月夜裏 野々香 小説の部屋

    

新世紀エヴァンゲリオン

『一人暮らし』

      

  

  

 「ねぇ ファースト。あんた。シンジのこと好きなの?」

 「好き? わからない」

 「へぇ そう」

 「なぜ?」

 「えっ!?」

 「なぜ、見つからないの?」

 「偶然が重なったとしても」

 「碇君は、サバイバルも諜報のことも知らないはず・・・」

 「あ・・・」

 

第28話 『命の洗濯』

 シンジは、3日3晩、歩き続けて単純に計算する。

 時速4kmで、休息分を引いて、15時間。60km。

 3日で、180km。

 蛇行して高低差を引いて、第3東京市から140km離れた山中。

 道路、町や村の通過も避けるように歩いた。

 セカンドインパクト後の廃屋で少しばかりの暖を取り、寒さを凌ぐ。

 不意に思い出される記憶。

  『ありがとう。シンジさん、初めて見たけど、最近、お兄ちゃんの友達になったの』 ミドリ

  『うん』

  『シンジさん。こんなお兄ちゃんだけど見捨てないでね』

 シンジは、頭を抱えて嗚咽する。

 死にたくなった。

 「このまま、死ぬかな」

 シンジは、何も、食べてなかった。

 錠剤が、ポケットにあったが食べる気もない。

 「保安部員に付けられていないのかな・・・・」

 シンジは、保安部員の能力を軽く見ていない。

 組み手の相手もしてもらっていたが、まったく歯が立たない。

 あのアスカやレイでさえ、保安院を梃子摺らせるレベルでしかない。

 アスカとサバイバル訓練は、一度。技能は最低。

 その上、地図もコンパスもなく、太陽の位置を確認して、山中を歩く。

 仮にアスカより、一日先に出発しても、先回りされるくらいの実力差。

 諜報部と、保安部が追跡できないはずがない。

 「たとえ、連れ戻されても、僕は、エヴァには乗らない・・・もう、乗るもんか」

  

  

 翌朝

 シンジは、地方の小さな駅に来ると電車に乗る。

 第三東京市や各地の主要駅の監視カメラは、マギに連結されて自動認識される。

 しかし、地方の監視カメラなら、その可能性は低い。

 人影もまばらなセカンドインパクト以前の山岳電車。

 既に潰れているような会社の古ぼけたポスターが貼ってる。

 シンジは、ぼんやりと椅子に座った。

 この先のことは、まったく考えられない。

 異様に折れ曲がったトウジの死体がフラッシュバックする度に心臓が止まりそうになる。

  

  

 何度目かの駅。

 シンジの買った切符は終点まで、

 不意に人の気配と甘い香り。

 窓から目を放すと、隣の席に同世代の可愛い女の子が座っている。

 白いブラウスとオレンジのスカート。

 シンジは、客車を見回す。

 人影は、まばら、

 他にも座る場所があった。

 三日三晩、風呂も入らずに歩き続けて臭うはず。

 すぐにいなくなるだろうと思って、窓に眼を向けた。

 地方電車は、農村やトンネルを通る。

 いくつかの寂れた駅を通り過ぎても、その女の子の甘い香りと気配が隣にある。

 時折、トウジの死体がフラッシュバックするが、その子の香りが和らげる。

 隣の女の子は、くつろいでいるのか、

 ぼんやりと前を向いていた。

 「・・・あ、あの・・・・・」

 シンジは、隣の子に声をかけた。

 「なに?」 女の子

 「僕のそばにいても良いことないよ」

 「どうして?」

 「呪われているから」

 シンジは、適当な理由をつけて追い払おうとする。

 「どんな呪い?」

 「僕のそばにいると死ぬんだ。死神が付いているから」

 『これで、どこかに行く』

 シンジは自嘲気味に思う。

 「その死神。会ってみたいな」

 女の子の方が上手だった。

 「放って置いてくれないか」

 「話しかけてきたのは、そっちよ。私は放って置いたのに」

 「一人で、いたいんだ」

 「私は、マナよ」

 「ぼ、僕は、碇・・・シンジ」

 「シンジ君は、どこに行くの?」

 マナ、ニコッ

 「一人で、いられるところ」

 シンジが、憮然とする。

 「ふ〜ん。わたしが案内してあげる。一人でいられるところ」

 「言ってることが矛盾しているよ。僕は、いままで一人だったのに」

 「マナ!」

 「へっ?」

 「私は、マナよ。言ってみて。マナ」

 「・・・マナ・・・」

 「なあに? シンジ君」

 「なあにって。ぼ、僕のこと、からかってない。一人で、いたいんだよ」

 「どうして、一人で、いたいの?」

 「つ、辛いんだよ」

 「いやなことが、あったんだ?」

 「そうだよ」

 「何が、あったのかな?」

 「関係ないだろう・・・もう、僕は、どうなったっていいんだ」

 「本当に?」

 「もう・・・いいんだ。本当に・・・」

 「じゃ 私のお人形さんになって」

 「・・・・」

 「お人形さんは、辛い事も、悲しい事も、何も考えない。私の言いなり」

 「・・・それも、いいかな・・・・・・」

 シンジは、自暴自棄になっていた。

 「じゃ 決まりね」

 「うん」

 シンジは、どうでもよくなっていた。

 マナは、シンジを膝枕に横になる。

 絶句する。

 「シンジ君。終点に着いたら起こしてね」

 「ちょっと、やめてよ・・・三日三晩、風呂に入ってないんだ」

 「お人形は、何も考えない・・・・私の言いなり」

 マナは、眼を閉じて眠る。

 可愛かった。

 美人なのはアスカ、麗人は、レイだろう。

 しかし、可愛いのは、間違いなくマナだ。

 それもシンジが努力すれば手が届くような感じを与えてくれる庶民的な雰囲気。

 しかし、いまのシンジにとっては、どうでも、いいことだ。

  

  

 終点に着くとシンジは、マナを起こす。

 シンジが立ち上がると、マナも立ち上がる。

 「こっちよ」

 マナがシンジの手を引っ張る

 「えっ?」

 「一人になりたいんでしょう」

 シンジは、抵抗する気も失せていた。

 人形なのだ。

 人形は、何も考えない。なされるがまま。

 シンジとマナは、寂れた港町の寂れた駅で降りた。

 「日本海か。こっちよ。シンジ君」

 「・・・・・・」

 マナは、町の洋服店で服を何着も買う。

 シンジは、お金を払おうとしたがマナが全部払った。

 そして、マナは、寂れた旅館を見つけて入る。

 シンジは、マナが何者か聞きたかったが黙っていた。

 何も考えない人形でいた方が楽だ。

 「シンジ君。あそこの風呂に入って」

 マナは、新しい服が入った袋をシンジに渡した。

 シンジは、何も言わずに言われたまま、硫黄の匂いがこもる浴場に入る。

 三日分の垢が流され、白色の温泉に入る。

 それでも、清々しい気持ちにはなれない。

 トウジとの出会いと。

 楽しい日々。

 そして、重苦しい記憶が胸の奥に詰まっていた。

 不意に人の気配がすると

 いつの間にか、マナが隣にいる。

 「う、うああぁぁあぁあっ!!」

 シンジが慌てて、離れようとするが手を掴まれて止められる。

 「おとなしく、座って。見えちゃうよ」

 「うあっ!」

 シンジが慌てて座る

 「ふっ」

 マナが笑う

 シンジは、意識しないように懸命になる。

 お湯そのものが白く、底まで見えないのが救い。

 「い、いつ、いつの間に」

 シンジは、声が裏返って、錯乱。

 闇打ち訓練を受けていたはずなのに・・・・・

 マナが風呂場に入ってきたのも、

 湯船に入ったのにも、

 横にいたのも気がつかない。

 「シンジ君。ぼんやりしてたでしょう」

 「こ、ここって、こ、混浴なの?」

 「男湯よ。でも、他に客いないもの」

 シンジが絶句する。

 魅惑的なマナの体が白っぽいお湯に僅かに透き通って見える。

 「シンジ君。スケベ」

 「・・・・・・・・」

 シンジ、まっすぐ前を向いて硬直する。

 「お人形さん。やめる?」

 「や、やめないけど。こ、こういうのは困るよ」

 「ふうん、シンジ君って、良い」

 「な、何が?」

 「性格よ。なんとなくね。最初に見たとき、人柄がね・・・好みかなって」

 「ぼ、僕なんか。そばにいない方が君のためだよ」

 「マナ!」

 「僕の、そばにいない方が・・マナのためだよ」

 「それは、私が決めるわ・・・お人形さん」

 マナが微笑む。

 庶民的な、かわいさと話しやすさがあった。

 『・・・ごめん・・・トウジ・・・ごめん・・・』

 シンジは、自分の気持ちが変わっていくのが信じられなかった。

 あれほど沈痛で死ぬほどの気持ちが、どこかに行こうとしている。

 「シンジ君。髪の毛と背中洗ってね」

 「・・・・・」

  

 

 昼食

 浴衣を着たマナは、やっぱり、可愛かった。

 中学生二人には、贅沢な海鮮料理が並べられている。

 『いくら、くらいだろう。相当な、お金持ちじゃないだろうか?』

 『どこかの令嬢?』

 「はい。シンジ君」

 マナが箸で取ったものをシンジの口の前に出した。

 何をしようとしているのか明確だ。

 「あーん」

 シンジは、諦めた。

 人形は言われたまま、言いなりなのだから・・・

 客観的に見れば、新婚そのものだった。

 今度は、マナの方が要求。

 シンジは、言われるままにマナに食べさせる。

  

  

 NERV本部

 総司令官公務室

 「・・・そうか」

 ゲンドウは受話器を置いた

 「まだ、見つけられんとはな」

 「第3東京市から出るのに交通機関を使わなかったようだ・・・」

 「いつものことだが政府、戦自、ゼーレ、アメリカ、ドイツとも妙な動きをしている・・・」

 「しかし、これといって、目立った動きじゃない」

 「それでも、子供一人、隠すことぐらいわけはない・・・あの男は?」

 「行方不明だ・・・」

 「ゼーレの命令じゃないな。日本政府の命令でもない。やつの仕事は、NERVの監視だ」

 「独自に動いているのか、あの男にとっては、死活問題だぞ」

 「あの男は、真実を知りたいだけだ」

 「ゼーレも、日本政府も、NERVも、手段でしかない。そういう男だ」

 「もっと、諜報部員を出すか」

 「いや、ゼーレ子飼いの諜報員も多い。簡単に動かせない」

 「まずいな」

 「ただの予備だ。初号機が動かせないわけではない」

 「エヴァ4機配備のはずが実働2機か」

 「予備のコアの準備は?」

 「4つあるがエヴァ本体がないだろう」

 「各国で建造している、五号機、六号機は、まだ7割」

 「それも、ゼーレ方式のニュートラル機で、これからだ」

 「トライデントに組み込めば、ATフィールドが使えて、陽動になるだろう」

 「戦自が開発中の空中巡洋艦か」

 「人型にこだわったジェットアローンよりましだがね」

 「パイロットの準備は、出来ていないぞ」

 「フォースチルドレンを選出した時点で種明かし、されてしまっている」

 「母親の人柱によるシンクロ。人身御供という方法でしか、使徒を操れない」

 「しかし、問題は、ATフィールドが展開できるか、どうかだ」

 「全ては、それにかかっている。コアだけで、可能かどうか」

 「シンジ君と抱き合わせなら。レイや二号機のパイロットのようにATフィールドの展開が可能になるかもしれないがね」

 「当面は、レイを初号機に乗せる・・・」

 「選択の余地はないか」

 「トライデント巡洋艦へのコア導入の検討をするように赤木博士に伝えてくれ」

 「わかった」

  

  

 日本海側のとある町

 昼食後、シンジは、マナに連れられ、寂れた町を散歩。

 潰れて閉まっている店が多い。

 日本海の荒い波が海岸に押し寄せる。

 マナの買ってくれた服は、質素だった。

 しかし、アスカやレイがプレゼントしてくれた、

 どの服よりも自分の個性に合っているような気がする。

  

 時折、トウジの死がフラッシュバックのように襲ってくる。

 しかし、マナがそばにいて、自分が人形であると思い込めば、それほど酷いものではなく、平静を保てる。

 マナは、なんとなく、海岸線を歩いていた。

 シンジに対しては下手な慰めをせず、

 成熟、老獪とも思えるほどの接し方だった。

 不意にマナが後ろ向きに歩いて微笑む。

 「・・・危ないよ」

 「わたしが転びそうになったら助けてくれる?」

 マナは、後ろに手を組んで後ろ向きで歩いている

 「・・・うん」

 「わざと転んじゃおうかな」

 「どうして、マナは、僕にやさしくしてくれるの?」

 「わたしが、一人で海岸線を後ろ向きで歩いたらバカみたいでしょう」

 「そ、そうだけど・・・」

 『答えになっていないような気がする』

 「・・・マナは、この近くに住んでいるの? 学校は?」

 「先にシンジ君が教えてくれたら、教えてあげる」

 「僕は・・・」

 「謎の女の子って、魅力を感じない?」

 「マナは、謎がなくても魅力的だよ」

 「・・・・・」 マナが微笑む。

 シンジは、あまりのかわいさに目を逸らしてしまう。

 「でも、僕に何かを期待しても応えられないと思うよ。悪いけど」

 「それも、わたしが・・・あっ!」

 マナが転びかけ。

 シンジは、慌ててマナの体を両手で支えた。

 「ありがとう・・・・シンジ君。反射神経が良いのね」

 「危ないから、普通に歩いた方が良いよ」

 シンジは、マナを支え戻すと。すぐ、離れる。

 「わたしが、シンジ君のことをどう思うかは、私が決める」

 「そ、そうだね」

  

  

 鈴原トウジのNERV葬

 大きな葬式だった。

 ヒカリが泣き、チアキが慰める。

 ケンスケも、辛そうにしていた。多くの同級生も悲しんでいる。

 レイは、葬式のマニュアルを読んだのか模範的。

 アスカも、神妙な表情。

 そして、シンジは、行方不明のまま。

 多くの同級生は、疎開の話しが中心になっていた。

  

  

 学校

 レイとアスカが登校。

 レイはいつもの通り。いや、いつもよりも寂しげ。

 アスカとヒカリは、微妙な距離をとって空々しく。

 間に入ったチアキは苦心し、

 教室全体が重い空気に包まれる。

 「まいった!」

 チアキがケンスケにぼやく。

 「重苦しいね。シンジは、来ないのかな?」

 「相田も、うすうす。気付いているんでしょう」

 「・・・新城ほど、じゃないけどね」

 「碇君は、行方不明よ」

 「さすがNERV保安局の子弟」

 「はあ・・・・・鈴原が死ぬから・・・・バカは、死なないでしょう」

 「トウジの葬式にもこれなかったという事は、シンジのやつ、相当、きてるな」

 「再起不能じゃなければ良いけど」

 「そうね」

 「でも、大丈夫かい。パイロットの失踪なんて、親父さん進退問題じゃないか」

 「わかってくれる」

 「うん。同情はしないけど」

 ケンスケが微笑む

 「そういうやつよ、あんたは」

  

  

 とある旅館の夕食

 マナの命令で、

 マナはシンジに食べさせられ。

 シンジは、マナに食べさせる。

 普通なら幸せなのだろうがシンジは、人形のように振舞う。

 マナが普通の女の子なら腹を立てて、飛び出してしまうだろうか。

 しかし、辛抱強さ以上のものがあるのか、

 つまらない態度を取り続けるシンジにやさしく接する。

  

 夕食後

 花火の向こうにいるマナは、かわいく、はしゃいで、

 いつの間にか、シンジも微笑んでしまう。

 しばらく遊んだあと、シンジとマナは、旅館のラウンジでエアーホッケに興じる。

 どちらも、本気で、やっていない割に高いレベルの応酬。

 そういう感じのゲームだった。

 その後、シンジとマナは、風呂に入る。

 男湯だったが他に客がいないためか、マナは、心臓が強い。

 マナは、自分の事が好きなのだろうか。

 そうでなくては、知らない男と二人っきりで旅館に泊まったり。

 裸で、一緒の風呂に入ったりはしないだろう。

 少なくとも自分に対し好意を抱いている。

 シンジは、トウジの命を奪ったことで、その気になれない。

 自分が幸せになること自体受け入れ難い。

 二間の間取りで奥の部屋が寝床で、

 布団が二つ並んで敷かれている。

 マナは、風呂上りで、とても魅力的。

 シンジは、このまま、行くとこまで、行ってしまうのだろうかと迷う。

 そんな良い思いをしたくない。

 自分から進んではなくても、

 名目上、マナの人形。

 マナがその気になれば、抵抗できる保障もない。

 いやだといえば、居心地の良い人形ではなくなり、ジレンマに悩む。

 シンジとマナは、出窓のある喫茶室でコーヒーを飲む。

 旅館の店員は、中学生二人の客に対して平静を装う。

 「曇っちゃったわね・・・星が綺麗なのに」

 「うん」

 「寝よ」

 「あの、僕は・・・・・」

 「なに?」

 「・・・な、なんでもない・・・・」

 「さあ、行こう」

 結局、マナに引っ張られて寝室に行く。

 シンジにその気があれば楽しいだろう。

 相手が綾波ならと思わぬでもない。

 どちらにしても、いまのシンジは、その気になれず。

 あっさり、マナがシンジの布団に侵入。

 シンジとマナは、同じ布団で横になる。

 マナのやわらかい感触と石鹸の香りが性欲をくすぐる。

 「・・・人形。やめたくなったでしょう」

 マナが囁く

 「僕は、人形で良いよ」

 「へぇ〜 堅物ね。夫にするには良いかも、浮気されずに済む」

 「マナは、どうして、こういう事が出来るの?」

 「知らない男と旅館に泊まったり、一緒に風呂に入ったり、寝たり」

 「それは、シンジ君が気に入ったからよ」

 「僕は、つまらない最低な人間だよ」 自虐的

 「それは、私が決めるって言ったでしょう」

 マナが腕をシンジの腕に絡ませる。

 まるで襲ってくれといわんばかりのマナの態度にシンジは、動揺する。

 シンジは、意図的に、必死にトウジのを思い出して欲情を押さえ込んだ。

 トウジを殺してしまった自分は、幸せになる権利がないと思う。

 しかし、どう考えても、逆方向に向かって、全速力で突進している。

 『おかしい。絶対におかしい。何かが間違っている』

 シンジは、消したいはずの記憶を無理やり呼び起こして、欲情を押さえ込む。

  

  

 NERVの病院

 ラウンジでNERVの職員から報告を受けていた。

 ミサトとリツコは、包帯をつけたまま、椅子に座っている。

 「・・・・・」 諜報員

 「シンジ君は、まだ、見つかっていない?」 ミサト

 「どこに行ったのやら。第3東京市にはいないわね」

 「いるような痕跡があるのは、誰かの工作ね」

 「たぶん、誰かが似たようなかっこうで、それとなく痕跡を残しながら歩いているような・・・」

 「リツコ。なに落ち着いているのよ。それどころじゃないでしょう」

 「まったくよ。お陰で仕事が増えたわ」

 「シンジ君の心配をしたらどうなの? 少しは」

 「心配して戻ってくるなら、いくらでも心配するわよ」

 「でも・・・いくらなんでも、パイロット直属の護衛を出し抜いて、逃げ回ることができるわけないわ・・・」

 「実力は、世界でもトップレベルのはず」

 「それは、第三東京市圏内での話しよ」

 「高度な諜報迎撃システムと同化したお陰でね。総合的に特異化されてしまったの」

 「じ、じゃ 第3東京市の外に出たら」

 ミサトが諜報員を見る

 「そう、並以上だけど、トップレベルじゃない。そうよね。新城さん」

 「はい。システム活用は急務でしたから」

 「本来の諜報能力養成が遅れたのは事実です」  新城

 「チッ! 外に出たらマンパワーで劣るという事」

 「失態ね。シンジ君に第3東京市から出られるなんて」

 「現在。動員をかけて捜索中です」  新城

 「罰でLCL液。ジョッキ一杯飲んでもらうからね・・・新城さん」

 「!?・・・・・LCL液ですか?」

 「そうよ」

 「ミサト・・・あんた。まだ」

 「遺言は、守らないとね。目覚めが悪いでしょう」

 「はぁ〜」

 「ねえ、新城さん・・・・加持君に会いたいんだけど」

 「行方不明です」

 「道理で連絡が付かないと思ってたけど、あのバカッ! 緊急時だって言うのに」

 「今回の場合、彼は、使わない方が良いわ」

 「真実を追うだけの男。組織にとって、とても危険な男よ」

 「わたしも、そう思います」 新城

 「でも、第3東京市から逃げられた?」

 「彼が第3東京市から出る事を止める命令は、出ていませんでしたから」

 「そういえば、獅子身中の虫・・・だったわね」 ミサト

 「問題は、彼に対して、何らかの命令が出た節がありません」

 「新しい連絡ルートを開拓したんでしょう。自分勝手に動けば、死活問題よ」

 「新しい連絡ルートの調査をして。NERVの死活問題になるから」 リツコ

 「ええ、そちらも、調査中です」

 「彼が手引きしたという事はないでしょうね」

 「動きは追跡していましたから。その可能性は、低いです」

  

  

 公園

 アスカとヒカリはブランコに座る。

 「・・・ねえ、アスカ。鈴原が、どんな死だか、知っているんでしょう」

 「知っても、鈴原は帰ってこないわ」

 「でも、鈴原が好きだから。死ぬときもそばにいたかった・・・・だから・・・・知りたい」

 「エヴァ3号機で・・・・人類のために戦って死んだ」

 「そう。鈴原が・・・・・」

 「・・・・・・・・・・」

 「ありがとう・・・・アスカ・・・・ありがとう」

 ヒカリは涙ぐみ。夕焼けに二人の影が重なる。

  

  

 とある旅館の朝

 シンジは、吐息が耳に当たるのを感じながら眼を覚ます。

 無防備なマナの顔が目の前、思わず唇に眼を奪われる。

 そして、マナが、シンジに抱きついているような感触。

 無防備に寝ているマナの浴衣もが、はだけて色っぽい。

 結局、何もなかった。

 それでも、親友のトウジを殺したというのに、なんという仕打ちだろうか。

 シンジは、マナに気付かれないように布団から出ようとしたが諦めた。

 マナがしっかり腕に絡んでいる。

 『普段なら、天国なのに』

 「シンジ君。おはよう」

 「おはよう。マナ」

 「シンジ君。寝ている間に何かした?」

 「し、してないよ・・・何もしてない」

 「ふうん・・・・・でも、人肌って良いわね・・・・落ち着く」

 「うん」

 シンジは起き上がろうとする

 「シンジ君。もう少し、楽しもうという気にならないの?」

 マナが、しがみ付いて、シンジは、起きることが出来ない。

 「ざ、残念だけど・・・・僕は・・・幸せになっちゃいけないんだ」

 「人形は、そんなこと考えないの」

 「うん」

 「風呂に入ろう」

 「うん」

 と言いながらシンジは、第2東京が地獄なら、第3東京が学校と職場と戦場。

 この寂れた町は、マナといるだけで天国。

 裸のマナの頭と背中を洗いながら、そう思う。

 シンジが欲情しないのは、トウジの事を必死に思い出しているからだ。

 そして、シンジは、ふと気付く。

  

  

 旅館の朝食

 マナは、シンジに食べさせ。

 シンジは、マナに食べさせる。

 彼女は “新婚ごっこ” という。

 朝食後、シンジとマナは、ベランダのソファでコーヒーを飲んでいた。

 「今日は何しよう?」

 「外は、どんよりしているわね。もう冬になっていく。今年は、雪が見られるかもね」

 マナが空を見つめる。

 「うん」

 「この辺って、何もないのよね」

 「寂しいところ、だけど、他になにもないから、誰か、そばにいると、とても親密になれる・・・」

 「新婚旅行に良いわね」

 「目移りしない。海外に出て相手を頼りないと、思わないから成田離婚もない」

 「僕は、マナの役に立てないと思うよ」

 「そう?」

 マナは、外を見つめたまま。

 「マナは・・・戦自の人だよね?」

 シンジが切り出す。

 「うん。いつ、気付いた?」

 マナは、動じない

 「今朝、マナの背中を洗っていたとき。鍛えられていたから」

 「そう。いつ気付くかな、と思っていた」

 「僕をどうするつもり?」

 「どうもしないよ。シンジ君が決めることだから」

 マナは、ようやく、景色から視線をシンジに移して、微笑む。

 「・・・・・・・」

 「事情は、だいたい知っているの。ずっと見ていたから」

 「ずっと?」

 「NERVは、とても優秀なシステムと人材を集めているみたいだけど」

 「システム上。子供には穴があるの」

 「・・・・・・」

 「シンジ君が、第3東京を抜け出す時。いくつかの工作をしたから。シンジ君が、ここにいるの・・・」

 「NERVは、気付いてない」

 「じゃ 第3東京市から、ずっと僕の後、付けてたの?」

 「ええ」

 「大変じゃなかった?」

 「ええ、シンジ君の痕跡消すの結構、疲れちゃった」

 「同僚も偽装工作で助けてくれたから、何とか上手く行ったわ」

 「気が付かなかったよ」

 「でも、幸運だった」

 「私のほかに11人もいて。わたしの担当区でローテーションのときだったから小躍りしたよ」

 「そう。僕は、戦自に誘拐されたんだね」

 「違うよ。シンジ君を手助けしただけ」

 「じゃ 僕がNERVに戻ると言ったら」

 「ええ、構わないわ」

 「本当に?」

 「ええ」

 「じゃ 何のために?」

 「シンジ君が決めていいわ。戦自が後ろ盾になるから・・・・多分、全面的にね」

 「マナって、年、いくつ?」

 「14歳。7月5日だから、シンジ君が一ヶ月上ね」

 「な、なんか、大人の女って感じがする」

 「命令されて動いているだけ。シンジ君と約束できる範囲も決まっている」

 「全部。僕に近付くためだったんだ」

 「そうなの。来る日も、来る日も、シンジ君ばかり見てたから」

 「性格とかもね、専門の性格分析家や心理学者の人からもレクチャーされたり」

 「あと和風料理とか、イタリア料理とかも、習わされた」

 「シンジ君に食べさせられるようにって」

 「どうして僕なの?」

 「だって、綾波さんや惣流さんだと気付かれて、こっちがNERVから逃げ回らないといけなくなるもの」

 「カモだったんだね」

 「まぁ それでもね。ガードが固すぎて接触した瞬間にこっちの正体がNERVにばれるでしょう・・・」

 「それにシンジ君がNERVから逃げ出すのって」

 「碇司令に冷たくされて」

 「綾波さんに嫌われて」

 「惣流さんにど突かれて」

 「葛城さんに怒られてという。カルテットコンポだから待っている方が大変」

 「ブッ!」

 シンジが噴出して苦笑する。

 「こっちも苦労したのよ」

 「ご苦労様」

 「どういたしまして」

 「・・・僕は、もう、エヴァに乗らないよ」

 「ええ、シンジ君がそうしたいのなら、戦自で支援するわ」

 「なんか拍子抜けした。誘拐されているのかと思ったのに」

 「戦自を誤解してない」

 「NERVで戦自を良く言っている人、いないから」

 「でしょうね・・・まぁ 厳しいけど非道じゃないわ・・・シンジ君が、望むなら保護できる」

 「それにシンジ君が望む条件をつけてNERVに戻る事も出来る。その際、戦自が仲介できる」

 「戦自の目的は、何?」

 「NERVとの人脈。有利な交渉権」

 「そういった類のこと。具体的に言うと予算だけどね」

 「シンジ君の人権を蹂躙するようなことはしない」

 「それだけのために」

 「・・・もっと無駄なお金の使い方をしている事もあるわ」

 「ただ単に口が上手いと言うだけで、バカな計画にお金と人材と時間を浪費する」

 「わたしも無駄なことをしているなと思ったけど。結果的に無駄じゃなかった」

 「好意を持たれていると思ったのに違ったんだね」

 「シンジ君が望むなら。わたし、シンジ君と結婚してもいいよ」

 「・・・・・・」

 「シンジ君のために費やした時間。無駄にしたくないし」

 「ずっと見ているとね、好きになってしまうのよ」

 「でも・・・」

 「綾波さんが好き?」

 「・・・僕は・・・・」

 「鈴原トウジ君の事ね」

 「・・・全部、知っているんだね」

 「もちろん、鈴原君。残念だったわね・・・・私の方は、それで助かったんだけど」

 「僕が、殺してしまったんだ」

 「鈴原君を殺したいと思ったの?」

 「そんな、そんなこと思うはず、ないじゃないか!」

 「じゃ 殺人にはならない・・・・過失は?・・・何か失敗した?」

 「・・・・僕は、戦いたくなかったんだ」

 「刑法も、民法も、適用されない。軍法だと戦闘拒否ね・・・」

 「戦自で敵前逃亡と判断されたら死罪」

 「NERVもそれに近いはずだけど、情状が付くから、何とかなるわ」

 「し、死罪なんだ」

 「気にすることはないわ。何とかなるものよ」

 「適当な理由をつけて戦自で保護するし、NERVも死罪にしたりはしないし」

 「マナの本当の名前は、なんていうの?」

 「霧島マナ。よろしくね」

 「・・・お、大人の人っていないの?」

 シンジは、キョロキョロと周りを見る

 「わたしがシンジ君の担当なの」

 「シンジ君の条件が決まったら。私に伝えて、わたしが直接上に伝えて、調印よ」

 「調印?」

 「シンジ君が決めたことを戦略自衛隊が保障するの」

 「無理強いはしない。それだけ」

 「そんなことするんだ」

 「人権蹂躙をしていない法的な証拠。NERVが何も出来なくなるから」

 「一時的に戦自がシンジ君を保護しただけでも大きな得点なの」

 「そう・・・」

 「私の個人的な意見だけど・・・言っても良い」

 「聞きたい」

 「NERVに戻ったほうが良いと思う」

 「シンジ君が戻る条件を出せば、NERVに突きつけることが出来る」

 「どんな無理なことであってもね」

 「それが戦自の考え」

 「個人的な考えよ・・・」

 「使徒戦に人類の存亡がかかっているのは戦自も知っている」

 「政府と戦自がNERVに手を出さないのは、それがあるからなの・・・」

 「だからエヴァに乗りたくないという考えだけじゃなく」

 「NERVに戻るための条件も考えて欲しいの・・・」

 「もちろん、搭乗拒否でも、戦自は保障する」

 「NERVへの嫌がらせだけのためにね」

 「・・・・・・」

 「お願い」

 「・・・・・・」

 「このままだと綾波さん。死んじゃうよ」

 「んぐっ 何か、考えてみるよ」

 「・・・やっぱり、綾波さんが好きなのね」

 マナがブスッとする

 「・・・・・・・」

 「・・・綾波さんと、どこまで行ったの?」

 「ど、どこまでって、ふ、普通の中学生同士だよ」

 「へぇ じゃ わたし達の方が関係が深いかも」

 「わたし達って・・・・そ、そうだけど」

 「襲っちゃおうかな。わたし」

 「う、うそ!」

 「あら、試す」

 「・・・・・・・」

 シンジは首を振る。

 レイやアスカのように本格的な訓練を受けている相手だと女の子でも、自分より強い。

 「うそ。シンジ君は、重要人物だから、そんなことしたら軍法会議で更迭されちゃうわね」

 シンジは、なんとなくホッとした。

 「むっ! いまホッとした」

 「そ、そんなことないけど」

 「まぁ いいわ。でもシンジ君から来たら、抵抗しないからね」

 マナが囁く

 「・・・・・」

 「でも、どうしようかな・・・どんよりしているから、外出するのもね〜」

 「あ、あのさ。戦自の基地とかに連れて行かなくても良いの?」

 マナ、キョトン。

 「別に行きたいわけじゃないけど」

 「ここが、戦自の基地よ」

 「ええ!」

 「秘密基地・・・・シンジ君に教えちゃったから、秘密基地じゃなくなっちゃったけど」

 「旅館かと思っていた」

 「ええ、ミサイルとか光線とかないけどね・・・」

 「お客のいない旅館。たまに飛び込み客や関係者が客を装って維持されている寂れた旅館」

 「でも実態は、戦自の諜報支部の一つ」

 「NERVも似たような諜報支部を持っているけど・・・」

 「どこも、やっていることは、似たり寄ったりよね」

 「人が出入りしても怪しまれずに情報交換も簡単」

 「戦自も大変なんだね」

 「そうなの。NERVのお陰で予算削られて、世知辛くなって」

 「ははは」

 「だいたい、組織同士の対立って、原因のほとんどが予算の取り合いなの」

 「あそこの予算を切り崩して、こっちによこせとかね」

 「生々しい話しだね」

 「シンジ君のお父さん。それが上手くてね。ものすごく反感もたれているわね」

 「・・・っつ・・・」

 「どうしたの?」

 「父さんの話しは、やめて欲しい」

 「いいけど」

 「・・・・・・」

 「じゃ じゃあ・・・・卓球でもする」

 「うん」

 「ようし、正体ばれたし、本気でやるわよ」

 「やっぱり、マナの方が強そうだね」

 「ふふふ。私と、綾波さん、惣流さん。どっちが強いと思う」

 「わ、わからないけど、二人とも強いよ。全然勝てないもの」

 「近いうちにお手合わせしたいわね」

 

 

  

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第27話 『崩 壊』
第28話 『命の洗濯』
第29話 『男の戦い』
短編  『加持リョウジ物語』
登場人物