<頑張れマキシミリアーノ君>

これは、アルゼンチン北部のイグアスフォールズ空港で、何も悪くないマキシミリアーノ君の 身に降りかかった人災を俺が目撃した話である。

まずは前置きから。
イグアスでの日程を終えて、ブエノスアイレス経由でコモドーロリバダビアの街へ向かう為、 俺は空港にやって来た。
ところが航空会社のカウンターに全く客がいない。
飛行機の出発時間まで結構時間があるせいだと思って、普通にカウンターに行ってチケットを 出したのだが、何故かアルゼンチン航空の係員が俺の航空券を見て不安そうな顔になった。
何かあったのか?
そして係員が「ちょっと待っていて下さい。」と言ってカウンターの裏の部屋に消えた。
何だ?
特に不安になるでもなく、コモドーロリバダビアへの乗り継ぎ手配が難しいせいかなと、 思っていた。

ところがその係員が戻ってきた時、思いも寄らぬ言葉を告げられた。
「今日はブエノスアイレス行きの飛行機は飛ばない。」
へ?え?そ、それはどういう・・・
「ランアルゼンチン航空の便に振り替えれば、コモドーロまで行けるから。」
と、俺と同じ状況にある乗客2組と共に、ランアルゼンチン航空のカウンターに連れて行かれた。
そして、彼女には事情は説明してあるから、とランアルゼンチンのカウンターの係員を指差し、 アルゼンチン航空の係員は去って、俺達は置き去りにされた。
出発時間は本来の時間より遅いが、乗り継ぎには間に合う時間である事は確認できていたので、 安心していた。
前置きが長くなりましたが、ここからが本題。

俺が並ばされた列は、通常の乗客達とは違う列のようだった。
俺の前で手続きをしているのは、うさんくさい白人のおっさんと親子ほど歳の差がありそうな怪しげな、これも 白人の若い女、彼女達、いや彼女が問題だった。
彼女達のすぐ後ろにいたので、彼女達と係員のやり取りが聞こえてきたのだが・・・。

彼女達はブエノスアイレスに行き、そこからブラジル行きに乗り継ぐ予定をしているのだが、航空券を 失くしてしまったらしい。
その失くしてしまった航空券はラン航空のもので、ラン航空の事務所に電話をしたのだが、日曜日で電話が 通じなかった。
それを何とかして欲しいというのが用件だった。

それに対して、
「ラン航空とランアルゼンチン航空は別会社なのでどうもできない。」
というのが係員の回答だった。
彼女達があせって困っているのはわかるが、仕方ないなー。
同じ「ラン」でも別会社ならどうしようもないよなー。
だが、彼女は引き下がるつもりはないようで、何回も何回も何とかして欲しい。と繰り返す。
しかもその態度は「何とかなりませんか?」じゃなくて「何とかしなさいよ。」という高飛車ぶり。
こいつら何人だろう?

おっさんの方は英語がほとんどできないようだった。
かつスペイン語で話している訳でもない。
そして高飛車。
白人。
フランス人か!
フランス人なら長引くかもしれん・・・。マダガスカルでの苦い経験から ゆううつになった。

ところが、事はそんなに単純ではなかった。

女が手に持っているパスポートを見ると、ロシアのものだった。こいつらロシア人か。
ロシア人はわからんなーと思っていると、その女が突然キレ始め、
「あんたじゃ話にならない!誰か他の人に代わりなさい!」
と言い出した。
人が変わってもどうもならんと思うよー。
その言葉を聞いた係員はこれ幸いとばかりに席を外し、1人の男性係員を連れて来た。
彼の胸には「マキシミリアーノ」という名札が付いていた。
それまで対応していた女性係員は30代〜40代位だろう。
それに対してマキシミリアーノ君(以後略してマキシ君とする。)はどう見ても20代前半。
本当にマキシ君は彼女の上司なのか?

そしてマキシ君対ロシア女の対決が始まった。
ロシア女はまるで彼らの過失のように、何とかするのがあなた達の義務でしょう。と攻め立てる。
マキシ君は「別会社なのでこちらで航空券の再発行はできない。」とまっとうな答を繰り返すのだが、 女の迫力に押され気味になっている。
女は再発行ができないなら、航空券をもう1回買う。と言い出した。
別会社なんだがら無理だって。
マキシ君がしどろもどろになっていると、ロシア女がぶち切れて叫んだ。

「あんた英語理解できてんの!?」
えっ?
「英語も話せないくせにえらそうに。」プラス舌打ち。
こいつガラわるー。お前の英語も相当ひどいし、連れのおっさんにいたっては英語できねーじゃん。
しかもその後「役立たず。」と口走った。
それはねーだろ、バカ女。
さすがにマキシ君もこれにはカチンと来たらしく、むっとした顔でその場を去り、先程の女性係員に 何かを言った。そしてその女性係員がカウンターに戻って来た。
どうなるのかな?と思っていると、その女性係員はロシアンカップルを無視して後ろの俺に、手招きをする。

いいのか?と思って床に置いていたカバンを持ち上げようと下を見たところ、
「あたし達の航空券を何とかしなさいよ!!!」
ロシア女が更にヒートアップし、ロシア語で何かわめき始めた。
絶対に悪い事を言っているに違いない。おっさんが女を諌めようとした事から見て間違いないだろう。
もう女は正気を失っていた。
泣きながら「責任者を呼べ!!」とわめき散らしている。
最悪だな、こいつ。
女性係員は顔色1つ変えずに、カウンターの奥の部屋に消えた。
そして女性係員が連れてきたのは、マキシ君。

・・・。
本当にマキシ君が責任者なのか?
マキシ君は泣きながらわめいている女に恐る恐る近付いてきた。
「あたし達はブラジルに行かなきゃなんないの!!」
一応マキシ君は「別会社なのでどうもできない。」とさっきの答を繰り返すのだが、正気を失った女は マキシ君に対して「フーリッシュ」という言葉を連発で浴びせかける。
マキシ君は今回は逃げずに何度も「ここではどうにもならない。」と答えている。
本当にマキシ君が可哀想になり、加勢する事にした。

「あーあー。」
俺がやったのは、明らかにロシア人達に聞こえるように、ため息で苛立ちを伝える事。
それだけ?と思われるかもしれんが、これ、結構効果あったんやで。
ロシア人カップルが俺の方を振り向いた。
俺は俺のできる限りの軽蔑の眼差しを向けた。
というか自然にそういう顔になった。だってその時点で既に俺が列に並んでから40分も経ってたんやで。

その俺の顔と、その時に俺の後ろにできていた長蛇の列を見て女は少し我に返ったらしい。
これで諦めてくれるか?とりあえずブエノスアイレスまで行けばいいじゃん。
ところがロシア人は一味違うね。
落ち着いたけど絶対諦める気はないらしい。
それでも「何とかしなさいよ。」を繰り返す。
すると先程の女性係員が突然席を立って、空港の奥のほうへつかつかと歩いていった。
何だろう?トイレか?

ところが女性係員が戻って来た時、彼女の傍らには警備員がいた。
そして警備員はロシア人達をどこかへ連れて行こうとする。
その行動にロシア女がまたキレて、警備員・女性係員・マキシ君に英語でロシア語で悪態をつきまくる。
だが警備員はひるまずに、ぐいと女の手を取って歩き出した。
それまでマキシ君以上にオロオロするだけで何もしなかったヘタレ男が、その場にあった荷物を持って 後に続いた。俺のロシア人に対する好感度がこれ以上ない位低くなった事は言うまでもない。

そして平和がやって来た。
去り際にマキシミリアーノ君と目が合った。何故か「ありがとう」という気持ちが伝わってきたように 思った。

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その女の刺青