火災調査探偵団 Fire Investigation Reserch Team for Fire Fighters |
Title:「質問調書と民事裁判 」 |
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1, 裁判に至る経過と判決 | ||||||||||||
はじめに 消防機関の作成する火災調査書類の中の「質問調書」について、損害賠償請求訴訟の裁判がなされることは今まで、まったくなかったが 、一昨年末に提起され、先日地裁の判決がなされた。 ネットや新聞から読み取る限りは、単に被告とされた消防本部にだけに限定される問題ではないように思える。 なぜなら、火災調査書類に関する考え方に、現在のIT時代の文書作成技法や表現情報の扱いの変化が適合していないひずみがこのよ うな問題となったのでは考える。ネットから得た報道からの抜書きなので、実際の事件と一致してない部分もあるが、ここでは、「課題を 抽出するうえでの事件の様相」としてとらえるので、当該消防本部と直接の関連性はないことを断っておきます。 新聞報道からのの経緯 (主に毎日新聞2010.12/18、12/21、2012.01/12、03/23、産経新聞2012.03/01 ) @ 2010年12月18日に地元版の毎日新聞で、奈良県S消防本部の「質問調書」に疑問があり、関係者が損害賠償訴訟を起こした と報じられ、ネットに紹介された。 その後、21日にも報道が続き、さらに、この件でS消防本部が記者会見したことから2012年1月19日に他のいくつかの新聞とネット で報じられた。 [民事裁判]となった事案を報道から拾うと、2007年6月に86uを焼損した工場火災があり、作業中の溶接の火花がオガ 屑に着火したものと推定された。その際に作成された「火災調査書類」の「質問調書」に、本人の供述と異なる表現が加筆され、あた かもその男性の過失であるかのようにされたことから「・・・虚偽の調書で精神的苦痛を受けた・・」として、2010年12月にS市(消防本 部)を相手取って損害賠償を求めた、と言うものだ。 出火時、その男性は、出火場所近くで、他の従業員らと溶接作業をしており、内容を消防職員から事情聴取されたが、作成され た質問調書を閲覧し、署名、押印した覚えがなかった。 その覚えのない質問調書が、保険会社からなされた保険金代位求償訴訟において、2008年10月の裁判所の求めにより提出さ れた、消防署の火災調査書類の「質問調書」として出てきた。その質問調書には、本人の確認がないまま末尾に「被質問者の署 名は行える状況ではなかったため、口頭による供述内容を質問調書として記録するものとする」とされ、火災発生日と消防署員の 署名・押印がなされ、調書の中には「・・今回の火事は誰のせいでもなく、私の誤りでおこしたものです。」と記載されている 箇所があり、この表現が記載された「質問調書」が争点となった。 なお、当該男性は、溶接工事が火災につながったことは認めているが「言ってもいないことが公文書にされ、憤りを感じる」という ものであった。保険金代位求償は、その男性が調停により失火に対して解決金100万円を支払っている。 A 質問調書の作成経緯 消防署では、火災調査時に署員が、男性からそのような内容の供述を録取し、質問調書として作成したが、署名・押印が得られ なかったことから、S警察署の供述調書をコピーして代用したとしている。その後、2008年10月火災保険の民事調停で火災調 査書類の提出を求められたことから、2008年11月に担当職員が、上司の指示を得て、「質問調書」を再度作成し直して提出し た。 B 裁判経緯と判決 2012年1月11日の口頭弁論では、作成した消防職員は、火災の発生した2007年6月から1年4ケ月後に再作成したことに関して、 「男性からの供述があった」、「上司が決めたので正当なことかと思った。」、再作成した時に男性に確認をしてもらうことを考え なかったのかの問いには「考えなかった」と回答した。 ( 2012年2月28日 この間の経緯により消防本部は、書類の再作成にかかわった職員2名を戒告、指示した上司3人を減給とす る5名の懲戒処分が発表された。) |
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2,地裁の判決 | ||||||||||||
2012年3月22日 奈良地裁五條支部の判決 ・損害賠償請求訴訟は、棄却された。 (市(消防本部)の勝訴) 争点となった「虚偽記載について」は、「虚偽の内容を記載されているとする証拠がない」として退けられた。 しかし、消防署が再作成したとされる「質問調書」は、作成日は虚偽と認定され、「従来の質問調書が存在したことの客観的な裏付 けはなく、復元したとの主張も採用できない」とされ「火災原因について誤った判断に結びつく可能性が否定できない」と消防署側を 批判した。 この判決では、「虚偽記載は、そのことが虚偽であったかどうかが明確でない以上、記載されたことによって精神的苦痛を負った とは言えない。」ということになる。消防側の勝訴は、妥当な判決と考える。もともと、出火原因そのものは争いのないこととであり、 その火災調査の経緯で付随して供述されたとされる内容だけに、供述内容の信ぴょう性を問うことには無理があるといえる。 しかし、判決で「作成日が虚偽」と認定されたことは、火災現場調査時に質問調書に近い内容が録取されたとしても、再作成さたと する質問調書の原本は、もともと「無く」警察署のそれを写しとって作成されたものと判断されたようだ。 |
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3, 裁判から見た質問調書の問題 | ||||||||||||
幾つかの問題が提起される中で、3つ取り上げる。 @ 質問調書の作成において、関係者の署名・押印にこだわったことが、再作成につながったとすると、その署名・押印の必要性と は何なのか。 A 質問調書の末尾に記載された「本人の反省文」は、記載にあたいするものなのか。 B 裁判からの書類提出に際して、警察署から入手した供述調書は付けられないとすると、質問調書がない、と言う付帯文書を付け て「提出する」ことも可能なのか。 さて、そもそも質問調書はどのような性格が求められているか。 消防法の制定が1948年(昭和23年)で、その当時の火災調査の条文には、質問権がなかった。その後、全国の消防の要望を踏ま え1950年(昭和25年)5月の改正により、人的調査権としての「質問権」と「関係官公署への情報請求」が可能となり、旧法第32条 を法第31条とし、法第32条に新たに質問権などが表記され、大きな変革となった。 この質問権付与は、火災調査を実施するうえではたいへん意義深いものであった。そのため、勢い、より刑事訴訟法との兼ね あいを踏まえた形式を採用し、また、当時、未だ捜査権付与の余韻もあったことから、厳密な書類作成手法がとれたと思われる。 その努力もあって、1968年11月の「火災調査書類」の証拠価値が裁判で認められ、さらに1983年7月の最高裁判決では「質問 調書」の価値が、消防法の条文を超えて認められる判決となっている。 しかし、1980年頃までの事務処理から見ると、コピー機がなく、正本・副本の2通は、カーボンを敷いて複写しながら一枚一枚作成 しており、文章を書きなおすことができないゆえに、「○字削除・加入」とする書式をとり、検察等の照会にあたってもその書類を提 供していた。と言うより、他の方法がなかったことによる。 その当時の作成要領を懐かしさに慕って、「正当の処理方法だ」と思い込んでいるのは、当時の文書作成技術上の制約制限とし て存在していた環境を顧みないことと思える。
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4,課題内容の検討 | ||||||||||||
(1) 署名・押印について | ||||||||||||
署名・押印 署名・押印は、その根拠となっている刑事訴訟法第322条でも「・・・署名若しくは押印・・」とあり、押印がなくても良いこととなっている。 また、ある解説書などでは、質問調書の一葉一葉に被質問者から「割り印」を押印させることを求めている解説もあるが、その必要は まったくない。「割り印」の押印は、裁判所、検察等からの照会に対して、正本をコピーし、そのコピーの一葉一葉に編綴の誤りをなく すために「割り印」を押して、回答書とする場合である。司法からの照会がなされもしないのに、割り印をする意味はまったくない。 このことからすれば、本事案で見れば、質問調書への押印にこだわることはなかったことから、作成した時点で質問調書を持参し て相手の男性の署名をもらっておけば、このようなことはなかったと言える。署名・押印と言う両方を必須とする「形式」にこだわった結 果と言えそうだ。 現場質問調書 署名が得られない場合には「現場質問調書」とすれば、と思える。 質問調書は、ある程度の焼損面積が出た火災や社会的あるいは行政的な意味で必要とされる火災に、消防署に呼んで、供述録取し、 調書としてまとめるものである。 そのような指定範囲外の火災では「現場質問調書」として、署名のない質問調書を作成することを規程上明記しておけば、 何ら問題が生じるものでもない。つまり、被質問者の署名など始めっから問題にしなければ、それはそれで何ということもない。 規程上、そのような書式として現場質問調書(あるいは「聞き取り書」)で良い。「それでは、司法機関からの照会や証人喚問に堪え られない」と言うものではない。裁判では、裁判上で証言したことが有意なこととなる。 まして、建物の放火火災は、裁判員制度の対象であり、当然のこと、この裁判制度下では、消防が録取した質問調書がその意味 内容で争われることはないし、民事事件では改めて証言がもとめられる。実際にはほとんどありもしない司法上の無意味な取りこ し苦労よりも簡素化による手法としての「現場質問調書の活用」が、消防調査として望まれものである。 |
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(2), 供述者の謝罪文 | ||||||||||||
供述者(本人)の謝罪や反省文 質問調書は、始末書でも、顛末書(謝罪を含む)でもない。 出火原因を判定するために、実況見分調書だけでは十分に詰められないことを補完する上で作成されるものである。 一字一句の中から過失責任の有責性を見出すような査察の違反処理上のテクニックを要するものではなく、相手の話し易い雰囲気 の中で、任意に供述を得て、出火原因等の補完とすべき調書として、考えるものである。ただ、たばこの火災などの微小火源の火災 では、本人の供述が大きな役割を担っていることは事実だ。 しかし、相手の謝罪があっとしてもそれをよりどころとして出火原因を判定するものではない。 ではここで、過去の経緯を見ると、昔の消大テキスト「火災原因調査書類の書き方」では、質問調書の多くは、謝罪的文言は記載 されていないが、中に (1)「・・・本当に、今回は私共のために皆様の御手数をわづらわせて、申し訳けありませんでした。・・・」 (2)「・・・私の不注意からお手数をかけて申し訳ありませんでした。今後は、必ず火の元に注意してこのような間違いをおこさぬことを 誓いますので、宜しくお願いいたします。」 と2枚ほどあった。これらは、当時の雰囲気として、謝罪の言葉を入れておくと失火罪に問われても情状酌量の余地を表す意味で入れ られたことが伺われ、また、警察署での供述と同じ内容を辿る上からも記載されたと思われる。 当時は、警察や消防に対する一般人の畏敬の念からも供述の中に謝罪的要素を入れることも肯定できるものがある。 今はこの種の供述をことさら記載する意味はない、と言える。 しかし、今でも「天ぷら油火災」の質問調書に、謝罪文を入れない出火原因の判定に事欠くかのように考えている調査員もいないわけ ではない。すでに平成の時代も過ぎ、令和の時代に至っている中で、こんな考え方が社会との摩擦を生む要因になるのではと思う。 火災調査の役割は、市民のために行うもので、捜査機関の補助業務では決してない。 |
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(3), 裁判に「質問調書がない」と言う回答 | ||||||||||||
裁判からの書類提出に際して、「質問調書がない」と言う回答。 今回の事案では、もし当初作成した質問調書が紛失等していたのであれば、そのまま「質問調書がない」として回答することも 可能ではなかったかと思う。原因判定書に引用されている事項は、「溶接をしていた」という作業内容であり、実質的には、原因 判定の主要な要因となっている。と言え、紛失した書類は、それだけのことであり、民事裁判でしかも保険金代位求償事案であ れば、保険会社そのものの立証事案である。実況見分における内容と原因判定だけでも要件は足りると思える。立証責任者側 が、作業の事実関係を詰めることになるし、もちろん、消防の質問調書がなくても必要な立証をしたものと思う。質問調書のない ことで、消防の責任が問われるとも思えない。 さらに、質問調書は、個人情報に入るものであるから、当人の男性からの要請でなければ出す必要性もなかったかもしれない。 そのあたりの事情は、裁判所とのやり取りによって相違し、一概に、個人情報を盾に回答を拒否すべきではないのは当然はある。 しかし、提出しない選択肢はあり得たと思う。つまり、「ないものはない」として、その他の火災調査書類だけを回答すればよかっ たのでは思う |
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5, まとめ | ||||||||||||
ここでまとめると @ 質問調書における[署名・押印]は、コピーやパソコンの時代的要請を受けた考え方を入れ、関係者との対応を図るようにして、 特に、押印にこだわることはなく、坦々と「質問した内容を調書にする」ことに徹する性格のものといえる。 さらに、状況によっては「現場質問調書」の活用を考慮することも選択しとする。 A 質問調書の中には、関係者の謝罪や反省する内容は記載しないことを原則とする。 B 裁判所や検察等の要請に対して、署内で無くなっている書類は、その旨回答して無理な対応をしない。司法機関の要請に対し て100%答える必要はないと思う。 火災調査と違反処理の「質問調書」 ここで、消防機関が取り扱う「質問調書」としては、2つある。一つが火災調査での質問調書(聞き取り書など)であり、もう一つが 違反処理でさくする供述調書である。 同じように考えてしまい、規程上も組み立ても同じようにしてしまいがちだが、性質が異なる。
火災調査の質問調書を厳格にしてしまう理由は、違反処理時の供述調書と同様のスタンスでとらえてしまうからである。 一番悪い例は、火災調査の質問調書では、その形式を「違反処理の供述書」をまねて、逆に違反処理時の供述調書の中身を火災調査の それのように淡々と関係者の話しを書き連ねて、肝心の違法性や有責性の供述を引き出ていない調書である。 告発前に捜査機関に指導されて、再度、関係者の供述を取り直すようなこととなってしまうことである。 ★ 検察庁の供述調書の録音や録画などの可視化に向けて、動きも急ピッチである。 検察庁のソレとは、次元は異なるが、関係者からの質問、供述を録取して、記載することにおいては、時代の要請を受けた考え方を整理 するが必要と思われる。 |
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