別設定お遊び話3     注、今更ですが、はくがブラックです。

100のお題・千と千尋の神隠し(別設定)より

010. 向こう側

その日、千尋はいつになく帰り道を急いでいた。

何しろ、今日はアメリカに出張に行っていた

父が帰ってくるのだ。

高校生にもなってお父さんでもないだろうが、

なにしろ、半年振りの対面である。

去年の暮れからなので、中学の卒業も

高校の入学も、父抜きであって

きっとお父さんがいれば今ごろは大騒ぎ

だったろうな、と思うような重要な行事が

いくつもあり、母と二人寂しい思いを

していたのだ。

もっとも今回の帰国は半年振りとはいえ、

休暇を兼ねた一時的なもので一週間も

すれば、再び母子家庭の日々がやってくる。

『中学の卒業祝いと高校の入学祝い

をもらわなくっちゃね。半年分の

娘孝行をやってもらうんだから。』

家族が久さしぶりにそろうことへの

甘え半分照れ隠し半分にそんなことを

思いながら坂道を一気に駆け上がった。

「ただいま〜。」「お父さん!」

玄関を開けると同時に叫ぶと

「ちひろ〜!!」

巨大な体が突進してきたと思うまもなく

抱きしめられていた。

「うわっ、ちょっとお父さん?」

「ああ、ちひろ、しばらく見ないうちに大きくなって、

お父さんは、お父さんは寂しかったぞ〜!!」

「ギャ〜、苦しいよ!」

ぎゅうぎゅうに抱きしめてくるのは

どうやら、父らしくて、半年振りのその体は

なんか、一回り大きくなったよう。

そんな体で力いっぱい抱きしめられている

千尋は苦しくなって思わず暴れてしまう。

玄関先での大騒ぎを呆れたように

見ていた母が、ため息をつきながら

「あなたったら、すっかりアメリカナイズされてしまって。

千尋が驚いているじゃない。」

ほら、上がって着替えていらっしゃい。

クールなふりをしながら、それでも目は笑っていて、

千尋から父を引き離してくれた。

 

久しぶりの一家そろっての夕食。

アメリカにいって一段と貫禄がついた父は

豪快に笑いながらお土産話をしてくれる。

そうして、父がいなかった日本での出来事を

どんな些細なことでも聞きたがった。

一人娘の人生の節目に立ち会えなかったことは

どうやら、父にとってはやはり痛恨の出来事だったらしくて。

アメリカ人の同僚が、娘の一大事より、仕事を優先するなんて

『アメリカだったら離婚ものよ。』と、言ったのだとか。

「そんなことを言ったってな〜。」

「あなた、アメリカ出張は年末までなのよね?」

母が釘をさすように言う。

最初は3.4ヶ月の予定が半年に延び、次には

今年いっぱいは、となっていて、覚悟はしていても

単身赴任の期間がずるずると延ばされていくのは

母にとっても、いい加減にしてちょうだい状態なのだ。

もともと、今でも恋人のように仲の良い夫婦で、

千尋がいなかったら、いや、千尋の受験がなかったら、

絶対一緒についていっただろう。

「う、たぶんな。」

「たぶん?」

眉を吊り上げる母をごまかすように

「そうだ、土産だ土産。」

父が嬉しそうにボストンバックからとりだす。

機内持込用のバックにいれて大切に

持ち帰ったんだぞ〜。

というだけあって、母への土産の箱には

ティファニーのロゴが入っていて、

それを見たとたん、母の顔はまるで千尋と同じ

女子高生のように嬉しそうにはしゃいだものになって、

「あなた〜、ありがとう。」

娘の前にも関わらず、甘い雰囲気になる両親に

思わず肩を落としてしまう。

「お父さんったら、わたしには?」

「もちろん、千尋にもあるよ。」

といって渡されたのは、ニューヨーカーッぽいはではで

Tシャツとマカダミアナッツチョコレート。

ウッ、この落差。

思わず恨めしげに睨んでやると、

まあ、まあ、と頭をかいた父は

今度の日曜日に

卒業祝いと合格祝いを

買ってくれると約束してくれた。

 

風呂に入り、早めに部屋に戻った千尋は

まるで張り詰めていた気が抜けたように

ベットにへなへなと座り込んだ。

何の根拠もないのだけれど、

もう大丈夫。

お父さんが、帰ってきたんだもの、

もう、きっと大丈夫。

元の生活が戻ってくる。

そんな思いで胸がいっぱいになって。

 

はくとの思いがけない出会いと

そのあとの恐ろしかった出来事。

そうして、切ないほどの、けれども、

今の千尋には、どう考えても

受け入れることが出来ない求婚。

何気ないふりをして、懸命に

いつもと変わらない日常を送って

いるふりをしていたのだと、

そうして、自分のことながら

かなり緊張して気を張った毎日を、

送っていたのだと気付かされる。

そう、油断すると、あのはくの

千尋への想いと、非日常の

世界、人間とは相容れない

あの異世界に再び巻き込まれて

いってしまいそうで。

 

千尋は、ほ〜っと長く息を吐くと

父のお土産のチョコレートを一つほおばる。

口に入れた瞬間、歯磨きしちゃったっけ

と思い出したが、もう一度すればいいかと

思うことにして噛み砕く。

ハワイ土産に友達から同じようなナッツ入りの

チョコレートをもらったことがあったっけ。

でも、これはあたり、かな。

『ハワイ土産の定番だけど、これって

当たり外れがあるよね〜。』

『そうなの?』

『外国のお菓子って、極甘のがあって、

そういうの買ってきちゃうとチョ〜まずいのよ。』

いっぱしの通ぶった友人の言葉が思い浮かぶ。

 

どうでもよいことを思考にのせながら

千尋は、ベッドにポスンと倒れる。

そのまま、枕に顔を埋めると、

体を小さく震わせた。

 

高校での生活はどうか。

クラブは楽しいか。

友人はできたのか。

変な男には気をつけるんだぞ。

夕食の席で父が言った言葉が

ぼんやりした思考の中で頭の中を

ぐるぐる回っていく。

 

もう大丈夫。

もう、きっと大丈夫。

お父さんが帰ってきたのだもの。

 

口に中にナッツの香ばしさと

チョコレートの甘い香が広がっている。

千尋は、体の力を抜くと

口元に淡い笑みを浮かべながら

うとうとと、意識をとばしていった。

 

「千尋、お休み。」

琥珀は、住いの自室で

魔法の姿見にそっと指を這わせた。

 

『今日は、こないで。』

学校の行き帰りにいつも傍らを歩いている琥珀に

朝、校門での別れ際言われた言葉。

『なぜ?』

疑問を風に乗せる前にスカートを翻して

駆けていく後姿。

周囲に不自然に見えないように、自身も

千尋と同じ高校生のように取り付くろっていて。

教師がだめならば、同じ生徒なら?

といわんばかりにあのプールでのデートの

次の日に登校途中に姿を見せたら、

一瞬、怯えたような表情を見せた後、

あきれ返ったといわんばかりに

顔を顰められてしまった。

『はくって、そんなに暇なの?

魔法使いとしてのお仕事を

あっちでしているんでしょ?』

『うん。だけれど、そなたの送り迎え位は

できるよ。もともと、あっちは夜しか

仕事にならないからね。』

『・・・あのね〜。じゃあ、今は

眠っているはずの時間でしょ。

いい加減にしないと体こわすよ。』

『千尋、わたしの体の心配してくれるの?』

嬉しそうに言ったら、ますます怒らせて

しまったようで。

『大丈夫。本当なら、そなたが学校に

いる間中、教師として側についている

つもりだったのだから。』

そんなことを言うわたしに、

もう返事もしてくれなくなってしまって。

それでも、傍らを歩くことは

拒否されなかった。

 

琥珀は、姿見に映る想い人が

眠りの中に憩えるように呪いを呟くと

ふっと笑った。

そなたの父・・・か。

千尋ってば忘れてしまったの?

そなたのご両親がどれほど

頼りにならない存在か。

だめだよ、千尋。

父親の庇護の結界に隠れようなんて。

そなたは、すでにわたしのものなのだから。

でも、そう、明日にでもご両親に

ご挨拶をしておこうか。

外堀を埋めておくことも

そなたを真に得るためには

必要なことかもしれないものね。

 

琥珀はくすくす笑うと

鏡の中の千尋に、

そっと唇をよせたのだった。

 

 

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をい。千尋に触れるなって言われてるだろ。

反則じゃん。

それよか、あんた明日なにするつもり?

押せ押せがすぎると、千尋は

逃げるばかりだと思うけど。

つか、あんたその行動ストーカーだってば。