zyam62さん、「初めまして」。私が本田美奈子を本当に素敵だなと思う理由の一つなのですが、彼女自身の言葉の中に、こんなのがあるのをご存知ですか。 「私が歌い続ける意味を 今、見つけました! 歌をとおして太陽になりたい! とても難しい事だと思いますが 太陽の様に みんなに 光を与え続けられるように 頑張りたいと思います。 心をこめて」 更に、入院中にも 「(前略)・・・そんなふうに、私の歌をとおして、人々に光を与えることができると嬉しいなと思います。そして、その気持ちを大切に唄っていきたいなと思っております。」 本田美奈子の歌に取り組む姿勢は、真剣そのものです。恐らく、本田美奈子と言う人、生半可な妥協を決して許さず、人生を賭して唄っていたのだと思います。この情熱は決して、まがい物ではありません。紛れもなく、本物です。これは、音楽理論以前の人の精神的問題なのだと考えます。私は本田美奈子の、本当の意味での心の強さに敬服する者です。もちろん、彼女の唄の素晴らしさについても、いくらでも語れます。しかし、これを話し出すと長くなり過ぎるので、今日はこの話だけにします。 ガーシュインとラヴェルの話なのですが、この二人は同時代の作曲家です。ラヴェルの方が少し年上で、正統派の作曲をしています。これに比して、ガーシュインは、ご存じかも知れませんが、やや異端です。確か口頭ではなく、手紙であった思うのですが、ガーシュインがラヴェルに、きっと尊敬していたのでしょうね、「どうしたら私は、貴方のような作曲家になれますか?」と言う内容の質問をしました。ラヴェルはこう答えました。「貴方は、もう既に一流のガーシュインではありませんか。二流のラヴェルになってどうするのですか。」多少言い回しは異なるかもしれませんが、要旨はこのとおりです。人は、いくら努力しても、結局一流の自分にしかなれません。本田美奈子も一流の本田美奈子にしかなれません。大事なことは、本田美奈子は最後の最後まで一流の本田美奈子であったことです。一度たりとも二流、つまり生半可な本田美奈子であったことがありません。常に上へ上へと努力し、人に対する思いやりを忘れることのないあの人は、本当に立派だと思います。 取り立てて何の才能もない凡人の私は、仕事も生活も「忍耐」という最後の手しかありません。挫けそうになることなどしょっちゅうです。そんな時、決まってこう考えるのです。「本田美奈子なら、これしきの事で弱音を吐いたりしない。本田美奈子に恥ずかしくないか?」、歯をくいしばって頑張っているとき、心の中では、そんなことを考えています。時間を超えて本田美奈子の太陽の光は消えていません。いみじくも、私には本田美奈子の言うような太陽の光を与えられています。たぶんこんなふうに感じらているのは、私一人ではないと思います。きっと今でも大勢の人が、そう感じているに違いないと思います。彼女のそんな思いが彼女の唄には、にじみ出ているのだと思います。繰り返しになりますが、「本田美奈子は一流の本田美奈子であった」そのことに間違いはありません。だから、亡くなってから本田美奈子の唄を聴き始める遅れてきた支持者が沢山いるのだと思います。 ミューズさん、弘田三枝子のCD2枚やっと見つけました。それも懐メロコーナー(という失礼なコーナー)で。ザ・ピーナッツも、やはり懐メロコーナーだったのですが、こちらは沢山有りました。そんなに人気が違っていたのですか?ミューズさんは古い渋い曲がお好きとお見受けしました。本田美奈子は岩谷時子氏を大変尊敬していたので、「ラスト・コンサート」の中に「え!」と思うような、その曲が流行った時はまだ生まれてないのではと思えるような曲を唄っていますよね。時代の荒波に耐えて唄いつがれる曲は、名曲なのですよね。 |
私は、以前、管理人さんに教えて頂いた、1996年の熊本でのライヴで「つばさ」を唄う本田美奈子の表情が、今でも一番好きです。「時」の頃に比べると、まだまだ未熟なんですけど、あの「ひたむきさ」、屈託のない「笑顔」、「凛」とした立ち姿、見ているだけで酔いしれてしまいます。 「ヤフー知恵袋」というサイトを散歩してきました。随分と本田美奈子に関する質問と回答がありました。中には的を射た回答も有りましたが、大半は、不確かな知識で無責任な、はっきり言って、それ単なる「誤った思い込み」か「自己顕示欲の現れ」ではないの?と言うようなものでした。恥知らずな、常識を疑うような内容のものもありました。言論の自由もあそこまで行くと見苦しい限りです。本田美奈子と誰かを比較するのも勝手ですが、比較する相手を間違えていませんかというほど情けないものばかりで、中には、悪意さえ感じる下品なものまでありました。世の中にはいろんな人がいるのは当然ですが、感覚的に嫌だなと思いました。 私は、世界のどこに出しても全く恥ずかしくない超ど級ソプラノの佐藤と同じ次元で本田美奈子を聴いています。たぶん普通の演奏家なら全然違和感がないはずです。これを神をも恐れぬ冒涜と叱るのは、決まって狭量な一部のクラシック・リスナーです。因みに、私のお隣の奥様、声楽の勉強を本格的に大学でされた方で、不勉強な私は一方的に教えを乞うだけなのですが、カラオケで「与作」を唄われるそうです。お知り合いからは、「オペラ与作」と曲名が代えられてしまうとニコニコ話されていました。その方の仰るには、「声には心が現れる」のだそうです。ソプラノ・ヴォイスとは、音楽ジャンルと言うよりも、本田美奈子の心そのもののことだったのかもしれないと思いました。 |
本田美奈子.さんのすばらしさについて語り合えるこの場を用意してくださっていることに感謝感謝です。 「1988年のマリリン」も初期の頃に比べ晩年の歌声は遥かに完成されていますね。あのスキャットが入るやつなんかすごいですね。小柳ゆきの持ち歌の「あなたのキスを数えましょう」もそうです。美奈子.さんのあの極限まで研ぎ澄まされた声量と表現に圧倒されます。歌い終わった美奈子.さんは圧倒的な技量を持っているのに全くそんなことを偉ぶるでもなく、また普通の女の子みたいにかわいい笑顔で少しはにかんだような表情をするのね。みんなあの飾らない人格に甘えて、あの圧倒的な音楽的技量に目を向けけることに抜かりがあったんじゃないかな。もっと敬して遇されてよかった。 |
本田美奈子.がご自身で言っていたことはともかくとして、「本田美奈子.のソプラノボイス」という表現に実は何か引っかかるものを感じています。私は詳しい音楽理論は知りませんがあまたのクラシック正統畑のソプラノ歌手よりも情感豊かに美しく歌う本田美奈子.の声にその形容はふさわしくないように感じています。なぜなのかうまく言葉で説明はできないのですが、ソプラノボイスという形容が何か彼女にはそぐわないものを感じるのです。彼女と彼女の歌声はもっともっとそんな言葉では表現できないすばらしいものだと思うのです。 | ||
美奈子さんの歌い方は、クラシック発生のソプラノとは確かに違うと思います。マイクを使うかわりに、高音でも、日本語がはっきり聞き取れます。歌詞が明確に分かるため、歌としての感動が直接胸に響いてきます。 クラシックの声楽の場合、単に「ソプラノ」という言い方で、「ソプラノ・ボイス」という言い方 美奈子さん自身が、「ソプラノ・ボイス」という言い方をしていたのは、「ららばい〜優しく抱かせて」の間奏や最後の部分で使っている声を称したものだったと思います。 ・・・もしかしたら、このときは、「クラシック・ボイス」だったかも? |
ミューズさん、思いっきり有難うございます。「ウナ・セラ・ディ東京」の作詞は岩谷時子氏なのですね。 本当に有難うございます。 |
「TOKYO」の収録曲を見ていたら、往年の流行歌(いわゆる懐メロ)がいくつかありました。「東京ラブ・ソディ」は戦前、「東京ブギ」、「東京の屋根の下」は終戦直後の曲。 ちなみに、昭和10年代から20年代の流行歌には良い歌が結構あります。「影を慕いて」、「蘇州夜曲」、「湖畔の宿」、「長崎の鐘」、「さくら貝の歌」、「あざみの歌」、「水色のワルツ」、「夜来香」、「君の名は」等々。 それから、収録曲の中に、「ウナ・セラ・ディ東京」がありますが、これを佐藤しのぶが歌っている(ただし、ヴォカリース)のにはビックリ。確かにこの曲、西田佐知子やマヒナスターズなど競作でいろんな人が歌っていましたが、やはり、これはザ・ピーナッツのハーモニーで聴くのが一番。 | ||
このアルバム、I LOVE TOKYO 以外の収録曲については、PCに取り込んでいないので、よく覚えていませんでした。今、取り込み直して聴いています。ウナ・セラ・ディ東京は、佐藤しのぶのヴォーカリーズです。確かに。後、東京ブギは、GO- BANG'sが歌ってます、、、 |
大和の蛙さん >「東京が大好き」を管理人さん「音楽展示館」で、さんざん探したのですが、見つけられませんでした。 これです。1993/7/1の発売 http://www7a.biglobe.ne.jp/~diva375/CD_43.html こちらは「I Love Tokyo」の歌 http://www.youtube.com/watch?v=r-52BJuM0aM |
Zyam62さん、「はじめまして」。「東京が大好き」を管理人さん「音楽展示館」で、さんざん探したのですが、見つけられませんでした(全部私が至らないせいだと思います)。せめていつ頃の歌なのか分かれば大体想像がつくと思います。教えて頂けないでしょうか。 本田美奈子本人は、自らの歌唱を、謙虚に「ソプラノ・ヴォイス」という呼び方をして、恐らく偏狭なクラシック・リスナーに配慮していますが、クラシックの演奏家の多くは、本田美奈子の実力を高く評価しています。私もどちらかと言うと後者なので、現在とても「もやもや」しています。もっと評価してあげても良いはずなのに。なぜそう言えるのか説明できますが、難しい話になりますので、止めておきます。 ディオニッソス(デオキシス、デオキッシス、デオニソス、英語読みなら、ダイオナイシス、別名バッカスと全くた呼び名の統一が図られていませんので、私の好みで、これにさせてもらいます)的音楽の呼び水となったレベッカの最盛期のライブ映像「ポイズン・ツアー(1987年〜1988年)」のビデオが出てきましたので、当時の本田美奈子とじっくり聴き比べてみます。 |
飲み会で、「緊張してます。キンチョールです。」拝借させていただきました。みんな大笑いでした。工藤家の母と娘は愉快な人達ですね。 谷啓の「ガチョーン」は、関西人には理解不能なギャグなのですが、本田美奈子が言うと、外見とのギャプに笑い転げてしまいました。 本田美奈子のこういうところ、大好きです。本当に可愛い人ですね。 |
教えて頂き、ありがとうございます。 「好きから始めよう」もそうですが、この「東京が大好き」も美奈子.さんの歌声は変に飾ったところがなく、本当に素直で伸びやかです。美奈子.さんの歌に対する飾らない真摯な姿勢が伺えます。それだけに、歌に込められた情感がストレートに伝わってきて何度も聞いて、聞き惚れます。東京都の石原慎太郎も、もっともっとこの曲を世間に広める努力をすればいいのにね。美奈子.さんが亡くなって5年半が過ぎようとしていますが、もっともっと評価されていい歌手だと思います。 |
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