第一巻の佳境、トレパニのスヴィンたちを襲った不幸を払拭すべく洞窟へと送り込まれる我らがアナランダーが対峙することになるのは、『ソーサリー!』全編を通しても屈指の強さを誇るマンティコアである。この洞窟には事前に散々「悪魔」なる存在が仄めかされていた。曰く「洞窟悪魔の迷宮」、曰く「強力なケイブ・デーモン」……。悪魔やらデーモンやら物騒なことだが、これがマンティコアのことを指しているのかどうかは微妙なところだ。何しろマンティコアとデーモンでは大分違う。『モンスター事典』を見てみても、両者が混同されることはないように思える。一応、グランドラゴルから得られる情報では「洞窟を守っているのはマンティコア」と明言されているのだが、こちらはこちらでデーモンのデの字も出てこない。両者が共にでてくるケースが無く、常にどちらか一方だけなのだ……やはりマンティコアがデーモン扱いされているのだろうか。
ところで件の洞窟であるが、ゲーム中立ち入っていない区域が存在しているであろうことは以前書いたとおりだ。もしかしたらその先に悪魔がいるのかもしれない。もしもそうなのだとしたら、悪名馳せるデーモンと鉢合わせしなかったのはアナランダーもスヴィンの娘も相当に運がよかったと言える……言えるのだが、やはりどうせなら本文中に悪魔の存在を求めたくなるというもの。
そこで洞窟を洗いなおしてみた。すると、水責めのトラップ部屋をして「悪魔の大洪水」と表現しているではないか。英語原文だと「Demon's Deluge」だ。洞窟悪魔もケイブ・デーモンも原文だと「cave demon」なので、同じ Demon 、つまり同一存在と見ることもできそうだ。ほどこされた悪魔的な罠をして洞窟そのもの、あるいはそこにある確かな殺意をデーモンになぞらえているという解釈だが、いかがだろうか?
『ソーサリー!』第一巻から第三巻の表紙イラストが、実は横長であることは以前触れたが、この度FFコレクション版にて、この三枚の完全イラストが日本読者へと公式公開となった。じっくりと手に取って眺めることができるわけである……良き時代になったものよ。
……というわけで、第三巻『七匹の大蛇』である。復刊時に表紙絵を差し替えることも多い中、特に第三巻は別モチーフが採用されてきたことが多い。創土版や本国における20周年記念復刻のWizard版ではズバリ七匹の大蛇たちが登場している。Scholastic版ではスナタ猫だ。しかし今回はオリジナルイラストなので、おなじみのフェネストラさんである。
さて、ではこの表紙に描かれている場所が本当に彼女の住居かどうかという点から始めよう。洞窟か何か地中のように見えることから、本編中でフェネストラが住んでいたスナタの森の塚であるようには見える。表紙になっている右半分には二本の明らかに工芸品であろう柱が描かれている。たとえ住まいでなかったとしても、何らかの遺跡であることは間違いがなさそうだ。
次はフェネストラ自身を見てみよう。彼女の手元には水晶玉に閉じ込めれた陽の蛇がいるが、彼女が重要な捕虜を連れて出かけることがないとは言えない。むしろ常に監視するために、出かける際には連れていくのが当然とも思える。しかしフェネストラの背後には蝋燭が灯されているのがわかる。それに彼女の両肩のあたりにある木彫りの猫の手みたいな物体は、おそらく椅子の背の装飾ではないだろうか。先に見た柱からもわかる通り、この場所は明らかに人の手が入っている。彼女がここに拠点を置いているのは確実だ。
となると、気になるのは創元版ではカットされていた左半分を占める死骸の山だ。多くは白骨化しているが、中にはまだ肉がついていると思しき頭部もある。動物の骨も混じっているが大半は人型で、彼らが装備していたであろう盾や剣、軍旗までが散乱している。それらすべてに蜘蛛の巣がかかっており、これらの死骸が長くこの場に放置されているであろうことが読み取れる。
本文中におけるフェネストラの住いの描写にはそれらしいことは書かれていない。書かれてはいないが、同時に我らがアナランダーとフェネストラの会話が行われた部屋が彼女の塚の全てだと断定することもできない。『ソーサリー・キャンペーン』でも大きな空間の周りに三つの部屋があることになっている。彼女がアナランド人に見せなかった部屋の中に、これらの死骸が放り込まれているとしてもおかしくはないのだ。
さて、ではこの死体はいかなる者たちなのだろうか。おそらくはフェネストラに害なそうとしてきて返り討ちにあった連中に違いあるまい。動物の骨は森の猛獣どもだろうし、クラッタマンも襲い掛かって来ただろう。奴らはバクランド中に襲撃の手を伸ばしているし、本拠地である集落もスナタ森の近くにある。クラッタマンの武器といえば棍棒一択である。奴らが盾を使うなんて話は『超・モンスター事典』にも見当たらない……だが、フェネストラは黒エルフだ。『タイタン』には黒エルフの裏切り者と紹介されているので、敵視してくる輩も多いであろうことが想像できる。剣や盾を使いこなすであろう刺客もいくらでもいよう。
ゲーム中、対応を間違えば彼女から敵と認定されることになるが、あの場で強気にでていたら、一つ骸が増える結果になっていたのかもしれない。
北カーレの牢獄には、一人のエルヴィンが閉じ込められている。彼が言うにはこの牢屋には「妨害魔法」がかかっていて、ここでは魔法が一切使えなくなるのだという。実際、術の選択肢すら用意されていない。女神の助けか、あるいは鍵を手に入れていなければ、冒険はここでおわってしまうのだ。
カーレには他にも牢獄があるが、こんなに厳重ではない。第二巻冒頭で放り込まれる南カーレの牢屋では魔法も使えるし、なんならそれで脱獄だって可能だ。比較的危険度の低いであろう南側とはいえ、カーレの玄関でこのレベルである。件の牢の厳重さは明らかに行き過ぎている……そう、完全に魔法を封じ込めるなんて、あのマンパン砦でも見ることはできない。大魔導の塔の牢獄はそれに近いが、あれはミニマイトあってのものだった。いったいこの牢は、何を閉じ込めておく想定で作られているのだろうか。
現在この牢はレッドアイどもが使っている。彼らはカーレで居住区域を広げてきた新興勢力だ。脱出に必要な鍵を持っていた物乞いは、こう語っていた――自分はかつて、カーレの牢番だったと。そして彼は、カーレではレッドアイに気をつけろと忠告してくれるのだ。物乞いの描写を見るに、特に彼が何らかの亜人種であるとは書かれていない。つまり、人間だと推測される。となれば、かつて起きた人間とレッドアイの抗争の結果、件の牢はレッドアイが押収したのだと考えることができそうだ。
レッドアイではなく、カーレの人間、少なくともあの区域に支配力を持っていた者たちが魔法使いを閉じ込めるための牢を作った……。北カーレの貴人たちは魔導の実践には余念がなかった。なればこそ、黒い目の呪いに苛まれたり、死してなおこの世にとどめられていたり、吸血鬼であると噂がのぼったりするのだ。貴人たちが繰り返す争いの中、力ある術師を捕えておくために作られた施設。それがこの妨害魔法が掛けられた牢獄だったに違いない。
以前から、なぜレッドアイたちは牢の鍵を変えてしまわないのかが不思議だった。だが、レッドアイたちがこの牢を造ったのでないのなら、その理由も何となくわかる。彼らは妨害魔法が損なわれることを望んでいないのだ。あとから牢獄を手に入れた簒奪者たちには、その仕組みが理解できていないのだろう。イラストを見ると、扉には「The treatment」と書かれているのがわかる。その意味は、処理、対処、処遇そして待遇といったところだ。囚人が魔法使いであれば、まさに魔法封じを表しているわけで……そうなるとこの扉、ひいてはそこについている鍵はそのままにしておかなければならないと判断されたのも納得できる。