月夜裏 野々香 小説の部屋

  

仮想戦記 『日清不戦』

 

第37話 1929年 『世界恐慌』

 ソ連、トロツキー亡命

  

 揚子江自由経済圏で漢民族の意識調査。

 華北連邦にとって敵国は?   第一位 日本連邦

 華南合衆国にとって敵国は?  第一位 日本連邦

  

 崇明島

 国際連盟 アジア・太平洋事務レベル協議機構ビル

 日本事務局

 数人の日本人たちが、撫すくれている。

 「やれやれ、日本連邦も嫌われたものだ」

 「おかしいな」

 「日本人は漢民族に対し銃撃なんか、ほとんどしていないぞ」

 「世界大戦の時も話し合いで解決したのは、日本じゃないか」

 「丸く収めようとして、逆に嫌われたんじゃないか」

 「結局、日本だけが儲かっているとか・・・」

 「ふ・・・あんまり儲かった気がしない」

 「あれだろう」

 「華北連邦と華南合衆国の朝鮮亡命政府が」

 「日本を目の仇にしてるだろう」

 「日本人は、アジア人の裏切り者。黄色人種の面汚し」

 「有色人種の出来損ないの奇形児・・・・」

 某勢力のチラシが何枚もあった。

 「そんなに日本人と白人世界を戦争させたいのかな?」

 「日本と白人世界が戦えば、揚子江経済圏を奪い返して主権回復だろう」

 「それで、日本を二等国にして」

 「敷島、九州、四国、中京州辺りまで支配して」

 「列強の仲間入りしたいんだろう」

 「それで漢民族はアジアの盟主に返り咲き・・・・」

 「はぁ〜 せこいな〜 他人のふんどしで・・・」

 「気持ちは、わかるけどさ・・・」

 「と言うわけで」

 「日本と白人世界の戦争をもっとも望んでいるのが漢民族と朝鮮民族かな」

 「漢民族はわかるけど、朝鮮民族の半島帰還は望み薄だね」

 「そうそう、中央アジアに強制移民されるし」

 「暴動起こすたびに殺されて、半島の人口の9割がロシア人だろう」

 「それでも格下と思い込んでいた日本だけが上手くいってたら腹も立つだろう」

 「酷い思い込みだな〜」

 「まるで生霊だよ」

 「生きているから始末に終えないさ」

 「朝鮮人が牛を屠殺しているところなんて日本人だと思って、嬉々としているな」

 「あははは、牛が殺されているところなんて、みんな恍惚として見ているし」

 「そんなに日本が憎いのか・・・」

 「良さそうに見えても日本人も大変なんだがな」

 「自殺が増えているし。働けど、働けど、だし」

 「ほんと、楽になりたいよ」

 「だいたいだ。日本人は、神経質なんだよ」

 「細かいし、村意識強いし」

 「自由な揚子江経済圏に逃げ出したくなるのもわかるよ」

 「成功の秘訣がそこにあるから、惰性でやめられないんだよ」

 「しかし、揚子江じゃ 日本人は漢民族や朝鮮族に、やっかまれて殺されるし」

 「ほんと、ロクなことないな」

 「人が良すぎるんだ」

 「もっと用心しないとな」

 「ったく。黄色人同士で、これだから白人に負ける、希望ないね」

 「このままだと、世界は、白人のものだよ」

 「ははは・・・」

 「でもアナスタシア皇后は、良いよな」

 「うん、うん。元気で愛嬌があって美人だし」

 「スタイルも良さそうだし・・・」

 「体格も、体力も、天皇の負け、かな」

 「あはは・・・」

 「しかし、いつの間に結婚したんだ?」

 「さあ、皇族の闇の中じゃないか」

 「居れば良いんだから」

 「そんなにオープンにしなくても良いし」

 「しかし、漢民族の思考は、どういうのだろうな?」

 「これだけ日本の悪評を広げて」

 「日本に治外法権撤廃に協力して欲しいだと」

 「日本は、華北政府も、華南政府も承認してないから、とか言って断りたいな」

 「列強も、華北政府と華南政府を承認していないだろう」

 「承認すると治外法権の問題が出てくるから」

 「欧米列強も、国として認めたくないよな」

 「しかし、承認しないと・・・」

 「時間の問題じゃないのか」

 「イギリスは、揚子江に国を作るかで検討しているようだが」

 「んんん・・・異民族の生存権でいけるかどうか・・・賛成だけど」

 「しかし、引っ張ってきたインド人をどうするんだろうな」

 「最近、華北、華南とも経済が伸びているし・・・・」

 「インド・中国鉄道は、インド人に管理させるんだろう」

 「それで、揚子江をインド人に支配させるんじゃないか」

 「アメリカも黒人とフィリピン人を送り込んでいるし」

 「フランス人は、アフリカ人とインドシナ人」

 「オランダ人もインドネシア人だろう」

 「白人は、弱い相手は徹底的に搾取するからな」

 「でも、アメリカ人は意外と綺麗事言うじゃないか」

 「北アメリカのインディアンを絶滅させといて奇麗事言われてもな」

 「推定1500万だぞ」

 「次ぎは日本人だ。とか思ってないだろうな」

 「ははは、今度、聞いてみるか」

   

   

 アメリカ合衆国第31代大統領フーヴァー就任

 アメリカの繁栄が、

 絶好調である時に就任した大統領だった。

 アメリカから貧困が消えると宣言する。

   

 崇明島

 中華料理店で上海ガニを頬張る多国籍な男たち。

 「華北連邦と華南合衆国が治外法権撤廃を要求したが、どうする」

 「無視したいな」

 「無視すると、いろんな理由で生産量に差し障りが出る」

 「民衆の蜂起も次ぎは大きいと推測されている」

 「賄賂は?」

 「もう、これ以上の妥協は生死に関わるから、認めて欲しいそうだ」

 「散々、賄賂を取って、それかよ・・・」

 「じゃ 死んで貰って、もう一度、最初からに一票」

 「殉教者を作ると、追随者が増える・・・」

 「指導者の不正腐敗が発覚て、内部分裂を誘い、解体させることに一票」

 「毛沢東・共産軍に背後を突いてもらって、時間稼ぎしてもらうに一票」

 「共産主義が蔓延しそうだな・・・」

 「中国大陸の混乱は望むところ」

 「発覚したら暴動が大きくならないか」

 「統制が利かなくなる」

 「治安維持にお金がかかると採算が悪くなるな」

 「日本人にやらせるか」

 「でも、日本人は漢民族に嫌われてるぜ」

 「ちっ! つかえねぇ民族だな」

 「神経質なんだから、何とかしなければ、とか思うだろう」

 「それをしらばっくれやがって、面白くねェ〜」

 「日本の運輸省のせいだろう」

 「あいつら戦争になると予算が目減りするから」

 「情報統制してやがるんだ」

 「日本人と中国人に戦わせて中国人を弱らせる」

 「ついでに日本人と中国人に武器を売る」

 「それで、治外法権保持に一票」

 「それ、良い」

 「いいねぇ〜」

 「でも、日本は戦争しないんじゃないか」

 「だいたい、日本の陸軍って、何人だ?」

 「要塞兵団20万、機動兵団6万・・・予備役が、その3倍」

 「26万・・・」

 「つ、つかえねぇ〜 国防だけだよ。それは」

 「要塞砲が充実しているから、そうでもないだろう」

 「機動兵団6万は、すぐにでも動かせるよ」

 「そういえば機械化しているし、火力もあるし、列強随一」

 「しかし、予備役はともかく、兵力が少ないな」

 「6万なんて、中国民衆の人海戦術で一飲みじゃないか」

 「いや、予備役といっても、失業率が低いから全て動員するまで数ヶ月」

 「運輸省が国防省の人脈減らして、利権を作らせないようにして」

 「その代わり装備だけは良いらしい」

 「う〜ん。見事! あやかりたいね」

 「そうそう、非営利組織や国レベルの利権構造を作らせると日本人が一番だね」

 「社会主義も真っ青」

 「しかし、本当に日中戦争しないかな」

 「揚子江自由経済圏を守りたいんだがな」

 「だけど、中国人が、たくさん死ぬと労働力が目減りしないか?」

 「いや、半分死んでも、まだ多いぞ」

 「ふっ 弾の数より、多いかもしれないな」

 「華北連邦と華南合衆国で戦争」

 「揚子江経済圏を戦場にするつもりか?」

 「守らないと駄目だろう」

 「華北連邦と共産軍は内戦中だったよな」

 「ああ、あまり、本格的じゃないがね」

 「少なくとも揚子江経済圏だけは、破壊しないと思う」

 「じゃ 北は、それで行こう。南はどうするかな?」

 「いや、ちょっと、それ怪しいぞ、中国人に武器を渡すことにならないか?」

 「武器を使って、勝手に殺し合うんだから良いだろう」

 「だから、中国人も人減らしをしたいと思っている」

 「人がいくら死んでも応えなくて」

 「歴戦の兵士数十万と武器が入るだけだろう」

 「ぐぉおおお。神よ、なんて非常識な漢民族なんだ〜」

 「ったく、日本民族といい、漢民族といい。ろくでもない人種だな」

 「そうか?」

 「日本人は、付き合いやすいぞ」

 「しかし、儲けすぎだよ。うまいこと立ち回りやがって」

 「・・・エコノミックアニマル」

 「いや、人口過密状態で働かないと生きていけないんだろう」

 「嫌だね、狭くて資源のない国は」

 「他国の3倍も働いて収入は2倍で資本家に搾取だからな」

 「共産化しないのが不思議」

 「大衆が立ち上がってが、日本の歴史にないからだろう」

 「独立した人間として自立していないな」

 「お上にお任せが日本の伝統的精神だよ」

 「まるで羊だな。飼い主は楽だ」

 「キリストが再臨するなら日本をお奨めするよ」

 「悪く言えば、剥けてないって感じだ」

 「自国を後回しにして、オランダ連邦の国力を増やしているようだし」

 「資源欲しさに、おさんどんかよ。節操がない国だ」

 「そうしないと生きていけないんだよ。哀れ」

 「そういえば、インドネシアにスカルノとか、暴れていなかったか?」

 「・・・・鎮圧中だ」

 「オランダ連邦の武器弾薬も日本製だったっけ」

 「日本人が、嫌われて当たり前だな」

 「撃ってるのが、中国人。インド兵。フィリピン兵。黒人兵だ」

 「一番、楽して儲けているのは俺らじゃないか」

 「まあ、異民族を使って。というのが一番だよ」

 「しかし、日本が輸出している工作機は不味くないか」

 「植民地の独立意識が強まる」

 「いや、程度の低い工作機械だ」

 「日本もそれぐらいは、わきまえている」

 「それでも割のいい輸出品だから、売るしかないのだろうな」

 「将来的にクビを絞めることになっても?」

 「なっても・・・だろうね・・・」

   

  

 オランダ連邦 スラバヤ軍港

 日本人業者がスラバヤ軍港を建設し、

 オランダ連邦の社会設備全般の仕事を請けていた。

 発電所、ダム、製鉄所、学校、居住区、鉄道などなど、

 近代化に欠かせないインフラも建設されていく。

 オランダ業者、他国の業者、現地民や異民族の中間管理職など多様だった。

 日本は、費用対効果で優れた製品、感心するほど質の高い労働力を売り、

 インドネシアの資源を購入。

 資源が日本へと流れていく。

 数隻の艦艇が停泊していた。

 オランダ海軍将校と日本人

 「ディーゼル・電気推進は燃費がいいようだが」

 「容積をとる上に速度が遅い」

 「容積の割りに速度が遅いということでしたら、確かに、その通りですが」

 「蒸気タービンで燃費をもっと良く出来ないか?」

 「艦の大きさによりますが・・・」

 「我が国は、ここオランダ連邦と欧州に地歩があり」

 「どちらの制海権も維持しておかなければならない」

 「・・・小型艦艇をそれぞれに配備する方が合理的なのでは?」

 「それも、あるのだがね」

 「我が国は大国なのだよ」

 「それこそ、一個艦隊を率いて欧州へ行けるぐらいの戦力が必要なのだ」

 日本人は、思わず引きつる。

 オランダ人の人口は、800万。

 強い海軍を維持するには人口が少なすぎた。

 「・・・新型ディーゼル・電気推進の試作が進んでいますので」

 「それを確認してからでは、どうでしょうか?」

 「いつだね」

 「半年後には、形になると思いますので」

 「ほう・・・新型ね。期待できそうなのかね」

 「3パーセントほど」

 「まあ、見ても損はないだろう」

 「慌てているわけでもない」

 「どちらかと言うと海賊狩りや山賊狩りが先決だ」

 「150トン級河川砲艦は、いかがでしょうか?」

 「軽量合金の二重底で操作性も良く」

 「45口径76.2mm砲を装備した秀作です」

 「小さくないかな」

 「海賊は河川から内陸に隠れている場合が多いようで・・・」

 「小型の方が好都合かと」

 「んん・・・・・買おう・・・・30隻」

 「ありがとうございます」

 「ところで綾波型は、大砲が小さくないか、それだけが唯一の弱点だな」

 「多少、割高になりますがイギリスから主砲を購入できます」

 「140mm連装3基装備型も設計だけは出来ていますが?」

 「性能は?」

 「弾薬の量は減りますが。ほかの性能は、変わりません」

 「んん・・・そっちの方が良いな」

 「その新型機関のでき次第だが買おう・・・20隻」

 「あ、ありがとうございます」

 「800トン級の哨戒艇は、安いのは良いが少し貧弱だな」

 「元々は、漁船でしたから機関と船殻だけは共通していますので安く」

 「数だけは、揃えます」

 「相手が海賊であれば、十分です」

 「んんん・・・・こいつも買うか、40隻だな」

 「ありがとうございます」

  

 日本は、オランダ連邦の移民経済で潤っていた。

 代金は、全て資源。

 オランダ人は豪儀だった。

 というより資源の上に胡坐をかき、

 あまり豪儀になったようにも思える。

 オランダ連邦は、大国といえるが強国になれるか、

 疑問に思うときがある。

 オランダ人の頭は

 “世界は神が創ったが、オランダはオランダ人が造った”

 が刷り込まれている。

 それが良いのか、悪いのか、ある種の傲慢さがある。

 “ロシア人と結婚できるのなら、オランダ人とでも付き合えるだろう”

 などとイギリス人にいわれたりもする。

 欧州とは、いったい、どういう相関関係なのかと思いたくもなる、

 一癖二癖もあって、萎えたくもなる。

 日本人は、島国だけあって、

 我の強い人間たちとぶつかった経験が少なく、

 ショックで陰に篭もりやすくなる。

 つまり、日本人は精神的なタフさがなく、

 文化的ショックに慣れていない。

 そういった強烈な文化ショックに対し、

 大陸国家の方が優位だった。

 日本のように組織内の人間関係で

 阿吽のバランスを取りながら仕事に専念すれば、

 生きていけるのと少し違う。

 その道の大家になれば、

 人間関係を全く無視しても生きていける場合もある。

 明治維新が国家の開国なら。

 天皇家とロシア皇族との婚姻は民族意識の開国だろうか。

 いろんな民族が、

 いろんな背景や価値観で冷やかしてくる。

 「・・・ところで扶桑型は、良さそうだがな」

 「ふ、扶桑型・・・ですか?」

 「そう、我が国は、大国である」

 「それ相応の海軍力を持って然るべくだ」

 「そ、それは、値段さえ折り合いがつけば、どうにか・・・・・」

 「4隻」

 「よ・・・4隻ですか?」

 「そうだ」

 「我々、オランダ連邦は、国家体制を整えるまでは、時間を稼がねばならない」

 「し、しかし、扶桑型ともなると本国から許可を求めなければ」

 「頼むよ。扶桑型4隻、綾波型20隻で、オランダ海軍を編成する」

 「10年後には、自国製の艦隊も建造して、配備できよう」

 「直ちに本国に問い合わせいたします」

 「もちろん性能は最新式で頼むよ」

 「了解しています」

 「しかし、魚雷艇は、駄目だな」

 「空機用のエンジンでは小さすぎる」

 「大型のガソリンエンジンはないのかね」

 「現在開発中でして、残念ながら・・・・」

  

 オランダ連邦は、資源を欲しがっている日本に発注することが多かった。

 費用対効果に優れたアジア・太平洋域で唯一の工業国。

 日本政府は、オランダ連邦の国力が底上げされていくことを恐れた。

 同時に日本列島は、石炭も、石油も、鉄鉱石も僅かしかなく。

 日本の経済産業を維持するため、資源と外貨が必要だった。

  

  

 10/24

 オランダでは、1637年にチューリップ投機が進み。

 球根一つが平均的な労働者の年収の10倍にまで達し、

 そして、暴落した。

 このキチガイ沙汰と言える経験は、

 歴史書に文字として記録されていた。

 この日を目論んだ者たち、予見した者は、

 早々に株をお金か、土地か、貴金属の類に交換していた。

 しかし、アメリカの繁栄は、現実に存在する。

 一般的な大多数の投資家は、だれもが借金し、

 手当たり次第に株を買い込んでいた。

 それでもアメリカの繁栄に陰りはなかった。

 資源も、人口も、産業も、生産も、絶好調に見えた。

 株取引は、売りたいと思う人間と

 買いたいと思う人間が釣り合った時に成立する。

 しかし、その日、株を購入しようと思う者は、いつにもまして少なかった。

 徐々に下がり始める株価。

 渋い顔をしていた株主たちに動揺と不安が交錯する。

 焦りが広がり、何かが、おかしいという空気が

 株価をさらに押し下げた。

 投資家たちは疑心暗鬼から買い控えし始める。

 そして、持っていようと思っていた者たちが株を売り始めた。

 損してまで株を買い支えようとする者は、いなかった。

 株の投売り。

 恐慌が広がり、誰しも株を売ろうと殺到し、

 遂に株が紙切れとなっていく。

 アメリカ経済は、大繁栄の真っ只中、突如、崩壊した。

 ニューヨーク市場の大暴落(暗黒の木曜日)は、アメリカ国内だけでなく、

 世界経済を揺るがし始めた。

 なにが変わったというのだろうか、

 工場、資源、人口、社会設備、金・・・・・

 現実に存在するモノは全てそこにあった。

 ただ、財産を抵当に入れ、

 さらに借金してまで過剰投資していた株が紙切れになっただけ、

 借財を重ねて投機したものが無価値となって、

 工場、工員、製品など、

 実体で、存在するものまで価値が否定され、

 全てが他人の手に渡ってしまう。

 

 マンハッタンのビル30階。

 高級な背広を着た男が窓辺にフラフラと近付き、

 窓を開けた。

 部屋に向かって風が吹き込み、

 男を押し戻そうとした。

 男は、風の抵抗を押し返して飛び降りた。

 株の魔力にアメリカ国民が酔い痴れ、

 その日、裏切られた。

 天文学的な借金から自殺者が急増する。

 銀行が潰れ、企業が潰れ、工場が閉鎖されていく、

 農場から小作農が追い出される。

 多くのアメリカ人が家を追われ、

 土地を追われ、家族ごと流民となっていく。

 その日、アメリカ合衆国が失ったモノは信用だった。

 そして、繁栄という光が消えても

 闇は闇のまま広がっていく。

 マフィアが禁酒・麻薬・賭博など闇取引を行い。

 ギャングが銃撃事件を起こし、

 アメリカ社会を恐怖へ追い立てていく。

   

  

 メキシコ

 山賊が珍しくない国。

 革命軍と言う名を借りていても、

 やっていることは似ていたりもする。

 村が襲撃され、乱暴狼藉が行われる。

 山賊が銃を向けた相手は、黄色人の家族だった。

 妻も娘も掴まって、主人を撃ち殺せば、後は思いのまま。

 殺さずに、というのも、

 それは、それで面白いのだがゲームを始める。

 山賊が競って狙いを定める。

 誰が遠くから当てられるか、5ペソが、かかっている。

 下手くそなのか、距離が遠いのか、6人目。

 狙いを定めた・・・・・・・・

 「・・・おい、待て、フアン。撃つな」

 「なんだ。セルゲイ。邪魔するなよ」

 「おまえ、日本人か? 中国人か?」

 「に、日本人ある」

 「・・・兄弟!!」

 山賊が、その日本人を抱きかかえる。

 「おまえの国の皇帝が俺の祖国の皇帝と親戚になったんだ」

 「・・・・・」

 「おい、おまえら、もうやめろ! 他を探せ!」

 「何だよ。良いところなんだぞ。セルゲイ」

 「ほら、5ペソだ」

 「これをやるから、他の家にいけよ」

 「しょうがねぇな」

 男たちが他の家に向かっていく。

 「なあ、おまえの名前は? 兄弟」

 「キム・スンホン」

 「おお、キム・スンホン!!」

 「俺たちはこれから兄弟だ。助け合って行こうじゃないか」

 「あ、ああ」

 他の家に日本人家族がいたとか、いなかったとか・・・・・・

   

  

 皇居の庭園

 灰金色の髪は、長めにカールされていた。

 当時の日本女性に珍しい髪型だったが、

 彼女の意思が通ったのだろう。

 アナスタシアは、3歳になる男の子と手を繋いで歩いていた。

 血友病が、あるか、ないか。

 確認するため、隠匿されていた結婚だった。

 そして、日本とロシアの政府・官僚組織は賭けに勝った。

 と思われていた。

 まだ、安心するのは早いと思われていた、

 しかし、男子誕生に気を良くした日露政府筋は、

 少しずつ日露皇族間結婚を公表していく。

 大正天皇から妾制度がなくなったとはいえ。

 賭けに負けても嫡子であれば、いくらでも方法がある。

 女性にとって理不尽な発想が許される時代だった。

 それでも血友病に対する研究で

 日本とロシアは、急速に力を付けていく、

 これは別の話し、

 そして、乳母がもう一人、一歳になる男子といた。

 皇族の男子2人。

 本来は殊勲賞もので

 “もう良いよ” なのだが不安は消えない。

 日露政府・官僚も、

 この際、あと一人か、二人で、確率で勝負。

 という思惑が見え隠れする。

 アナスタシアの明るく活発な性格も、

 少しばかり陰りが見える。

 それでも日本語を覚え、

 夫を愛するようになれば、

 格式ばって不自由で蒸し暑い生活も我慢できたり。

 そして、日本の宮内庁や政府関係者の意図にも気付く。

 天皇家の男子を産み。

 存続することが至上命題であると・・・・・・。

   

 それでも各国の王侯貴族が訪問があると、

 しめたものだった。

 日本外務省の外交音痴に呆れる・・・・

 大陸生まれのアナスタシア皇后は、

 この手の社交場で天然の素質を持っていた。

 そして、主役を演じることも出来た。

 1600年以上の歴史を持つ日本の天皇家と

 聖ロシア帝国・ロマノフ家の婚姻、

 名門ハプスブルグ家すら凌駕し得た。

 当然、自分自身の美貌も計算に入れ、

 東洋の持つ神秘的な要素も利用できた。

   

 アナスタシア皇后が日本の昭和を照らした、

 あだ花だったか。

 それは、さて置き、

 日本の外務省と宮内庁が皇族外交のセンスを会得していく。

 むろん、天皇家古来の格式もあるため、

 アナスタシアの言い分を全面的に通すことはなかった。

 それでも日本の皇族外交のセンスが良くなったことは否めず。

 日本側の用意周到に計算された原稿も、

 アナスタシアのちょっとした機転と

 ユーモアが装飾されなければ原石のまま残された。

 各国の在日大使と外交官は、いつの間にか、

 日本贔屓になっていく

 アナスタシアの微笑みの影響は、薄く広範囲なものだった、

 それでも国際情勢が日本の味方をしていく。

 列強の政府・国民も

 綺麗で元気な白人皇后のいる国と敵対するのは気が退けるものだ。

 日本に対する陰謀が思いつく前に忘れ去られたか、

 いくつ潰されたか。

 記録に残されていない。

   

  

 そして、アメリカで起きた大恐慌は海を越えていく。

 大戦で借金を抱えたイギリス、フランス、ドイツ帝国、ドナウ連邦を直撃。

 欧州からアメリカ資本が引いていく。

 国債で首が回らなかった欧州各国の経済は資金繰りが尽き、

 工場が閉鎖されていく。

 ここで唯一、元気だったのは、

 日本・揚子江を核にしたアジア経済圏だった。

 中国大陸から東南アジアから好きなだけ持っていってくれと、

 資源が日本に流れ込み。

 アメリカ大陸で冷えた消費を

 揚子江・オランダ連邦・華北連邦・華南合衆国が引っ張り上げる。

 そして、日本資本によって、

 これら資源放出国の基盤や設備が整備されていく。

   

  

 日露両国は、関係が円満だと、

 いくつかの点で有利になると考えられていた。

 両国とも大陸側と海洋側を防衛・貿易・外交で分担し

 補完できる特典は大きく、

 魅力的だった。

 皇族間婚姻は、両国の友好関係の心理的な要素の一つだった。

   

 そして、聖ロシア側も日本人のご令嬢が男女双子を産んでいた。

 聖ロシア帝国、次期皇帝の誕生が大々的に公開され、

 日露政府主催で祝賀会が催されていく。

 日本が皇族間婚姻の非公開を通したのは、

 日本政府に血友病の不安があったからといえる。

   

 日露皇族間婚姻で最大の打撃を受けたのはソビエト連邦だった。

 ソビエト連邦は、ロマノフ王朝の人気を落とすため。

 ロシア人の引き締めのため。

 共産主義教育。

 監視。

 などなど。

 多大な資金と労力を使う羽目になった。

 共産主義も一つの政治体制であり、

 ロシア人固有の伝統でもない、

 ロシア正教でも、ロシア人の気質にもなかった。

 巨大なソビエト連邦は、いつ崩壊しても、おかしくない状況にあった。

 列強が干渉戦争を行ってくれていたら、

 ソビエト連邦は、もっと強固な基盤になっていた。

 聖ロシアが攻めてきていたら。

 ソビエトとロシアの垣根は、もっと高く溝は深いものだった。

 スターリンは焦る。

 巨大な共産主義帝国は、民衆のねたみ、やっかみ、ひがみを

 憎しみにまで昇華させ、権力者に向けて煽っただけ、

 思想など、

 家族が食べて行く事と関係なければ、何ほどの事もない。

 ソビエト連邦をソビエト連邦にする方法、

 それは、どこかの国に攻め込んでもらうしかなかった。

   

  

 露ソ国境 満州里

 聖ロシア軍(白衛軍)とソビエト軍(赤衛軍)との間で軍事衝突が起こる。

 散発的な砲撃と銃撃戦が行われただけで収束していく。

 どちらも、本気ともつかない戦闘であり、

 露ソ両国にとって初めての砲撃戦だった。

 理由は、ソビエト軍が国内に送り込まれた麻薬組織を追撃した結果。

 聖ロシア領内に侵入。

 ソビエト軍と聖ロシア軍が交戦になった、とされた。

 事実、ロシア人数人が麻薬を持っていた、

 全員が死体で真実は、闇の中といえた。

 事実は、どうあれ、

 ソビエトはロマノフの麻薬密輸事件として大々的に宣伝し。

 聖ロシア帝国側もソビエト側の陰謀として非難した。

  

 国境紛争は、スターリンの思惑より小さかった。

 しかし、露ソ国境が緊張状態に入る。

 聖ロシア帝国は、軍事費を増大させ、

 一部の武器弾薬を日本に発注することになった。

   

 東京証券取引所

 数人の男たちが首を捻っていた。

 「何で、軍事株が上がっているんだ!」

 「大恐慌で軍事関係は落ち込むはずだろう」

 「わからんな・・・露ソ国境紛争のせいじゃないのか?」

 「砲撃戦にまでなったそうだが収束している。一時的なものだ」

 「じゃ なんで上がっているんだ・・・・」

 一人の男が慌てて近付く

 「おい、わかった。揚子江で大規模な暴動が起こりそうだ」

 「買いだ・・・・軍事株を買いだ! 急げ」

  

  

 崇明島

 華北政府、華南政府が治外法権の撤廃を宣言。

 欧米露列強が無視。

   

 そして、揚子江の南北両岸に向け、

 漢民族が押し寄せようと集まり始める。

 華北連邦、華南合衆国、列強諸国は、

 ギリギリの状態まで駆け引きを行う。

 そして、遂に漢民族の大規模な武装蜂起が発生。

 中国民衆が集まりそうになると、

 飛行船と航空機がやってきて、

 中核になっている集団を爆撃する。

 さらに河川砲艦の砲撃が民衆が集まる以前に、

 その中核を吹き飛ばした。

 民草がいくら死んでも困らない、

 しかし、ピンポイントで指導者を攻撃されてはかなわない。

 指導者を失った。

 あるいは、脅えた指導者が消えると、

 漢民族は、バラバラに散っていく。

 「東京は?」

 「連絡が取れました」

 「代われ!」

 「武器だ。武器弾薬をありったけ持ってきてくれ・・・・」

 「そうだ! ありったけ全部だ!・・・・」

 「わかってる!!」

 「石炭でも、鉄鉱石でも、石油でも、いくらでも請求してくれ・・・・」

 「とにかく、急いで持ってきてくれ」

 「輸送機と飛行船・・・・それで良い」

 「すぐだ。とにかく持ってきてくれ!」

 それでも漢民族は、揚子江経済圏に向かって動こうとした、

 裏切り者の中国傭兵軍の砲撃と銃撃によって胡散霧消していく。

 さらに人海戦術で向かってくる中国民衆に対し、

 インド兵、黒人兵、フィリピン兵の砲撃と銃撃が始まる。

 中国の民衆は、次第に勢いを失って死体だけを残して消えていく。

 この11・4中国暴動によって、

 殺傷された中国人は、それほど多くなかった、

 しかし、武装放棄の中枢を失う。

 中国側の損失は大きかったものの、

 欧米列強は、華北連邦政府、華南合衆国政府を承認。

 治外法権に対して重犯罪者の引渡し用件など一定の妥協を示した。

 日本は、受け取った資源で潤う。

 資源を加工して輸出し、貨幣に換えなければ、外貨を得られない国。

 そして、最大の顧客であるアメリカは世界恐慌でダウン。

 欧米列強も購入能力が低下していた。

 しかし、行き場を失った商品を日本国内に流す必要に迫られる。

 金が足りずに国際通貨で安定する金本位制を廃止。

 フル回転で造幣を行い国内需要に任せて消費を刺激。

 それまで、外需主導だった生産が反転し、

 内需に向かって消費が拡大していく。

 資本が国内に溢れだすと消費が生産を呼び、

 さらに生産力が増大していった。

 ここで、ニューヨークから始まった大恐慌は、日本で止まる。

  

 

 

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 月夜裏 野々香です

 少しばかり補足を・・・・・

 開国後、日本が唯一持っていた資源は、

 識字率の高い労働者だけだったこと。

 日本国民が豊かになれないのは、

 国家基盤に必要な戦略資源が足りないこと。

 戦略資源を買うために働き。

 資源を加工するために働き。

 製品を輸出・販売するために働く。

 高度な設備投資を維持するために働き。

 家族を養い、子供を教育するために働かなければならない。

 そして高度な科学技術を研究開発するため、

 莫大な予算を次ぎ込む。

 どんな執政者で、どんなやり方でも、

 日本が持っている労働資源・知的資源を有効に使わないと、

 やっていけないということがわかる。

 100万人を軍隊に取られるより、

 100万人が民間で生産活動をする。

 国防という観点からするなら、

 危機的状況で、それが賭けであっても、

 日本経済にとって、プラスになるか、マイナスになるか、わかりやすい。

 それでも、海外の国民が一生懸命に働き始めると、

 資源を自給できない日本は、苦しくなっていく・・・・・・

  

  

 

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第36話 1928年 『日露蜜月』

第37話 1929年 『世界恐慌』

第38話 1930年 『つかえねぇ〜』

海軍力

 

 各国軍艦状況