5時半。それから大急ぎで退社の準備を始めて、なんとか7時前に帰宅できました。これは、「できるだけ多くの人々にライヴを届けたいというシンディ本人の希望によって急きょ実現したもの」(『シンディ・ローパー、本日の来日最終公演をニコ生で中継』 3/22 17:17 oops music community)といいます。

急ごしらえの生中継だから、カメラマンはちゃんと手配できたのかしらと、心配でしたが、実際は後でDVDを販売できるようライブ録画しているような、鮮明でアングルも言うことの無い映像でした。

ただ、ネット中継されることを知らずにいたファンも多かったことでしょう。公演が始まったときの視聴者数はわずか3万ほどでしたが、それがどんどん増えてきて、終了時は129,149人と表示されていました。終わってからもアクセス数が増えて、ついに135,458人になりました。ライブ中継されていることに気づくや、どんどんアクセスしたものと見えます。もすこし周知される時間があったら、50万、100万とアクセスが殺到したかもしれません。

大阪での2回目の公演で、かつ日本ツアー最後となるステージ。ネットの記事には昨日21日の公演のようすを、ドラマチックに伝えているものがありました。

超満員となった3月21日大阪NHKホールには、2日間のオフで充分休養をとったあと
でシンディ・ローパーの声は絶好調だった。声を振り絞らんばかりの絶唱、全身
全霊を叩きつけるようなパフォーマンスは、ある種神がかった感じもするほど。
『シンディ・ローパー、日の丸を背負って「What's Going On」を』 BARKS 3月22日(火) 8時43分配信
その昨日の公演では、観客が差し出した日の丸を羽織って、演目になかった曲を歌いだした。それは「What's Going On」。今日も、その折り目の強く残った赤白の旗をまとって舞台いっぱいに動き回り、そして客席にまで降りて観客と一体になって、体ぜんたいでエネルギーを発散する姿に、ただただ圧倒されました。

80年代のころのイメージとその体形もそのままのシンディ・ローパー。ほんとに57歳なのか。自身も余震と放射能の恐怖に耐えながらツアーを決行して、その公演ではホールの空気そのものを異次元へと変えて、打ちひしがれている日本を鼓舞してやまないその情熱。アーティストとは何者で、なにができるのかを、見せつけた2時間でした。


 (2011/3/22 19:11) 
急告! シンディ・ローパー ジャパンツアー最後の公演がライブ中継中

夜7時からニコニコ動画で急きょ生中継されています。


 (2011/3/21 17:44) 
シンディ・ローパーは歌った

シンディ・ローパーはわたしの大好きなアーティストのひとりです。その彼女が日本ツアーのために来日したのが3月11日の夜、地震発生直後のことでした。関係者からは離日も勧められたところを、ただちにチャリティ・コンサートに切り替えることを提案して、そのまま日本に留まり、予定どおりの公演を続けています。ほかのミュージシャンが次々とコンサートなどを中止している中で、「歌うことがわたしにできること」とだけコメントしてることが報道されています。

コンサートの後では、ひとりひとりハグしながら募金を集めYouTubeていた、と幸せな観客が伝えています。

彼女のオフィシャルHPを見ると、今月の4日にもアルゼンチンのブエノス・アイレス空港で起きたちょっとした事件がYouTubeの映像とともに掲載されています。それによると、フライトの欠航や遅延で待たされ通しの乗客が空港側につめよって険悪な空気になっていたときに、アルゼンチンツアーYouTubeの帰りと思われるが、たまたま「被害者」のひとりとしてそこにいあわせたシンディはその場の混乱を見ると、

いきなり空港のアナウンスのマイクを奪い取り「Girls Just Want to Have Fun」
を歌いだした!突然の空港ライブに、乗客や乗務員は大喜び!あっという間に
みんなで大合唱になり、空港内は大盛り上がり!!
震災関連のニュースでは、相変わらず日本のメディアはお通夜のようなトーンでナレーションを流します。民放では企業のCMの自粛によるものなのか、替わりにACの押しつけがましい道徳コマーシャルが繰り返し流されています。

つい数日前も東京では、夕方大停電になるかも知れない、との報道が流れたので、みな我も我もと帰宅を急いでいました。これじゃ新宿駅はまた11日のようにごった返すじゃないか、東京がパニックを起こしてどうする、とわたしは同じ意見の同僚と新宿に残ってディナーを決め込みました。

お気に入りの小料理屋さんはいつもは予約でいっぱいで、思い立っては入れないのだけれど、この分ではキャンセルもあるだろうと電話したら、案の定「キャンセルが出ているので、どうぞ来て下さい」と言われました。行ってみたら、客はわたしたちの二人だけの貸し切り状態。ゆっくりできたのは良かったけれど、恐縮。マスターからは「来ていただいてありがたいです」。

けっきょく停電もなく、帰りの新宿駅は10時前なのに閑散としていた。ばっかみたい。「シンディは歌い、おれは喰った」と今にしてこじつけている。


 (2011/3/20 01:33) 
ヒーローよりも救世主

さきほど24時からNHKのニュースで、夜10時半ころから行われた東京消防庁の記者会見YouTubeが報道されました。会見に臨んでいたのは、福島第一原発で屈折放水塔車から3号炉に放水する任務を遂行された佐藤康雄 警防部長、富岡豊彦 総括隊長、高山幸夫 統括隊長の3名。現場での決死の作業が生々しく、けれど冷静に整理されて報告されていました。原発の損傷が報告されてすぐに12日から準備と訓練を初めており、初めて入る現場でもその状況により計画を練り直しながら、任務を完遂したことについて、心から敬意と称賛を送りたいと思います。

とくに、部下の命を預かる身としての極度の緊張、それに待機していた東京から福島に向かうときに、家族に送ったメールと、その返事が語られるときは涙を禁じえませんでした。ひとりの奥さんからは、「日本の救世主になってください」との返信があったとありました。

福島第一が終息に向かう様子がないので、私はこの1週間ずっと気掛かりで、会社でも自宅でもTVのそばから離れられませんでした。原発の現場の情報が一向に入ってこないため、13日にプライベートなメールで、友人にこんなことを書き送っていました。

原発の現場では、おそらく決死の覚悟で被曝しながら作業している人たちがいる
はずです。日本の運命を担っているかたちになっているはずですが、彼らの犠牲
的行為は、最悪の事態を避けることが出来た後にならないと、けっして明らかに
はされないでしょう。
その後、自ら志願して福島原発に向かう「名も無き」人たちが報道されると、海外メディアも Fukushima 50 と呼んで、ヒーローとして称賛する記事を掲載していました。東京消防庁も自衛隊も、たとえ要請された「任務」といえど、その救世主的行為が知られるところとなったことを喜ぶいっぽうで、それだけに原発がまだ危険な状態にあることを思い知らされます。

 (2011/3/16 23:10) 
情報はだれのために

福島原発の事故について、東京電力と原子力保安院の記者会見が頻繁におこなわれますが、そのスピーチにいつもいらいらさせられます。 ニュース記事のように、最初に要約なり、結論を提示して、そのあとに詳細やそれまでの経緯を付け足すのが定石かつ常識で あるのに、これら会見では、ころころ入れ替わる広報官が既報の事実経緯などからだらだら話し始めて、最新情報が出てくるのに時間がかかる。「えー」や「、ですが、」の挿入が多すぎて、聞きにくい。

この人たちは、いつもの社内・部内のだらだら会議のつもりで会見しているのかと勘繰りたくなります。

BBCには優秀なサイエンスライターがいるようで、このページ 

"Japan nuclear alert at Fukushima - Q&A"
BBC News 16 March 2011 Last updated at 10:18 GMT 
で、福島第一原発でなにが起こっているのか、簡潔明瞭にイラストで説明しています。同じページに、QAがあり、その中には、
どれだけ放射性物質が漏れ出たのか?
それはどれだけ有害なのか?
どれだけなら放射能を浴びても大丈夫か?
という、いまTVで繰り返されているQuestionから、
チェルノブイリのような惨事になりうるか?
核爆発の可能性もあるか?
という最悪の事態についてまで、網羅的かつ簡潔なAnswerが提示されています。しかも、サイトのページ内容も固定ではなくて、随時アップデートされています。

日本のTVニュースも、政府、保安員、東電の会見のたびに、科学担当の記者や専門家が出演して、あらたに明かされた情報についてそのつどコメントしていますが、はっきりと後追いの様相をしめしています。そういえば、事故の発生直後は、当事者の東電はなかなか会見にも顔を出さず、政府と保安院が、まるで東電の代理役をつとめているような印象を受けました。

東電の隠ぺい体質は4年前の柏崎刈羽原発の事故からいっこうに変わっていないようです。世界中から支援の申し出が来ているにもかかわらず、こんな情報隠ぺい国ではかえって支援部隊を危険に陥れてしまうかもしれません。 ニューヨーク在住のフリージャーナリスト津山恵子氏は、日本政府と東電の対応について論評するなかで、米国側から見た日本の情報軽視をこう伝えています。

政府当局、東電ともに、爆発事故の詳細を明らかにせず、放射性物質の漏出
している可能性をなかなか認めたがらなかった。(中略)
この間、米国から救援を計画していたボランティア関係者は、「日本からの
情報はあてにならない」として、CNNや英 BBC、そして米海軍の動きを
見ながら、準備を進めている。 
【津山恵子のアメリカ最新事情】地震大国なのになぜ 米市民が日本に不信感
ウォール・ストリート・ジャーナル 日本版 2011年3月16日  10:51 JST
もっと典型的な例が、東電の計画停電。電力不足そのものはやむをえない事情とわたしも受け入れるが、停電区域を結ぶ鉄道まで巻き添えにすることはないだろうと誰もがおもったことでしょう。それも実施直前の東電のごり押しでした。そのために、京王線が調布より西の運行を夕方以降停止するというので、早めに退社したら、なんと私の自宅は停電したものの、京王線は終日運行できるようになっていました。 その「停電区域に当たった各鉄道の変電所への送電が可能となった」いきさつがこう報じられています。
国土交通省によると、同省や鉄道事業者各社は14日、東京電力と協議し、
計画停電からの鉄道の除外などを要求した。東京電力は当初、「鉄道の
変電所だけに電力を供給することは無理」としていたが、国交省の技術
担当者が、停電区域の変電所にピンポイントで送電することは技術的に
可能と指摘。「手間と時間がかかる」などと難色を示していた東電を説得
した。
『鉄道ダイヤ乱れ、大幅改善…国交省が東電を説得』 2011年3月15日15時56分  読売新聞
どっちが情報を提供すべき立場なのか。いまや国家と国民の命の問題になっているというのに。

 (2011/3/13 19:15) 
映像はだれのために

子供のころ新潟地震を経験している私は、初期微動でおおよその地震規模がわかるつもりでいますが、今回の地震はその初期微動が長かったので、かなり遠くの震源と想像できたぶん、大地震になるかもしれないと想像しました。続いて来た横揺れは、東京に来てから最大のものだったので、よけいに震源地が心配になりました。ひょっとしてまた実家の中越か?

会社のTVをつけると、震源地は三陸沖ということで、続いてニュースで映像が流れ出しました。とくに映像はライブだったり、ほとんど編集の手が加わっていないものだったので、事実がよくわかったとともに、そのすさまじさに戦慄を覚えました。

一昨日は、新宿から多摩市の自宅へ帰るのに、運良くつかまえたタクシーに同僚と一緒に乗りました。甲州街道がずっと渋滞で、5,6時間乗ったままで、自宅に戻ったのが午前2時でした。帰れただけでもよしとしないとなりません。

昨日今日と、TVをつけっぱなしにしていますが、被害の実態と被災者の規模が膨れ上がってきたのは、予想していたとはいえ、衝撃的です。犠牲者は千人くらいか、と考えたのもつかのま、今では1万人を超えることがほぼ確実になっています。

その中で気づいたことは、TVのニュース報道の内容とあり方です。

昨日からは新しいビデオ映像などが放映されるようになって来ていますが、それもだいたい繰り返しの放送。被災者を取材する記者も増えてきましたが、悲惨さを伝えることが自分の任務と思っているのか、なにを見てなにを伝えるべきなのかの、わかっているのか、と思うことがあります。つまり、取材される側の人たちはその映像とニュースは見ることができない。見ることのできる私たちは、被害の事実とともに、私たちに何が出来るのか、という関心で見るのに、かわいそうという感情だけが操られる。

私は自分がかつて物理学をかじった身なので、原発にとくに敏感です。実家の近くには東京電力柏崎刈羽原発があります。今回も震源地の近くに、また今回も東京電力の福島原発があり、その1基がメルトダウンをおこしている、または起こす寸前だというニュースに震えました。そうして昨日の午後3時半ころその1号機の原子炉建屋が爆発で吹き飛んだというニュースが流れました。爆発前と4時半の時点での画像が映り、そこには骨組みだけになった1号機の建屋が、なにごともなかったかのように映っていました。そのために、コメンテーターとキャスターも1号機の建屋が吹っ飛んでいたということに、最初気づかずに映像を見ていて、そのうちに、ひとりがやっと気づいた、という顛末がありました。ライブで見ていてこそ分かる「ニュースのニュース」です。

それはともかく、外壁が吹き飛んで、鉄骨の骨組みだけが残っている爆発とはいったいなんだろう。だれもがそう思っていたはず。

6時45分ころ枝野長官が記者会見で、「何らかの爆発的事象」があったと述べ、情報が不足しており事実確認をしているが、安全には万全を期しているので、落ちついた対応をお願いする、という内容に終始しました。はて、爆発から3時間も経っているのに、それにもう煙らしきものも見えないのに、まだ事実確認ができていないとはなんなんだろう?

それからネットを見回って見つけたのが、昨日紹介したBBC Newsの爆発映像YouTubeで、夜7時過ぎのことでした。ソースの表示がありませんでしたが、これは東京電力のモニター映像ではないかと思います。だれが公開、あるいはリークさせたものか、分かりませんが、これで爆発がどのようなものだったのかは分かります。

おかしいのは、ニッポンメディアのTVニュースでは、私の知るかぎり、この映像をどこも放映しないでいます、ひとつの局を除いて。その局とは、BS日テレで、夜11時半ころのニュースがはじめてこの映像を背景に使っていました。とくにこの映像を分析するということもなく、新映像を入手したと騒ぐでもなく、さりげなく使っています。今日もBS日テレがときどき同じ扱いで報道していましたが、他局ではまだ報道していないようです。知らないはずはない。知らなかったら、メディアとして失格。知っているとしたら、報道規制をしている、ということになります。

世界が知っているのに、知らぬは日本人ばかりなり、と昨日のコラムに書いたのは、このことです。

それはちょうど、被災者の取材映像を被災者が見ることができないことと似ていて、日本人が(ほとんど)見ることのない海外メディアが日本人の知らない事実を伝えられている、という構図になります。

おそらく、あるいは邪推と言われようが、この映像は意図的に日本国民に伏せられている、そしてニッポンメディアもそれに加担しているのでしょう。この原発関係の座談会を見ていると、いろんな「専門家」が出てくるけど、共通しているのは、事実を過小に評価しようとしている態度です。とにかく「心配することはない」の一点張りであることが、かえって猜疑心を起こしている、というのが事実でしょう。

これだけの爆発で炉心が破壊されなかったのは、夢みたいに喜びたいが、放射能汚染物質があのように飛び散ったのもまた事実。3キロほど離れたところでヘリを待っていた人たちが被曝したのも、100キロ以上離れた女川原発で放射能異常が測定されたのも、すべてつじつまが合います。さきほど、保安院の会見で、ひとりの記者が、女川で異常レベルになったということは、半径100キロ圏内で同じレベルということになるのか、と質問したら担当官はずっと答えられずにいました。ライブでしかわからない「事実」のひとつ。

国民は「心配するな」と言われるよりも、事実と対策が知らされるべきなのだ。「国民は為政者よりも賢い」がデモクラシーの基盤ではなかったか。


 (2011/3/12 19:25) 
福島原発爆発の映像

が、BBC News のサイトにアップされています。

"Huge blast at Japan nuclear power plant"
12 March 2011 Last updated at 09:58 GMT  BBC News
09:58 GMTというと、日本時間の18:58、ついさっきか。さきほど、官房長官と原子力保安院の会見があったけど、はっきりと爆発との言及無し。日本のメディアも報道していない。世界が知っているのに、知らずにいるのが日本人ばかりなり。

 (2011/3/7) 
『モーターサイクル・ダイアリーズ』

60年前にチェ・ゲバラとバイクで南米の旅に出たアルベルト・グラナド氏が5日、キューバで亡くなったとBBC Newsが伝えています。88歳でした。

"Che Guevara's Motorcycle Diaries companion Granado dies"
BBC News 5 March 2011 Last updated at 22:26 GMT 
その2人の医学生の旅日記をもとにロバート・レッドフォードが2004年に映画化したのが『The Motorcycle Diaries』。映画のラストにグラナド氏本人がちょっとだけ顔を出しています。

バイクはオンボロのノートン500だが、映画では早々に壊れてしまって出番がなくなる。けれど、バイクで旅に出るという冒険心がタイトルから発散して、その英語のままの語感がどこかさわやかです。いまでは「ツーリング」が好まれるかもしれないけど、バイクでの「旅」は、定まった予定の消化ではなく、知らない土地、知らない人との出会い、そして、実際に「その場に立つ」ことではじめて分かる冒険旅行でした。いや、まだまだ「旅」は消えてはいない。

ゲバラの旅の「相棒」が死んだことがBBCで取り上げるニュースなんだ、と意外な気がしました。キューバの国営メディアの発表だったようだが、ロイターなどの通信社や海外メディアが記事にするので、日本でも短い記事で報道されています。映画は以前テレビで断片的に見ただけだったように思うので、そのうち全編を通して見てみよう。たしか、マチュピチュの遺跡に立って、南米にかつて栄えた文明の偉大さに打たれるシーンがあったと記憶する。


 (2011/3/6) 
「開国」とニッポンメディア その6

独裁政権はまず自国メディアを統制下におきますが、リビアのカダフィ一族は加えて、海外の著名人や学問的権威をカネで利用していたことがバレてきています。

ロイターの伝えるところでは、カナダ出身の歌手ネリー・ファータドは以前受け取った出演料を寄付に回わすことにしたといいます。

ファータドは「2007年に45分間の出演料としてカダフィ一族から
100万ドルをもらった。イタリアのホテルでの客向けのショーだった。
全額を寄付するつもりだ」と述べた。
『歌手N・ファータド、カダフィ一族からの100万ドル寄付へ』
Reuters 2011年 03月 1日 11:12 JST 
ニュースでは現在の安い米ドルのレートで円換算することが多いが、1ドル100円で1億円としたほうがピンと来るし、現実的でもある。45分のショーにしては破格の出演料であるのは変わらない。

BBC News はローリングストーン紙の2月28日付け記事を引用するかたちで、同じようにマライア・キャリーも2008年に百万ドルでカダフィの息子のためにショーに出演、ほかにビヨンセ(Beyonce)とアッシャー(Usher)も名指しされてその汚いカネは寄付に回せという声があがっていることを紹介しています。

"Nelly Furtado to give up Gaddafi concert fee"
BBC News 3 March 2011 Last updated at 08:54 GMT 

"Mariah, Beyonce, Usher Face Calls to Donate Qaddafi Money to Charity"
By Steve Knopper February  Rolling Stone 28, 2011 1:10 PM ET  
芸能界だけかと思ったら、イギリスでは名門らしい大学がカダフィの「政治とカネ」にからんでいたことが問題となっています。
英名門大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)が、リビア
の最高指導者カダフィ大佐の次男セイフイスラム氏(38)に巨額の寄付金
と引き換えに博士号を授与した疑惑が浮上している。独裁政権との「緊密な
関係」が疑われ同大への視線は冷たい。
『寄付金目当てに博士号授与?=英名門大、カダフィ氏息子へ』
時事ドットコム 2011/02/28-22:47
その責任をとってLSEの学長が自らその職を辞したことをBBCが伝えています。
The director of the London School of Economics Sir Howard Davies 
has submitted his resignation after admitting an "error of judgment" 
in establishing links with the regime of Libyan leader Colonel Gaddafi.
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのサー・ハワード・デイビーズは
リビアのカダフィ政権との関係をとりもったことを「間違った判断」だったと
して辞表を提出した。
"How Libya's Saif al-Islam Gaddafi seduced the West"
By Hugh Miles  BBC Radio 4 The Report  4 March 2011 Last updated at 00:16 GMT 
ヨーロッパのインテリ界は、セイフイスラムが父親とはちがって、リビアをまともな国にかえることのできる希望の星との期待があったようですが、今回の騒乱でカダフィ一政権の「顔」としてテレビに出てみたら、このハンサムで背の高い 人気者も、結局おやじのコピーでしかないことをさらけ出してしまった、というのが背景です。

こうしたことは、ヨーロッパのメディアも知識界もだらしない、という印象をあたえそうですが、でも、間違いは間違いとして、事実を明らかにするとともに、責任をとるというところに注目しないとなりません。

官房機密費がジャーナリストの懐柔に使われていたという事実を追及できないでいるニッポンメディアはリビアとどっこいどっこい。だから、このニュースはどこか他人事のような扱いのまま、注目されることはありません。

(この項 つづく)


 (2011/2/27) 
2011年二輪市場はどうなる その1

ハーレーの2010年度の決算が1月25日に発表になりました。おくればせながら、今年も二輪市場の動向ををまずハーレーから追っていきます。

その発表によると、ハーレーの2010年度の出荷台数(Buellを除く)は210,494台。年初の予想が201,000〜212,000台でしたから、これはかなり上限に近いあっぱれな成績というべきでしょう。これで出荷の下げ止まりとなったと見たのか、2011年は5%アップの221,000から228,000台と、上昇に転ずる予測をしています。グラフの2011年予測はその中間値をとっています。アメリカ国内、国外の振り分けはわたしの勝手な作業。

In 2011, the Company expects to ship 221,000 to 228,000 Harley-Davidson 
motorcycles to dealers and distributors worldwide, an approximate five 
percent to eight percent increase compared to 2010.
"Harley-Davidson Reports Broad Improvement In Full-Year Results
From Continuing Operations For 2010"
(ハーレー プレスレリース MILWAUKEE, Jan. 25, 2011)

ハーレー出荷台数2010年
アメリカ国外での販売で比重の大きい日本での販売台数(小売り)は、2008年が14,654台で、たぶんこれがピーク時の数字と思いますが、それが2009年には13,105台。で、今回の発表によると、2010年では11,405台。減ったとは言え、それでもこの台数は大型バイク市場を引っ張るハーレーならではでしょう。

ついでに、ハーレーダビッドソンジャパンのHPには、この販売台数の90年代からの急激な右肩上がりのグラフが誇らしげに掲載されていたものですが、今ではそのページとデータ見つかりません。右肩下がりに転じただけの理由で引っ込めたのだとしたら、ちょっとハーレーらしくないと思うが、そう思うのはわたしだけかな。


 (2011/2/19) 
「開国」とニッポンメディア その5

ムバラクが独裁政権を維持できていた背景には、当然それを支えていたメディアがありました。そんな「政府系」新聞の代表が al-Ahram (アル・アハラーム)でした。ムバラクを退陣に追い込んだ民衆革命が、この al-Ahram の内部革命を引き起こしている、とBBC Newsが伝えています。これまで政権にこびへつらってきた経営陣と編集部トップの辞任を求めて、内部記者やジャーナリストが声を上げているのです。

 At a press conference on Wednesday, journalists demanded changes that 
mirror some of the country's recent political developments, including a 
new board of directors and editorial council for a transitional period, 
followed by democratic elections for both bodies.
 Earlier in the week, the paper issued an apology to its readers, confessing 
to what it called "unprofessional and unethical coverage" of the uprising.
 "We failed to hear the thundering message of change," it said.

<水曜日の記者会見でジャーナリストたちは、エジプトの政治改革に見合った(アハ
ラームの)変革を要求した。その中には、暫定的に新しい役員会と編集部を設置して、
その後民主的に両方を選挙で選ぶ、という内容も含まれる。
 今週はじめにアル・アハラーム紙は読者に謝罪の声明を出して、今回の蜂起につい
て「プロにふさわしくない、倫理にもとる」報道をしたことを反省した。
 「我々には変革の声が鳴り響いていたのが分からなかった」>
"Egypt crisis: Al-Ahram's own revolution in Cairo"
BBC News 18 February 2011 Last updated at 00:49 GMT
はて、アハラーム紙の謝罪文ってなんだろう?日本では報じられていない気がするが、と検索したら、その翻訳がこちらにありました。
「アハラーム紙から国民へ謝罪」2011年02月14日付 Al-Ahram紙
日本語で読む中東メディア
一読すると、いかにも反省しているような好印象を与えます。

ところが、BBCの記事は続けて、報道倫理からの逸脱の最たる例として、ホワイトハウスの公式提供の写真を加工して捏造した前科に言及。それは、オバマ大統領が中東からのリーダーたちを記者会見場に案内して赤いじゅうたんの上を先導して歩いているシーン。ムバラク大統領が列の最後だったので、それをこともあろうにオバマ大統領の前を歩いているようにはめ込み合成した、というもの。

そんな紙面を作っていた編集主幹にたいして、辞任を要求する声があがっているのです。これまでムバラク政権にこびへつらってきたのが、今度は国民にこびへつらおうとしている、と見るジャーナリストもいるのでしょう。そんな自浄努力がアハラーム紙内部で進行しています。

こんな記事を掲載できるのもBBCだからでしょう。官房機密費が大手メディア記者やジャーナリストに渡っていたり、記者クラブメンバーの記者が接待や便宜を受けていても、報道もしなければ調査もしないのがニッポンメディア。とうぜん、BBCのような取材ができるはずがありません。

そんな御用メディアが安泰だったエジプトで、インターネットを活用した若者を中心に今回の革命が引き起こされました(まだ反乱側の新体制が確立していないから、革命よりも「一揆」と呼んだほうが正確かも)。ニッポンメディアにとってもインターネットが脅威です。前回、小沢一郎の記者会見のネットによるライブ中継の波紋について言及しました。

どうして、こんなに「折りも折り」のニュースが続いて出てくるのか、ふしぎな気もしますが、以下の「ネット」記事も既存メディアがインターネットをどう見ているか、格好の材料です。

「ネット縁」に対して前向きに考えて出演を承諾したのに、「無縁だからネットに逃げ
込んでいる」ような演出をされてしまった
 『NHKスペシャル<無縁社会>に出たニコニコ生放送ユーザーが語る“演出への違和感”』
ガジェット通信 2011.02.15 21:15:02 by ガジェ通一芸記者 
どうやら、事実を追求するよりも、あらかじめ自分でシナリオを作っておいて、現実をむりやりそれにはめ込もうと無理をしているのでしょう。検察による取り調べと変わらないじゃないか。

(この項 つづく)


 (2011/2/12) 
エジプト革命の向こう側

昨夜の真夜中にテレビに「ムバラク大統領辞任」のニュース速報のテロップが流れました。往生際が悪かったけど、やっとかと続報を待ちました。独裁政権を無血革命で倒したエジプト人民の喜びの声がさわやかです。そういえば、私はひとりだけエジプト人でスイスに住んでいた友人がいたけど、彼はエジプトに飛んで帰って、あの群衆の中にいただろうか。

エジプトのスレイマン副大統領は11日夜(日本時間12日未明)、国営テレビで声明
を発表し、ムバラク大統領(82)が大統領職を辞任し、全権限を軍に移譲したと明ら
かにした。
『エジプト ムバラク大統領が辞任 軍に権限移譲』 毎日新聞 2月12日(土)1時26分配信
しかし、ニュース映像を見るとおかしなことに気づきます。まず、ムバラク自身ではなくて、副大統領スレイマンによる発表であったこと。その事情はどうやら、
大統領はまず保養地(高級保養地シャルムエルシェイク)に退去し、自分と家族の安全
を確保。その上で、スレイマン副大統領が大統領の辞任を発表した。

即時退陣要求が高まる中でのカイロ脱出は、理由がどうであれ「事実上の亡命」と受け
取られるのは必至だ。大規模デモに象徴される国民の激しい怒りの増大を背景に、国政
での影響力を拡大しつつある軍部の判断が強く働いた結果と言えそうだ。
『エジプト 軍が引導渡す ムバラク大統領辞任』 毎日新聞 2月12日(土)1時42分配信
さらに、ムバラクが全権を軍の最高評議会に委譲した、というのがおかしい。
ムバラク氏は10日夜の国営テレビでの演説で、反政府デモが求める即時退陣を拒否し、
9月の次期大統領選で平和的な権力移行を実現するまで大統領職にとどまると表明。この
時点では、スレイマン副大統領に権限を移譲するとしていた。 (同上)
このことについて、明確に言及しているのはBBCのニュースで、カイロの記者Jon Leyneのコメントを記事に挿入しています。
 But the army takeover looks very much like a military coup, our correspondent 
adds.
 The constitution has been breached, he says, because officially it should be 
the speaker of parliament who takes over, not the army leadership.

<だが、軍が権力を掌握するということは軍事クーデタと変わらない、と記者は指摘
する、これは憲法に背くことだ。本来なら権限は国会の議長に委譲されるべきで、軍の
指導者へではない>
"Egypt's Mubarak resigns as leader"  BBC News  11 February 2011 Last updated at 22:15 GMT 
その軍は、ただちに報道官(これも司令官ではなくて)が声明を出して、軍の統治は暫定的なものであることを発表したが、民衆による革命の成果はしばしばだれかがかすめ取るということがあるので、これが革命と呼ばれるか、軍政復古となるか、それとも維新か、しばらく目が離せません。

 (2011/2/11) 
大型バイク25台が押収されています

ひさしぶりに、盗まれたバイクが分解、包装された状態で押収されたというニュースが小さく報じられています。

1000CC以上の大型バイクばかりを狙って盗みを繰り返したとして、県警国際捜査課
と久喜署は住居不定の双子の蒲冠鈞(27)=窃盗容疑で逮捕▽蒲冠棋(27)=同=の
両容疑者ら台湾出身の3人を窃盗容疑で再逮捕した。県警は千葉県内の倉庫から、昨年7
〜9月に盗まれた大型バイク25台(時価約2210万円)を押収しており、余罪を追及
する。
『大型バイク窃盗:3容疑者、再逮捕「100件以上」供述 /埼玉』 毎日新聞 2011年2月10日 地方版
警察の一方通行的発表のせいか、ちょっと要領をえない内容で、なぜ再逮捕なのか分かりませんが、たぶん、昨年8月に現行犯か目撃情報でいちど逮捕されたがすぐに釈放、だが監視されていることを警戒して、そのときに盗み貯めていた25台を船積みできずにそのまま保管、やっと最近インターポルからの情報で再捜査していたら倉庫のバイクが見つかった、ということではないかしら。

車体番号が消されていなかったら被害届にもとづいてオーナーに警察から連絡が来るはずですが、気になる被害者の方は直接久喜警察署へ問い合わせたほうがいいでしょう。

バイク窃盗が後を絶たないのは、(車と比べても)窃盗の罪が軽いため、警察が捜査に本腰を入れないせいもあります。けれど、密輸目的のバイク窃盗は国際的犯罪組織による犯行であるため、いくら日本で実行犯を取り押さえても、そもそもの発注元のボスは健在なのでしょう。海外からの「発注」があるから、実行犯が活躍する。逆ではありません。


 (2011/2/10) 
「開国」とニッポンメディア その4

小沢一郎の今日の記者会見がニュースになっています。

民主党の小沢一郎元代表は10日夕の記者会見で、同日の菅直人首相(党代表)との会談
で離党勧告を受けたことを受け、「私が党を離れるとか、(党が)処分するということが
多数の皆様の意見なら仕方がないが、健全な政党政治と民主主義の発展にとって妥当では
ない。現状のままで活動する」と述べ、自発的離党や議員辞職を否定した。
『小沢氏が離党拒否 「現状のまま活動する」』 産経新聞 2月10日(木)17時56分配信
たまたま夜のTVニュースを見ていたら、会見会場のバックに『自由報道協会』それと『PREE PRESS ASSO..』と書かれた壁紙がありました。なんだ、これ?とすぐにググッたら、「自由報道協会」(仮)というホームページがあり、そこに
小沢一郎衆議院議員記者会見
[時間]2011年2月10日(木)16時30分開始予定
[会場]東京都内
(会場はメールマガジンの発表のみとなりますので、当サイトでは公表しません)
[主催]「自由報道協会」設立準備委員会
自由報道協会主催 との案内があり、ネットによるライブ中継もある、とありました。知らないでおりました。フリーランスのジャーナリスト上杉隆と有志が先月27日に立ち上げたものといいます。
“記者会見ごっこ”はもうお終いにしよう。
税金で運用する政府会見インフラは全てのジャーナリストへ公平に開放を! 
『週間 上杉隆【第161回】』 ダイヤモンド・オンライン 2011年2月10日
これ、よくぞの情報維新の旗揚げ。よく見ると、Yahoo!ニュースで掲載の記事には、いつものように関連ニュースの見出しが並んでいますが、そこに
◇会見はフリージャーナリストら主催
という編集部のカテゴリー見出しがちゃんとついておりました。またもYahoo編集部の見識。そこにリンクされた記事は、
小沢元代表は、「政治とカネ」問題で追及を続ける新聞、テレビに不信感を募らせていると
される。実際、「いくら言っても、いくら説明しても、全くわかってくれないし、報道して
くれない。あまり記者会見する意味がない」と不満を漏らしている。これに対し、ネットメ
ディアは元代表に好意的な質問が多いことなどが元代表がネットを好む理由のようだ。
『小沢氏、ネットメディア頼み…新聞・TV嫌い?』 読売新聞 2月10日(木)21時49分配信
ニッポンメディアの精いっぱいの抵抗記事でした。これでは、情報鎖国の開国と開城は遠くないかも。

(この項 つづく)


 (2011/2/6) 
「開国」とニッポンメディア その3

名古屋のトリプル選挙の結果が夜のニュースで大きく報じられています。

元民主党衆院議員の河村氏は、2009年4月の前回市長選で51万票余りの
大量得票で初当選。しかし、選挙公約である市民税10%減税の恒久化などを
市議会に阻まれたため、市議会解散の直接請求(リコール)運動を主導して住
民投票に持ち込み、「自らも信を問う」と昨年12月に市議会議長に辞表を提
出。盟友の大村秀章前衆院議員を担ぎ出した愛知県知事選との「トリプル投票」
を仕掛け、民主、自民の二大政党が事実上相乗りした石田氏らに圧勝した。
『出直しで河村氏再選=二大政党相乗り石田氏及ばず−名古屋市長選』
(時事ドットコム 2011/02/06-23:46)
興味深いのは、これから各政党やニッポンメディアがどんな論評をするか、でしょう。

民主党石井一選挙対策委員長はさっそく、

「名古屋では(市長に当確した)河村たかし氏が正義の味方という面があり、
『河村劇場』が見事に演出されていた」と述べ、御園、石田両氏の訴えが有権
者に十分聞き入れてもらえなかったことを挙げた。
『民主・石井選対委員長「名古屋は特異。政権に決定的打撃与えず」』
(産経新聞 2月6日(日)21時47分配信)
と、有権者のおつむの理解度が低いと言わんばかりの上から目線。

感心なのは、一連のニュースを伝えるなかでYahoo!ニュースは選挙前のこんな論評を掲載していること。これもYahoo!編集部の見識。

永田町では、民主党の菅政権と自民党がともに増税に傾いて連携する可能性が出
ているのと好対照だ。河村と大村が勝利すれば、2人が作り出す「減税を軸にした
新しい政治潮流」が永田町にも押し寄せる可能性がある。

民主党政権の変節がだれの目にもあきらかになって、いまや永田町政治に対する
「うんざり感」は高まるばかりだ。薩摩と長州の連携が徳川幕府を倒した明治維新
のように、愛知と大阪の連携が永田町にも波乱を呼び起こすかもしれない。
『減税・小さな政府を掲げた「愛知の反乱」は「平成の薩長連合」になれるか 
「増税=大きな政府」の菅政権を揺さぶる/長谷川 幸洋』
(現代ビジネス 2月4日(金)7時5分配信)
二大政党しか国民の選択肢がないかのごとく振る舞う自民党、菅政権は自分の牙城が崩壊しつつあること認めたくないようです。さてその片棒をかつぐニッポンメディアはこれからどう振る舞うのか。

(この項 つづく)


 (2011/2/3) 
「開国」とニッポンメディア その2

開国って鎖国と対になったことば。では鎖国ってなにさ。

鎖国はいっぱんには対外的に門戸を閉ざすこと、と理解されています。その戸を無理やりこじ開けた事件として、ペリーの黒船のイメージが定着しています。

でも、徳川時代の鎖国政策を見ると、それは内政、つまり人民統治の政策だったことに気づきます。日本人が海外からの文物に触れないよう、管理監視していただけのことでした。海外からの新しい思想や科学は、支配体制をゆるがすことになりかねない。

民は知らしむべからず。

そうすると、「開国」ってことばを菅総理が口にするのは、外交政策でもなんでもなくて、対外公約に見せかけた、日本人民向けのお触れ。それを大手メディアが鎖国民に得意げに触れ回る。

情報鎖国は昔話ではない。だいいち、一般日本人が自由に海外渡航できるようになったのはまだ1970年代の話。情報鎖国の崩壊が決定的になったのはやっとインターネットが普及してからだ。

なのに、ニッポンメディアが、まだこのように日本人を子供扱いし続けられる理由はなんなのか。

それは、自らが情報を囲い込み、かつ報道をコントロールできている、という自信があるから としか思えない。

それを制度的に保証しているひとつが「記者クラブ」。

1月8日付けの本コラムでWikiLeaksを取り上げて、その中で11月30日の前原外務大臣の記者会見をわたしなりにレポートしました。そのとき明示したかったのですが、あのとき「最後に質問した記者」はじつはフリーランスの記者で、名前が「カミデ」か「カミイデ」のように聞えたものの、どう文字で書くのか分からなかったので、あえて触れませんでした。

それと同時に、記者会見にフリーランスの記者の参加が許されていることを知らずにいたので、民主党政権が約束していたように記者クラブによる統制が解除されたのか、と調べることになりました。すると、外務省だけ会見をフリーの記者や海外メディアに開いており、その会見の映像を公開していますが、他の省庁はまだまだ記者クラブ鎖国のままのようです。

記者クラブ鎖国がどういう役割を果たしているのか、それを示すいい例が、この外務大臣記者会見そのもの。これを大手メディアがどう報道したか、まだネット上に残っていて、検索で捜すことができます。

かたや、わたしの「報道」は記者会見の場に参加している気分で、それを文字化しようとしたもの。比べてもらえば、ニッポンメディアとCBXジャーナリズムの違いが見えます。

この例では、ノーカットの映像が事実としてあるので、それがどう報道されたかが議論できます。ところが、会見が「密室で」行われて記者クラブメンバーだけが参加していたら、その記事から、この会見がどのようなものだったかを想像することがむずかしいでしょう。つまり、今回は映像記録があったから、フリーの記者による質問があったから、事実とその報道の関係を逆転させることができました。

上記「カミデ」さんは「上出」さんであることが、外務省による記録「外務大臣会見記録(要旨)」から分かりました。でもこの記録と会見録画とでは、なにか伝わってくる空気が違います。

記者会見が「開国」されるとはこういうことなのだ。ところが現実は、報道鎖国が行われているだけでなく、人民の味方であるはずのメディアがそれに加担している。

そんな情報鎖国体制がどんどん崩れ始めている。それを象徴するのが、官房機密費が記者クラブメンバーや御用「ジャーナリスト」に渡されていたという事実が明るみにでたこと、そしてその事実を当事者の大手メディアが依然として隠ぺいしようとして、報道しないでいる事実。

これも、映像があるので、そちらが能弁だ。その著書『ジャーナリズム崩壊』(幻冬舎新書 2008年)で知られるフリーランスのジャーナリスト上杉隆がキャスターをつとめる朝日ニュースター「ニュースの深層」の録画。

『ジャーナリズムと金・官房機密費を巡る疑惑』
おりもおり、今日のYahoo!ニュースに
『ウィキリークス、ノーベル平和賞候補に推薦=ノルウェー議員』
(ロイター 2月3日(木)8時2分配信)
がありました。まっとうな評価です。記事によると、
推薦にかかわったスノーレ・バレン議員は、ウィキリークスが21世紀において表現の自由や
透明性に貢献した最も重要な団体の1つとした上で、「汚職や人権侵害、戦争犯罪に関する
情報を暴露したことから、ノーベル賞候補となって当然だ」と話した。

この黒船ニュースにいちばんあわてているのは、世界広しといえども、きっとニッポンメディアだけでしょう。

(この項 つづく)


 (2011/2/1) 
「開国」とニッポンメディア その1

1月30日付けのエッセーで、ダボス会議での菅総理の『第3の開国』演説をイントロに使いました。でも、ちょっと気になったことがありました。それは、日本の大手メディアがこぞってこの「開国」スピーチを、あたかも世界に向けて日本の総理が重要なことを公約したかのごとく報道していたことです。

じゃ、実際はどうなのかな、と海外メディアで検索しても、とくべつ日本の首相の『開国』表明を評価したものが見当たりません。BBCは記者チームを送り込んで、速報記事やコメントを刻々アップしていました。その第4日目の様子を伝えるページに菅総理の開国スピーチについてこんなコメントがあっただけ。

Prime Minister Kan says the country is about to embark on its third economic 
opening up. (The previous two occasions being the Meiji Restoration of the 
mid-19th century and post-World War II.)
(BBC News Davos 2011: Day 4 as it happened)
気づくのは、日本語ニュースで「開国」と大げさな表現をとっているけど、英語だとたんに「経済的な門戸開放」で、面白くもなんともない。さらに「明治維新」って、そのままMeiji Ishinかと思いきや、なんと Meiji Restoration。なに、レストア? イギリスでは清教徒革命でいったん王政を廃して共和制を樹立したものの、1660年にふたたび王政が復活した事件を the Restoration と呼んでいる。この王政復古を明治維新の英訳に当てたのはだれか知らないが、
王政復古の大号令は、慶応3年10月14日(1867年11月9日)に将軍徳川慶喜が政権を
返上(大政奉還)し討幕の大義名分が失われたため、討幕派であった岩倉具視や大久保
利通らが、倒幕の大義名分を得るために決行したクーデターであった。その後に倒幕は
成就し、明治維新が実現した。
(Wikipedia 王政復古)
であることを考えると、翻訳事情も頷ける。だが、昨今の大河ドラマの傾向からも分かるように、日本語で「維新」の響きは、革命とまでいわなくても、「御一新」に近くて、「復古」の印象は薄い。

ようするに、世界の反応はどうってことない。それを日本の大手メディアが、日本語鎖国状態の読者に向けて、ことさら開国開国と叫んでいる異常さが見えてきます。

ニッポンメディアについてときどきケチをつけたくなるわたし。今日の朝刊には、小沢一郎の強制起訴が見出しに踊りましたが、日本経済新聞はその第1面に(第1面ですよ)政治部長の名で『一時代が終わった』との論評まで載せていました。いわく、「念願の政権交代も実現した。ここでまた、権力ゲームに興じてみても、もはや国の衰退を加速させるだけの<コップの中の嵐>でしかない」。そもそも、検察審査会ってだれがメンバーなの? 強制起訴がすなわち有罪ではあるまい。

ジャーナリストの論評というより、検察のサポーターかい?と思わせるような口吻に、書いている本人が気づいていないような。

日本の検察といえば、昨夜のTBS地上波で『私は屈しない〜特捜検察と戦った女性官僚と家族の465日』を放送していました。検察による不当逮捕事件をもとにしたドラマ。わたし主演の田中美佐子さんの演技好きです(どうでもいいか)。でも、この事件がドラマ化されるほど、検察の捜査を疑問視する空気がだんだんと日本に広がってきている、ということか。監視もされず、身分も保証されている検察って、日本国民の代表たる国会議員よりも偉い立場なのかい?

(この項 つづく)


 ('11/1/25) 
伝説のコマーシャル

TVコマーシャルにも歴史的な作品があって、私の場合だと、そんな伝説のコマーシャルのひとつがアップルの『1984』。もちろんこれはリアルタイムで見たわけではありません。でも、リアルタイムで見た日本の伝説のコマーシャルビデオがひとつだけありました。ずいぶん昔のことで、もう見ることはできないだろうと諦めていたものでしたが、ひょっとしたら誰かがYouTubeにアップしてくれているかも、と捜したら、ほんとにありました。テレビを録画した貴重な映像 - 資生堂『くちびる あこがれ』。

   

書き込まれたコメントによると、これが放映されたのは1980年の1月のことだったらしい。何年前に見たのか、私の記憶は飛んでおりました。そうか、30年も経っていたか。今見ても、よく出来た短編小説のようで、なにやら含みのある映像表現に余韻が残ります。

思い出してYouTubeで捜したのは、たまたま薬師丸ひろ子の主演映画が、BS2で連続放送されているからでした。あの透き通った歌声も、なんてなつかしい。いや、ちょっと感傷にふけったか。


 ('11/1/15) 
6気筒エンジン

CBX1000の再来かと思ってしまう6気筒のK1600。けれどそのエンジンはフルカウルの中に隠れて、CBXの空冷エンジンのように6本のエキパイを誇示するような視覚的デザインの要素は認められません。

4気筒エンジンがなかば「標準」のようになってしまった日本のビッグバイクのラインナップ。そこには、4気筒エンジンがバイクには一番ふさわしいという思い込みもあるような気がします。かつてバイクの入門書には、単気筒、2気筒に比べて「モーターのように」回るエンジン、という表現が見られたものです。

でも、4気筒が理想的なエンジンなら、6気筒の意味はなんだろう? これまたバイク雑誌などではスムーズに回るエンジンを「シルキー」と形容することがほとんどです。ツアラーに搭載されるエンジンだからでもあるでしょう。

ただ、並列の2気筒、4気筒のエンジンは、ピストンがみな同時に上死点と下死点に来て、上下運動が「静止」する瞬間があるので、低回転だとぎこちない印象を受けます。その点、並列の6気筒は、エンジン幅や加工精度などを別にして、こと回転のメカニズムからすれば、理想的なエンジンのような気がします。

6気筒に肩入れしたい気持ちになるのは、もちろん私のK75Sが、水平縦置きですが、並列3気筒のせいでもあります。このK75が出たとき、日本での反応はどこか冷ややかなものでした。そのため多くのライダーが4気筒のK100に流れたのです。おかげで不人気車となったK75の中古が、ビンボーライダーの私にも手の届くところとなりました。

以下のような軽率な言及が当時の論調を代表しています。

BMWの場合はもともとあった直列(縦置き並列の意味)4気筒のシリンダーを
1個取り去ってエンジン長を短くしたもので、これといったメリットは見出
せない。
(佐々木和夫『バイク基本メカ講座』 グランプリ出版 1985年 109ページ)

6気筒エンジンを、4気筒のシリンダーに2個追加したもの、とは言わないように、1個取り去っただけという表現は誤解を生みやすい。とくにクランク角について理解が必要ではないかと思います。上記の本では同じページにこんな記述も見られます。
4ストローク(の並列3気筒エンジン)ではクランク角をどういじったところ
で、等間隔で爆発することはないのでベストな振動フィーリングを得ること
は大変むずかしい。(109ページ)
実際は、私のK75Sのクランク角は120度(240度と呼ぶべきか)で爆発は等間隔。YouTubeのアニメーションを見ると、3気筒って6気筒エンジンを真っ二つにした形と動きをしていることがわかります。

軽自動車のエンジンの多くが並列3気筒であることを最近まで知らずにおりました。ボンネットに隠れるエンジンは何気筒であるかよりも、燃費、低速トルク、振動、高速走行など、実用的なバランスがとれているかどうかが、ずっと重要なことではあります。

いずれにしろ、大型バイク市場が世界的に縮小している中、並列6気筒を投入するBMWの意気は見上げたものと言いたい。目標とする競合モデルは水平対向6気筒のGoldwingあたりか。高速料金の上限1000円が続けば、日本でも大型バイクの売れスジはツアラーへ移行していくのは目に見えています。


 ('11/1/8) 
映像で見る箱根駅伝とウィキリークス

それほどの駅伝ファンではありませんが、早稲田と東洋の優勝争いをハラハラして見ていました。どっちに勝って欲しいというよりも、追い抜かれでもして優勝を逃したら、早稲田の選手は立ち直れないほどのダメージだろうな、なんて心配しておりました。

そちらが決着したかと思ったら、8位グループの4人がシード権をかけてゴールに近づいてきました。と突然、集団のトップを走っていた国学院の選手が右折する先導車についていくようにコースアウトしていきます。ミスに気づいて選手はすぐにコースに戻ったもののグループの最後尾。ゴール前でなんとか1人抜いて10位に滑り込む、という珍事。見るかぎりでは誘導ミスとしか思えませんでした。

ところが、その日のニュースでは、選手がコースを間違えた、とまるで選手のミスのように報道されていました。翌日の大手新聞も同様な扱い。ニュースであの場面が出てくれば、なんで間違ったのか確かめられるのに、と思っても、そこまでする局はありません。

ところがやはりいるんですね。テレビを録画していて、YouTubeに投稿する人。

『第87回箱根駅伝 國學院大学ゴール寸前コース間違え』  
これを見ると、先導車と思ったのは中継車でしたが、この中継車が選手に近づきすぎていたために、選手にはゴールが目に入っていなかった、それで右折する中継車の後を追った、という状況だったとわかります。あれだけ誘導員が立っていながらこの失態。これも、2秒という僅差で10位に滑り込んだからよかったと同大学はほっとしていたが、あれが11位だったら、まだ尾を引いていたはず。さらに、この映像がなかったら、選手のミスとしてかたづけられていたはず。

内部告発資料を公開するウィキリークスにも機密文書だけでなく、極秘扱いの映像が含まれていて、イラクの民間人を殺戮するシーンをヘリから撮影した映像の一部が一般のニュースでも報道されました。ノーカットのビデオはWikiLeaksのホームページで見ることができます。

Collateral Murder (WikiLeaks)
12月はじめに、米アマゾンがウィキリークス(WL)へのサーバー提供を停止したとのニュースがあったので、サイトは閲覧不可になったのかと思いました。それくらいで打撃になるような活動ではないでしょうし、げんにすぐ以前のスウェーデンのプロバイダーにサーバーを移したようです。とはいうものの、アメリカの企業をホスティングサーバーに使うとは大胆。アマゾンも閉鎖の理由に政府の圧力を口にするわけにもいかず、苦しい言い訳に回っています。

それが、12月29日夜9時からNHK BS1が『機密情報は誰のものか〜ウィキリークスを追う〜』という特集番組を報道していました。暮のあわただしい時だったので、見逃した人も多いかも知れません。

番組はアサンジ氏とのインタビューを核にしていましたが、その中で、情報提供者と協力者の安全を確保するために、周到なしくみを構築していることが取り上げられていました。さらに、公表するまえに、検証と裏付け取材などにジャーナリストが協力しているといいます。内部告発者から提供された情報をたんにホームページにアップするというわけではありません。

この番組は、その2ヶ月ほど前の11月4日に放送されたNHK『クローズアップ現代』を最新情報を盛り込んで再編成したもののようです。わたしは見ておりませんでしたが、11月4日の放送分(の一部?)は動画で公開されています。

『機密告発サイト・ウィキリークスの衝撃』(NHK 2010年11月4日 放送)
番組では、いちおうWLを批判する側からのコメントも入れていました。その中に前原外相の「犯罪行為ですから」というコメントも含まれていました。

おいおい、犯罪行為はないんじゃないの。どういう文脈かしらと思って、その会見の記事を捜したら、これまたノーカットの会見映像がYoutubeにありました。会見は11月30日ですので、これは11月4日の放送分にはなかったものでしょう。

『前原外務大臣会見(平成22年11月30日)』
上のNHKの番組で引用されたシーンは、「ウィキリークスに代表される内部告発サイトの存在についてご所見を」との質問への回答で、実際は、
<これは言語同断だと思いますね。犯罪行為ですから。つまり、勝手に他人の
情報を盗み取って、それを勝手に公開する、(中略)ことに、評価を与える
余地は全くない>
ところが、会見の最後で、この発言の不用意さを聞き逃さなかった記者がひとりいて、
<(ウィキリークスについての大臣の)いまの発言はメディアとして聞きのがす
ことができない。大手新聞を含めて(WLが公開した内容は)報道している。
これを含めて批判されているのか>
と、沖縄密約文書を引きあいに出して、言論の自由にかかわる問題として問いただすと、
<わたしが批判をしたのは、勝手にひとの秘密をかすめとる、盗みとるということが
犯罪で、それを公開することは言語道断だと申し上げました>
と、繰り返しになったので、記者は、
<それを報道したマスメディアについてはどうなんですか>
すると、大臣一瞬ことばに詰ったものの、
<そういうものが出て、こういった内容があるということを報道することは
妨げることはできない>
と平静なまま。結局WLのやっていることは犯罪だが、WLの公開した内容を報道するのは犯罪ではない、ということになりました。NHKも特番でここまで映像を流したらよかったのに。

ともあれ、いくら映像でも、ニュースでカットされたり編集されると、ときに「誤ったメッセージ」を視聴者に送ることになります。




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