二八そばと呼ばれる蕎麦はそば粉8に対して「つなぎ」である小麦粉が2の割で打った蕎麦であることは皆さんもご存知のとおりですが、 それに対して生粉打ちそば(きこうちそば)はそば粉十割の「つなぎ」なしで打った蕎麦のことです。 この生粉打ちそばにも湯ごねといって熱湯で打つ打ち方もありますが、それは蕎麦にとって大変厳しい状況といえます。 なぜなら粉に熱を加えることで、香りも質も急激に劣化するからです。 そして打ち上がったら、湯の中に投げ込まれ、茹で上げられるので、二度も熱湯の洗礼を受けてしまうからです。 水で打てば、食べる寸前に一度だけ、サッときわめて短時間で湯がけば、水にさらし、冷やしキリッとしめた腰のある蕎麦が出来上がります。 香りも甘味にもロスが少ないのです。
私はもちろんそば粉100%の細麺を水で打っています。 丸抜きを電動臼で挽き、自家製粉をしています。薄黄緑の微粉末に天城の伏流水を使用し、十割蕎麦を打つのです。 なぜ十割にこだわるかと言えば、お客様のニーズにというよりも、まずは自分が食べておいしいからがスタートです。 そば粉だけで打ち上げた細打ちの麺は私がこの世界に飛び込むきっかけにもなったもので、小麦粉の入った食感とそば粉だけのものとは歯ごたえが全く異なり、もちもちとした小麦粉の食感はうどんでこそ味わいたいものです。 蕎麦の場合はやはり、シャキッとした切れ味がなくてはならないので、それゆえ、そば粉自体の特徴とおいしさが即、麺のおいしさにつながるわけです。現在は北海道、北空知(きたそらち)産の蕎麦を導入しています。 丸抜きで仕入れ、甘皮まで挽き込むので、味も香りも申し分ないと思います。10割そばも水だけで十分つなぐことができます現在、私が少しずつ進めているのが、茨城の金砂郷のそば、長野の八ヶ岳山麓産など、各銘柄のものをブレンドせずに特徴のある蕎麦を月替りで提供できるよう工夫を重ねているところです。
横浜で習っていた頃はアルカリイオン水で打っていましたが、幸いにこの地は水に恵まれており、土地の人々に教えられ、天城の伏流水で打っています。当店の盛りそばを食したお客様の中には水だけでそばを召し上がり、そばの甘さをお褒めくださった方も何人かいらっしゃいました。
そばを語るのにつけ汁、かけ汁、ひいては返しもこだわりをもって、作っていることを忘れるわけにはいきません。 当店のつけ汁は半生返しといい、本返し、生返しを半々混ぜたものです。陶器のカメの中で今も熟成しながら出番を待っています。 醤油は小豆島から樽仕込み3年物の生醤油を取り寄せています。 うんちくを並べるより、甘さも辛さもどちらも勝ちすぎず、鰹節の香りも心地よい当店のつけ汁を味わっていただくのが一番だと思います。
食材もいち押しの生サクラエビは駿河湾産、由比漁港に出向き、直接仕入れに行きます。 それを刺身で、または天ぷらでお出ししています。お客様が目の前の小鍋でさっと煮て、その煮汁で、盛りそばをいただいてもらう駿河せいろもまた、格別です。 シイタケ、生わさびはこの伊豆が産地であるという恵まれた環境にあり、「身土不二」の教えの通り、まさに1、2キロの生活半径の中で入手できることが幸いしています。 蕎麦がおいしいので薬味は不要と言いたいのですが、生わさびのおいしさも捨てがたく、薬味をお出しする瞬間にガリガリとわさびをすりおろし、目や鼻にツーンと痛みを感じながら、お客様にお出しするのがまた、うれしいことでもあります。
蕎麦を打つ私は打つことにこだわるのですが、自分がよそのそば屋さんに食べに行った時、お客様の気持ちになり、麺の仕上がりはもちろん味、食感、歯ごたえ、喉ごし、つけ汁の甘さ、辛さ、香り、葱やわさび、食器、接客、居心地、み~んな、ひっくるめておいしゅうございました!! そんな感じでこそ、来てよかったと思えるお店になれると思います。だから粉だらけになって、そば打ちをしているときはそれにこだわり、店が開いたらホールに立って、笑顔で接し、せっかく出会えたお客様に喜んでいただける、心に残る、そんなこだわりも蕎麦の調味料と考えています。