イルクララ湖を超えた先、マンパン砦を擁する山々の麓。ここにはウィシュラミ沼なる地が広がっている。実はこれ、創土版及びグループSNE訳による『ソーサリー・キャンペーン』においては、ヴィシュラミと訳されている。原文ではどうだったかというと、Vischlami となっていて、確かにこれはヴィではないかと思える。しかしまあよくよく調べてみると、古いラテン語では V を ウィ と発音するらしい。それに、例えば『アエネーイス』を残したウェルギリウスさんの綴りは Vergilius だったりする。
以前からカーカバードにおいては件の世界宗教やらギリシャやらが未開系のネーミングに使われているのではという考察をしてきたが、ここにラテン語が加わった。創元版ではどこまで意識されていたのかは不明だが、個人的には是非ともジャクソン氏に Vischlami の発音を聞いてみたいわけである。
マンパンの監獄塔でアナランド人が捕まり、投獄されてから実際に処刑されるまでにはある程度の猶予がある。処刑を待つ間に、囚人たち――アナランド人と豆人――には食事が与えられているぐらいだ。ただ、眠る選択肢はないということで、どうやらこれは日をまたいではいないようだ。アナランド人は朝起きてから砦に侵入しており、その日のうちに捕まって処刑されるのだから、この最後の食事は夕食であったと考えるのが自然かもしれない。いずれにせよ気になるのは、マンパンの敵として処刑が決まるまでの間、何故アナランド人が生かされていたかだ。普通に躊躇なく殺してしまっていてもおかしくはない状況だったはずだ。何しろ、冠を奪還するために来たアナランドからの刺客であることもバレていたのだ。
ここでマンパン側の立場で考えてみよう……とらえた敵は、万全と思われた4つのスローベン・ドアを悉く突破してくるほどの手練れだ。大蛇からの報告か、あるいは何らかの他の手段――大蛇たちすらも討ち果たされていたとすれば、こいつは増々恐るべき敵なわけだが――で、この刺客はアナランドから来たこともわかっている。となれば、次に気になるのはこれがたった一人による潜入なのか、あるいはもっと大掛かりな計画なのかということではないだろうか。もしも他にも刺客がいるのであれば、その人数や特徴を知っておかなければならない。アナランド人を尋問しようにも、第三のスローベン・ドアが通過されている以上、その秘密を知っている拷問手ナガマンテが裏切っていないとも限らない……となれば、多少時間はかかろうとも独自に調査を行う必要がある。砦内の捜索の結果、おそらくは単独犯と判断された。こうしてアナランド人がこれ以上悪さをしないうちに、速やかに処刑することになったというわけだ。実際に囚われている間にアナランド人はZEDの秘密を知り、大魔法使いに致命的な一撃を食らわしうるわけで、大魔法使いがアナランド人を危険な存在と判断し、処刑の命令を下したのは実に懸命な判断だったと言えるだろう。
もしもクアガ神殿で悪さしようものなら、動き出した石のガーゴイルによってその愚かさを思い知らされるだろう……努々、盗みを試みるなどやめておくことだ。
さて、いわゆるガーゴイルというのは悪魔の姿をかたどった像なのだが、これはヨーロッパの教会でも普通にみられる一種の魔除けである。毒には毒をもって制すといった感じで、鬼瓦みたいなものと思えばいい。ファンタジー冒険物では怪物としても登場することが多く、タイタン世界も例外ではない。もちろん『モンスター事典』にも載っているわけだが、ちと妙であることに気が付いた。抜粋してみよう。
……?
タイタン世界のガーゴイルは魔除けの像ではないようだ。もう少し読み進めると、以下のような記述も現れる。
これはもう確定であろう。この世界のガーゴイルとは、石像のような見た目の怪物に他ならないのだ。
ここで疑問が生じる。では、クアガ神殿のガーゴイルは何なのだ? 第二巻で描写されるガーゴイルはおそらくは魔法がかかった石像であり、現実におけるガーゴイル像のニュアンスが強い。少なくとも『モンスター事典』でガーゴイルとされている怪物ではなさそうだ。
その代わり、『モンスター事典』の中に、それらしい存在を見つけることができた……「聖護鳥」だ(グループSNEによる訳では「フライング・ガーディアン」)。神聖な場所の守りとして配置される彫像で、盗人が現れると命を得て襲い掛かるとある。デザインは名前の通り鳥ではあるが、その性質はクアガ神殿のガーゴイルそのものだろう。実は創元版では何故か gargoyle を単に「石像」と訳していた。そのため、これを怪物ガーゴイルではなく石の「聖護鳥」と読むこともできなくはないのが面白い。
【追記】
この「フライング・ガーディアン」、グループSNE訳の『モンスター事典』では出展について触れられていないが、Titanicaでは『死の罠の地下迷宮』となっていた。調べてみると、確かに「空飛ぶ番人」なる存在が登場する。しかし文中の描写では鳥の形をしているにはしているのだが、剝製であると書かれている……石の像ではないのだ。まあ、こういう事例もあるということで……
【追追記】
マンパン砦の外壁にも多数のガーゴイルがある……第四巻のパラグラフ411だ。この様々な怪物を象ったガーゴイル群を見て萎縮してしまった結果、砦内に入るまでの間、一時的に技術点にマイナス補正を食らうわけである。
面白いのはここでも創元版では「彫刻」と訳しており、ガーゴイルの名称は出てこない。創元版においては第二巻と第四巻では訳者が異なる。ということは、これは創元社編集の意向だったのかもしれない。
先にも見た『モンスター時点』におけるガーゴイルを知っていたのなら、あえて魔物の石像をガーゴイルとしなかった理由になりはしだろうか……なんてことも考えてみたのだが、調べてみると『モンスター事典』の原書、『Out of the Pit』英語版の刊行は1985年9/26。創元版の第四巻が1985年10/10。そして第二巻が同年8/10となっていた。クアガ神殿のガーゴイルが石像となった時点ではまだ、『Out of the Pit』は世に出ていなかったわけで、この考察は成り立たなかった。