月夜裏 野々香 小説の部屋

  

仮想戦記 『日清不戦』

 

 

第25話 1917年 『第一次世界大戦 4』

 ドッカーバンク海戦、

 ユトランド海戦(スカゲラック海戦)。

 二つの大海戦は、ランチェスターの法則を越えたドイツ海軍の勝利で終わる。

 しかし、ドイツ海軍とイギリス海軍の力関係は相変わらずだった。

 それほど、イギリス海軍は強大だった。

 とはいえ、総合的な国際情勢で力関係が変わってしまう。

 アメリカ海軍は、イギリス海軍を越え、

 日本海軍でさえ、扶桑型戦艦8隻が完成すれば、力関係で負けてしまうのだった。

 そして、ドイツとイギリスは損傷した戦艦群の修理改装に半年以上を必要とした。

 ドイツ海軍は、艦隊運用で基礎になる人口が劣っており、

 訓練もままならず。

 海軍再建は軍事的、経済的な理由から遅らせられる。

 ドイツは資源の多くを戦況に即効性のある地上戦か、

 潜水艦作戦に費やされる。

 それでもドイツ海軍のシェア中将は、

 本調子でない巡洋戦艦モルトケの通信機を強化。

 旗艦にするなど艦隊を再編成、

 もう一度、作戦可能な体制を作っていく。

 

 

 01/07

 独英の戦闘艦が熾烈な殲滅戦を繰り広げ消耗戦を繰り返していた。

 そして互いに傷ついてしまう。

 そんな時代の、

 そんな海、

 1571トン級三本マスト・クリッパー帆船ゼーアドラーは出撃した。

 「伯爵。こんなボロ船で通商破壊戦ですか?」

 「ドイツ帝国が無制限潜水艦作戦をしないのであれば水上艦艇を出すしかない」

 「スカゲラック海戦で勝ったのにですか?」

 「全ての商船が大砲を載せ始めている」

 「潜水艦が浮上して商船を臨検できるものではないよ」

 「確かに」

 「潜水艦に護衛艦狩りをして貰って、我々が輸送船を拿捕するのが機能的だな」

 「了解です」

 ジブラルタル沖、

 中立国船の無害航行と思わせながら船舶に近付く。

 そして、突然、豹変、

 砲撃。

 1571トン級三本マスト・クリッパー帆船ゼーアドラーは、

 3268トン級グラディス・ロイヤル号を拿捕、撃沈する。

 

 

ユトランド沖海戦後の英独海軍   巡洋戦艦 & 戦艦

イギリス海軍(ジョン・ジェリコー大将)

ドイツ海軍 (シェア中将)

巡洋戦艦

巡洋戦艦

インディファティガブル 305mm連装×4 18000 ヒンデンブルグ 305mm連装×4 26000
ニュージーランド 305mm連装×4 18000 リュッツオウ 305mm連装×4 26000
オーストラリア 305mm連装×4 18000 モルトケ 283mm連装×5 22000
レナウン 381mm連装×3 27000
レパルス 381mm連装×3 27000
カレジアス 381mm連装×2 19000
グロリアス 381mm連装×2 19000
フューリアス 457mm連装×1 19000

戦艦

戦艦

ロイヤル・オーク 381mm連装×4 28000 バイエルン 381mm連装×4 28000
ロイヤル・ソブリン 381mm連装×4 28000 バーデン 381mm連装×4 28000
ラミリーズ 381mm連装×4 28000
リヴェンジ 381mm連装×4 28000
クィーンエリザベス 381mm連装×4 29000 フリードリヒ・デア・グロッゼ 305mm連装×5 25000
ウォースパイト 381mm連装×4 29000 マルクグラフ 305mm連装×5 25000
マレーヤ 381mm連装×4 29000 クロンプリンツ 305mm連装×5 25000
カイザー 305mm連装×5 25000
カナダ 356mm連装×5 28000 カイザリン 305mm連装×5 25000
エンペラー・オブ・インディア 343mm連装×5 25000
オストフリースラント 305mm連装×6 22000
キング・ジョージ5世 343mm連装×5 23000 ヘルゴラント 305mm連装×6 22000
センチュリオン 343mm連装×5 23000 オルデンブルク 305mm連装×6 22000
エリン 343mm連装×5 22000
モナーク 343mm連装×5 22000 ラインラント 283mm連装×6 18000
コンカラー 343mm連装×5 22000 ヴェストファーレン 283mm連装×6 18000
サンダラー 343mm連装×5 22000
ハーキュリーズ 305mm連装×5 20000
ヴァンガード 305mm連装×5 19000
コリングウッド 305mm連装×5 19000
セント・ヴィンセント 305mm連装×5 19000
テメレーア 305mm連装×5 18000
ドレッドノート 305mm連装×5 18000

 

 

  

 将校クラブ

 シャア中将は、酒を飲んでいた。

 「・・・調子は、海軍さん」

 声をかけたのは、陸軍将校だった。

 「はぁ〜」

 「おいおい、いきなりため息はないだろう」

 「そんなに悪いのか。世界最強のイギリス海軍を痛めつけただろう」

 「ああ、そっちは?」

 「まぁまぁだな」

 「・・・こっちもだ」

 「戦艦同士で撃ち合いをするなんて、人類史上空前の贅沢」

 「浪費だよ。犯罪だね」

 「それを言うなら陸戦もそうだ」

 「10万単位で死傷者を出してみろ」「

 「血肉の海で人間性を喪失する」

 「・・・そっちも、大変だな」

 「今のところ、何とか戦線は維持できそうだがね」

 「戦車は?」

 「ああ、あれには、参ったよ」

 「大砲を直撃させるか、地雷を使わないとな」

 「それも爆薬を多めにしてだ」

 「あれで戦車の運用がしっかりしていたら戦線が崩壊していたな」

 「ドイツでも製造するのか?」

 「ああ、製造するように頼んだがね」

 「鉄の量が多くて兵器局は、ご機嫌斜めだ」

 「どこも、かしこもか」

 「戦艦の新規建造は、無期延期にされたよ」

 「どうしても欲しければ、古いやつから解体しろといわれた」

 「ははは、モルトケを旗艦にしたのもそれか」

 「モルトケは、かなりやられたからな」

 「もう、撃ち合いに向かない」

 「後方にいても文句を言われない艦で見栄えがいい」

 「機関は、なんとか、使えそうだから」

 「通信機を強化して、後方から全体を指揮するようにしたよ」

 「そうか・・・飛行船は駄目なのか」

 「陸上と違って海上なら戦闘機は襲ってこないだろう」

 「天候で、飛べるときと飛べないときがある」

 「風に流されると指揮に影響する」

 「爆撃進路は、風次第で狂わされる」

 「気休めにしかならんな。それにモルトケは、沈めたくないそうだ」

 「新型巡洋戦艦は?」

 「ヒンデンブルグは10月に完成する」

 「それまでお休みか」

 「潜水艦艦隊からクレームが来たよ」

 「リュッツオウの脱出がきっかけで護送船団方式が取られた」

 「Uボートの戦果が落ちて損失が増えたらしい」

 「リュッツオウの戦果を合わせても言い訳ができそうにないな」

 「やぶ蛇か・・・陸軍も、よくある話しだ」

 「・・・・・・」

 「今後の海軍の展望は?」

 「展望か・・・」

 「人員の訓練が出来ないとな。練度だけで正味・・・戦力が半減しているといえる」

 「そんなにやられたのか」

 「ああ、ユトランド海戦で無傷の艦艇は、駆逐艦が1隻だけ」

 「それ以外は、大破か、中破」

 「乗員の3分の1は、再起不能で新兵の訓練も進んでない」

 「前ド級戦艦を要塞代わりに埋め立てて余剰人員がいたが一時的だ」

 「いまは、やりくりしても、こんなものだ」

 「随分、酷いじゃないか」

 「内情はな」

 「即効性の高い潜水艦に乗員を取られているのもある」

 「聞いた話しだと、イギリス海軍もかなり酷いらしい」

 「だといいがな」

 「イギリス海運の規模から判断すると、話し半分というところだな」

 「陸軍の展望は?」

 「補給と戦車対策が整えば、西部戦線の維持は難しくないな」

 「南部戦線はイタリアが中立を守れば安泰」

 「東部戦線は?」

 「東部戦線は、ドイツ・ブルガリア、オーストリア、ルーマニア軍で進撃可能だ」

 「中東域は、ドイツ軍の一部を派遣したから、少しばかり巻き返しつつある」

 「陸軍は、悪くないじゃないか」

 「補給線の問題があってな攻勢の限界もある」

 「海軍さんがペトログラードまで積荷を運んでくれたら、もう少し前進しようもあるがね」

 「ほう・・・」

 「戦線は、まだ、リガの港じゃなかったかな」

 「それにペトログラードは、ロシアの首都だろう」

 「ああ、戦線がないところなら降りられそうだな」

 「・・・コトリン島要塞が邪魔だな」

 「占領すれば良いだろう」

 「早く戦争を終わらせたいんだ」

 「・・・・」

  

  

 01/17

   アメリカ合衆国がデンマークからヴァージン諸島を2500万ドルで買収

 

 01/22

   米大統領ウッドロウ・ウィルソンが勝利なき平和を提唱

 

 02/23

  首都ペトログラード (旧レーニングラード。現、サンクトペテルブルク)

  婦女子のパンを要求するデモに一般労働者が合流。

  

 02/24

  運動は、ペトログラードの労働者。約半数をまきこむまでに拡大。

  スローガンは、パンの要求から戦争反対、専制打倒と変えられていた。

  

 02/25

  首都で起きたゼネストの鎮圧に出動した警察・軍隊と労働者が衝突する。

  死傷者を多数出し、コサック部隊の一部は消極的になっていく。

  

 02/26

  警察・軍隊がデモ隊に対して発砲。

  ここで革命勢力の呼びかけに群集が反乱を起こし、

  コサック部隊が革命に合流する。

  

 02/27

 ペトログラードは、兵士たちが革命勢力へと合流。

 将兵15万人が民衆の側に付き、革命派が首都を制圧してしまう。

 労働者と兵士は、首都ペトログラードを統制下に置くとソビエトが組織。

 冬宮殿(ズィームニイ・ドヴァリェーツ)は民衆によって包囲され、

 皇帝の権力構造が破壊されてしまう。

 二月革命

 国会は、皇帝の休会命令を無視して、非公式に国会臨時委員会を選出。

 国会臨時委員会は、政府省庁を管轄下に置いてしまう。

 リベラル勢力のリボフを首班に臨時政府が成立。

 革命勢力のソビエトも、リボフ臨時政府を承認。

 皇帝ニコライ2世は弟ミハイルへの譲位で事態を乗り切ろうとして失敗する。

   

 03/03

 1613年以来のロマノフ朝は終わりをつげた。

  

 03/12 二月革命(三月革命)勃発(国会臨時委員会が政権掌握を開始)


 
 03/15

   ロシア国会臨時委員会が臨時政府を樹立。

   ニコライ2世が皇帝を退位(ロマノフ朝滅亡)。

 

 04/04 日本がロシアの臨時政府を承認

 

 04/06 米国がドイツに対して宣戦布告

 

 04/17 ロシアに帰国した レーニンが四月テーゼ。ソビエトが全権力を握るべきだと主張

  

 

 イギリスは、兵力差が大き過ぎて、

 北部ドイツ上陸作戦という反攻手段をとれなかった。

 そして、風雲急を告げる、外洋。

 インデファディガブル、ニュージーランド、オーストラリアの3隻は、

 リュッツオウとの海戦で大破、

 ケープタウンに逃げ込んで事なきを得たものの、応急修理しかできず。

 Uボートの出没する大西洋を北上させるのは危険とコロンボに回航され、

 そこでも持て余し、

 最終的に日本に回航され修理改装されていた。

 呉

 「大丈夫ですかね」

 「ええ、ちょうど戦艦を建造していましてね」

 「金さえあればというやつです」

 「輸送船建造が割り込むことになりますがイギリス本国は構わないと」

 「そうか・・・」

 「設計図さえあれば、支障はないですよ」

 日本は大型戦艦を建造できるドック8ヶ所に加え、

 大破した巡洋戦艦3隻を同時に修理できるという。

 パケナム少将は信じ難いモノを見るように海軍工廠を見渡す。

 『いつの間に・・・』

 アメリカ、ドイツ、イギリスの重工場地帯に匹敵するような光景が目に映る。

 『欧米列強が租借地と租界地の権益を守るため、日本に大量発注した結果がこれなのか?』

 働いている工員は、知性と意欲と誠意が感じられ、

 無知でオロオロしている者はほとんどおらず。

 横柄な人間もほとんど見当たらなかった。

 そこには、名実とも、列強の一国が存在していた。

 

 

 オーストラリア(レンタル)海軍、戦艦13隻、装甲巡洋艦12隻、巡洋艦40隻

 (三笠、初瀬、敷島、朝日、八島、富士)6隻

 150m×23m×8m。18000馬力、25ノット

 16000トン、50口径283mm連装砲3基、50口径80mm砲16門

  

 (ボロディノ、アレクサンドル3世、アリヨール、スワロフ、スラヴァ)5隻

 140m×23m×8m。18000馬力、24ノット

 15000トン、50口径283mm連装砲3基、50口径80mm砲16門

  

 (ツェザレウィッチ、レトヴィザン)2隻

 140m×22m×8m。18000馬力、25ノット

 16000トン、50口径283mm連装砲3基、50口径80mm砲16門

   

 (八雲、吾妻、浅間、常盤、出雲、磐手、春日、日進)、

 (ロシア、グロムボイ、リューリック)、(バヤーン)

 50口径203mm連装砲4基、27ノット。

 

 オーストラリア(レンタル)艦隊は、船足を揃えながら懸命に南下。

 指揮権は、日本人で乗員も日本人だった。

 オーストラリア海軍の将校や士官が乗っている。

 オーストラリア政府にすれば大枚払って賃貸(レンタル)したのだから、当然。

 オーストラリア(レンタル)艦隊は、それぞれに分かれ、

 ポナペ沖とラバウル沖の要塞砲の射程外で停泊する。

 こうなるとドイツ艦隊に逃げ道はなかった。

 というより逃げる気もなかった。

 面白かろうが、面白くなかろうが、

 日本は、じりじりと時間稼ぎをしながらレンタル代を増やす。

 そして、レンタル代の一部が、いくつも名目を変えてドイツ側に流れ戦わずに済む。

 ドイツも、日本との関係を悪化させるのは面白くなく。

 日本も、ドイツも、開戦は、財政的に堪えられないというのが本音。

  

 06/17 鈴木商店設立

 

 日本のレンタル艦隊がポナペ島のシュペ艦隊の封鎖。

 

 

 イギリス第1巡洋戦艦隊レナウン、レパルスが南西アフリカに到着。

 遠巻きにリューデリッツ要塞を監視する。

南西アフリカ・南大西洋方面
リューデリッツ要塞
装甲巡洋艦2隻 プリンツ・アダルベルト フリードリヒ・カール1世    
9000トン、210mm連装×2、20ノット、
前ド級戦艦4隻 ブランデンブルグ フリードリヒ・ウィルヘルム ワイゼンベルグ バルト
10000トン、283mm連装3基

 レナウン 艦橋

 「リュッツオウは、出てこないようだな」

 「ええ、要塞砲台は283mm24門。戦えば自殺行為ですね」

 「ちっ リュッツオウめ、インディファティガブル型巡洋戦艦3隻を大破させやがって」

 「修復に半年は必要かと」

 「リュッツオウの同型艦のヒンデンブルグが完成するとまずいな」

 「年内には完成するそうです」

 「要塞軍港に入られるとこれほど厄介だとは・・・」

 「返って、包囲できて好都合なのでは?」

 「巡洋戦艦2隻の洋上補給を永延と続けるのも大変だからな・・・」

 「それにドイツ軽巡洋艦部隊が無敵の要塞軍港を基地に暴れている」

 「さ、左舷8時、雷跡2〜!」

 「最大戦速。取り舵40!!」

 レナウンの舷側を雷跡が抜けていく。

 「どうやら、Uボートもいるようで・・・」

 「あまり長居もしてられんな」

 「一時、ケープタウンに移動する」

 

  

 

 北大西洋

 ヴィースバーデン級巡洋艦 2隻(1915年)

 5180トン、全長145.3×全幅13.9×6.06、

 31000馬力、27.5ノット、

 150mm×8、88mm×2、魚雷×4、機雷120、

 ヴィースバーデン 、フランクフルト 、輸送船3隻

 フォン・ロイター代将

 フランクフルト  艦橋

 「狩場というより、危険な罠を感じるな。こちらの輸送船の安全も気になる」

 「飛行船の支援が受けられますが、こちらもUボート支援という感じですかね」

 「もう少し、赤道よりの方がいいかもしれないな」

 「ええ」

 

 

 南大西洋

 ブルマー型 2隻 (1915年)

 4385トン、全長140×全幅13.2×6、33000馬力、28ノット、

 150mm×4、88×2、魚雷×2、機雷400、

 ブルマー、ブレムセ、輸送船3隻

 ブレムセ 艦橋

 「海上の監視を怠るな」

 「ここまで足を伸ばせそうなイギリス巡洋艦は」

 「スカゲラック海戦であらかた片付けたはずですが」

 「イギリスの巡洋戦艦に見つかったら終わりだぞ」

 「それは、余程運が悪くないと」

 「生憎、運は良い方じゃない」

 「しっかり見張ります」

 

 

 インド洋

 グラウデンツ級巡洋艦 2隻(1914年)

 4900トン、全長142.2×13.7×5.79、26000馬力、27.5ノット

 150mm×7、88mm×2、魚雷×2、機雷120、

 グラウデンツ、レーゲンスブルク、輸送船3隻

 グラウデンツ 艦橋

 「提督、一度、ダルエスサラーム要塞に入り込みますか?」

 「いや、もう少し、インド寄りに回ろう、インド航路は、もっと獲物がいるはずだ」

 

東アフリカ・インド洋方面
ダルエスサラーム要塞
装甲巡洋艦2隻 ローン ヨルク      
10000トン、210mm連装×2、21ノット、
前ド級戦艦5隻 フリードリヒ3世 ウィルヘルム2世 ウィルヘルム・

デア・グローセ

カール・デア・グローセ バルバロッサ
11000トン、240mm連装2基

  

  

 07/06 対オスマン帝国反乱軍がアカバを奪取

     ファイサル・イブン・フサインと英軍ロレンス大尉が率いる

 

 07/17 ロシア臨時政府首班にケレンスキーが就任

 

 東部戦線

 ロシア軍陣地

 「食料と弾薬はどうした」

 「これだけだ」

 補給部隊の兵士が見せたのは、荷馬車3台分。

 小麦粉、ジャガイモ、ヒマワリの種、テンサイ・・・

 弾薬がないことを知ると、中隊長は残忍な表情を浮かべる。

 食料も、武器弾薬も足りなかった。

 「貴様、俺たちを飢え死にさせるつもりか?」

 「一日分にも足りないぞ」

 「す、すまないが今日は、これで我慢してくれ」

 「首都でクーデターが起きたらしい」

 「それで補給が混乱しているんだ」

 「戦争中にクーデターだと・・・」

 「ふざけるな!!」

 「ロシアを滅ぼす気か、もっと持って来い!」

 「わ、わかった。もうしばらく待ってくれ」

 補給部隊の兵士が帰っていく。

 「中隊長・・・」

 「まるで、戦死者を計算しているように持ってきますね」

 「今日は、いつもよりたくさん死なないと本当に飢え死にだな」

 「まったく、どこの馬鹿がクーデターを起こしたんだ」

 憮然とする部下。

 「そういうのは、わからんが戦争が終わってからにすべきだろう」

 「どうします? 中隊長」

 「・・・次にドイツ軍が動いたら」

 「漢民族、朝鮮人、満州族を置いて引き揚げるぞ」

 「撤退だ」

 「黄色人は、どうせ腹をすかせて動けないと思いますよ」

 「2日、3日、食っていないはず」

 「ふっ 小銃に弾だけは入っているはずだ」「

 「後ろから撃たれたくないな」

 「そうですね」

 ドイツ軍の砲撃が始まる。

 そして、しばらくすると僅かな静寂。

 ロシア軍が一斉に逃げ出すと、ドイツ軍が突撃する。

 取り残された黄色人は、僅か数発の射撃をした後、

 屠殺されるか、餓死するしかなかった。

  

 

 ドイツ軍

 ロシア軍陣地が突破された後。

 塹壕の戦利品を漁るドイツ軍も貧相だった。

 「ロシア軍は、撤退したようです」

 「そうか・・・」

 「はぁ〜 しかし、なんて、広い土地なんだ」

 「地平線ばかり、何週間も延々と続いて、なんか恨みでもあるのか」

 「まったくです」

 「このまま前進しても良いことないと思うがな」

 「本国は、ぺトログラード、首都を陥落させるつもりでしょうか」

 「そうだな」

 「師団は鉄道が敷設されない限り」

 「これ以上の進撃を得策でないと本国に伝えている」

 「少なくとも穀物を植えて、収穫を待ってからの方が良いでしょう」

 「食料が続かないと負けるからな」

 「ジャガイモを植えるならトラクターが必要ですね」

 「そうだな・・・・血の臭いがするが・・・・良い土地だ」

 「しかし、ロシア軍も、かなり貧しそうです」

 「武器弾薬も食料もない」

 「それに、この黄色人は軍服もないじゃないですか」

 兵士が塹壕に転がっている黄色人を蹴って仰向けにしていく。

 「ったく。無駄弾を使わされる」

 「たぶん、それだけのための人間だな」

 「東部戦線まで何週間もかけて鉄道で運んで食べさせて」

 「弾除けだけに使うのは、かなり無駄だと思いますが」

 「まったくだ。そんなことをやっているから前線に食料を持ってこれないんだろう」

 「こっちも、食糧の備蓄がかなり怪しいですよ」

 「そうだな・・・」

 「ナポレオンの二の舞にならなければ良いが」

 「南部戦線は、どうなんですかね」

 「オーストリア、トルコ、ルーマニア、ブルガリアの連合部隊か」

 「侵攻能力は、かなり怪しいそうだ」

 「それに補給能力も違うから、足並みが揃わないらしい」

 「ケンカしないのが不思議ですね」

 「一応、政府間で占領地の分配分けをしているらしい」

 「ドイツも、東西に国境線が長過ぎるんじゃないんですか」

 「そうだな。軍事的な負担が大きくなりそうだな」

 「まだ生きてる者がいます」

 黄色人種が呻いていた。

 「おい、どこから来た?」 ロシア語

 水筒を見せる。

 「カ・・カザフ・・・」

 「そうか・・・」

 ドイツ将校が自分で飲むと、

 黄色人種は絶望しつつ力尽きた。

 「・・・どうやら、中央アジアに入植させられたアジア人のようだ」

  

  

 ドイツ

 ベルリンの日本大使館

 日本は、同盟国イギリスに戦争協力していたが中立を保持していた。

 そして、日本は、イギリスとドイツの窓口でもある。

 「・・・戦況は、いかがですか?」

 日本外交官がドイツ外務省の役員に尋ねた。

 いわゆる事務レベルの打ち合わせで、

 ここで、折り合いが付けば、より高度なすり合わせが行われる。

 そして、同盟国イギリスと連合しているロシアの代弁をする事もあった。

 「東部戦線は消えてしまうだろうな」

 「ロシア政変は、以前から兆候があった」

 「起こってみるとあっけなかったがね」

 「その場合、どの程度、東部に食い込みますか?」

 「さあ、ここで、強行に攻め込んでも疲弊してしまう」

 「合法的に折り合いが付けば、収まるところに収まりそうだ」

 「ドイツは、随分、若者を失ったのではありませんか」

 「お嘆きの婦女子も多いことでしょうな」

 「ははは、日本の様に拠点防衛と拠点攻撃で対露戦争を貫ければ楽だったのですがね」

 「国境線と平原の長さで無理でしたな」

 「ロシアは、既に戦争遂行の意欲に欠けているようです」

 「ここで、線引きをしては、どうでしょうか」

 「線引き?」

 「日本の同盟国イギリスが困るのではありませんか」

 「東部戦線が片付けばロシア兵力の多くは、西へ移動するはず」

 「国境線の “線引き” によると、思いますが」

 「それほどアジアに兵力を割けると思えませんが」

 「・・・まあ、あまり広げると、そういうこともあるでしょう」

 「このまま戦えば、若者を失って、ドイツ産業が低迷するのでは?」

 「・・・・」

 「それとも、ドイツ産業にトルコ人やオーストリア人を雇うつもりで?」

 「同盟国に武器弾薬を売り」

 「戦わせて代金代わりに土地収用や資源会得を検討している」

 「血を流した側が納得して、でしょうか?」

 「・・・・」

 「紛争になるのでは?」

 「同盟国とは、事前にすり合わせている・・・」

 「ところで、ロシア皇帝の皇女が2人。たしか・・・」

 「長女と四女が日本にいるとか」

 「ええ、たまたま、建設したロシア正教の寺院を見学に来ていまして」

 「ロシアに介入できる正当な口実になりそうですな」

 「いえいえ、ロシア帝国の正当な継承がされている勢力圏に引き渡すつもりですよ」

 「それは、政策的に?」

 「実に惜しいのでは?」

 「生憎、日本は軍を動かすだけの余力がないもので」

 「ほかに気にかかることが多いようで・・・・」

 「北東シベリアですかな、それとも南極・・・」

 「日本の近代化は、欧米諸国に比べて、遅いのですよ」

 「基礎になる工業力も欧米諸国に依存している始末」

 「日本は身の丈をわきまえていると?」

 「ええ、まだまだ、国内の近代化が必要な身ですから」

 日本人とドイツ人は、含み笑い。

 まともに聞いても、話し半分。というのが、互いの印象になる。

 「・・・日本人は、随分と控えめですな」

 「日露戦争は、欧米諸国の資金援助がなければ勝ち目のない戦争でしたからね」

 これは、事実だ。

 事実より強い答弁はない。

 例え大半の資金を設備投資や北東シベリア開発に使ったとしてもだ。

 「ほう〜 それにしては建造されている輸送船と護衛艦が増えているような」

 「イギリスは満足していないようですが発注に追いつかないほどです」

 「東部戦線で使われている小銃も日本の38式ですな・・・良い小銃です」

 「身の丈に合わせて、威力が小さいので、不安ですよ」

 「最近は、生産も増えたようで・・・」

 「ハンドメイドの小銃をあれだけ量産できる国も珍しい」

 「実に羨ましいですな」

 日本人は、苦笑いするしかない。

 「芸術的価値も高く、工芸品として人気が出ますよ」

 「我が国のモーゼルは、なかなか、そこまで、できませんね」

 嫌味だったが、嫌味を言いたくなるほどの損失を与えているのだろう。

 それに38式の構造は、モーゼルを参考にしていた。

 「一応、規格は、ありますがね」

 「日本は、工場によって微妙な差異を埋められない程度の工業力ですよ」

 「ドイツの工作機械が入れば規格通り量産できるでしょうな」

 「あははは・・・」

 「あと食料も、供給しているのでは?」

 「日本で、いくつかの平野部を開拓したとか」

 「どうでしょう。戦争が終わると設備投資分も余剰食料も無駄」

 「労働者も路頭に迷ってしまいますよ」

 「ドイツより、良さそうですな」

 「元々、日本は貧しいので、それほどでもありませんよ」

 「そのための北東シベリア開発。南極開発ですか?」

 「武器輸出と違って苦労ばかりで実入りが小さいですから」

 「それほど楽しいものではありませんよ」

 「将来的な投資ですな」

 「それより、西部戦線は膠着状態のようで、今後の展望はどのようにお考えで?」

 「イギリスとフランス、次第ですかな」

 「イギリスは、インド兵を大量に戦線に投入する予定ですよ」

 「ありえますな」

 「ロシアと違って武器弾薬も食料も揃えるでしょう」

 「インドの人口は、3億を超えているとか」

 「はて、イギリス本国分の食料を減らしてまで戦線に武器弾薬、食料を送るのですか?」

 「たぶん・・・」

 「インド兵は、日本の小銃ですか?」

 「それは・・・軍事機密に入りますね」

 「今の戦線にいるインド兵は、全員、日本のタイプ38ですよ」

 「ハンドメイドだから丁度、良いのでしょうか」

 「確かに売れてますな」

 「命中率が異常に良いようですが」

 「10連発のは、命中率が良い上に弾薬の携行数が多いですな・・・」

 「対中国用です」

 「そういえば、日本人の外人部隊」

 「タイプが違いますがスイス兵並みですな」

 「西部戦線に朝鮮人かと思えば日本人でしたよ」

 「一部のハネッ返りですよ」

 「我が国でも持て余しの人間が多くて」

 「減刑代わりに囚人を欧州戦線に投入しているのではありませんか?」

 「たしか、被害者や遺族に某国から契約金が渡されたと思います」

 「ですが政府は、特別処置として認めただけで民間同士の事柄ですよ」

 法治国家の癖にという目で見られる。

 かなり苦しい言い訳だった。

 しかし、同盟国の日本が、まったく、血を流さないのは格好が付かない。

 かといって、戦争に参戦すれば良いと言うわけではなく。

 日本人も、血を流せというのは、人情の問題だった。

 兵士1000人を送るか。

 工員1000人で小銃と弾薬を生産して西部戦線に送るか。

 言語や指揮系統の違う日本軍より、

 小銃や武器弾薬に決まっているという発想は、合理的。

 「ロシアとの戦争が終結すればシベリア鉄道を通じて」

 「日本の物資も供給されやすいでしょうか?」

 「武器弾薬以外は・・・・」

 「ロシアは、共産革命で内戦になるはず」

 「たぶん、北欧を経由した方が供給は、安定するでしょう」

 「ドイツは、戦線を一つ減らして、ロシア内戦で一儲けですかな」

 「どうでしょう。貴族社会で近代戦争を遂行するのは限界でしょう」

 「ええ、日本でも、華族制度を見直しつつあります」

 「なるほど・・・ところで武器弾薬以外というと?」

 「これまでの様に医薬品、食料、工業製品、衣服の一部でしょうか」

 単純な話し鉄製のパイプにライフル線を彫れば銃身になった。

 なんとも、経済というのは、恐ろしい話しだ。

 そして、戦線に送られる下着や衣服も結構な儲けで、

 日本製の軍服を着た軍人が欧州で殺し合っていると、いえなくもない。

 日英同盟で見るなら利敵行為でも、

 日本産業を維持するには、ドイツの工作機械は必要であり、

 回り回って、イギリスの功績にもなっていた。

 「なるほど、我が国の産業機械」

 「医療技術、缶詰、工業技術が日本に流れるわけですな」

 「いえ、そちらでも、使われるのですから必要な分だけで結構ですよ」

 互いに呆れる。

 見ようによれば、2人は、キツネとタヌキにも似ている。

  

  

 上海

 揚子江流域で生産されるものの多くは、電力を使わないものだった。

 発電所を建設してまで、というのが欧米諸国の発想。

 それでも漢民族は腐るほどいる。

 工場内にずらりと人が並んで机で作られていく部品。

 ここで作られる部品が世界各地に送られていく。

 賃金は三食の食費だけ・・・・

 普通なら設備投資して大量生産されるものだ、

 それを人海戦術でやれる国は多くない。

 日本人の商人は悪夢かと、それを見詰める。

 日本人が必死になって欧米諸国から技術移入し、

 作り上げた工場をはるかに凌駕する生産体制があった。

 無論。人手で作られる簡単なものだった、

 ここで作られた物が日本に流れ始めたら、資本家は、儲かるだろう。

 しかし、日本の簡易産業は、軒並み潰され失業者が溢れだす。

 そして、社会不安、犯罪増加が予測される。

 欧米諸国にすれば、安易な生産工場で粗利が得られて面白いのだろう、

 近くの国にすれば、迷惑な話し。

 第一次世界大戦は、日本にとって追い風なら、

 南北両中国にとっても追い風だった。

 袁世凱の後任は、段祺瑞(だんきずい)大統領。

 自由主義者の孫文と違いがあっても、

 両国とも欧米のやり方を導入していた。

 もちろん、文化的な摩擦も激しいのか、

 租界地の外では、暴動に対して治安軍の銃撃が行われている。

 まるで虫けらの様にという扱いは、同じ黄色人の日本人に面白くない。

 しかし、実際に撃っているのはインド兵、黒人兵、フィリピン兵など有色人種の兵士。

 日本人が、間違われて・・・という場合もある。

 中には、感情的に白人に鉄槌を・・・という日本人も、少しずつ増加していた。

 しかし、圧倒的に強いのは、

 “世の中、お金よ”

 “国益に偽善は、いらない”

 “黄色人種のため? 中国大陸の資源が欲しいだけだろう”

 “奇麗事や美辞麗句で日本民族を扇動するな”

 だった。

  

  

 東京湾海上

 満艦飾

 ようやく完成した日本海軍の新型戦艦8隻が並んでいた。

 (扶桑、山城、伊勢、日向、長門、陸奥、加賀、土佐)

   35000トン、(240m×32m)、

   50口径356mm連装4基。43.92口径120mm連装12基

   140000馬力、32ノット。

   水上機6機(開発中)

 ディーゼル機関は、品質で安定していないため不採用。

 そして、重油燃焼・電気推進機関は、アメリカ戦艦と同じだった。

 違うのは、速度と作戦能力の高さだった。

  

 扶桑 艦橋

 ロシア帝国のオリガ皇女22歳。アナスタシア皇女16歳は、

 日本艦隊の謁見で座乗していた。

 ロシア本国は、大変なのだが儀礼的な事柄だろうか。

 「素晴らしい戦艦です。岩崎一等書記官」

 オリガ皇女は、戦艦8隻の陣容に肝を潰している。

 「これでも海洋国ですから」

 「日本海軍も、これで安心でしょう」

 「海洋国の本質は、軍艦でなく」

 「商船隊1000隻の日本海運が滞りなく、有機的に機能しているか、が重要です」

 「なるほど」

 「戦艦は、国威を代弁しているに過ぎません」

 「・・・それでは、岩崎一等書記官」

 「大陸国のロシア帝国の本質は、何だと思われますか?」

 「ロシア帝国をロシア帝国と言わしめているのは、皇帝では?」

 「本心でしたら、嬉しく思いますよ。岩崎一等書記官」

 

 

 修復の終わったイギリス第2巡洋戦艦部隊が湾に出ると

 巨大戦艦8隻が威並んでいた。

 インデファディガブル 艦橋

 パケナム少将は、あっけにとられる。

 「提督、インデファディガブル、ニュージーランド、オーストラリアが女学生に見えますよ」

 「信じられん、張りぼてじゃないのか?」

 「まさか、上手く、修理していましたよ」

 「ドイツ製工作機械が多いのが気になりましたがね」

 「駐日大使は祖国への警告を怠ったのではないのか?」

 「いえ、写真付きでイギリス政府に送り続けてるそうですよ」

 「信じられていないのが残念だと」

 「あり得んだろう」

 「確かに・・・提督・・・」

 東京湾にアメリカ戦艦ニューヨークとテキサスが入港してきた。

 「アメリカの戦艦か・・・」

 「ロシアの皇女たちに謁見する気でしょうか」

 「たぶんな・・・」

 

  

 東京 スワロフ教会

 日露戦争時。

 バルチック艦隊は、大西洋、インド洋、太平洋から延々と日本に向かってきた。

 しかし、戦うことなく、艦隊ごと旅順港に閉塞され。

 その後、ロシア正教教会建設を口実に日本に引き渡された。

 スワロフ教会は、戦艦スワロフの艦名から取られていた。

   

 日本の主要都市9ヵ所。

 日本政府は大枚払って大教会を建設。

 戦艦を建造するより安く済む。

 今では、日本人のロシア正教信徒も、それなりにいた。

 信徒の献金の一部がロシア正教の最高位であるロシア皇帝に送られる。

 そう思えば、戦艦の引渡しはロシア帝国にとって悪くない。

 仮にもっと大きな犠牲を払い日本を占領しても、

 ロシア正教の大教会9つを建設されるかどうか怪しく。

 これほど、愛想の良い信徒を集められない。

  

 ロシア帝国のオリガ皇女22歳。アナスタシア皇女16歳は、スワロフ教会にいた。

 蒸し暑さに慣れればロシア領の満州・朝鮮の町より、

 大都市の東京の方が利便性が良かった。

 また、幼少のころからの親しい司祭に会えば安心感もある。

 「それで、父上は、帝国は、どうなっているのですか?」

 「父上と母上、アレクセイ殿下。タチアナ皇女。マリア皇女は」

 「臨時政府によってトボリスクヘ送られました」

 「・・・」 息を飲む

 「帝国は、臨時政府とソビエト共産主義勢力の手によって簒奪されています」

 「な、なんて事を・・・・」

 「ただいま、満州・朝鮮域を中心にロシア帝国を立て直しにかかっています」

 「御皇女にも早くにお越しいただくの良いかと」

 「ウラジオラード(ソウル)」

 「左様です」

 オリガ皇女が来る途中に見た町を思い出す。

 少しばかり違和感のある小さな町だった。

 ため息を付きたくなるが我慢するしかない。

 「安全は、確保されているのですか?」

 「ただいま、西方より旧貴族がロシア満州・朝鮮に集結しつつあります」

 「また、満州・朝鮮はニコライ二世陛下が直接、領有を宣言された地域です」

 「ロシア皇帝に対する信望は強く。臨時政府やソビエト共産主義勢力は正当性がありません」

 「わかりました」

 「直ちにロシア満州・朝鮮域にロシア帝国を再建しましょう」

 「日本の皇室に挨拶をしに行かなければなりませんね」

 「日本の援助も必要になるかと」

 「そうですか、わかりました」

  

  

 首相官邸

 数人の男たちがいた。

 「アメリカ政府が皇女たちと、面会するようだが」

 「あいつら、でかい戦艦に乗れば、なんでも言うこと聞くと思っていないか」

 「日本の戦艦を見て、かなり大人しくなったようだがね」

 「慣熟訓練もやっていない戦艦は役に立たんよ」

 「まあ、見た目で大人しくなるだろう」

 「扶桑型は見栄えが良いし、大きめに建造してある」

 「それは良いとして、皇女たちを対外的に会わせない方が支障あるだろう」

 「しかしなぁ・・・」

 「アメリカも戦艦を見せたいだろうが」

 「ああいう風に軍艦で圧力をかけられると反発したくなる」

 「たぶん、ほかの国も皇女たちと接触するだろうな」

 「それで、皇女たちは?」

 「皇女2人は、満州・朝鮮でロシア帝国を立て直すようだ」

 「日本も支援をする方が良いでしょうな」

 「アメリカも皇女の支援を表明しているが大丈夫なのか?」

 「血の日曜日事件で民衆はロシア皇帝を支持していない」

 「武器や食料を売るぐらいなら。良いのでは?」

 「東部戦線の縮小と欧州大戦の厭戦気運が強まっている」

 「いずれ大戦は終結する。そうなった場合。せっかく生産した工業品も売れなくなる」

 「もっと軍民両用で売れるような物に生産を移しては?」

 「ナベ、カマ、衣服、医薬品、工業部品は転用もしやすい」

 「そういえば、戦後は、戦後で復興に必要な物がありますね」

 「ん・・・土木建設機械・・農業機械・・・」

 「生憎どちらも出来が悪くてな。部品をいくつか作れる程度だ」

 「戦艦ばかり作っているから、この体たらくだ」

 「いや、戦艦は必要だろう」

 「この前、修理に戻ってきた “朝日” を見てきたが側舷の装甲にヒビが入っていたぞ」

 「あれは、焼入れの失敗で粘度が足りなかったらしいぞ」

 「新型戦艦は大丈夫なんだろうな」

 「もっと、成績の良い人間を軍と製造業に入れたらどうだ」

 「恩給を余計に渡して入れているだろう」

 「ロシアに日本軍を派遣しないのか?」

 「「「「「・・・・・・」」」」」

 「気が向かないな」

 「南極で石炭が取れるとか言って予算を持っていったからな」

 「しかし、海軍は本気なのか?」

 「石炭と鉄鉱石が採掘できれば自立できるとか大見得切ってたが本当だろうか?」

 「いや、最初に言い出したのは、北東シベリア開発の鉄道省と陸軍だった」

 「日本が大陸に依存しなければならないのは、石炭と鉄鉱石が足りないからだろう」

 「だったら石炭と鉄鉱石が取れれば自立もありだろう」

 「南極は、暖房だけで石炭を全部使わないか?」

 「まさか」

 「凍土の下は、過ごしやすいのか?」

 「さぁ〜」

 「予算の振り分けからすると、ロシアへの出兵は不味かろう」

 「南極投資のほうがロシア人の反発もない」

 「アメリカは何人派遣するんだ」

 「やっぱり、同じくらい送る方が良いのかな」

 「いや、少なくて良いんじゃないか。侮れられない程度」

 「アメリカの半分?」

 「3分の1くらいで良いんじゃないか」

 「戦術教本は、地の利を生かしての防御なら3分の1でも何とかなると」

 「外交でも侮られない程度だろう」

 「なあ、是非は、ともかく、もっと安上がりにならんのか?」

 「少し検討してみよう」

 「しかし、非道が過ぎると国際社会で白い目で見られる」

 「アメリカは、参戦しなかったな」

 「そりゃあ。中国の利権が大きいからだろう」

 「今大戦で、アメリカの債権は大きいはずだ」

 「今後、アメリカの国力は大きくなるし」

 「欧州や中国・揚子江域の利権も強くなっていくだろう」

 「しかし、アメリカと日本抜きで世界大戦はどうか、と思うな」

 「・・・一応、戦場だけは、3大洋に広がっているから、世界大戦だろう」

 「問題は、大戦の名称より。今後の世界の行く末だろう」

 「日本は、北東シベリアを開発して石炭、石油、鉄鉱石で自立する」

 「これで良いのでは」

 「それは、内政だろう」

 「外交は? 同盟戦略は?」

 「そりゃあ、日英同盟で良いと思うが?」

 「イギリス人の不遜な態度には頭にくるが・・・・・うまみが大きい」

 「しかし、豪州とカナダは黄色人嫌いのようだ」

 「もう、一度、シュペ艦隊に本土を砲撃されたら良いんだ」

 「艦隊をレンタルしてやっているのに文句言いやがって。あのバカ首相」

 「しかし、オーストラリア政府は、シュペ艦隊を攻撃しろと。うるさいが」

 「レンタル代が高いからだろう」

 「誰が要塞砲台に向かって突っ込めるか」

 「だから、長期契約でリースにすれば良かったんだ」

 「新型戦艦なら、要塞砲の射程外から砲撃して壊滅させることが出来るがな」

 「いや、旧型の売却ならともかく」

 「新型戦艦の売却はないだろう」

 「いくらなんでも、ドイツとの関係は決定的になる」

 「レナウン、レパルスは、381mm砲で要塞の射程外から砲撃できるんじゃないのか」

 「んん・・・出来そうだが射程外だと運が良くないと命中しないだろう」

 「それに前ド級戦艦でも、コンクリートや土嚢で被せられて、埋め立てられている」

 「砲弾が当たっても破壊できるかどうか」

 「それより、ドイツ側との非公式協議は進まないな」

 「何か動きがあるようです」

 「東部戦線で大規模な攻勢に出るのか?」

 「いえ、しかし、兵員の動きがあるようです」

 「わからんな」

 「西部戦線だろうか? イタリアに動きは?」

 「大規模な攻勢をかけても西部戦線では、たいして前進できないと思いますが」

 「そうだろうな」

 「フランスも、ようやく建て直しができている」

 「しかし、フランスは財政的に苦しいようで・・・・」

 「植民地を売りに出すのか?」

 「揚子江の利権か、インドシナ」

 「どっちを売るんだ」

 「・・・さあ、どっちも売りたくないようだが」

 「あほか。フランス本国が蹂躙されているのになに考えているんだ」

 「だが、売りに出したらアメリカが買いそうだな」

 「アメリカか・・・」

 「お金ありそうだな。世界を買えるんじゃないか」

 「というより、アメリカにインドシナを買われたら?」

 「フィリピンとインドシナに挟まれた南シナ海を取られるな」

 「日本は、シンガポールまでの大動脈を失うだろう」

 「げっ! 本当だ」

 「ヤバイな」

 「日本で、買えないか」

 「駄目だろう。競売かけられたら確実に負ける」

 「イギリスが買うんじゃないか。揚子江経済を失わないように」

 「いや、イギリスは、ビルマから揚子江まで鉄道を建設していたぞ」

 「それにこの大戦で貧乏になってると思うぞ」

 「「「「・・・・・・」」」」

 「・・・揚子江権益を売るんじゃないか」

 「揚子江経済は、一番成長率が良い」

 「戦後の再建で各国とも手放さないはずだ」

 「イギリスも揚子江はインドと並んで最優良植民地の一つになるから売りそうにない・・・・」

 「フランスが売るならアフリカの領土か、インドシナだろう」

 「フランスは、ドイツに奪われた失地をインドシナと交換するとか言ってなかったか?」

 「だ、駄目だったんじゃないか」

 「ドイツ本土にとって外郭防衛線で、しかもイギリス本土に面して手放さないはずだ」

 「しかし。インドシナをアメリカに買われるのだけは、不味い」

 「・・・なあ、ここの、南沙群島とう言うのは、どこの国の領地だ?」

 「・・・無人島じゃないか」

 「中国名だぞ」

 「中国人がいるのか?」

 「いや、小さすぎて住めないだろう」

 「日本で占領してみるか?」

 「そうだな」

 「それなら、インドシナを取られても・・・」

 「何とか、動けるかもしれないな」

 「だいたい、敷島(台湾)の整備も進んでないのに南シナ海もないだろうが」

 「だから北東シベリアばかり、お金をかけたからだろう」

 「しかし、北東シベリアの開発に成功すれば」

 「南シナ海ルートが失われても最悪じゃないだろう」

 「開発にいくらかかると思っているんだ」

 「北東シベリアは少し後回しにしたらどうだ」

 「経済効率だと自立は早い方が良いんだがな」

 「とにかく、南沙群島に予算を振り分けたらどうだ」

 「来年度からだろう」

 「どのくらい必要だ」

 「自立できるだけ」

 「電気、燃料、水、食料、島民・・・」

 「埋め立てないと駄目だろうな」

 「土はシベリアから掘り出したのを使うか」

 「いや、敷島でトンネルを掘るんじゃなかったか」

 「北・中央・南の東西線だろう。計画だけはある」

 「その土を使う方が近くてよくないか」

 「しかし、予算が・・・」

 「国債を発行するか」

 「いや、それは不味いだろう」

 「戦争が終われば不況が来るのがわかっている」

 「だが事業を起こせば、失業者は吸収できる」

 「賃金は、どうやって払うんだ。税金で? それとも国債で?」

 「戦争が終われば税収が低下するのは、予測済みだ」

 「しかし、いつ終わるかは、まだわからない」

 「ここは一つ、あと2年は、戦争が続くと計算して、冒険してみるか」

 「「「・・・・・・・」」」

 「新型小中口径砲は、無しだな」

 「・・・・・ああ」

 後回しにされている127mm砲、140mm砲、

 155mm砲、203.2mm砲のことだった。

  

  

 ロシアは、臨時政府とソビエト共産勢力の二重構造になっていた。

 ニコライ2世は3月にプスコフで退位させられ、

 8月には、皇后や5人の子どもとともにシベリアのトボリスクに流される。

 レーニンがソビエト勢力の中核になると強攻策を執り始める。

 そして、臨時政府の戦争継続に反対し、

 一気に政権奪取へと向かおうとしていた。

 一方、日本にいる皇女二人は、

 ロシア満州・朝鮮域でロシア帝国再建に向けて動こうとしていた。

 

 バルト海のコトリン島は、

 北岸まで10kmの海峡、南岸まで6.3kmの海峡に挟まれていた。

 そして、ペトログラード外港の要塞港だった。

 湾の幅は13km程度で中口径砲でも十分に対岸まで到達する。

 ドイツ艦隊は西でなく、東に動き、

 ドイツ艦隊の来襲は突然だった。

 湾幅が僅か10kmの湾にあるコトリン島と対岸のロシア軍要塞から砲撃が始まる。

 ロシア艦隊も反撃のため迫ってくる。

 しかし、ドイツ艦隊の砲撃で、たちまちのうちに撃沈されていく。

 巡洋戦艦モルトケ 艦橋

 「どうやら、ロシアで共産主義革命は本当らしいな」

 砲撃と攻撃の様子を一目見ただけで分かる。

 「浮足立って、統制されていませんね」

 ロシア革命でロシア軍の指揮系統が破壊され、

 指揮官不在で乱れが生じていた。

 ロシア軍要塞砲の散発的な砲撃がドイツ艦隊に損傷を与える。

 「ほお・・・やるじゃないか」

 「個人の奮戦は涙ぐましいですね」

 「後で日誌でも読ませてもらいましょう」

 「指揮系統の混乱した軍隊か、シュールだな」

 ロシア軍は、戦力の大きさの割に反撃が弱く、稚拙だった。

 ドイツ艦隊は、総力でコトリン島と対岸要塞を砲撃。

 ドイツ軍が上陸していく。

 さらにペトログラードも砲撃。

 上陸したドイツ軍は、混乱するロシア軍を押し潰しながら、一気に首都を制圧していた。

 臨時政府のケレンスキー首相とレーニン共産主義指導者は、首都ペトログラードから逃亡。

 政治的、指揮系統の混乱しているロシア軍はバラバラに逃亡していくしかなかった。

 ドイツ軍

 「まるで、落穂拾いだな」

 ドイツ兵士が落ちている武器弾薬を拾い、馬車の荷台に乗せていく。

 大砲を拾った時が面倒で、馬で引っ張らなければならなかった。

 「しんがりなしで逃亡する軍隊は、時間稼ぎも出来ませんし」

 「相互支援もなく、水と食料の配給も得られません」

 「当然、重いモノを捨てて身軽になって逃げて行きますからね」

 ドイツは、ダンツィヒ港とペトログラードをピストン輸送を繰り返して増援していく、

 ドイツ軍40万は、ペトログラードを占領してしまう。

 このことにより、ロシアは完全に無政府状態にされる。

 それどころか、

 いくつかの軍隊が反革命軍としてドイツ軍に参加したいと申し出る始末だった。

  

 

 ロシア大陸

 ウラル山脈の東、オビ川の南端の一つで

 トボル川とイルティシ川が合流する町トボリスク。

 このトボリスクに皇帝ニコライ2世、皇后アレクサンドラ・フョードロヴナ。

 そして、アレクセイ皇太子、タチアナ皇女、マリア皇女が幽閉されていた。

 日本政府と皇女オルガの密命を受けた日本外交官と

 コサック部隊がトボリスクに進入していた。

 「混乱しているようだ」 岩崎

 「首都が陥落しているのだから当然でしょう」 コサック将校。

 幽閉屋敷の銃撃戦後、

 救出部隊は、ロシア皇帝と家族を臨時政府軍から助け出した。

 日本外交官とコサック部隊は、

 臨時政府軍の追撃を振り切り極東ロシア(満州・朝鮮)へと逃れていく。

 「岩崎一等書記官。おかげで助かりました」 ニコライ二世

 「いえ、皇女オルガ様に頼まれまして」

 「満州に着くまで安心するのは早いようです」

 「無事に逃れられるだろうか?」

 「ラーヴル・コルニーロフ将軍とドン・コサック軍が東方脱出まで戦ってくれるそうです」

 「そうか、彼は、わたしを逮捕した男だ」

 「いろんな、事情があるのでしょう」

 「そうか・・・」

 ニコライ二世は、人の良さそうな人間に見える。

 父親として、血友病の息子を抱えて同情すべき一面があった。

 しかし、世界最大の帝国の権力者として問題もありそうにみえた。

 皇帝の権力集中は、ある意味、危険が伴う、

 それが、世襲なら尚更。

 同じ世襲でも天皇は、中身に依存していない。

 天皇家の歴史のほとんどが権威だけ、権力を保持していない存在だった。

 極論するとバカでも良い。

 バカは困るがバカであっても何とかなるというもの。

 歴代の天皇家はバカも利口も少数派であり、

 普通、並みが圧倒的に多かった。

 そして、権威と権力の二重構造は続いた。

    

 ロシア皇帝家族を護衛するコサック軍は、

 満州・朝鮮の極東ロシア軍であり、

 ロシア皇帝に忠誠を誓っている部隊だった。

 そして、日本の外交特権を持つ、

 岩崎一等書記官は、臨時政府軍に対しても強みがあった。

 日本がロシアに送る武器弾薬は、年々、大きくなっており。

 実質、東部戦線を支えているのは日本で生産した武器弾薬だった。

 当然、ロシア臨時政府軍やソビエトも

 日本から武器弾薬を購入しようとしていた手前、

 甘い態度を取っており、それを利用することが出来た。

 日本の一等書記官が

 “皇帝ではない、違う”

 と言い切って東に向かって移動する。

 そして、東に向かう貴族上がりのロシア軍部隊は、

 やはりロシア皇帝側の部隊であり、

 合流して、次第に規模が大きくなっていく。

   

 09/10 中華民国で孫文が広東軍政府を樹立

 

 09/12 ロシアで帝政派のコルニーロフが反乱を起こす。

 

 09/30 東京湾で高潮水害(関東大水害)が発生。

  

 ドイツの新型飛行船3隻がカムチャッカ半島上空に浮かんでいた。

 日の丸こそ描かれていたが乗員はドイツ人。

 一度、ノルウェーに売却された後、日本に売却された物で全長200m。

 「風さえ弱ければ、飛行船は使えそうだな」

 「風の弱い日を選んで空中輸送ですか」

 「南極開発でも欲しがっているようだ」

 「しかし、極地地方は風が強いからな」

 「風が収まると霧だから。あまり役に立たないような気がする」

 「突風でも吹かれたら、どこに流されるか、わかりません」

 「問題は水素だ。ヘリウムにして欲しいね」

 「ないものは、ないのでは?」

 「うん」

  

 

 ドイツ軍は、ぺトログラードを占領。

 それは、完全な形での占領であり、

 ナポレオンのように破壊され燃やされていなかった。

 ロシア帝国は、ソビエト勢力、臨時政府勢力、皇帝勢力に分かれたまま崩壊していく。

 そして、ロシアの国土は、あまりにも広すぎた。

 占領域は、あやふやで、いい加減なものになっていく。

 南部戦線のオーストラリア、ルーマニア、ブルガリア、トルコ軍も

 ロシアの広さに辟易していた。

  

  

 西部戦線

 イギリス・フランス軍は、ドイツ防衛線の突破を図ろうと戦車部隊を投入。

 しかし、ドイツ軍の抵抗にあって挫折していた。

 戦車の運用が上手くなっても、

 同様にドイツ軍の戦車対策が実を結んでいる。

 何よりドイツ軍兵士が対戦車戦に慣れたのが大きかった。

  

  

 ベネチア

 カフェテラスに数人の男たちがいた。

 イタリアがオーストリアに奪われたというトリエステが115kmほど先にあった。

 工作員がこの都市にいるのは、適当に大きな町だからだ。

 「イタリアは、参戦しないのか?」

 「本当にトリエステの回復はイタリア人の夢なのか?」

 「・・・・・・・・」

 「今頃、オーストリア軍は、ロシアの平原をテクテク歩いている」

 「戻ってくるまで何カ月もかかる」

 「夢じゃなくて現実に出来る」

 「ドイツ軍は?」

 「山脈越えは無理だろう」

 「それとも突破されそうなのか?」

 「まさか」

 「戦争が怖いわけでもあるまい」

 「いや、純粋に政治の延長だよ」

 イタリアは戦争で儲けていた。

 そして、失地回復の願望があっても

 危険を冒してまで儲ける気はなかった。

 何より、イタリア傭兵部隊は西部戦線の両陣営にいる。

 そして、戦場の様子も伝わる。

 イギリスも、フランスも兵員の大量損失に堪えかね、

 中立国から大量の傭兵部隊を採用していた。

 そして、植民地から強制徴兵していた。

 おかげで、戦争が終局に向かっていると思い始めていた。

  

  

 キール港

 ドイツ艦艇がドック入りしていた。

 “軍艦は要塞と砲撃戦をするな”

 世界の海軍常識を破った結果の大破。

 しかし、ドイツ海軍は数で圧倒してロシア要塞を粉砕。

 コトリン島、ペトログラードを占領する。

 艦隊は、要塞砲台の集中砲撃を受けたが、

 沈む前に戦列を離れ後退させた。

 沈没艦こそなかったものの、高い代償だった。

 ユトランド海戦並みの被害を受けた艦艇から、

 またもや負傷者が降ろされていく。

 負傷者の半分は生涯障害者だった。

 シェア中将は、一言でも障害者を悪く言う者がいたら

 代わりに決闘する気になっていた。

 戦果は大きく、成功と言える。

 しかし、陸軍の言い分に乗るとろくな事はなく、

 結果は、別の意味で脅威となった。

 “ドイツ北部、または、ベルギー・フランス沿岸に上陸される恐れあり”

 ドイツ軍が東部戦線と西部戦線に投入され忙殺されている。

 ドイツ艦隊は戦闘不能。

 イギリス海軍が上陸作戦を行った場合。

 迎撃に使えるのは沿岸の要塞砲。

 ドイツ本国守備隊と水雷戦隊。潜水艦隊だけだった。

 イギリスは、同じ代償さえ払えばドイツ北部から上陸できる。

  

  

 ドイツ北部

 ノルデン

 「機雷の敷設は?」

 「なんとか進んでいます」

 「やれやれ、ドイツ北部の要塞砲台がこれほど心細く見えたのは、初めてだな」

  

  

  

 フランス領ガボン

 ランバレネ

 ワンゴ川からオゴウェー川を1隻の汽船が登っていく。

 ツェツェバエと蚊が絶えず視界の邪魔をする。

 赤道から南緯1度も離れていないため熱い。

 野生の鳴き声が絶えず聞こえる。

 左右の岸辺は、密林。

 時折、開けた場所に部族の村が点々とある。

 このろくでもない場所を遡っていく理由は、敵性国人の強制収容のためだ。

 ろくでもない場所にいる、ろくでもない男。

 いや、ろくでもない夫婦。

 彼らのような奇特な人間は、こういった未開の地で特に目立つ。

 伝道所の宣教師たち。

 少なくとも彼らの偽善抜きの開拓は、困難だと認める程度、大人でもある。

 もう一つのタイプは、私利私欲ため、ここにいる連中。

 アフリカ人が、まともに働かないと、いつもぼやき、

 それでいながら利益を上げている。

 確かにアフリカ人を働かせるのは金がかかる。

 本国以上の賃金になったりもする、

 それでも、儲かるのだから、植民地経営は、うまみがあるのだろう。

 そして、植民地軍は、彼らの利益を守る兵士たちだった。

 しかし、これから強制収容に向かうアルベルト・シュバイツアーは医者だった。

 医者なら宣教師より、理知的なはずだが、ここにいる。

 川で半裸の女たちが洗濯をしている。

 アフリカ人は決して純朴ではない。

 知性、情感ともに程度が低い家畜のようなものだ。

 彼らのために医師をやったところで何の得があるというのか。

 黒人は正義好きらしいが彼らの視点にたってのこと。

 一夫多妻、人食い、人買い、泥棒に、人殺し、嘘・・・

 人間の持つ悪徳は全て身に着けている。

 彼らを助けない方が神は、喜ぶのではないか、と本心から思う。

 そう思っても聖書は、手放せない。

 信仰的だからではなく、文明に浸りたいからだ。

 聖書一つで孤独な密林で何日も歩き回ることが出来る。

 しかし、現地のアフリカ人は精神的に参ってしまう。

 人間は文明がなければ、生きていけない動物だとわかる。

 「少尉。もうすぐです」

 「ああ、ったくぅ 黒人達に荷物を持ってこさせろ」

 「目を離すな、あいつら重いものを捨てて楽をするからな」

 「了解です」

 そう、いつだったか、弾薬が置いていかれたことがあった。

 理由は重たいから。

 そのくせ、面白半分に猟銃でサルや蛇、鳥を撃ちたがる。

 ランバレネ村に上陸するとシュバイツアーの病院に向かう。

 途中、アリの大群に出くわす。

 アリには軍の威圧も効かず。

 銃も無意味。戦うのも無駄。遠回りする。

  

  

 病院にいくと、

 黒人と宣教師がいて、医療行為が行われている。

 本国ではフランス人とドイツ人が殺しあっていた。

 普通ならフランス人とドイツ人が協力して医療行為などしない。

 しかし、フランス人宣教師が手伝っている。

 カトリックとプロテスタントの違いなど、どうでも良いのか?

 30年戦争で殺し合いの原因になった理由でさえある。

 さらに監視するよう命じていた黒人兵士も医療を手伝っている。

 敵国人を自由にすべきではない。

 しかし、宣教師連中と一部の賛同者は、

 敵国人であっても同志のような連帯感を見せる。

 つまらない者を見るような視線が、こっちに集まる。

 そして、目の前に捕虜のシュバイツアー夫妻がいる。

 以前来た時に聞いたことがあった。

 「黒人を助ける価値があるのか」と

 「人類に奉仕するのが自分の価値だ」と答える

 かみ合わない価値観。

 こいつが偽善者なら、どんなに良いことか、

 私利私欲だけの材木業者ばかり見ていると。

 シュバイツアーが本気だとわかる。

 部下の兵士たちは、いつの間にか、

 銃口をシュバイツアーから逸らしている。

 というより、最初から狙いもしていない。

 相手がドイツ兵なら命令がなくても引き金を引きかねない、

 それが相手が彼だと寝覚めが悪すぎる。

 射殺命令でなくて良かった・・・

 と思うが病院にいる黒人たちの不安そうな眼を見ると。

 口が鉛の様に重くなる。

 こいつらは、家畜以下だと自分に言い聞かせる。

  

 しかし、シュバイツアー夫妻と宣教師達が、

 アフリカ人を人間扱いしているのを見ると罪悪感が襲ってくる。

 ・・・・責めているわけではないだろうが視線が痛い。

 俺がなにをした?

 と言いたくなる。

 シュバイツアー夫妻。

 そして、フランス人宣教師。黒人たちから目を外す。

 何で、ドイツ人の味方をするんだ。

 俺が悪いのか?

 この酔狂な男がランバレネで医療を続けたからといって戦局に何の影響もない。

 本国への配属願いが受理されればドイツ人など腐るほど殺してやる。

 「シュバイツアー先生」

 少尉は、うっかり、サーを付け舌打ちしたくなった。

 「本国から強制収容の命令が出ています」

 「これより、ポールシャンテーまで連行する」

 「あなた、町にいけますのね」と妻

 「そのようだね」

 思わず引きつる。

 地獄のランバレネから、強制収容所に移しても、

 1丁目と2丁目の違いしかないようだ。

 「荷物をまとめてください」

 「わかりました」

 シュバイツアー夫妻は、あれこれと荷物を整理している。

 黒人たち。そして、宣教師だけでなく。

 ランバレネ村の住人のほとんどが集まってくる。

 そして、とんでもない数になっていく。

 近隣の部落からも集まっているようだった。

 シュバイツアーは、自分が2mほど掘っていた井戸のことを気にしていた。

 「もう少し掘れたら、水が出たと思うんだがな」

 「あんた。医者だろう。井戸掘りまでやっているのか」

 「少尉。僕は、ドイツ人だから、ここにいられなくなるかもしれない」

 「だから、空いた時間に井戸を掘ってみたかったんだ」

 目の前に集まっている人々の群れが、

 シュバイツアーの価値だった。

 「なぜ、そこまでする必要がある」

 「そこまでする価値が、あの連中にあると思っているのか?」

 「少尉。彼らは、純朴な黒人ではないよ」

 「しかし、我々、白人に、どれほどの価値があるのだろうか」

 「キリスト教で愛と希望と信仰の素晴らしさを伝えた」

 「怪我や病人を治したが欧州全域の戦争で5000万以上の白人が殺し合っている」

 「700万以上の死者を出していると、どうやって説明したら良いのだろうか」

 「彼らは、死んだ人間の数すら理解できないよ」

 「・・・・・・・」

  

  

 イギリス・フランス軍陣地。

 西部戦線に投入されていく新兵が急速に増えていく。

 アメリカ人の大量雇用だった。

 結局。金次第だった。

 ユダヤ人のパレスチナ入植でアメリカの世論が誘導された結果でもあった。

 新十字軍という名目でエルサレム奪還と欧州戦線を同時募集した結果。

 一部が割りの良い欧州戦線に流れた。

 そして、ドイツ軍を兵力差で圧倒していく。

  

  

 11/02 イギリスがバルフォア宣言(ユダヤ人国家建設に同意)を発表

      日米間で石井・ランシング中国保護協定締結

 

 11/07 ボリシェビキがモスクワで武装蜂起、

      ロシア十月革命(十一月革命)が起こる。ソヴィエト政権が樹立される。

 

 11/08 ソビエト政権が平和に関する布告、土地に関する布告を発表

 

 12/06

 ロシア帝国の首都ペトログラード陥落後、

 フィンランドがロシアから独立を宣言。

 ソビエト共産主義勢力、臨時政府、皇帝派は、

 首都ペトログラードを失い混乱していた。

 まったく対応できず、フィンランドは自動的に承認される。

 日本の外交官がスウェーデンからフィンランドへと入国する。

 日本政府に何かあるというわけでなく。

 財界の要請で金儲けがあるだろう、

 という思惑を代弁するためだった。

 独立したばかりの国が欲しがるものは、だいたい決まっている。

 フィンランドは、地下資源がそれなりにあった。

 そして、北極海航路の玄関先。

 北欧諸国と関係を正常化しておくのは当然だろう。というところ。

 それでもフィンランド語がわかる日本人は少ない。

 せいぜい、スウェーデン語か、ロシア語で通訳付き。

 日本人が早くに来たのは、

 北東シベリア開発と北極海航路の相乗効果があるからだろう。

 某外交戦略に長けた国の人間なら、

 既に独立前に入国し、工作をしておくのが常識。

 なのだが日本人は島国。

 それでもフィンランド人の日本人に対する評価は高いようだ。

 北極海航路の窓口の一つとしてノルウェーの川を遡ればフィンランド領という町。

 ヌオルガムの一角を日本人に開放する。

 もっとも、利用できるかどうかは、ノルウェー次第。

 さらに港を整備しても、少数民族の住んでいる場所だった。

 地下資源も期待できそうだが魅力は小さい。

 それでも、ここを拠点に武器弾薬を供給できるのは、大きいだろうか、

 少なくとも同盟国のイギリス以上の待遇は悪くなかった。

 日本の極北・南極開発の投入と成果が知られていた。

 そして、日本が最北緯の技術大国という評価も、されている。

  

  

 フランス領ガボン

 ポールシャンテー港

 シュバイツアー夫妻が強制送還の船に乗って二週間が過ぎた。

 そして、ようやく、本国から転属の命令が届く。

 数人の部下も一緒に受理されたらしい。

 次の便でフランス本土に行く、

 そして、次の便まで間があった。

 少尉は、リュックを担いで、つるはしとスコップを選ぶと、

 汽船を用意させて桟橋に向かう。

 部下達が三々五々ついてくる。

 「おまえたち、次の便が来るまでバカンスで良いぞ」

 「少尉。わたしたちも手伝わせてくださいよ」

 部下たちもスコップやらロープを持っていた。

 「休みの日まで、おまえらの面倒など見たくはない」

 「じゃ 勝手に着いて行って良いんですよね。少尉」

 ニヤリとする部下たち。

 「・・・・・勝手にしろ」

 別にシュバイツアーの生き方を認めたわけではない。

 あの男は、敵国人だ。

 あの夫妻を本国ボルド行きの船に乗せたからといって、

 敵国人なのだから当たり前で悪いわけではない。

 そう、なんとなく。

 井戸を掘って自分の痕跡を残したかっただけ。

 例え、あの男の功績に隠れてしまったからといって自分に失うものなどない。

 フランスの前線で死ぬこともある。

 それで良い。

 人類のためという曖昧なものでなく。

 自分が生まれた国、育ててくれた国、所属している国のために・・・・・

 そう、これは、気紛れ。

  

 数日後、十数人の白人が額に汗をしながら井戸を掘るという。

 ランバレネ村では・・・

 いや、アフリカでは稀で珍しい光景が見られた。

 

 

 

 

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 月夜裏 野々香です。

 ルーマニアが史実と逆にロシアに宣戦布告です。

 

 

 

 

   

    

アルバトロス DIII

 

 

 

 

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