第7回

天空の城 ラピュタ (1986)

宮崎駿は「となりのトトロ」で良質で、かつ大人が見ても面白い映画を作る作家として一般に認知されて以来、現在ではアニメ映画監督として知らない人はいない程の人物になりましたが、そのキャリアは古く、それ以前にも数多くの有名な作品を世に送り出しています。TVシリーズでは世界名作劇場における数多くの作品、「ルパン3世」シリーズ、「未来少年コナン」等、彼の名を知らずに熱狂した作品の多くに彼が加わっているのです。そういう意味からいえば、私たちの世代は本当の宮崎駿世代ともいえるのかもしれません(「パンダ・コパンダ」以前はほとんど知りませんが)。私は小さいころ「コナン」に熱中し、「ルパン」の「アルバトロス」や「カリオストロの城」の絵柄を見ては「コナンの人だ」といっては喜んでいたものです。彼の名を知ったのはその後、「風の谷のナウシカ」でしたが、アニメ史上最高の評価を得、日本映画における彼の地位を不動のものにしたこの作品に、実はあまり思い入れはありません。

− むしろ私は「天空の城ラピュタ」が彼の作品中、最も好きな映画なのです。この作品にはすべての宮崎駿が詰まっています。純真な少年、大人しくて心優しく、それでいて心の強い少女(しかもお姫様!)、それを執拗にいたぶる悪人、心優しき悪党達、理解ある老人、格好いい飛行機と空中戦、自然崇拝、等々、彼の作品にはかかすことのできない要素のすべてが、どれも突出することなく、実にバランス良くブレンドされているのです。

天空の城ラピュタ

− 彼の場合、ストーリーの基本には必ず自然崇拝思想があります。人間とそれが存在する以前から存在する自然世界という 、決して共存できない二つの要素の対立を基本にして物語を構成することが多く、大抵の場合、人間に対する批判となるのですが、前作「風の谷のナウシカ」は、その自然崇拝のテーマが前面に押し出され、結果的に、人間の良心に対して希望を持ったものとなってしまったために、私には合いませんでした。(原作漫画は別ですが、あれは話が進むにしたがって、初期の目的との歪みが生じてしまい、全体としてのバランスが崩れてしまいました。結局、同様のテーマを扱った「もののけ姫」がバランスが取れて成功していると思います)また、彼の作品に登場する女の子は前述のとおり、一つの理想形であるわけですが、ナウシカ一人に重大なテーマを背負わせたために、彼女に人間らしさを感じられなかったことも原因の一つでしょう。ナウシカにその心を開放させる男の子がいなかったのも私にとってはいけなかったのかもしれません。私の場合、宮崎作品は主人公が男でなければなりません。心を閉ざした女の子の心を開放するための男の子。そして脇を固める、癖はあるが心優しい人々。それらの人々に触れ、強くなっていく女の子。この構成のときが一番登場人物たちが生き生きしています。本来脇役として登場し、宮崎の気持ちを代弁していたからこそ魅力的だった人物を主役に据えてしまった一部の作品は、結局、平凡なものか失敗作となっています。

− まずストーリーを簡単に説明しましょう。滅亡した天空に浮かぶ国家(ラピュタ)の末裔(ムスカ)が、その国家の持っていた失われた強力兵器を復活させるため、軍隊を利用し、復活の鍵を握る宝石(飛行石)を持つ少女(シータ)を捕らえます。護送中、ラピュタの財宝を狙う海賊(ドーラ一家)に飛行船が襲われたどさくさに、少女はそこから逃げ出します。彼女を偶然かくまったのが、鉱山で働く平凡な少年(パズー)。彼の亡き父は、滅亡したと思われていたラピュタを目撃したただ一人の人物でした。そこから、この飛行石をめぐる、3者の追いつ追われつの痛快冒険活劇が繰り広げられるです。

− 脚本としては、おそらく今までの宮崎作品中で最も上手くできていて、飛行石を中心にして、登場してくる人物達が非常に巧みに配置されています。また、親方夫婦や町に住む住人達、ポム爺さん、ドーラ一家の仲間達等、ほんの少ししか登場してこない脇役達のキャラクターも実に魅力的です。悪役を除いたすべての人物が直接的、間接的に主人公二人の成長を助け、盛りたてています。ラストシーン、海賊の皆と別れ、シータの故郷に向かうシーンでは、映画の感動と、この魅力的な人物達と別れることの寂しさで涙があふれてくることでしょう。悪役の描き方は、この頃の宮崎作品に多く登場するタイプの限りなく悪人で、良心的な部分のかけらもない人物ですが、主人公達の限りない純粋さと対比して、人間の陰陽を描く彼のその頃のスタイルが私は一番好きです。その狭間に理想を持って体制に反抗するアウトローの象徴として海賊一家が置かれる構成も毎度のことではありますが、やっぱり魅力的で好きな構成です。加えて、この映画にはプログラムされたとおりにしか生きられず、しかし健気に生き続けるロボットの哀しさも描かれています。こういう感動を味わったのはこの映画が初めてでした。

宮崎駿

− こういった物語の中に前述の自然讃歌、人間批判が、ムスカとシータの同じ人種の陰と陽の対比を中心として、組み込まれているわけですが、そのメッセージを抜きにしてもこの映画は十分に楽しめます。そういったメッセージを抜き去ってしまうと楽しめなくなってしまう映画というのは個人的にはあまり好きではありません。特にこの手の簡単には解決が不可能なテーマの場合は、それがメインとなってしまうと結局、中途半端になったり、一人よがりになったりしてしまうものです。その点で、この作品のように娯楽として十分に楽しめながら、時に登場人物達の台詞にメッセージが込められている形態の方がメッセージ自体は単純にはなっても強いものとなって訴えかけられると思うのです。子供たちが純粋に楽しめて、後にこんなテーマが隠されてたんだなあと感心できるそんな映画をまた作ってくれないかなあと切に願っています。

− 音楽は彼の作品には欠かすことのできない作曲家、久石譲。今日本で最高の映画音楽家と言っても良いでしょう。最近では北野武監督作品でもいい音楽を聴かせてくれます。同郷人の誇りですね。長野オリンピックではどうしてもこの人に曲を作ってほしかったんですけどね。

− 「風の谷のナウシカ」と「となりのトトロ」の陰に隠れてしまいがちな作品ではありますが、ぜひ観て、楽しんでもらいたい作品です。(1998.5.23)

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