★☆ Arbil Madarbil

 さて、今日はこいつにチャレンジします。創土版でネックと評されることが多いこの Arbil Madarbil 。こいつは所謂「逆さ綴り」というやつで、アルファベットでは言葉遊びやリドルに使われることが多いです。「Dracula(ドラキュラ)」⇔「Alucard(アーカード)」や、「Live(生)」⇔「Evil(悪)」などが有名どころでしょうか。

 第三巻にて七つの精霊/七魑魅が主人公を罠にハメようとして復唱を迫るあの文言。こいつがこの逆さ綴りを利用した罠なのである。まず、英語原文を見て見よう。


Arbil Madarbil
I offer a sign;
Arbil Madarbil
No idol of mine.

Though, Arbil Madarbil,
I worship you not,
Let fortune o'ersee me,
Let luck be my lot.


 Arbil Madarbil の部分こそが、例の逆さ綴りが隠されている箇所である。元に戻してみよう。


libradam libra

 libra は言うまでもなく、主人公が信奉する女神リーブラ/リブラである。中に混じっている dam というのは、雌畜を意味する英単語であり、雌畜呼ばわりすることで、女神をあざける文言となっている。

 この部分を旧訳では「ラブーリ ラブーリミガメ」と訳している。原文にあったギミックを日本語にコンバートし、女神リーブラという言葉の逆さ綴りになっているわけだ。対して創土版では、「アルビル・マダルビル」と音をそのまま訳している。魔法の文言らしさという意味では創土版のほうがらしいと思う。しかし、仕込まれたギミックを考えると旧訳に軍配はあがるだろう。
 とはいえ、旧訳はギミックは再現しているものの dam にあたる語が無いため、あざけりの言葉にはなっていない。これでは女神の加護が失われる引き金にはなりそうにない。そもそも、この呪言はこの一節だけで完成するわけではない。続けて見ていこう。

 次は I offer a sign; と No idol of mine. である。それぞれ「私はこのサイン(Arbil Madarbil)を提供する」「私の偶像ではない」という意味で、自らの意志で女神をあざけりつつ、棄教を宣言する内容となっている。

 ここまでの前半部分は以下のように訳されている。


【創元版】
ラブーリ ラブーリミガメ
聞け この合図、
ラブーリ ラブーリミガメ
わが神にあらず。

【創土版】
アルビル・マダルビル
印を示さん
アルビル・マダルビル
我が神ならず


 後半に入ると、もう一回 Arbil Madarbil が唱えられる。そして締めくくりの3行で呪言は完成する。一行ずつ見ていこう。


I worship you not,

 「私は貴方を崇拝しない」
 前半に続けて棄教宣言である。


Let fortune o'ersee me,

 o'ersee とあるが、o'er see と分けると、「運命は私と共に」というニュアンスになる。実はジャクソンは、クァガ神殿でも似たようなことをやっている。


Let luck be my lot.

 そして「幸運が多く私に」と唱えられる。最後の二行は、いかにも幸運のためのおまじないですよとアピールしているわけだ。
 後半部分の日本語訳は、それぞれ以下の通り。


【創元版】
されど、ラブーリ ラブーリミガメ
願わくはかなえさせたまえ
運がわれを見放さんことを、
幸運がわれにもたらせんことを

【創土版】
アルビル・マダルビル
信じぬ我に
福の守りと
吉あるべし


 大きく違うのは、後半の2行目である。 I worship you not, の部分だが、ここでは細かい訳の正確さに関しては論じない。詩であるし、大意が大事だ。そう、呪言全体で効果を発揮しそうかどうかが問題なのである。

 旧訳では「ラブーリミガメ」に対し、貴方は私の神ではないが、幸運が私にあることを願います。と合図を送って祈願している。しかし、実は不運をもたらすよう願っているようにも読めなくもない文言である。
 創土版では「アルビル・マダルビル」と印を示し、それを自分は信じません。故に幸運が私にあるだろう、と宣言している形だ。

 結果として、この呪言を唱えると女神の加護を失ってしまうわけであるが、その時女神はこう言う。「我が名を三度、呪われた言葉で唱えた」と。
 旧訳では女神の名を逆さに唱えたことは確かであり、それが呪ってしまったという結果になってしまったと告げられる。
 理解不能な文言としてアルビル・マダルビルを残した創土版では、それが女神の名を表す呪われた未知の言語だったのだと明かされる。

 結論としては、やはり原文の呪言が完備で最強ということになる。旧訳にあざけりの言葉が隠されていなかったのは実に残念である。

 しかしこれ、実に翻訳者泣かせである。表音文字である日本語で逆さ綴りをすると、どうしても元の文言が見えてきてしまう。母音と子音の組み合わせが変わってしまうアルファベットでの効果の大きさが、表音文字では失われてしまうことは否めない。成川裕子さんも浅羽莢子さんも、それぞれの編集者も苦心されたに違いない。    

(3/10/18)


【追記】  
 もしも自分が訳するならば……逆さ書きをしつつ、呪いにあたる文言を追加、ラブリを目立たせないように区切るなどしますかね。例えば


リアニ モシラ ブリル タミイ


 こんな感じ? (忌みたるリブラ、下に有り)

(3/10/18)


【追追記】  
 dam について、これは普通に母獣を意味する言葉であり、特段罵倒に使うようなワードではないとの指摘を受けました。
 曰く、普通に damn (貶したり罵るときに使う言葉。くそっ、くたばれ! 地獄に落ちろ!的な)の異形ではないかというのですが、確かにそのほうがストレートに感じました。ちょっと捻りすぎていたように思います。よい気付きを頂けました。

(5/14/22)


【追追追記】  
 ちなみに日本語訳『ソーサリー・キャンペーン』では


ラブーリ シベムイ (忌むべし リーブラ)


 となっていました。すっきりしていて、しっくりくる……

(5/14/22)

★ 第一貴人サンサス

 カレーの第一貴人にして、四行の呪文を全て知る者。カレーの魔道たちのトップに立つのがサンサスである。だが彼はジャバジ河を登っているためにカレーを空けている間に、アナランド人の手によって北門を破られてしまった。カレーの北門は混沌たるバクランドからの脅威を防ぐため、魔法の護りで固められており、サンサスとしては大打撃のはずである。……本当にそうかな?

 カレーの住人たちは貴人たちのみならず、新興勢力であるヴィク、赤目、海賊に至るまでどいつもこいつも難物である。そんな彼らを抑えながら第一貴人と言う立場にいるサンサスが、そうそうたやすく北門を破られることを見逃すはずはない。つまり、サンサスは北門を破られることを予期した上で、アナランド人を自らが阻止しなくてすむように街を空けていたのではないだろうか。

 つまり、こういうことだ。何らかの手段で諸王の冠がマンパンに奪われたことを察知したサンサスは、当然アナランドが刺客を放つことをも知った。翼無き者がジャバジを渡るにはカレーを通るしかない。大魔法使いが冠の力でバクランドをまとめ上げてしまったら、それはカレーの危機を意味する。統治者が居ない無法状態であるバクランドですら、北門の護りを必要とするほどに危険なのだから。サンサスとしては、マンパンの野望を打ち砕く可能性のあるアナランドの試みは大歓迎なのである。
 しかしだからと言って、アナランド人を大っぴらに通してやるのはよろしくない。一時的にでも北門を開いてカレーを危険にさらすことは第一貴人の地位を狙う者どもに大義名分を与えてしまうだろう。それにアナランド人がヘマをしたら最後、マンパンから目を付けられてしまう。
 サンサスのとった選択は、アナランド人がカレーを訪れる時、自分は別の任務に就いて街を離れているという状況を作り出すことだった。アナランド人による北門破りは、マンパンへの一撃になりうるばかりか、自身の留守中に残っていた権力者たちの不祥事にもなる。それを咎めることで、サンサスの地位をさらに堅固なものにするのである。

 さて、そうなるとサンサスが街を離れるにはそれなりの理由が必要となる。ジャバジの上流、ラムレ湖に向かっているとなると……カレー名物マトン魚を食べに行くとか獲りに行くとかそういうことではあるまい。ここで思い出されるのは楯乙女である。楯乙女が以前考察したように湖賊集団であるとしたならば、来たるべきマンパン勢力の南下に備えて同盟を結びに出向いているというのはありうる話のように思える。アナランドの刺客がしくじったならば、その報復に必ずや大魔法使いは南を目指すだろうから。   

(3/12/18)

★ ヒドラの胴体

 七頭のヒドラ。大魔法使いが丸二日闘い続け、深い傷を負いつつも倒した相手と『タイタン』には記されている。大魔法使いはこの感嘆すべき敵の首を切りとり、直属の伝令である七匹の翼ある大蛇として蘇らせた。

 さて、残された胴体であるが、こいつはマンパン砦ではなく、大魔法使いの塔の中で出くわすことができる。あの神頭ヒドラである。ゲーム中遭遇する神頭ヒドラは幻の存在であったが、ヒドラの首なし死体は確かにそこにある。神々への冒涜ともとれるこのヒドラではあるが、なにしろここは大魔法使いの塔。はたして、そんな単純な幻の呪文なのだろうか。

 大魔法使いの塔という場所は、マンパン砦に隣接するように建つ塔である。影武者ではあるものの、大魔法使いが住む塔ということにあっており、ファレン・ワイドによってはじめて存在が明かされる場所である。本物の大魔法使い=冥府の魔王はファレンの中に巣食っており、塔自体は最後の罠となっている。親衛隊長カルトゥームにすら知らされていない。何が言いたいのかと言うと、そんな重要な場所に「ただの幻の呪文を仕込んでいる」ことに違和感があるということだ。神頭ヒドラは確かに強力な敵であるが、殺傷力は無い。大魔法使いを護るための防御にはなっていない。つまり、何か他に意味があるはずではないか?

 ヒドラの胴体に関連する事柄を挙げてみよう。まずは七匹の大蛇。そして大蛇の力となっている神々。これらの神々の頭が、幻としてヒドラの首に現れるわけだ。ヒドラの首を大蛇へと蘇らせた術は、大魔法使いの秘術、死人返りの術である。ヒドラを中心に、これらの魔術と神の力とが絡み合っているのだ。
 ここで思い出したいのは、大蛇の力である。神々から力を授けられたとはいえ、大魔法使いから神々の加護は既に失われていると推測される今、大魔法使いとしては、何としても大蛇の力をキープしたいはずである。神の力を失った大蛇たちを想像してみると良い。あの恐るべき敵はもうそこには居ないだろう。もしも大蛇と神々を繋ぐため、何かしらの呪術的措置を敷くならば……両者の繋がりを留めた状態を他にも設けることは有効かもしれない。そう、ヒドラの胴体に掛けられた神々の幻影。これは七匹の大蛇に神の力を保たせるための、ある種の類感呪術装置なのではと考えられないだろうか。もしもこのような重要な意味があるのであれば、隠された塔の中という設置場所にも納得がいく。   

(3/21/18)


【追記】  
 七匹の大蛇がヒドラの首から蘇ったということは、普通に考えれば連中の体には心臓が無いはずである。
 ではその心臓はどこにあるのかというと、もちろんヒドラの胴体の中である。

 七匹の力を保持するために胴体を保存していることの意味が、ここにもあるような気がしてならない。

(5/13/18)

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