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五台山オリジナル  特集 野坂昭如

文庫本100円市

<文学散歩>

    倉橋由美子さんの年賀状     

倉橋由美子さんの手紙を初めて垣間見たのは、もう半世紀も前のことである。
そのころ私は同郷で同窓のT氏と同じ下宿にいた。東京中野の素人下宿で、老夫婦が小遣い稼ぎに玄関脇の二部屋をあけて、学生相手の賄い下宿を営んでいた。

T氏は私より一級先輩でW大の理工学部に籍を置き、倉橋さんとは高校時代からのクラスメートだった。

当時、倉橋さんの文名が世に出始めたばかりだったが、二人の交際の進展具合は氏から逐一聞かされ、羨望の眼差しでみるしかなかった。

時には倉橋さんが下宿を訪れた。先輩から「明日は倉橋が来るき」といわれると、私はその日は外出して、夜ふけて帰宅するようにした。



それがある日、突然破局する。T氏のもとに倉橋さんから長い長い封書が寄せられた。決別の手紙であった。私はそれを彼の部屋で見せられ、「読むか」と言われたが、さすがに憚られた。末尾を先輩が読んでくれた。

「読み終えたらこの手紙を燃やして下さい。そうすれば青い炎が立ちのぼることでしょう」と記されてあった。たかが青春の、されど青春の一コマ、私には忘れ難い出来事として心の隅に残っている。

酒が滅法強かった先輩は四十歳代で病魔に侵され、先年亡くなったと風の便りに知った。今ごろ、泉下のT氏は倉橋さんと久々の再会を果たし、「青い炎」の一件など持ち出し、「そんなこともあったわね」と呵呵大笑いしているかもしれない。



私の年賀状のファイルには倉橋さんからの年賀状が二通保存されている。その一通、昭和五十三年のものにはこう書かれてある。

「『ひとつの流れ』とおたよりありがとう。”ああちゃんの死”はとても悲しく、夜、夢をみました。やはりどんな風に生きたかより、どれだけ生きたかが大事なのでしょうね」

『ひとつの流れ』とは、高校時代のクラス誌のことだが、そこで、”ああちゃんの死”を知り、夢にまで”ああちゃん”(横山礼子<あやこ>さん)が出てきたというのだ。

三十歳代で逝った”ああちゃん”は大栃のほうから通学していたので、土佐山田町の倉橋さんとは、バス通学の仲間でもあった。

「どう生きるか」より「どれだけ生きるか」のほうが大事だというのは、倉橋さん一流のパラドックスであろう。



倉橋さんの訃報からほどなく、土佐高校元教頭で小生のクラス担任だった小松博行氏が亡くなった。倉橋さんのエッセイ等には小松先生の名がよく登場するが、彼女の年譜には「昭和二十六年四月、私立土佐高等学校に進学、高校では園芸部に所属、また小松博行教諭から志賀直哉の小説を読むことをすすめられ、以後、受験勉強のあいまにも文学作品に親しむようになる」とある。

小松先生は倉橋由美子を医師志望から文学の世界に導いた恩師というのが今や日本現代文学史上の定説になっている。

没後に出版された倉橋さんの遺訳『星の王子さま』が話題を呼び版を重ねている。

年の瀬の黄泉の国では久々の師弟対面が実現、”ああちゃん”やT氏も加わって青い気炎を上げているころかも知れない。
 

 


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