天ぷら油火災 <  (燃焼器具の火災)  <火災原因調査 <ホーム:「火災調査探偵団

火災原因調査
Fire Cause
火災損害調査
Fire Damage
火災調査の基礎
Fire Investigation
火災統計と資料
Fire Statistics
外国の火災調査
Foreign Inv.
火災調査と法律
Fire Laws
火災調査の話題
Such a thing of Fire
火災調査リンク
Fire Inv. Link

天ぷら油火災

                                          A4-06   06.12.09 改2011.12.25                   

 目 次
   1,「天ぷら油火災」の火災現場
   2,「天ぷら油火災」と言う火災統計
   3,「天ぷら油火災」の統計面から見た実態
   4,「天ぷら油火災」の出火機構
   5,「天ぷら油火災」に対する消火行動
   6,「天ぷら油火災」の現場
   7,追記、自然発火

1, 「天ぷら油火災」の火災現場
 火災現場
 (1) 現場の状況
  出火建物は防火造2/0共同住宅。
 焼損箇所は台所、北東隅のガステーブル付近とレンジフードとその周囲の壁体、天井及び戸棚等が焼損している。
 タイルの壁には粉末消火剤と油塵が黒く付着しており、レンジフードは黒く焼損している。焼損している内部ファン
 モータには短絡痕は見られない。ガステーブルの右こんろに両手鍋が載せられ、上に黒く焼損した座布団があり、
 中に黒く変色した天ぷら油が認められる。
 ? 関係者の供述
  「13時頃、昼食のため使用した天ぷら油を、固めて捨てるために温めなければと思い、ガステーブルのこんろの火
 を付けて、そのまま隣室で子どもの世話をしていました。そのうち火をつけていることを忘れてしまい、暫くするとガタ
 ガタという音でおかしいと思い台所の戸を開けるとガスコンロ上の鍋から炎があがっていました。直ぐに119番しまし
 た。その時主人が水に濡らしたタオルを掛け、さらに座布団をかぶせました。消火時に主人が腕と手にやけどをしま
 した。」





 ? 出火原因の判定
  台所で昼食時に使用した天ぷら油を廃油凝固剤で固めて捨て
 るため、鍋を再加熱中に隣室で子どもの世話をしていて、加熱し
 ていることを忘れたため油が過熱されて、約15分後に出火した
 ものと判定した。

 火災原因コードの適用  [発火源:ガステーブル2102,  経過:放置65,  着火物:動植物油 237〕 
  経過の分類として、放置・忘れる65、過熱38、引火する26、使用を誤る63などの経過が考えられる。揚げ物調理は、
 人の管理下を離れると火災に至ることが自明であることから、その行為者の出火に至る行為〔過失等〕の責任が発生し、
 そのことが火災の経過原因となることから「放置・忘れる」する。現象面の“過熱”は適用されなし、天ぷら油火災は
 “引火”ではないことから、これらのコードは適用しない。)
2, 「天ぷら油火災」と言う火災統計があるのか?
  統計から探す
  消防白書では、「天ぷら油火災」と表記される項目などは見られない
  なぜなら、火災統計は原則として「発火源」を基本に統計処理され、経過として「放火」「火遊び」が取り上げられるもので、
  通常は、「たばこ」「こんろ」「テレビ」などの火災原因となった「物」を示して統計処理される。もともと、「火災統計」は人の
  行為目的のような曖昧な要素を尺度して、分類体系しているものではないためによる。
  では、「天ぷら油火災」て、何を指すのか。
  統計として「天ぷら油火災」に近い表現で示している消防本部は、横浜消防・大阪消防・京都消防などがある。  
消 防 本 部 名 統計上の名称 平成22年中の火災件数
  東京消防- 統計書にはなく「火災の実態」  天ぷら油火災   323件発生。
   横浜消防-  統計書  植物油過熱出火   62件発生。「こんろ」が60件。
   大阪消防-  統計書  天ぷら油   88件発生。「ガスこんろ」が68件。
   京都消防-  統計書  天ぷらなべ   10件発生。「こんろ」が9件。
 
   調理中の火災であることは確かだが、発火源として「都市ガス・LPガス・カセットボンベ」「電気」をエネルギー源と
 した「コンロ」「ガステーブル」「固定式(大型)レンジ」「IH電磁調理器」などが該当し、経過として「放置・忘れる」「沸
 騰する・溢れ出る」
を対象としているのが東京消防で、経過にさらに「過熱」「使用方法を誤る」などを含むとされる
 と解釈して統計処理している消防本部もある。
 このため、東京消防の統計上は、発火源を「こんろ」等とした火災の内数として「天ぷら油火災」があるのに対して、
 横浜、大阪、京都のように「こんろ」の火災が外数とされて統計が取られていることに、注意を要する。
  つまり、横浜のように表記に「過熱」と言っていると経過に「過熱」が入っていることになり、大阪では着火物を「天ぷら油
 (動植物油)」として経過を考慮していないような表現で、京都のように天ぷらなべと言う「器具」を表記対象としているとフ
 ライパンなどで冷凍食品を油で再加熱している場合はどうしているのかなど、必ずしも「同じ要因で抽出した」統計数
 値ではない。 このため全国的には分かりずらいものとなっている。
  さらに、1,火災事例の「廃油凝固剤」に関連した「天ぷら油火災」は、揚げ物時の揚げ物火災ではないので、統計とし
 計上していない地域もある。
  どの都市の統計であれ、「天ぷら油火災」は地域的な制約を付けた「定義」で語られるものであり、
「普遍性のある
 火災原因ではない」
、と言える。
 このため、「天ぷら油火災」を調べようとすると、いきなり全国や地域別の「火災件数が不明」と言う壁につきあたり、
 その先へは進めなくなる。 
  天ぷら油火災が火災現象として当たり前すぎることと、普遍的な統計がないこともあり、「論文」として検討されたもの
 もほとんど見られない。
  東京消防の「天ぷら油火災」
   東京消防庁も昭和50年台の前半までは、“天ぷら油火災”という表現は、“天ぷら鍋火災”“揚げ物火災”などと
 表記しており、また着火物が動植物油であれば、すべて天ぷら油火災として計上したりしていた(現、大阪消防と同じ)が、
 現在は「(調理の)揚げ物に起因した火災で、揚げ物中にその場を離れたり、揚げ終えた後にガスこんろ等のスイッチの
 消し忘れりしたことにより、放置(又は忘れる)されて動植物油が過熱されて出火した火災」としている。さらに、廃油凝固剤
 の使用のため廃棄を目的に再加熱中に発生した火災も含まれるものとした。
  つまり、約30年前にこの揚げ物中の「天ぷら油火災」の増加に着目して、統計として着眼して統計数値を「火災の
 実態」の中で「天ぷら油火災」として計上しているが、その後の統計数値が同じ基準で「統一的に」集計されている訳では
 なく、せいぜい最近10年程度を統計的に見る場合は良いが、それ以前までさかのぼると統計の抽出基準がズレてい
 ることがある。
  このため「東京消防庁の統計書」には、「天ぷら油関連火災」として、経過「放置・忘れる」についての要因別件数を
 計上しているが、火災の実体の「天ぷら油火災」ですり少ない件数となる。
3, 「天ぷら油火災」の統計面から見た実態
  1,全国の統計
   「天ぷら油火災」の全国統計はない。
  2010年(平成22年)の東京消防の統計では、「ガステーブル・大型ガスこんろ・電気こんろ」を発火源とする「こんろの火災」
  は601件あり、その中で「天ぷら油火災」が323件である。「こんろ火災」の約1/2が天ぷら油火災に該当するとして、全国
  的に同じ傾向とすると、2009年の全国の「こんろ火災」5,461件の約半分2,800件程度と推定される。
   また、消防白書の「こんろ火災」の中の経過「消し忘れ」が、天ぷら油火災に該当すると推定すると3,644件となる。
   結局のところ、2010年の全国の「天ぷら油火災」は2,800~3,644の間で、約3,000件と推定される。
   (注: 消防白書の「消し忘れ」の経過表現は、不可解な言葉である。経過分類コードの「放置した・忘れた」と違って、
      「消し忘れる」は揚げ物終了後に当然に「消すのを忘れた」ことのように思われる。しかし、天ぷら油火災の実
      態は「放置した」と言ったほうが合致している。消防白書は、分かりやすくしょうとして、却って、火災原因の内
      容を枠にはめ込んでわかりにくくしていることがある。)

 
2, 東京の経年推移 ⇒  どうなっている「天ぷら油火災」の年別推移
   東京で「天ぷら油火災」に着目され始めたのは、いつ頃か、と思い資料を探して見た。
  それによると住宅火災で、1976年(昭和51年)に110件であったものが、1980年(昭和55年)には215件と倍増し、建
  物火災全体では
410件も発生している。このことから昭和50年前半から「天ぷら油火災」が住宅火災に大きなウェイト
  を占めるものとなったと思われる。
   さらに、1960年(昭和35年)当時「
ガスこんろ」を発火源とする火災は、165件であったが、10年後1970年(昭和45年)
  には575件となっており、
「こんろの火災」が10年で248%も増加していることから、1970年頃に一般家庭に広くガス
  こんろ(ガステーブルを含む)が広く普及し、その後10年ほどして「天ぷら油火災」が生まれてきたことになる。
   そして、1980年頃からは「こんろの火災」は毎年600件近くあり、その1/2以上が「天ぷら油火災」である傾向が30年
  近く続く
ことになった。

 
3,東京の最近の火災傾向
  2004年(平成16年)から2010年までの7年間の「年推移」である。
建物火災件数 天ぷら油火災件数(件) 焼損床面積(㎡) 死者(人) 負傷者(人)
 7年間の平均 3,659 368 (54) 1,162 1 183
2010年(H22年) 3,214 323 (49) 579 - 154
2009年(H21年) 3,493 337 (40) 1,137 1 160
 2008年 3,731 367 (64) 790 - 173
 2007年 3,637 397 (60) 1,780 6 227
 2006年 3,727 396 (48) 986 - 185
 2005年 3,979 413 (56) 1,170 - 195
 2004年 3,834 346 (58) 1,694 1 189
   ( )書きは、天ぷら油火災の中の廃油凝固剤に係る火災件数 ・東京消防「火災の実態」から
  「天ぷら油火災」は、最近の東京では、平均して年間368件(約400件)発生し、1,162㎡焼損し、1名が亡くなり、
 183名
が負傷している。
  そして、建物火災全体の10%を占め、1件の天ぷら油火災で0.5人の負傷者が発生している。火災件数としては、漸減
 傾向を示しているが、年によりバラツキがあり、特に死者の発生はバラツキが大きい。
  ここで、対比しやすいように、20年前の数値と比較したのが図-1である。
 
 図-1 20年前の「天ぷら油火災」との比較

 このグラフは、1986年から1990年までの5年間と、2006年
 から2010年までの5年間について、その当時の火災件数と
 負傷者数を対比して表した。
 その数値の平均結果を比較すると下のとおりとなる。

        1986年(20年前) 2006年現在    
対 比
 火災件数   592件   →    364件   減少率38%
 焼損床面積 3,405㎡   →    1,054㎡   減少率69%
 負傷者     213人    →    180人    減少率15%

  火災件数で38%の減少率など、この20年間の消防の「天ぷら油火災」に向けた火災予防への足跡が、大きな減少効果
 を果たしていると思われる。
  また、機器の改善では、2005年(平成17年)8月以降の家庭用ガステーブルの一口以上に「調理油過熱防止装置」が標準
 装備化となり、台所の内装規制(建築安全条例)などの様々な対策が次第に効果をあげている。
  この「過熱防止装置」は、2005年以前から普及していたが、1998年(平成10年)頃から、ガステーブルの片方のバーナー
 に、ハイカロリーバーナー(4.65KW-4000kcal以上)が装填されるようになり、2008年頃はこのガステーブルが主力商品となっ
 た。このハイカロリーバーナーは中華鍋などを使用対象とした目的のため、「過熱防止装置」が取り付けられなかった
 しかし、揚げ物調理では、このハイカロリーバーナーの方を使って調理に使用することから、「天ぷら油火災」への減少は
 効果的ではなかった。
  例として、2008年の統計によると、「天ぷら油火災」242件の内、「過熱防止装置の付いたガステーブル」からの火災が
 108件あり、その全ての火災で「過熱防止装置の装着されていないバーナー」を使用して、火災が発生している。
  そのため、依然として、天ぷら油火災防止の注意喚起を展開し、併せて、全てのこんろに装備すること消防から要望され
 た。
  2008年(平成20年)10月からは、ガステーブルのすべてのバーナーに「調理用油過熱防止装置」が装着される
 ととなった。今後、ガステーブルの取り替えに合わせて、天ぷら油火災は減少するものと思う。
   
今と昔の統計から見た「天ぷら油火災」の危険性の着眼点
  20年前との比較では、火災件数等すべて減少しているように見えるが、1990年当時と2010年の現在の比較の中で、
 [負傷者発生比率=負傷者数/火災件数]を見ると、1990年では213/592= 0.36 2010年では180/364= 0.50 と、
 
38%も増加している。
  つまり、現在の「天ぷら油火災」は、20年前と比較して、負傷者が増加し、消火時の人命危険性が増加してい
 る
と言える。表現を変えると、「火」に不慣れな人が多くなって、消火のタイミングが分からなくなって、火災時に負傷して
 いる。天ぷら油火災の「現在の特徴」は、20年前と比べて、火災遭遇時に負傷する人が増加し、負傷者発生率が5割近
 い高率となっていることにある。

 
,どのような建物で出火しているか
  2010年(平成22年)の東京消防の天ぷら油火災396件の用途別出火割合である。 
用途   用途 火災件数 小計の割合
 居住系  小   計 291件
 共同住宅 184件 63.2%
 住宅 86件 29.6%
 複合用途の住宅 21件 7.2%
 事業所系  小   計 105件
 飲食店 92件 87.6%
 キャバレー・ナイトクラブ  4件  3.8%
 工場・作業所  3件  2.9%
 の他  6件  5.7%
 居住用途では、共同住宅が過半を占めて、事業所用途では飲食店が9割近くを占めている。
 1990年当時と2010年現在を図に示す。
         1990年(平成2年)         2010年(平成22年)
 1990年当時では、住宅が最も多く52%で、飲食店は13%であったが、現在では住宅は29%と減少したが、
 共同住宅は29%から44%に、飲食店も13%から22%に増加している。
 火災件数全体としての減少は、住宅での天ぷら油火災の減少が大きく影響していることになる。

 
5, 何時頃出火しているのか。 → 「天ぷら油火災」となる揚げ物調理は何時頃行われているか
 東京の「天ぷら油火災」の発生している時間別件数のグラフを示す

 図-2 東京消防の「天ぷら油火災」の発生
 時間別変化(2006年から2010年の5年間平均)

 一般に「天ぷら油火災」を考えると、「夕食
 時の調理中」の火災と思われるが、17時か
 ら20時の夕食時は4割でしかなく、朝食時・
 昼食時にも多く発生し、深夜帯の23時から
 翌朝4時までも約1割が発生している。
 発生時間は、一般に思われる以上に多様性
 な時間帯に発生している。

 
6,どのような理由でその場を離れているか?→揚げ物調理中にその場を離ることがある事情 
 
東京消防の2006年から2010年の5年間の「天ぷら油火災」の「放置・忘れたことなどの理由」をグラフにする。
  ここで「a仕事」は、「他の部屋で仕事や片づけをした」こと
 で、「b テレビ」は「テレビを見ていた」ことで、「c 雑談」は「そ
 の場を離れて雑談した」ことなどである。
 要因を大くくりすると。
 能動的な要因 51% 仕事や片づけ、買い物のための外出、
                一休みした(寝込んだ)が該当する。
 能動的要因から見ると時間的には、「揚げ物調理の前(油
 の加熱中)」が多い。
 受動的要因 22% その場を離れて雑談、電話対応、用便
               などが該当する。
 受動的要因の内容からは、「揚げ物調理中」にその場離れ
 たことが多い。  
 その他(忘れる) 7%    食事をしたが該当する。
 忘れるのは、「調理後」に消し忘れることがあげられる。

                   これを図示する。

   図示した中では、「天ぷら油火災」の発生
   要因は、「調理前」が過半を占めている。
 このように見ると「出火の要因」は、6割以上が「調理前」にその場を離れていることであり、「調理中」にその場
 を離れるのは全体の3割程度となる。 従来から、「揚げ物調理中は、その場を離れないように」と言われてい
 るが、天ぷら油火災は、調理中ではなく、「調理前」の時間を他のことに利用していることが要因となって
 いる。
 揚げ物の調理では「油が温まるまでの5分程度の時間が長く感じられる」ことが、火災を招いている、
 
と言える。

 
7,行為者の年齢はどうなのか
  ここで行為者の年齢を見る。
  行為者の年齢は、20歳代・30歳代が最も多い。「出火の要因」にあるように「調理前に出火」しており、この年代の
 人が「多忙である」で、天ぷら油が温まるまでの空いた時間を、子供の世話、洗濯物の整理、掃除などに利用する
 ことが、「放置する」原因となっている。
  65歳以上も全体の2割を占めており、この世代の行為者の増加傾向が、火災時の負傷者増加の要因となっている。
  また、15歳未満であっても2%が該当し、「天ぷら油火災」と言っても、揚げ物の調理が冷凍食品の揚げ物調理な
 ど、従来と比べて冷凍食品などの半調理品が増加して、誰にでもできる調理となっていることによる。
 
 
 統計からのまとめ
  「天ぷら油火災」の全国的に共通した統計はない。
 天ぷら油火災の傾向(東京)
  20年前に比べて、火災予防広報や機器の改良などにより火災件数が減少し、台所付近の内装の難燃化により
    焼損面積も減少となっている。しかし、火災発生時の
負傷者発生率は著しく増加している。
 ② 出火時間帯は夕食時の火災は4割程度で、朝から平均して火災が発生し、深夜帯においても1割近い火災
   が発生している。
 ③ 出火の要因として、調理場から離れるのは、能動的な要因が多くその場合は「調理前の油加熱の待機時」
   が6割
近くあり、油を加熱中の4分~6分程度の空き時間が天ぷら油火災の「魔のタイム」となっている。
 ④ 行為者は、15歳未満、65歳以上の人も意外と多く、揚げ物調理が冷凍品など半調理品により「お手軽感」が
   あり年齢層の広がりを生んでいる。
 ⑤ 過熱防止装置のないハイカロリーバーナーを使用している火災が多くある。
 
 廃油凝固剤(例、固めるテンルなど)に関連した火災が、15%も発生している。これは、後片付けの片手間
   に行われるために注意が散漫となり、「加熱していることを忘れる」ことによる。

4,「天ぷら油火災」の出火機構
 1, 天ぷら油とは
 「天ぷら油火災」と名称している「天ぷら油」とは何か、と言うと、そのような個別的単体はないことになる。
 サラダ油が野菜などにかけられるあっさりした油で、「天ぷら油は揚げ物調理に合うように作られ、加熱しても劣化し
 にくい油の性質を持ったもので、主に大豆油を使用し、それに他の油をブレンドしたものが多い。」となる。
  ・ 植物油としては、大豆油・なたね油・綿実油・ゴマ油・トウモロコシ油・ひまわり油・ベニバナ油・ごま油・
              オリーブ油・パーム油などがある。
  ・ 動物油としては、ラード(豚脂)・ヘッド(牛脂)などがある。
  一般家庭では、植物油系を「天ぷら油」として使用するが、トンカツの料理店などは揚げ物調理にラードなどを使用す
 ることが多い。ラードのほうが植物油より加熱時の劣化が少ない。
  ラードに風味付けのためごま油を添加することもあり、この油で揚げたトンカツやメンチなどは、食感の旨味に独特の
 味わいがある。ただし、慣れていないと食後に“胸焼け”を伴うことがある。
 ラードは固形のため、揚げ物調理で使用するめに、ラード油を溶かすための時間がかかり、その仕込み中に火災となる
 調理店も多いのも特徴である(一斗缶に入ったラードを取り出して、深鍋で溶かす)。
  なお、海外旅行で、「水にあたって、下痢をした。」とよく言われるが、食事の揚げ物料理で使用される「調理油」が日本
 人の食生活習慣とかなり異なることから、下痢などを招いていることもある。必ずしも「水」だけが原因ではなく、体に良い
 植物油中心のあっさり系の食生活をしていると東南アジア、中南米の濃い「油」の調理食材に胃腸が負けてしまい、下痢
 を招くこともある<参考まで>。
 どんな調理法か
  調理の本を見ると、天ぷら油の温度は、野菜類や肉類で160℃~170℃、魚介類で180℃、など言われている。ただし、
 植物油系の天ぷら油では食材を入れると「油の温度」が急激に低下するので、一定温度で調理するために多目の油を
 使用し、小出しに揚げると「カラット」した揚げ物となる。 このため、少ない油では、ガスの調理では温度調整が難しいが、
 IH電磁調理器だと一定温度に加熱保持されるため「揚げ物調理」に向いていると言う人もいます。

 
2,天ぷら鍋
  はじめに記載したが、「天ぷら油火災」は統一名ではなく、京都消防は「天ぷらなべ」火災と呼んでいる。
 そこで、では「天ぷら鍋」が統一された扱いとなっているかどうか。
  「天ぷら油火災」で使用されている鍋を調べてみたことがある。その時には18件の天ぷら油火災で、中華鍋(天ぷら鍋を含
 む)10件、フライパン5件、片手鍋2件、両手鍋1件が使用されていた。 フライパンなど底の浅い鍋は揚げ物調理に不向きと
 されているが割近く使用されていた。これらは冷凍品の調理に主として使用されている。 IH電磁調理器では、「揚げ物専
 用」とされる鍋があるが、ガステーブルでは、使用者により中華鍋やフライパン代用することも多い。
 もっとも代表的な鍔(つば)が、内側
 に向いている「揚げ物専用」鍋。
 よく利用されている揚げた物の油を切
 るように鍔が広がり、深い底のタイプ。
 IH専用も油きりのないこのタイプ。
   揚げ物時に利用される
   「両手付中華鍋」
  一般家庭では「片手中華鍋」が多い
 中華鍋は、一定量の油の温度管理が難しく揚げ物調理には不向きな鍋で、天ぷら油火災になりやすいタイプ。
 
この中華鍋とフライパンが、「天ぷら油火災」時の鍋の代表格となっている。
 

 左写真は火災現場の「鍋」。
 「天ぷら油火災」で使用されていたのは行平(雪平)鍋(片手鍋)。
 独身女性の住居では、行平鍋より小さいミルクパンが使用され
 ることもある。このミルクパンなどだと、油も小量のため、ちょっ
 と目を離して「隙」に出火する。
  ( 「天ぷら油火災」の実験報告として、日本消防検定協会「検定時報」2004年3月があるが、この実験では、高カロリー
    の業務用ガスこんろを使用し“中華鍋”を天ぷら鍋と称して行っている。実験者が、実際の「天ぷら油火災」の現場を
    見たことない人達で、天ぷら鍋と言う調理器具を知らなかったのかなと・・・・)

   
ここまでをまとめると「天ぷら油」も「天ぷら鍋」もマチマチで、特定されない対象を相手にしていたことになる。
       それほどに「火災」とは、生活の多様性の中で生まれるものなのです。

 
3,天ぷら油火災の代表的な出火経過
 一般家庭で多く利用されている天ぷら鍋は直径20cm~25cmで、深さ5cm~8cmである。 昔は直径、深さとももう少し
 大きかった。時代とともに、全体的に小ぶりとなってきている。そのため、油量も700m?~1.0?から、今は鍋の小型化に
 合わせて500m?~800m?となっている。
 実験結果-1  加熱・出火曲線
 
天ぷら鍋(直径28cm, 深さ8cm) に
 天ぷら油(主成分大豆油)1?を入れ、都市ガスの
 ガステーブルで加熱(2100kcal)により実験。
 結果は、左グラフ1のとおり。 加熱すると天ぷら
 の適温180℃となり、青い煙がうっすらと出る状
 態から、次いで白い煙が出始め引火点の
 240℃~270℃を経て、相当の煙がでて
 発火点の360℃~380℃に達して発火する
 この加熱・出火の曲線が最も一般的なグラフである。
 このグラフが「天ぷら油火災」の最も一般的な加熱曲線である。
 火災実験では、煙が出始めてから発火するまでの時間が長く感じられ、かつ独特の臭いに悩まされる。

 4,引火と発火
  発火なのか・引火なのか、という比較実験は、裸火でない投げ込みヒータを用いて加熱していくとやはり370℃付近
 で発火する。これはガスこんろによる鍋への加熱で出火する発火温度と殆ど差がなく、ガスこんろの場合も発火であ
 ると言える。 引火温度を超えて、300℃になると油面からは、かなりの煙を発生するが、マッチやライターの火では
 「着火しない」。 さらに、330℃付近では、マッチの火で着火することがある。 その温度はほとんど発火温度に近く、
 油の煙が、鍋の下に回って、ガスの火により引火して「着火する」ことも検討されるが、油の煙は上昇への気流が強く
 鍋の下に回り込むことはない。 加熱中にマッチの火を近づけると340℃付近で火がつくが引火点270℃付近では継続
 した炎にならない。
  また、発火して「火の付いた状態」の天ぷら鍋に、蓋をして消火しても、蓋を取り除くと油温が350℃近くの温度だと
 激しく白い油の煙が出た後に「ボット」着火する。火源は必要とはしない。
  油の種類   引火点 (℃)  発火点 (℃)
  オリーブ油
 綿実油
 トウモロコシ油
 大豆油
 なたね油
 落花生油
   225
   252
   254
   282
   163
   282
  343
  343
  393
  445
  446
  447
         (*引火点については密閉法による。* 昭和56年9月東京消防監修「火災原因調査事例集」から
 食用油の種類   発火温度 (℃)   発火後1分後の温度(℃)
 食用調理油(エコナなど) 
   食用なたね油
   食用ひまわり油
   食用サフラワー油
   食用大豆油
    323
   354
   355
   357
   360
    390
   424
   430
   438
   433
          ( * 平成16年3月 日本消防検定協会「検定時報」第58号から 
 文献により、「発火温度」に大きな開きがある。通常は、発火温度は340℃~380℃としており、現在では、検定協会
 の「数値」が最もその値に近い。 しかし、天ぷら油は、主成分が大豆油とされていても様々な他の油をブレンドしてお
 りあくまでも「目安」でしかない。
 次に、「新品の油」と「劣化した油」についての実験では、温度の高い低いに関係なく、「劣化した油」の方が、「発火ま
 での時間」が遅くなる。
 
廃油凝固剤に関係した火災が「天ぷら油火災」の約15%を占めていることから、凝固剤を入れた時の発火点の温度
 変化は下表のとおりである。
    表 天ぷら油に油処理剤を加えた時の発火温度の変化 
  試料の条件 発火温度
 基にした「天ぷら油」  366
 A社 の処理剤  1本添加  363
 2本添加  353
 B社 の処理剤  1本添加  362
 2本添加  361

  「廃油処理剤」を投入すると発火温度は、少し低くなるが、投入したことによる「火災危険性の変化は、ない」。

 
5, 発火の仕組み
 化学的には、天ぷら油の主成分はトリアシルグリセロール又はジアリルグリセロールで、火災に近い温度になると熱重合
 し主成分が異なるものとなる。
 トリアシルグリセロールは、1個のグリセリンと3個の脂肪酸が結合したエステルの混合物で、グリセリンに結合する脂肪
 酸の種類や割合によって様々な性質を持つ。
 例えば、3個の脂肪酸のうち2個以上が不飽和脂肪酸(オレイン酸、リノール酸など)であれば、その油は常温で液体で、
 大豆油、なたね油、綿実油などの植物性液体油となり、3個の脂肪酸のうち2個以上が飽和脂肪酸であれば、融点が高
 く、常温で固形であるため固形脂と呼ばれ、ラード(豚脂)、ヘッド(牛脂)などの主成分となる。
 ジアリルグリセロールは、健康面を考慮して開発された「食用調理油(商品名エコナ)」などがあるが発がん性の安全面
 から、市販量は少なくなっている。
 
天ぷら油の加熱曲線は、加熱開始から徐々に温度上昇し、300℃からは温度上昇が抑えられて、その後、
 発火すると急激に温度が高くなる。

   化学的には熱重合による成分変化があり、油そのものの物性に影響される。
名称 不飽和脂肪酸 飽和脂肪酸 よう素価
リノール酸 オレイン酸 パルミチン酸 ステアリン酸
ひまわり油 52 42 3.7 1.6 186~194
なたね油 24 14 3.5 - 94~106
綿実油 41.7~53.6 23~35 19.2~21.9 1.3~2.7 101~120
大豆油 51.5~57 32~35.6 2.4~6.8 4.4~7.3 188~195

 実験-2  鍋の中の油の高さによる「温度変化」

 電気クッキングヒータを用いて、天ぷら鍋に油400m?を入れ、鍋の底・底から1.5cmの高さ・油表面(底から3cm)の
 3層の温度差を測定した。(平成7年3月東京消防3月号「主任調査員からの報告No170から)
 グラフのように、「表面」と「中層」では5℃前後のわずかの温度差だが、「表面」と「鍋底」では20℃近い温度差が
 あり
、表面温度は低くなる。つまり、加熱して「発火」した時には、空気と触れている「表面温度」が発火温度(362℃)
 となっているが、底部温度はそれ以上の温度(375℃)となっている。
  
鍋の垂直深さの測定部位によって、「発火温度」はかなりの幅があることもわかる。
 発火すると全体に対流が増して、一気に各層の温度が均一となって高くなる。
 また、
発火していなくても鍋を揺らして底層と表面層が混ぜると底部の高い温度層の油が酸素に触れていき
 なり発火する。
 このように、油の深さ位置による「温度差」があることから、深くなるとさらに温度差が出てくる。このため、文献によ
 って「発火温度」が異なるのは、試験油に対する熱伝対測定点の「深さ」によるよることにもある。
  植物油は、鉄と同程度の熱伝導率を有し水の100 倍近くあり、かつ、粘性係数は水の数十倍もあることから、加
 熱時の熱拡散は水のような対流運動による拡散ではなく、伝導による熱拡散が大きく影響している。したがって、
 熱伝導が伝わりにくいことから、加熱時の天ぷら油の温度はいかなるポイントでも表面より、加熱面の底部が高く
 
なる。
  表  天ぷら油の理科特性
 物 質  熱伝導率 cal/cm,deg  物 質  粘性係数 cSt
 
 水
 植物油
   0.15
    0.0015
    0.157
大豆油  37.5℃
  〃   98.9℃
  水    30℃  
   28.49
    7.60
    0.80
 新品の油と使用済み油の火災性状の違いも、粘性が高くなることから、加熱の時間が長くなることが分かる。
 熱量ΔQ= 一定 の供給に対して、温度ΔTは、水のような場合は、
  ΔT=αΔQ×Δt(α:熱効率) 直線となる。
 天ぷら油では、ΔT=(αΔQ-Tβ)×Δtのように、熱伝導により熱が伝わる
 が、高温域(温度T)で油の粘性変化が大きく、伝わりにくくなる。 これは高温
 域で油が膨張し、「体膨張」が大きくなり粘性が低くなって「放熱量が増える」
 ことでわかる(油を加熱すると体膨張がよく分かる)。このため「放熱」量が大
 きくなり、一次遅れの微分方程式を解く形となって、加熱曲線はExponential
  カーブ(指数関数)となる。
 つまり、入れ物に蛇口から一定量の水をいれると、次第に増加する。この入れる水を加熱量とすると溜まる水位が
 温度となる。「水」のような比熱変化が少なく、対流で熱伝統する液体だと水位が一定で、直線的に上昇するが、
 「天ぷら油」では、蛇口から水を入れる水位が不均一で、しかも入った水位に応じて「漏水量が増加する」ような入
 れ物に相当する。そのため水位(上昇温度)は、数学で扱う一次遅れの微分方程式となり、指数関数となる。
  発火すると、全体が炎の上昇気流で対流が生じ、「過温状態」の底部付近の油と表面が攪乱(かくらん)して、拡散
 するため、表面温度は一気に高くなり、さらに燃えている炎の輻射熱で表面温度はさらに急激に上昇する。
  この発火温度近くの高温域の「天ぷら油」の特性を理解していないと、屋外で、通常のガステーブルを用いて、天ぷ
 ら鍋に相当量の油(1?とか)を入れて「発火実験」をすると、風による鍋の放熱影響から「煙は出るが燃えあがらない」と
 言う無粋な火災実験となる。また、発火後の1分間の挙動なども輻射熱と対流の影響により、様相変化が大きいこと
 を理解しておく必要がある。
 発火しない実験実例として。
  室内でも、直径34cmの中華鍋に油 650m?を入れ都市ガスこんろ(2400kcal)で、中火以下で5時間加熱して出火に
 至らなかったことが報告されている。
5,「天ぷら油火災」に対する消火行動
  1, 「天ぷら油火災」の消火行為における負傷者発生要因
  発火すると「天ぷら油」の挙動は一変する。
  実験からの火炎形成の観察では、発火して、10秒で30cm、30秒で50cm、60秒で1mを超えてしまう。
  ガステーブルの熱量、鍋の大きさ、油の量により大きく異なるが、一般家庭規模を想定した実験では、だいたいこの
 ような火炎形成の推移となる。たった1分で1mの高さの炎だ。検定試験のように「発火後、少ししたら点火を止める」
 とは、実際の火災現場にはない。このため、発火後も加熱が続くため、炎の成長は急激なものとなる。
 次に、火災の発見者は、身近にいる人で初期消火者は、調理者本人が多い。
  天ぷら油火災の負傷者は、統計面から示すように1件の火災で0.5人である。同じ7年間の建物火災からの負傷率
 1件の建物火災に対して0.29人で、1.7倍近い差がある。
 いかに、天ぷら油火災時の負傷者が多いかが理解されると思う。
  その主な原因は、
①「天ぷら油火災」は火炎の成長が著しく早い。
               
② 消火方法に思い違い(勘違い)がある。
             ③ 消火方法で、換気扇などの影響を無視した、消火行為などの説明が横行している。 
             ④ 行為者に高齢者や子供などがいる。


 2, どのような消火方法がとられているか
  下図は、1997年(平成9年)の「消防に関する世論調査」から天ぷら油火災の消火方法を尋ねた“回答”です。
       (少し古い統計ですが、現在の世論調査にはこの質問項目がないので。)
    問い: あなたが知っている「天ぷら油火災」の消火方法はどれですか。知っている方法
         をすべて次の中から選んでください。(複数回答)
  「天ぷら油火災」の消火方法として、71.6%の人が濡れシーツなどで覆って消火するというものである。この方法で
 消火するとほとんどの場合、居住者が消火中に火傷を負うことになる。屋外で実施されるような「天ぷら油火災の消火
 訓練」と違い室内では行動を阻害された中で消火するためである。自宅がまさに燃えようとしている時に冷静沈着に、
 立ち上がる炎に向かって、炎を覆い包み込んで消火することは至難なことである。
  このような「誤った消火方法」が、多くの負傷者を発生させているのであり、消防機関などの防災関係者は猛省すべ
 きである。決して、消防機関が「濡れシーツによる天ぷら油火災の消火方法」を展示し訓練させてはならない。
 「天ぷら油火災」の結果を無視した無責任な指導とも言える。
 グラフからは、「野菜を投げ込む」消火方法を35.4%の人が挙げてるが、現在(2011年)ではこのような大きな数値では
 ないと思う。

 
3, マヨネーズ消火法の話題
  回答の中に「マヨネーズを投げ込む」が20.9%もある。
  1989年(平成元年)に、神戸市消防局がこの「マヨネーズ消火法」を唱え、マスコミが飛びついた。このため、提唱者
 の思惑を越えて広がり過ぎた時代の産物の一例である。この消火法は“たまたま近くに消火器がなく、天井や壁に
 延焼していない天ぷら油火災では、器具コックを閉めてマヨネーズをそっと投入し、炎の抑制を図り、その後に消火
 する。”原則は消火器による。”としてあくまでも便宜的なひとつの手段だとしていが、テレビでは“消せる”との映像
 構成が取られて放映されたことが誤解を生んで広がった。
  その結果、1989年の世論調査では消火法としての認識度は0%であったものが、翌1990年には25.4%
 都民が消火法として認識し、グラフの1997年でも20.9%の数値となっている。
 1990年に調べた「天ぷら油火災」18件の中で、2件が、実際にマヨネーズを初期の消火に使用していた。
  「天ぷら油」の特性として、「熱しやすく冷めやすい」。
  揚げ物を調理中に、野菜を一つ余計に鍋に入れるだけで急な温度低下となる。例えば100℃の天ぷら油と水に、
 それぞれエビ一匹を入れると、その時の温度降下は、天ぷら油69℃、水78℃と違いが顕著となる(「知識の宝庫」から)。
  冷却効果が大きい、ことが特徴で、このことが油と親和性のあるマヨネーズによって、冷却を促し、かつ、油の表面
 をマヨネーズの卵白が覆うために消火している。
 マヨネーズの消火法の効果は、神戸市消防科学研究所が行い、その検証をマスコミ発表後すぐに大阪市消防
 学校
で行っており、実に31回もの消火実験をしている。
  鍋の「天ぷら油」が発火して炎が天井に達した時に、容器入りマヨネーズを滑り込ませると、一瞬炎が大きくなるが、
 次第に炎が小さくなって消火に至る。鍋内でマヨネーズと油が溶け合ってぶくぶくと泡立って、この泡が油面を覆い
 かぶせて窒息と冷却により消火する状況が観察されている。泡はマヨネーズ中の卵黄がゲル化することにより生じ
 る。
   マヨネーズの容器は熱で一部が溶けるが、元の形は残ったままとなる。消火できないケースは、マヨネーズの
 量が油面に対して少なく、泡が覆いつくせなくなる時である。油面との関係を神戸市消防局で調べているが、さらに
 単純な油量による近似関係を大阪消防で調べており、これによると消火可否の実験関係式は次のように算出され
 ている。
   y> 0.4x+20 (y:マヨネーズの量 [m?] 、x:油の量[g] )
  油量が 700m?なら最低でも 300g が必要量となる(少し大きめの市販されているものが 500g)。
   しかし、消火の可否はともかく消火用具としては“炎の拡大防止の便宜的な方法”としてのみ、その効果を説明
 すべきものでしかないと言える。また、これらは実験室内でのことであり、実際の家庭では「換気扇による天井への
 炎拡大があり」 容易に近づいて、マヨネーズをへ効率良く投入できる訳ではない。このことは、スプレー式消火用具
 も同様のこととである。

 4,消火器による消火法
 「天ぷら油」の特徴として、冷めやすいと言う冷却効果のため、強化液消火器で消火すると強化液の薬剤が混入して
 温度が下がり、再出火することなく消火できても、粉末消火器だと「炎」が消えてから、動かす再出火することがある。
 粉末消火では窒息消火だけで「温度降下」が低いため、油が発火点以上に保たれて「空気が入る」と再出火する。
  強化液消火器での実験。
  消火器による消火方法として、中性薬剤の強化液消火器は天ぷら油火災に不向きではないかと言われていること
 から東京消防庁消防科学研究所で実験している。
  2,100kcal/h の 13A都市ガスこんろにより直径24cmの中華鍋に 800?の大豆油を入れて過熱し、15分~16分で発火
 点(360 ~380℃) に達して出火している。その後に、炎高さ1mの時にアルカリ性と中性の3?強化液消火器を放射し
 て比較実験した結果、次ぎことが導かれている。
 ○ 中性強化液薬剤は、放射時に炎の拡大をあおることがあり、鍋からある程度距離を置いて放射する必要がある。
 ○ 放射時は、間欠放射は避け、連続的に放射する。
 ○ 1?型家庭用消火器は、炎の吹き返しもなく、利用効果が高い。

 5, 実際の消火方法
  2006年から5年間の「天ぷら油火災」時の初期消火方法を調べると、図のようになる。 

 「消火器」が33%、「衣類等」「寝具等」を
 かぶせるが28%、
 「バケツ等で水を掛ける」が15%となっている。
 現在、消火器の普及が多くなされていても消
 火に使用されているのは33%でしかない。
 残り7割近くが、不適切の消火方法をしている。
6,「天ぷら油火災」の現場から
  1, 火災実験から見た場合
  住宅の一室で「天ぷら油火災」を再現した。実験と実際に近い現場で大きな違いは、天井の高さにある。
 住宅では天井の高さが2.4m程度、流し台の上のガステーブルに乗せられた「鍋」が0.8m近くあり、天井までは1.5m
 程度。先ほどから説明したように、出火から1分程度で炎高さが1mになると、出火から3分もすると「天井に達する」。
 天井に炎が這うと、普通の人は恐怖感に捕らわれることになる。これが、火災実験室などで再現する「天ぷら油火
 災の消火」と大きく違うところだ。
  天ぷら油火災など容易に「消せそう」に見えるのは、天井の高い火災実験室で、予め決められたとおりに出火させ
 ているからで、「単なるたき火」と同じような消火感覚だ。
 これだと、濡れた衣類でも、マヨネーズでも、スプレー式消火用具でも、鍋蓋でさえ「消せる」ことになる
出火前の状態 天ぷら油火災となる 天井へと拡大する 天井に沿って拡大する
 これだけ室内に煙が充満し、炎が自分の目線より高くなると、消火器の消火でも不安感と恐怖感につつまれる。
 できるだけ、離れて、消火することが、一番だと言える。
 その意味では、再出火するとは言え、「粉末消火器による放射」が効果的と言えそうだが、現在、平成23年1月改正
 によりほとんどの「住宅用消火器」は、強化液消火器となっているので、使用時のタイミングについて、訓練をしておく
 必要がある。

 
2,火災現場から
 (1) 事例1
 組み込み式のコンベックにより揚げ物調理中に出火した「天ぷら油火災」

 コンベックのバーナ部上部の壁は二方向は、表面のモルタルが剥がれて
下地のコンクリートがむき出しとなり、こんろ右側の壁体部は黒く変色して
 ひび割れが見られる。
 
 調理台付近の焼損
 調理に使用していた鍋を復元して見ると、右側のバーナ―部の黒色部
 が強く焼損している。
 こんろ上の左側鍋は変色等はなく、右側のフライパンは全体に黒く油
 汚れと焼損がみられ、その右棚上のステンレス製油クリーナーも黒く
 変色している。
 天井のレンジフードは網が外れ、換気扇ドラムが強く焼損している。
 天井面も台所一面に煤が強く付着している。
 レンジフードはケース全体が強く焼損している。

 このように、「天ぷら油火災」は、早期にレンジフードが焼けてしまう。
 消火者の目線より高い位置で、炎が広がり、天井一面に黒い煙が
 充満する。

  さらに、別の火災現場においても、天井部付近を見ると。
 (2) 事例2
 内壁のタイル壁の焼損はほとんど見られず、レンジフード付近が黒く
 焼損している。
 ガステーブルは2口タイプで、右側がハイカロリーバーナとなっており、
 左側のバーナーは普通タイプで過熱防止装置付となっている。左側フ
 ライパンには溶けたアルミ溶融物が付着しているが、変色等焼損は見
 られない。
 右側の両手鍋は黒く焼損し、中に強化液消火剤が入っており、背面の
 アルミ製天ぷらガードが溶融している。ガステーブルの点火摘みは3つ
 とも消火の位置にある。 レンジフード内は換気扇が強く使用損している。
  ガステーブルの取付け説明では、壁側と反対側にハイカロリーバーナー
 が来るような「ガステーブル」を設置するようになっているが、この現場の
 ように使い勝手の良い「右側」ハイカロリーバーナータイプが置かれるこ
 とがあり、指針に反していることが多い。
  2つの現場からわかるように。
    
台所の室内が不燃材で仕上げられており、壁の焼損による延焼拡大は抑制されている。
   
 ② ガステーブルのバーナは、使用状態を確認できる場合もあれば、消火行為者が消火に戻しているこ
     とが多い。(使用立証は、全焼火災などでは必要となるが、一般的には消火行為者が消火している。)
       ( ⇒ 「ガステーブルの使用立証」は、別のコーナに詳細を記載しているので参照のこと。)
   
 ③ 天ぷら油火災では、必ず、鍋を復元した状態にして写真撮影し、周りの焼損とのつながりを確認する
      必要がある。
   
 ④ 燃えた鍋の変色やその付近の壁体等周囲の油塵の付着、焼損の強さを見分する。反して、直近の
      隣接バーナ上の鍋などは焼損が弱いことが多く、焼損痕跡は、出火した鍋から換気扇等に向けて
      円錐状に限定された焼損が見分される。
    
 換気扇、レンジフード等の焼損が強いことがわかる。
    
 調理行為者の「供述」をしっかり録取して、時間経過と焼損程度に合理性があれば、「再現実験」
      などは、通常は必要としない。つまり、焼損の程度と関係者の供述に一致していると判断した時は、
      その中で火災原因を判定すれば足りる。

  これらのことから、「天ぷら油火災」は、炎を上げている天ぷら鍋の上方に向けて円錐状の焼損となるが、換気扇により
  焼損が強くなる。消火で、天井部の換気扇を消火できないと延焼拡大することにる。
 (3) 事例3
 ガステーブルの焼損が強く、特に右側の片手鍋の上部
 付近の焼損が強い。ガステーブル上には換気扇がある
 が、流し台上の収納棚により、写真上では影となってい
 る。
  この現場のように室内側の焼損と合わせて、
  室外の屋根のひさしに延焼している。
  このように換気扇から外壁へと延焼する。
   つまり、「天ぷら油火災」は、燃え上がると炎が換気扇により吸い上げられるようになり、すぐに、消火行為者の
 目線より高い所で燃えることとなる。このことが、様々な「天ぷら油火災」実験や消火器の検定試験法での「燃え広
 がり」と大きくことなることである。 初期消火の難しい「火災であるとの認識」が必要で、住居の内装仕上げがして
 ある建物であれば、「天ぷら油火災」の消火はあまり無理をしないで、119番通報と「避難」を優先させることも大事
 な選択肢である。
7,天ぷら油火災、追録 「自然発火にも注意を」
  自然発火の火災現場
  今までは、調理に関しての火災であったが、天ぷらを揚げた後の処理で「自然発火」することがある。
  もちろん「天ぷら油火災」としては扱わないで、火災原因調査上は化学火災に分類され、余熱発火(自然発火
  )の火災事例となる。
 火災事例 (加熱した天ぷら油を含ませた衣類からの自然発火)
  マンションのベランダから出火した火災。
 出火時分: 8月 2時
 火災概要 : 夕飯後に、新しいフライパンをなじませるため、フライ
 パンに「天ぷら油」300m?を入れ、煙が出るまで加熱(再現確認によ
 りその時の油の温度は約250℃)し、ゴミ袋に入れた綿製の衣類に
 浸みこませて、そのゴミ袋をベランダにおいて置いた。その後、約3
 時間後に出火し、ベランダから居室に延焼し、約53㎡を焼損した。
  原 因 :  衣類に浸みこんだ天ぷら油が酸化発熱し、約3時間後に出火した。
        (火災調査上の原因の経過コードでは“余熱発火”に分類される。)
  事例では衣類に含ませているが、高い温度状態で廃油凝固剤により固めて、放熱させずに、そのまま捨てると
  出火している事例もある。
  さらに、天ぷら油により料理店で作られる「揚げ玉(あげかす)」からもよく自然発火の火災が発生する。

 天ぷら油に使用される動植物油には「不飽和脂肪酸」が含まれるから

  これらの植物油の自然発火性は、その成分に含まれる「不飽和脂肪酸」により酸化発熱を起こして発生する
  火災です。 広義には「自然発火」と捉えますが、火災原因分類上は、これらは予め加熱を必要とすることか
  ら「余熱発火」として分類されます。
  不飽和脂肪酸としては、リノレイン酸・リノール酸・オレイン酸などがあります。
     油の区分                  植物油等の名称
      乾性植物油
     半乾性植物油
     不乾性植物油
 亜麻仁油、ひまわり油 など
 なたね油、綿実油、ごま油、とうもろこし油、(大豆油) など
 落花生油、オリーブ油 など
 火災調査上は、よう素価がこの不飽和結合の含まれる度合いを示す各油脂の特有の値であり、油脂の自然
 発火性を推定することができる。
 
 図-3 油脂等のヨウ素価と最大発
 熱速度の関係グラフ

 一般的によう素価が高いと発熱速度
 も大きく自然発火性の危険性が高い
 性質を持つ。
 (これらの詳細は「自然発火」のコーナ
 で説明します。)

 「天ぷら油火災」のパンプ


  <火災原因調査 <