月夜裏 野々香 小説の部屋

  

仮想戦記 『日清不戦』

 

第38話 1930年 『つかえねぇ〜』

 オランダ連邦 バンドン

 ヴィルヘルミナ女王は、新築される宮殿を見ていた。

 赤道に近い場所であっても高地は、涼しい風が吹く。

 資産家と有力者の多くが過ごし易い高原地帯に居住を構え始めていく。

 というより、女王の近くに住み、王国らしくなっていく。

 王族と王国を管理する官僚・有力者との関係は持ちつ持たれつだった。

 共にいることで自らの権威と権力を確認し補完し合う。

 “人” という字がそうであるように、

 国家も、そうやって作られていく。

 王は、自分を支えてくれる者を守り、

 貴族や官僚が王制を支えることで自分の地位と権力を保持する。

 そして、王国の支配体制が強化されていく。

 王政に反発する者が民主主義を選択しても、

 この形は変わらない。

 上に立つ者が固定されていないだけで、

 実力と能力で力の劣る者は、優れた者に擦り寄って生きていく。

 人に擦り寄る権威主義か。

 人でなく、金に擦り寄る拝金主義を選択しても

 形は変わらない。

 階層ピラミッドを作らないと人は生きていけない。

 この階層ピラミッドをどのように積み上げていくかで、

 統治者の度量と官僚の裁量で、

 国民と国家のと懐の広さが決まっていく、

 もう一つ信頼関係。

 隣人が強盗なのに外に仕事に出かけるのはバカと言える。

 国内が権力闘争の下剋上で内部分裂では国が割れてしまう。

 外征も不可能だった。

 当然、権力構造が不動であれば、国土を広げることもたやすい。

 国の大きさまでも決まっていく。

 我欲剥き出しの人間は、権力構造に不和をもたらし、破壊していく。

 己を自制しえる人間が増えれば、

 ピラミッドを美しく実のある物に保てた。

 専制君主であっても

 他者を踏み付け踏み躙るのは煩わしい仕事といえる。

 エゴ剥き出しで国を破壊する者でも、現れなければ、する事がないといえる。

  

 中国の歴史で、

 劉邦と項羽の垓下の戦いというのがあるらしい。

 劉邦は、食料を確保して山に登り。

 項羽は、食料を確保できずに山に登り対峙した。

 勝敗は、明らかだった。

 近代国家の産業にとって、資源は必要不可欠な食料だった。

 劉邦の登った食料のある山がインドネシアだとするなら。

 項羽の登った食料のない山が日本だろうか。

 オランダ連邦と日本の関係を如実に現している。

 オランダ人は、人口こそ少ない。

 しかし、近代国家にとって重要な食料庫の上に座していた。

 日本は、資源を得るため、

 オランダ連邦の社会設備を整える。

 そして、いずれ気付くことになる。

 オランダ連邦が近代化に成功し、

 日本を必要としなくなるということを。

 ヴィルヘルミナ女王は、欧州の僅か3万3880kuの小国から、

 この地に追い立てられたことを感謝した。

 東西約5100kmの赤道地域に大小1万8108の島々、

 面積190万4443kuの領土。

 火山性の肥沃な土壌で穀物の生産能力も高い。

 鉱物資源は、原油、天然ガス、石炭、スズ、ボーキサイト、

 銅、ニッケル、金、銀、少ないが、ダイヤモンド、ルビー。

 この国土は宝の山だった。

 彷徨えるオランダ人が安住の地へ定着したといえる。

 アメリカ合衆国982万6630kuに負けても。

 いずれ、オランダ連邦は、強大な国力を手にするだろう。

 欧州に本国を置いていたら永遠に不可能な国家目標だった。

 しかし、この地に本国があれば、十分、可能な目標といえる。

 インドネシア人の反乱は、時折、起きていた。

 しかし、オランダ人の入植は増え、

 いずれは、数で圧倒することが出来る。

 欧州から切り離されても、

 それほど寂しいわけではない。

 欧州オランダ州は、オランダ連邦の欧州の橋頭堡であり、

 アジアの世界も白人の友人たちがいた。

 聖ロシア帝国、オーストラリア、ニュージーランド。

 そして、日本連邦も、アナスタシア皇后がいる。

 意外と楽しい新天地かもしれない。

 「女王、戦艦の発注は日本が良いかと」

 「ドイツより日本の方が良いと?」

 「はい、品質に問題があった場合、ドイツは知らぬ存ぜぬで通せても」

 「日本は、今後の貿易を考えて、それが出来ないかと」

 「性能も既に実証されているようです」

 「また、大恐慌でもバーター取引の関係で建造も、維持管理も、有利かと」

 「日本がイギリスと同じことが出来るようになるとは思いもしませんでした」

 「科学技術は、人種差別をしなかったようです」

 「科学技術が差別をしていないのは白人と日本人だけのようですね・・・」

 「それで日本は建造を引き受けると?」

 「日本人は、要塞砲と1600トン級駆逐艦を勧めてきました」

 「ですが戦艦の方が良いのなら建造すると」

 「オランダ人の人口は少なく。資源が多いのです」

 「左様です」

 「戦艦1隻と、駆逐艦20隻で員数が少なくて済むのは?」

 「戦艦です」

 「戦艦1隻と、駆逐艦20隻で、安く上がるのは?」

 「戦艦です」

 「そういうことです」

 「御意」

  

 アレクセイ・ロマノフ皇太子死亡。

 

 

 敷島(台湾)

 日本人の入植と公共投資で敷島の所得レベルは日本本土並みになっていた。

 そして、その位置が占める戦略的価値は東南アジアに対する前線であり。

 華南合衆国、華北連邦を海上封鎖を可能にする要衝でもあった。

 日本は、その気になれば、いつでも揚子江経済圏を封鎖でき、

 欧米諸国の揚子江支配体制を破壊できた。

 もっとも、インド・中国鉄道が完成するまでだろう。

 近代的な敷島州議事堂。

 2人の男が窓辺に立っていた。

 「・・・・華南合衆国と華北連邦の政府が承認され」

 「治外法権の一部を失ったことは敷島の受ける圧力は、それだけ大きくなる」

 「漢民族が命と引き換えに得た権利ですね」

 「法として得た文書上の権利だ」

 「実力的に歪だから、しばらく荒れるだろう」

 「アジアの情勢も変わってきました」

 「オランダ連邦も、設備投資が進めば、さらに圧力が増すだろう」

 「インドネシア人の運命がどうなるか・・・・」

 「内地はアナスタシア皇后の外交力で」

 「日本人は白人の隣人から友人に認められたと安心し切っているようです」

 「親近感かね・・・」

 「確かにそういったものは、感じるが」

 「しかし、白人同士でさえ、戦争している」

 「気休めと考えて良いだろう」

 「アジアでは大きくありませんか」

 「列強は、華南合衆国や華北連邦より日本との関係を選択するでしょう」

 「揚子江経済圏に手を出さないという条件で、だな」

 「昨年の漢民族の大蜂起」

 「アメリカが大恐慌で列強は動けないと判断したようです」

 「はぁ〜」

 「欧米露列強の揚子江自由経済圏を支えているのが日本だと知らないのか」

 「だいぶ儲かりましたからね」

 「敷島もですが、九州、遼東半島とも」

 「工廠は3交替から4交替でフル稼働だったそうですよ」

 「それより、オランダ連邦の扶桑型4隻の発注は、どういうことだ?」

 「悪くないと思いますよ」

 「4億円分の資源が調達できますからね」

 「欧米列強も、新型戦艦を建造すれば扶桑型では太刀打ちできないはずだ」

 「それでも5パーセントは、扶桑より強靭に建造できるそうですよ」

 「継ぎ目無しのシームレス部品も増えてますし」

 「溶接技術で建造できるそうですから」

 「それと主砲の発射速度も微妙に良いようです」

 「日本海軍で欲しいくらいだな」

 「4億円ですよ」

 「国内向けなら、もっと安くなると思いますがね」

 「資源の方が良いか」

 「これだけ儲かっているのに軍事費の方は少なめですね」

 「運輸省の圧力だろう」

 「それだけ」

 「扶桑(北東シベリア)」

 「大和(南極)」

 「出雲(スバールバル諸島)への投資が進んでいるらしい」

 「どの程度、開発が進んでいるのか、闇の中ですね」

 「瑞穂(ニューギニア南東部)の方が効率、良いはずだが・・・」

 「欧米列強は、瑞穂の開発速度を指標にしていますから」

 「あそこで少なめに査定させているのでは?」

 「オランダ連邦の建設需要で日本の建設能力を限界だと思わせているのだろう」

 「ベテランの工員は、早く育たないとしても」

 「技術上のノウハウは蓄積されて広範囲に利用されている」

 「各企業とも事業拡張で賃金体系の見直しでマニュアル化が進み」

 「熟練工の裏技隠しが減ったそうです」

 「マニュアル化か、想像力が低下するかもな」

 「熟練工になれば自分なりに考えると思いますよ」

 「ほとんどの場合、技術革新は改良から。ですから」

 「そうだったかな」

 「オランダ連邦の発注は、それだけ大きいですから」

 「一個海軍分の建造か、大戦以来の好景気になるぞ」

 「しかし、敷島と本土の地域格差。意識の差は、縮まりませんね」

 「華南合衆国の圧力は本物だよ」

 「フィリピンのアメリカ軍」

 「オランダ連邦から受ける圧力も本土にいたら理解できん」

 「受ける圧力が違えば、外交で不満が出ますからね」

 「今のところは、良いかもしれないが」

 「連邦議員が240議席で固定されて」

 「州議員を人口比で選出する動きもある」

 「そうなれば地域差、人口差の比重で外交の傾きが変わって来るでしょうか」

 「ありえるな」

 「そういえば扶桑州の日本人も」

 「本土の日本人とかなり違う感覚のようです」

 「ソビエトと国境を接して海峡を挟んでアメリカだからな」

 「華北・華南・オランダなど意識しなくても済む」

 「扶桑州は、北極海航路の関係でソビエト政府承認を要求しています」

 「北極海航路は、重要だとしても、扶桑開発が進むまでだ」

 「それ以前であれば、日蘭貿易の方が圧倒的に大きい」

 「もう一つは日露関係から」

 「聖ロシア帝国がソビエトを承認していないのに」

 「日本がソビエトを承認するというのも考えものだな」

 「地域格差の利害関係が大きくなれば」

 「日本連邦もバラバラになりかねませんね」

 「気概があれば、そうなるだろうが」

 「鉄道で人の移動が大きければ軽減される」

 「また、内需拡大で意識の変化も強くなっていくだろう」

 「国内に商品が溢れかええると」

 「日本人の意識が職人や商人から消費者志向に変わっていくな」

 「質実剛健を失うのは残念です」

 「武士階級出は、もっと、嘆くだろうな」

 「確かにいますね」

 「産業が大きくなっても海外向けに輸出できる」

 「個人所得が増えて悪くないが欲深になるな」

 「多くの場合、嗜好品、個人消費など」

 「利己的な面で発揮されやすくなるだろう」

 「見境なく欲しがりですからね」

 「他人の権利を踏み躙っても安楽に生きたがる人間もいますから」

 「地域格差による州同士の対立も大きくなっていくだろうな」

 「皺寄せも大きくなっていくだろう」

 「危機的な状況と?」

 「いや、言いたいのはパイが大きくなった分だけ」

 「身動きが取れなくなるということだ」

 「無理に動かすと破けるだろう」

 「大鉈を振るうことが困難になるということでしょうか?」

 「連邦政府は、地域格差を調整するだけで精力を使い切る」

 「対外的には、無能になっていくだろう」

 「良し悪しですね」

 「他の国でも似たようなものだろう」

 「海外に領土を持つイギリス、フランス、ドイツも」

 「地域格差で外交が困難になっている」

 「イギリスにとって、カナダ、オーストラリア、インドの地域格差は大きすぎますね」

 「日本も、そうなりそうだな」

 「共同歩調が取れずに連邦として、独立ですか?」

 「日本連邦が、どうなるか・・・」

 「大きなパイを破かないようにゆっくりと動かす方を選ぶか」

 「パイを切り分けて自由に任せるか」

 「もし分かれるとすれば、敷島は?」

 「本土が、敷島を選ぶか。扶桑を選ぶか」

 「敷島と扶桑では、外圧と利害関係があまりにも違う」

 「しかし、本土と敷島。本土と扶桑の差異も」

 「それなりに大きいからな」

 「そういう点で言うと、一塊のアメリカが有利ですね」

 「大恐慌がなければ、日本の南極独占も怪しかった」

 「しかし、揚子江経済圏とオランダ連邦のおかげで助かったよ」

 「資源を好きなだけ持っていってくれ、でしたからね」

 「金本位制を廃止すれば、国際通貨としての信用はともかく」

 「国内の資本は、良いように回せる」

 「バーター取引が成立していたおかげで資源で苦しまずに済んだ」

 「アメリカは、ドルに自信を持っていましたからね」

 「アメリカの資源、人口、国土、労働力、工業力、教育、法制度」

 「どれを取っても、他を圧倒して抜きん出ている」

 「アメリカの国力は、圧倒的ですからね」

 「ドルに自信を持っても良い」

 「ドルには、まだ、それだけの価値があるよ」

 「アメリカは、立て直せそうですか?」

 「立て直すも何も、今でも、世界最大最強の国だからな」

 「大恐慌は、狂った株投資に狂奔した報いだ」

 「日本の株市場では、アメリカ向け株から引いて」

 「揚子江、東南アジア向け株が上がり始めているそうです」

 「内需拡大と金本位制廃止で増刷された余剰資金が株に向かっているのだろう」

 「しかし、投資家は金の亡者というか、懲りないな」

 「日本も、アメリカの二の舞ですか」

 「アメリカの大恐慌のおかげで、冷や水を指された格好だろうね」

 「日本は、株狂乱にならず済んだという所でしょうか?」

 「欲望は、人種、民族、老若男女を差別しないからね」

 「並みの日本人は儲かるとわかっても借金しても。と思わないのでは?」

 「どうかな」

 「しかし、日本の株景気もアメリカ大恐慌と重なり、助かったというところだろうな」

 「日本市場は、少し落ち着いているようです」

 「少なくとも借金してまで。というのは減るだろう」

 「健全で良いよ」

  

 

 聖ロシア帝国 ハルピニスク

 ロシア皇帝を中心とする貴族社会が陰りを見せながらも回復していた。

 また革命が起こるのではないかという恐怖。

 国内に赤軍・共産主義者が紛れ込んでいないかという不安。

 聖ロシア帝国の皇帝も、貴族も、

 用心深く所領の領民に気を配る。

 統治者も、領主も、自らのエゴで領民を虐げず。

 領民のエゴを統制できれば、比較的健全な封建社会を維持できた。

 日本華族は、それなりの品格を見せながら、

 ロシア貴族社交界に入り込んでいる。

 それが良いのか、悪いのかわからなかった。

 日本華族は、多くの場合、

 財産を維持できず企業に土地を売り渡し、

 配当金受給者という形をとっている。

 また、自ら企業を起こしている者、自ら働いている者も少なくない。

 ロシア貴族、日本華族の双方で影響を受けたりもする。

 また、オランダ、イギリス、ドイツ貴族がハルピニスクに訪問して来る。

 彼らにすれば寒い地方は、欧州の気分を味合うことが出来た。

 ノスタルジーともいうべきだろうか、

 黄色人の日本人がいると、少しばかり違和感がある。

 しかし、この時期、日露皇族間結婚に刺激を受けたのか、

 日本華族と欧州貴族の婚姻がポツリポツリとあったりもする。

 この時期の帝国と王国は、時代の流れか、君主制民主主義が増え、

 権威があっても特権待遇が縮小され、

 権力が弱くなっていた。

 日露政府とも貴族社会を保護しているのは、

 外交で利用できるからといえる。

   

 間宮半島からハルピニスクまで線路が繋がり日露貿易量も増えていた、

 行き来で不便さは感じられない。

 欧州貴族は、聖ロシア帝国で社交界を過ごした後、日本を訪問する、

 お決まりのコースだった。

 すると聖ロシア帝国が田舎で、

 日本が近代化に成功した国家であると実感する。

 沿線沿いに駅を中心に工業・商業・住宅・学校が計画的に連なり。

 煙突からは、黙々と煙が湧き上がっていた。

 日本では公害問題が表面化し、

 連邦議会、州議会でも議題に上っている。

 そして圧倒的な工業力の差が伝わる。

 欧州諸国が植民地の現地民にやらせていることを日本人は、

 自分たちで積極的に解決していく。

 観光客は、日本が欧州本国の工業力と比較しても遜色がないか、

 上回っていると認識してしまう。

  

 日本の高速鉄道に乗るロシア正教の司祭。欧州貴族が数人

 貴族の一人が窓から見える工場群を見て呟く。

 「日本人は、労働を、どう考えているのだろうか?」

 「フランスでは労働は、堕落の結果。罪の対価だ」

 「カトリックは、労働を堕落の代価。罪の象徴と感じる」

 「プロテスタントは、労働を罪の代価でも、得られる収入は神の祝福だと考える」

 「日本人は、労働、そのものを美徳として考え、目的としています」

 「結果よりも、過程を大切にしています」

 司祭が応えた。

 「なにを楽しみに生きているのだ」

 「過ぎたればこその楽しみもあるのでは?」

 「理解できませんな」

 「これを・・・・・・・」 司祭が財布の止め具を見せた。

 「・・・・・ほう・・・・これは、良く出来ている」

 「根付(ねつけ)というそうです」

 「売っている場所に案内していただけるのでしょうな。司祭様」

 「え、ええ」

 「たしか、オランダが、それで稼いでいたのでは?」

 「ほう?」

 「市場に流す量を調整していたようですが結構な利益になったようです」

 「しかし、オランダ連邦」

 「一個海軍を丸ごと日本に発注とは調子が良いようですな」

 「出島の再建も日蘭関係の親密さの表れでしょうな」

 「そういえば、どこかの島国の女王も」

 「良いのか、悪いのか渋い顔をしていたそうで・・・」

 「イギリスも揚子江の鉄鉱石が日本に売れるなら」

 「面白くなくても黙認するしかないでしょう」

 「オランダ海軍だけで日本円で12億近い発注ですからな」

 「アメリカの大恐慌で資本が引き揚げられなければ、違う対応ですよ」

 「そういえば、日本の華族とも婚姻が進んでいるとか?」

 「日本の華族を貴族と認める気にはなれませんが時代の流れでしょうな」

 「他の黄色人種と有色人種より賛成できますね」

 「日本が、これほど豊かな国とは、資源は何もないはず・・・」

 「地震や津波、台風、洪水・・・」

 「天災で滅びるどころか、発展している」

 「日本を植民地の限界。征服の限界とお考えで?」

 「日本に内部分裂の勢力が存在せず」

 「混乱していた時期でも必要な戦力を集められなかった・・・」

 「日本の天災の多さが日本民族の結束に繋がっているとしたら皮肉ですな」

 「限界なら華北連邦、華南合衆国に対しても言えることでは?」

 「あれだけ命を犠牲にして自由を求められたら少しは妥協するでしょう」

 「おや、華北・華南の中国資本と事前に妥協点が決まっていたと聞いていますよ」

 「賃金と待遇改善で揚子江生産品の単価を上げ」

 「内陸の中国資本の生産品を流通させるですか?」

 「まあ、実際、機銃掃射や砲撃する方は大損ですよ」

 「しかし、自国民族を犠牲にして列強を脅迫するのは、やめて欲しいですな」

 「ははは・・・」

 「全くです。中国製品はどうです?」

 「まあ、程度が低いので、中国国内向けでしょう」

 「値段が安いので必然的に広がります」

 「賃金と待遇改善をしたので揚子江で売れるかどうか」

   

  

 寒い国の某病棟

 「主任。血友病男性と非保因者の女性の間の子供は」

 「男の場合は父親のX染色体を引き継がないので保因者とならない」

 「しかし、双子の娘の場合は父親のX染色体を引き継ぐため」

 「必ず保因者となるのでは?」

 「・・・むろん、その通りだ」

 「では、どうして、双子の娘の方にそういった・・・・」

 「双子は、間違いなく、ロマノフ家の血を引いておられるよ」

 「?」

 「・・・直系のね」

 「では・・・」

 「直系であれば、問題あるまい」

 「はぁ〜」

 「長生きしたければ、忘れることだ・・・」

 「珍しいことだが生まれることもあるということだよ」

 「はぁ〜」

   

   

 欧州諸国は、大戦で借財を抱え込んでいた。

 そこにアメリカから大恐慌が押し寄せた。

 アメリカから金を借りまくっていたイギリスもドイツも、資産を引き抜かれ、

 まっしぐらに不況となっていく、

 それに比べ、

 揚子江のインド人、黒人、フィリピン人、インドネシア人、裏切り者は、

 はるかに安定した生活を送っている。

 揚子江から基軸通貨のポンドとドルが本国に引き揚げられると、

 金本位制でない円が揚子江に入り込む。

   

 重慶 

 5人がテーブルを囲んでポーカーをしていた。

 白人はいない。

 「ヘンリー。アメリカに仕送りするのかい?」

 「ああ、一家路頭に迷って大変なんだと」

 「こっちに呼び寄せるつもりだよ」

 「まあ、家と仕事は、あるには、あるがな」

 「インドは、どうなんだ? キューニー」

 「イギリスの購買力が落ちている」

 「それで搾取が酷くなっているらしい」

 「小さい藩主国は酷い扱いのようだ」

 「いくら連邦内のバーター取引でも資本が動かないとな」

 そういって、円札をテーブルに載せた。

 「最近は、円が増えたな」

 「欧米諸国が自国通貨を引いて経済再建中らしい」

 「代わりに資源を売って日本円が流れてきているのさ」

 「列強デパートも利潤の大きな日本商品を並べて」

 「お金を本国に送金しているよ」

 「日本円がね・・・・大丈夫かな?」

 「大恐慌が終わるまでの代用だね」

 「少なくとも揚子江に手を出さない限りは大丈夫だろう」

 「スハンダ。オランダの方は?」

 「欧州オランダは、人口が減った分だけ、個人当たりの所得が増えている」

 「そして、設備投資の進んでいるインドネシア側も好景気らしい」

 「もっとも俺たちには関係ないから」

 「一族もこっちに来るよ」

 「そのうち、金に困った白人たちが資本をもって揚子江にやってくるかもな」

 「しかし、いくら安くても列強の購買力が落ちていたらな・・・・」

 「いや、落ちているから」

 「安価な中国製品を販売して経済を立て直したいのさ」

 「少なくとも海外にお金が流出しても資本家は儲かる」

 「流出したら困るだろう」

 「だから揚子江で搾取するんだろう」

 「酷いな」

 「しかし、それだとアメリカの国内産業が育たないんじゃないか」

 「そうそう」

 「それを考えるのは大統領の仕事だろう」

 「資本家の仕事じゃないだろう」

 「大統領がどう出るかだな」

 「日本と共同で揚子江、東南アジア支配で良いんじゃないか」

 「あのアナスタシアとかいう皇后」

 「そういう雰囲気を作って、結構やる」

 「キューニー。インドでも資源を日本にやって戦艦を作ってもらえよ」

 「俺らの収入も安定するというもんだ。独立も出来るぜ」

 「無理だな」

 「藩主はバラバラ」

 「イギリスに完全に押さえ込まれているよ」

 「酷いね。相変わらず」

 「そうだ、今度、揚子江に水力発電所が建設されるらしい」

 「ふ〜ん 親戚を呼んでも良いかもしれないな」

 「そういえば黄河も建設するんだったよな」

 「黄河は、洪水が起こりやすいからね」

 「その対策も兼ねてだろう」

 「じゃ それだけの建設費分の資源が日本に流れるのか・・・凄いな」

 「市場原理でいうと揚子江域で製鉄所と発電所を建設して」

 「コークスを日本に輸出すると双方とも利益になるのさ」

 「やるの?」

 「さぁ〜 どうかな」

 「国家戦略が市場原理に従うとは必ずしも言えないからな」

 「中国がコークスまで作れば、次は、ってなるだろう」

 「そりゃ いくらなんでもアジア最強の工業国」

 「日本の基幹産業が潰れたら。洒落にならないだろうな」

 「ドイツが青島に製鉄所を建設するかもしれないな」

 「ほう、荒れそうだな」

 「日本の購買力が上がり」

 「太平洋のドイツ領に安価な製品が流れれば」

 「それは、それで、良いのさ」

 「それで太平洋のドイツ領は自立できるのか」

 「南西アフリカと東アフリカが自立できれば良いんだろう」

 「そういえば、ニューギニア東北部と」

 「オランダ領パプア側を鉄道で繋ぐとかいうのは?」

 「あれは、ドイツ帝国側のアイデアだろう」

 「不良異民族を出したがっていただろう」

 「それとドナウ連邦の不良異民族も」

 「オランダ連邦で取り込んだんじゃないのか?」

 「100万人単位で段階的にだろう」

 「言語の問題があるから簡単に移民させたりしないさ」

 「人口で余力のあるのは、ドイツ人だからな」

 「しかし、人口で余力といえば、日本人も多いそうじゃないか」

 「8000万だったかな」

 「それだけじゃなくて」

 「沿線に集まってて労働集約と消費で圧倒的に有利だそうだ」

 「なんか。ペストが流行ったら。一杯死にそうだな」

 「なんにでも弱点はあるさ」

 「スペイン風邪の時も酷かったそうだがね」

 「世界で感染者6億人、死者が5000万以下だそうだ」

 「日本人で死んだのは42万弱」

 「ふぇ〜 良く知っているな」

 「しかし、スペイン風邪で死んだ人間を上回るほど生まれているそうだ」

 「日本人もなかなか性欲が強いな」

 「あはは」

 「兵隊に男を取られていないから、やること、やれるんじゃないか」

 「人口が減った分、一人当たりの資産が増えたということさ」

 「それに弱いやつが死んで強いやつが残る」

 「疫病は良く出来ているよ」

 「じゃ 戦争も悪くないな」

 「華北連邦も華南合衆国も列強を悪者にして、人減らしをしただろう」

 「資産整理の一つだろうな」

 「えげつな〜」

   

 アメリカ合衆国と欧州諸国では、企業が潰れ、

 工場が閉鎖し、銀行が潰れ、

 農場から小作人が追い出された。

 貧困のあまり自殺者が急増。

 しかし、宗主国から捨てられたはずの、

 インド人、黒人、フィリピン人、不良白人が、揚子江で安穏と生活している。

 ここ、揚子江経済圏は職業があり、

 家があり、それなりの生活水準があった。

  

  

 首相官邸

 数人の男たちがいた。

 「今なら、アメリカの安値の株を買い取れるんですよ」

 「い、いや。いまだから、こそ・・」

 「良いですか、軍艦を建造したり、トンネル堀をしている場合ではないんですよ」

 「安値のアメリカの株を買って」

 「ここでアメリカ市場に乗り込むんですよ」

 「い、いや話としては、わかるがアメリカの株市場を支えても」

 「結局、我が国の基盤を開発しなければ・・」

 「良いですか、アメリカ市場は必ず回復します」

 「ここで参入すべきです」

 「しかし、軍事的な観点から・・」

 「軍事的な観点といわれるが」

 「アメリカと戦争して勝てると思いか?」

 「い、いや、海軍大綱が・・」

 「海軍大綱をどうやりくりしたら」

 「アメリカと戦争して勝てるというんです?」

 「イカサマ・サイコロを振りながら」

 「図上演習で勝った気になっているんじゃないでしょうな」

 「・・・・・・・・」

 「アメリカの株市場が再建されたら、数倍」

 「いえ、十数倍になって戻ってくるんですよ」

 「し、しかし、ここで抜けられては・・・・」

 「そ、そうだよ」

 「それにアメリカは、白人至上主義が強いぞ」

 「彼らが法律を守るかどうか、わからないし」

 「移民法など人種差別そのものだ」

 「彼らは、困っているんですよ」

 「それに揚子江経済を支えているのは日本です」

 「日本資本でアメリカ株式市場に食い込めば」

 「日本と敵対する気も失せるはずです」

 「それともアメリカと戦争したいのですか?」

 「いや、それと、これは違うだろう」

 「同じです!!」

 「大震災の折に援助物資で助けてもらったお礼ということで」

 「アメリカの株市場に殴り込みを掛けるんです」

 「株を買って産業を興して利益を上げればアメリカも対日姿勢が良くなります」

 「し、しかしだな・・・白人至上・・」

 「首相!!」

 「鈴木商店は、国営ではありませんよ」

 「・・・あ、あのう、こ、これは、レベルの低い忠告として受け取ってくれないかな」

 「アメリカ市場は、もう少し冷え込むかもしれない・・・」

 「株が安くなったからといって慌てて買っても」

 「不利益をこうむるかもしれないということだ・・・」

 「そ、そうだよ。もう少し様子を見てくれないかな」

 「日本経済も上り調子だし」

 「ここで鈴木商店が意識散漫になられると、困るよ」

 数人が頷くが鈴木商店の代表は、黙して憮然としていた。

 日本の政官財の関係は癒着していても、

 それぞれの利益に従って動いている。

 時には協力し、時には、反目し合い。

 引き摺られる。

 そう、日本の権力構造は癒着体質だったものの、

 悪臭を放つ腐敗レベルに達していなかった。

  

  

 花の都パリ

 セーヌ川北側の日中料理店

 サクラ・ボタン

 ドイツ帝国は、大恐慌の影響から経済的に停滞していた。

 「青島に製鉄所と発電所など建設すべきだろう」

 「日本がごねるぞ。出入り口を押さえられている」

 「コークスや銑鉄だけでも作れば日本経済も助かるだろう」

 「本当は、造船所も建設したいくらいだ」

 「今のところ、日本と事を構えたくないな、揚子江経済は重要だよ」

 「インド・中国鉄道は、まだ建設されていないのか?」

 「もう少しだな」

 「装甲を決めるのは製鋼だよ」

 「それ以前の段階なら渡してもどうにでもなる」

 「ドイツ人が日本に製鉄所を建設した時も、そういわなかったかな」

 「先祖がどう言ったかなど、どうでも良い」

 「それに中国人が、まともな製鋼などできるものか」

 「アメリカが前向きなら日本に圧力を掛けられそうだがね」

 「アメリカか・・・ワシントン型高速戦艦は、どうなった?」

 「竜骨を造った所で停まったよ」

 「ふっ ざまあみろ」

 「おいおい、アメリカが日本に圧力を掛けるための戦艦がないということだぞ」

 「米英独で組めばなんとでもなる」

 「・・・まあな。しかし、アメリカにも分け前が行くから目減りするな」

 「そういえば、揚子江株で権益を全部まとめるという話しはどうなった」

 「ドル建てにするか、ポンド建てにするかでもめている」

 「アメリカの不況のせいで、こっちは良い迷惑だ」

 「ドイツの方は、日本に工作機械が売れているんだろう」

 「ふんっ 一番高い工作機械を買っていきやがる」

 「本当か!」

 「ああ、中程度の工作機械なら日本は国産で量産しているよ」

 「ちっ!」

 「道理で。ロールスロイスの売込みが上手くいかないと思ったら。それか」

 「10年前までは科学技術レベルで欧米に近い程度だったがね」

 「今の日本は、工業レベルで近くなっている」

 「大地震があったろう」

 「今回は、大都市じゃなかったらしい」

 「ちっ!」

 「器用な国民だったからな・・・」

 「外交は不器用だったはずだがアナスタシア皇后も上手いことやるものだ」

 「とにかく、いまのスッカラピンの状態を何とかしないと・・・」

 「揚子江株は、ポンド建てでも、ドル建てでも、いいから。まとめてくれ」

 「アメリカに退いてくれるように言ってくれ」

 「ははは・・・」

 「ところでフランス植民地の状況は?」

 「ドイツ資本だけ追い出しやがって、いけ好かない国だ」

 「そうだな」

 「99年の租借地はアメリカに売れに売れていた」

 「今では、資金繰りが利かなくて落ち込んでいる」

 「自立できそうなのは、初期投資が大きかったところだけ」

 「10分の1以下だな」

 「じゃ フランスも・・・」

 「その時の資金が残っているらしいが・・・」

 「国債の支払いで、ほとんど使ったようだ」

 「あとは自前の資本が頼りだな」

 「それと、ソビエトが少し買っているようだ」

 「イタリア、ドナウ連邦は、資金難で放棄に近い」

 「ソビエトに売るくらいならドイツに売れ。バカが」

 「ははは」

 「しかし、ソビエトに良く買うお金があったな」

 「スターリンが自国民を餓死させて食料を売ったのさ」

 「反動分子を秘密警察を使ってシベリア送り」

 「そのまま、シベリア開発も強行させている」

 「そりゃ ロマノフ以上じゃないか。よく国が崩壊しないな」

 「ドイツでもそうしたいよ」

 「やらないのか?」

 「あのな〜」

 「イギリス人と違って、ドイツ人が非道なのは認めるが残虐じゃないぞ」

 「おいおい、イギリス人だって、外道なのは認めるが残虐までいかないぞ」

 「ははは」

 「嘘なもんか」

 「ガンジーが勝手に塩を作って不服従運動をやっているのに」

 「殺さないでいるんだぞ」

 「投獄しただけよな。たしか」

 「当然だろう。イギリス本国の大切な税収なんだよ」

 「大恐慌で大変だというのに」

 「インド人に勝手に塩を作られて、たまるか」

 「3億5000万人分の塩税が税収か。羨ましい話しだ」

 「中国大陸が南北合わせて4億5000万だから」

 「ふっ がんばれば、列強で山分けだな」

 「しかし、インドと違って、中国は、まとまっているからな・・・・」

 「だから南北に分けたんだろうが」

 「大戦中でさえ、中立地帯にして利権を保留したんだぞ」

 「そうだったな」

 「それより、鉄道を早く作れよ」

 「中国人とインド人を2億ずつ入れ替えて」

 「中国とインドをバラバラにしようぜ」

 「金がないだろう」

 「ちっ つかえねぇ〜」

 「日本円を使えよ。内需拡大で増刷していただろう」

 「金と交換できない金は、信用できん」

 「そりゃ ドルとポンドもそうだろう」

 「失業者が増えているのにインフレは不味い」

 「くそっ オランダめ」

 「ドイツに戦艦を発注すれば良いものを」

 「日本の方が賃金が安いし、金じゃなくて資源で、やれるからな」

 「おもしろくねぇ〜」

  

  

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第37話 1929年 『世界恐慌』

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第39話 1931年 『搾取と癒着』

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