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奈良を巡る

春日大社 (かすがたいしゃ)

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神護景雲2年(768)、藤原不比等により藤原氏の氏神として、神鹿によって常陸国から鹿島神宮の武甕槌命(タケミカヅチノミコト)を勧請したことから起こされたと云われる春日大社は、以来、鹿が神の使いとして扱われてきた。又、同じ藤原氏の氏寺であった興福寺との縁が深い社である。

本殿(正面) 本殿

武甕槌命と会わせ、下総国から香取神宮の経津主命(フツヌシノミコト)、河内国から天児屋根命(アメノコヤネノミコト)を迎え、更に春日社につかえた斎女の霊を祀った比売神(ヒメガミ)の四柱の神々を祀る四つの本殿は、春日造という建築様式の典型的なもので、従来の建築様式にはない屋根の反り、朱塗りの柱など、仏教寺院建築の影響を伺わせる。
何故、遠い常陸国や下総国から勧請したのであろうか。藤原氏の祖である中臣氏の本拠地であった事によるものと思われる。鹿島神宮や香取神宮は、剣や武の神として古来より信仰されているが、鹿島神宮は、元々土着神であったのが、大和政権の東征により、武甕槌命を祀ったと推測できる。武甕槌命は、建御雷神と古事記では表記されている。

鳥居

一の鳥居から、南門までの参道の両側に石灯籠が延々と続く。万燈籠の時には、灯篭に火が灯されるが、その様は幻想的ではないかと想像できる。二の鳥居近くに宝物館がある。この宝物館を見学した事があるが、館に入場する時お祓いを受けて入るのが、何とも奇妙な感じを受けたのを思い出す。
参道を進むと本殿前。本殿前で結婚式を挙げているのを見た事があった。一度、本殿敷地内部を参詣した事もあった。本殿そのもの内部を参詣は出来ないが、その廻りを見る事が出来た。移殿で一休みするが、中から妙に心落ち着く祝詞が聞こえてくる。大祓之詩と呼ばれるもので、中臣祓とも云うという。声明とは違ったゆったりとしたリズムである。かっての古代人には、、この祓いの詞を聞くことにより、神の懐に抱かれたような感じになったのかもしれないと思うと共に、ここにやまとの神信仰の基本があったのかもしれない。しかし、何時の日か、政事に絡むようになってしまい、神道と云われるようになってしまった。

そんな事を思いつつ本殿を後にした。
若草山や春日奥山まで含む広大な神域には、多くの摂社や末社が点在している。これらの社を巡拝してくと、先ほどまでの本殿近くの賑わいが嘘のような静かさにいるのが不思議な位である。有名な若宮社や夫婦円満を願う夫婦大国社など、各地の地神や有名な神社の末社などが点在している。
社が点在している春日の森を進むと「ささやきの小径」と名づけられた散策路がある。まるで深山に踏み入ってしまったような錯覚におちいる。

摂社・末社への参道 春日の森参道
ささやきの小径 ささやきの小径 ささやきの小径

ささやきの小径を進むと、木々の間から春の日がこもれてくる。時間的余裕もあろうが、春日大社を参拝したおりには、ここまで足を延ばすことがお薦めだ。小径をそのまま進んでいくと、森が途切れ一般道となる。ここから、志賀直哉旧邸が近い。

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