第47話 1939年 『枯れススキは、いや』
ベルリン。
ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世(51)は、
日本華族に教わった盆栽を弄っていた。
細部にこだわらず、
全体の調和を考えながら丁寧に形を揃えていく。
不意に盆栽の世界に入ってしまいそうな気にもなる。
盆栽が好きというわけでなく、
考え事を集中している時に有効だった。
これも日本の華族に教わった。
少なくとも目の前の臣下に悩んでいると思われるより、
盆栽でじらす方が良い。
というわけで表面上は、そうでなくとも、
8割以上の意識を費やして悩んでいた。
たった5パーセントでも、
国家予算を振り分けるのは慎重になってしまうものだ。
当然、人も寄ってくる。
それらしいことを書かれた文書も山の如し、
どう使われるか内容に口出しできないものの、
希望を言うことは出来た。
しかし、問題は、悩みたくなるほど彼らの言い分がまともに聞こえる。
文書も、三段論法を駆使。図表もわかりやすい。
・・・頭が痛い。
植民地に対する投機は重要に思え。
東部戦線における防衛線も然り。
大恐慌なのだから、国内産業への投資も然り。
他にも様々な予算配分があり。
その予測が、書かれた文書が机の上にある。
均等に分けてやろうかとも思うが、それでは、分散してしまう。
資本は、必要経費を除いて集中して使う。
多くても二つか、三つ。
誰かの言葉だが年のせいか忘れた。
とはいえ、あまり的外れだと。
老いたとバカにされてしまう。
それも癪に障る。
「殖民地への投機に使おうと思う」
「・・・・植民地ですね」
頷く。
一部の者から安堵。
多数の者から失望の表情が浮かぶ。
主要な者たちが去っていく。
少数を喜ばせ、
大多数の者を失望させるのにも慣れた。
政府が95パーセントの予算を緻密な計算で配分。
皇帝が5パーセントの予算を帝国の意思として振り分ける。
これがドイツ帝国だった。
それ以外の皇帝の権限は、民主化という荒波に流され、消えていた。
ため息を付きながら、
何気に机の上の文書を一つとって、目を通す。
「機甲師団の編成か」
「一部の将軍が戦車を300両単位で集中。機甲師団を編成すべきだと・・・」
「編成・・・」
「予算と関係がないものが割り込んでいるのかね」
「いえ、予算があれば試験的にも可能かと」
「大戦からの古参将校も多い」
「例え戦車の集中が機能的でも配備自体、難しかろう」
「他の国でも、そのようで」
「アメリカは?」
「アメリカは、陸軍が少ないですから戦車さえ量産すれば」
「好きなだけ戦車師団を配備できると思われます」
「兵員が少ない方が近代化も早いか・・・」
「既得権があると、わずらわしいな」
「御意」
「アメリカとメキシコの状況は?」
「ルーズベルト大統領の常備戦力修正案は、陸軍兵力40万にするようです」
「失業対策の一環の様です」
「ですがメキシコとの戦争に足りないかと・・・・」
「始まればいくらでも増員は出来るだろう・・・」
「アメリカは、民主主義ですので」
「大義名分がなければ自ら戦争を仕掛け難い国です」
「人は殺し合うことなく、富を得て守りたいものだ」
「御意」
「ソ連は?」
「ソ連は大粛清と圧政によって国が維持されているようです」
「放置するのが望ましいかと」
「スペインの内戦は?」
「現段階では、フランコ軍が優勢のようです」
「右翼化は皇帝をないがしろにし」
「共産主義は皇帝を亡き者にする」
「好き嫌いはあるが、どちらも、望まないな」
「そのように武器弾薬を配分供給しています」
「利権と戦訓は得られているのかね」
「御意」
「スペインも空手形の大盤振る舞いだ」
「内戦後は敗戦だな」
「はい、関係諸国と資源の割り振りは、ソビエトを除いて終わっています」
「ソビエトは、アサーニャ共和軍に肩入れし過ぎだな」
「投機が無駄になるだろう」
「御意」
「しかし、フランスは、本気なのだろうか?」
「北フランスの占領政策ですか?」
「他にあるまい」
「本土が14万kuほど減りましたから、代用地が北アフリカです」
「フランス人の庶民レベルは、北アフリカへ行くより」
「北アメリカへ移住したいようですが」
「ふっ そうだろうな」
「シリアのユダヤ人たちは?」
「フランスから租借地として、ラタキア港を中心に1万kuを購入」
「その港を基点に社会整備が進んでいます」
「ユダヤ資本が投下され」
「自衛組織が編成されつつあるようです」
「3大陸鉄道は、どうなる?」
「イギリスとドイツで管理するとなれば、フランス領シリアを避ければよいと」
「フランス領は避けたい。フランス抜きが望ましい・・・」
「ドーバー海峡鉄道は、日本企業に任せるのかね」
「実績という点で信用できるかと」
「ふっ イギリスとドイツで組んで3大陸鉄道か」
「欧州ドイツ帝国と東洋の小ドイツ帝国が連結される」
「そして、アフリカのドイツ領とも・・・」
「ドーバーの対岸がドイツで大恐慌でなければ」
「誰も考えもしないだろうな」
「御意」
「シリアにユダヤ帝国が建設されると」
「アメリカとフランス。ユダヤの圧力を受けます」
「3大陸鉄道の核が危機にさらされるか、政府は、どうするつもりかね」
「海洋のイギリス。陸上のドイツで組めば」
「アメリカ、フランスの圧力は軽減されると」
「アメリカとフランスがソビエトと組むことは、なかろうな」
「負けないだろうと」
「また、アメリカも揚子江からの収益を失ってまで戦うようなことではないと」
「揚子江は、中立地域ではないのかね」
「有力な中立国が監視するという条件が必要です」
「3大陸鉄道の利益。大き過ぎますので・・・・」
「もし戦争になった場合は、どうなる?」
「揚子江を中立地帯で維持であれば」
「日本、聖ロシア、オランダは、中立のままです」
「3大陸鉄道側とアメリカ、フランス、ソビエト、ユダヤの戦いになると思われます」
「イタリアは?」
「勝つ側につくと思われます」
「オランダは、中立を望むか」
「その方が楽に収益が上がるかと」
「・・・戦争は、不味いぞ。余は、欲しておらん」
「御意にございます」
心の乱れは盆栽にも伝わる。
全体的な調和で違和感を感じるようになる。
「・・・盆栽の先生を呼んでくれ」
「御意」
イギリス
スコットランドの安ホテル。
大の男ばかり釣り客が集まっていた。
午後の紅茶は、ともかく、
人種がマチマチだと違和感があった。
テーブルの上に3大陸鉄道の予想完成図が広げられていた。
路線のほとんどがイギリス領だった。
しかし、イギリスから欧州を越えるまでは、
ドイツ領、ドナウ領、ブルガリア領、トルコ領を通る。
その後は、イギリスの植民地。
そして、イギリスの影響圏からドイツ植民地へ。
ドイツが、後押しすれば、どうにでもなる地域だった。
最終的に南アフリカのケープタウンに至り。
アジアは、インド、揚子江経済圏を越え、
山東ドイツ領、聖ロシア、日本へと至る。
路線の要衝は大型飛行場が建設される予定であり、
主要な港湾とも主線、支線で結ばれる。
呉越同舟が気に入らなくても大恐慌であり、
国家のエゴで国民を犠牲にするか、
国家が、国民の明日の食べる食事、職場を得させるため妥協するか、
選択の余地は、狭められていた。
イギリス、ドイツ帝国、ドナウ連邦、ブルガリア王国、トルコ。
大恐慌を克服する起死回生の大事業でもある。
民族主義者や国粋主義者も、
腹を空かせた妻や子供を見れば、ぐうの音もでないものだ。
「収益の分配率は、これで良いと思うが」
「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」
不承不承に頷く。満足はしていない。
それでも、一定のルールで決められたものだ。
「問題点は?」
「取り立てては、ないが、アメリカとソビエトの出方が、気になる」
「3大陸鉄道の収益の一部は、揚子江でも反映されて、アメリカへも行くだろう」
「アメリカが欲しているのは金ではない」
「金ならアメリカの銀行に眠っている」
「アメリカに必要なのは、需要だよ」
「アメリカも南北アメリカ大陸で鉄道でも敷けば良いのだ」
「ふっ 無理だろうな」
「南米諸国は、いま以上、アメリカの経済植民地になるつもりはなかろう」
「特にメキシコは納得せんよ」
「アメリカ人は傲慢だよ」
「世界最大の工業力」
「資源も自前で済むどころか輸出できるほどだ」
「傲慢にもなるよ」
「しかし、戦争は、したくないぞ」
「それどころか、計画が上手くいくのなら、戦争する必要性もない」
「我々はな」
「この3大陸鉄道で得られる経済波及効果・・・」
「この数字で間違いないのだろうな」
「近似値の範囲に入るのは、間違いない」
「何度も計算している」
「旧大陸は大躍進だな」
「机上でだがね」
「フランスが、どう動くか」
「動けないだろう」
「北アフリカで忙しいし、後ろ指差されたくなくて、黙っているさ」
「アメリカがフランスに人権問題でケチをつけていただろう」
「ケッ!! 偽善者が」
「数千万のインディアンを絶滅させて、なにが民族自決だ」
「ふざけた国だ」
「いまのところ批判は、収まっている」
「しかし、アメリカは、フランスとの戦争も視野に入れているようだ」
「それでアメリカが満腹になるのなら、構わんがね」
「たぶん・・・足りないだろう」
「オランダはどう出る?」
「オランダも揚子江での収益、欧州オランダでの波及効果を計算して大人しいもんだ」
「イギリスの植民地は大丈夫なんだろうな?」
「独立されると。ことだぞ。エジプトは?」
「イギリスとドイツが組めば、どうにでもなるよ」
「ドナウ、ブルガリア、トルコ、日本、聖ロシアが」
「支援と補足すれば、問題はないだろう」
「日本は大丈夫だろうな」
「アジア連合派。有色人種の盟主。アジアの星・・」
「いや、太陽だったかな」
「彼らが勝手に言ってるだけで・・・」
「いまのところ、盟主になるとも、太陽になるとも、宣言していませんし」
「約束もしていませんから・・・」
「だと良いがね」
「・・・・・・・・」
「それより、イギリスの影響圏も?」
「イランで、ソビエトと戦争は困る」
「ソビエトは、内部崩壊寸前で外征もないだろう」
「粛清と洗脳教育で何とか体制を支えているに過ぎん」
「だから不穏分子を外征に出すと言う手もある」
「勝つために?」
「それとも邪魔者を消すために?」
「どっちも」
「ふっ 占領でもしたら、そのまま内部崩壊だな」
「ソビエトは、侵略して国民を殺戮して欲しいのさ」
「ソビエトの挙国一致は、それしかない」
「アメリカもね」
「とにかく。これで、大恐慌を乗り越えられそうだと思う」
集まっていた者たちが頷く。
非公式レベルの折衝が終わると。
事務レベル、局長レベルで調整し、
政府間協議で調印がなされる。
|
発動機 |
重量 |
最大 重量 |
最高速度 |
航続力 |
武装 |
爆弾 魚雷 |
乗員 |
全長×全幅×全高 |
翼面積 |
ユモ水冷 | (kg) | (km/h) | (km) | (kg) | (m) | (u) | ||||
ゼロ式戦闘機 |
960 |
2500 |
3400 | 560 |
1800 |
12.7mm×4 |
− | 1 |
8.94×12×3.30 |
22 |
ゼロ式爆撃機 |
960 |
2500 |
3500 | 500 |
1800 |
12.7mm×3 |
350 | 2 |
10.22×12×3.30 |
23 |
ゼロ式雷撃機 | 960×2 | 3000 | 5500 | 350 | 2000 | 12.7mm×3 | 1600 | 3 | 12×18×3.80 | 40 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
日本 某飛行場の片隅。
戦闘機、爆撃機、双発雷撃機の試作機が並んでいた。
なるべく同じ部品を使うことで割安に仕上げていた。
そうしなければ、数を揃えらねない程度の予算しかなかった。
これとは別に、艦載機型は、主翼折りたたみで、
重量が増し、速度が低下するが、まだ、試作されていない。
それでも、95式シリーズよりは、マシな性能になる予定。
特に奇をてらわず制作し、
空気抵抗をなるべく減らした設計になっていた。
ユモにしたのは、性能上の問題というより、
整備上、補給上の問題だった。
ゼロ式雷撃機は、航空用魚雷がない。
仕方なく7.15mの艦・潜水艦用魚雷を短く切って、
6.70mの533mm魚雷を装備。
取り扱い注意の怖物。
「・・・・ようやく、形になってきたな」
「雷撃機の艦載機型は、無理でしょうね」
「当てにしておらんよ」
「350kg爆弾で何とかする」
「徹甲爆弾もあるから、これなら巡洋艦は、撃沈できる」
「戦艦は?」
「陸上機にやってもらうさ。最初からそのつもりだ」
「アメリカ太平洋艦隊がハワイにまで進出するそうじゃないですか」
「アメリカは、不況対策で、戦争したいはず」
「マニラ湾に戦艦を並べるかも知れんな」
「まさか・・・・」
「自分の子供が腹を空かせていたら、何とかしようと思うものだ」
「例え、それが、よその子供の食べ物でもな・・・」
「危ない国ですね」
「豊かであれば、偽善ぶれるが、貧しくなれば、そうも言ってられない」
「・・・アメリカは、豊かなんですがね」
「人間は、財産が半分に減るなら」
「餓えなくても、身内に殺意を覚えるよ」
「他人なら、なおさら、踏み躙れるだろう」
「ぅぅ・・・大恐慌で、財産が半分以下」
「さらに貿易で目減りしていたら・・・・」
「偽善者のアメリカ人も、本性を現すだろうな」
陸海航空部隊関係者が感涙しながら、試作機を見守る。
性能は二の次だった。
95式に続く。第二世代が無事に量産される。
ビールで祝杯。
「5式シリーズでは、偵察機追加だ!!」
と気勢が上がる。
しかし、その飛行場の主要滑走路では、
G38改12機、深山改13機が乗客や貨物を載せ、
離陸、着陸していた。
自重 |
最大重量 |
水/空 |
馬力 |
全長×全幅 |
翼面積 |
最大速度 |
航続距離 |
乗員 |
乗客 |
生産 |
|
(kg) |
(kg) |
(m) |
(u) |
(km/h) |
(km) |
||||||
G38改U | 15220 | 23200 | 水 | 960×4 | 23.20×44.00 | 305 | 300 | 2000 | 5 | 40 | 1933 |
深山改 | 20100 | 32000 | 空 | 1750×4 | 31.02×42.14 | 201.80 | 420 | 5660 | 6 | 50 | 1939 |
民間の双発機、単発機も多く。
陸海航空部隊は、滑走路の空いた時間に訓練飛行をする。
ワシントン 白い家のテラス
未来予測がされた国勢表が何枚もテーブルの上に置かれていた。
数人の男たちが、周りにいる。
車椅子の男は何度も書類を見て、ため息を付き、思い悩む。
3大陸鉄道と、その経済波及効果は、旧大陸を核にして行われ、
アメリカ合衆国の利益は、少ない。
要約、
英独主導の3大陸鉄道はアメリカ合衆国にとって、
大恐慌に対するワクチンにはなりえず。
政治家としての感性と専門家の数学的根拠が一致する。
要約、
イギリス、ドイツ、ドナウ、トルコ、聖ロシア、日本の国勢は国力が増大。
相対的にアメリカ合衆国の国力は縮小する。
これも政治家としての感性と専門家の数字的根拠が一致する。
ルーズベルトは、自分の政治家としての感性が、
専門家の数値で裏付けが取れたことに少しばかり微笑む。
しかし、微笑んでばかりもいられない。
このままでは、アメリカ合衆国が列強から取り残されてしまう。
「イギリスとドイツの離反工作は?」
男たちが首を振る。
「フランス、イタリア、ソビエトをドイツか、イギリスにけしかけさせて当て馬にできないだろうか」
男たちが首を振る。
それは、そうだ。
他国同士が戦争をすることを望んでも自国が戦争するのは、ばかげている。
経済的に追い詰められているのは、失業対策を見出せないアメリカ合衆国と、
内部崩壊の危機に晒されているソビエト連邦。
そして、孤立しているイタリアだった。
フランス、オランダは、人権問題で介入されたくないのか、大人しい。
北アフリカの悲劇(内容は、自主規制)は、有名だ。
口実がなかった。
アメリカ国民も戦争を望んでいない。
戦争を望んでいるのは、アメリカ産業界と国家に責任をもつ立場の大統領だけ。
正義という偽善を振りまける議会や国民が羨ましい。
かといって、本音を言っても無能者扱いでアウト。
「メキシコの件で国際連盟は?」
「・・・メキシコ国有化については、購入金額の増額で処理すべきと」
アメリカは、国際連盟に加盟しておらず圧力には限界がある。
そして、3大陸鉄道で需要の見込みがある欧州諸国は、金だった。
しかし、アメリカが欲しているのは、金ではなく、1400万人分の需要。
それか、1400万人を新フロンティアの揚子江に移民させると言う手もある。
個人所得が増えれば、大恐慌も収まる可能性がある。
もちろん、自由民主主義国家で強制移民はない。
それに1400万人減は、アメリカ合衆国そのものの国力減に直結する。
国防上、外交戦略上で無駄な軍事力は、不信任されやすく、
陸軍を少しばかり増強し、失業者を減らして場しのぎでしかなかった。
それに比べ、
日系企業のベルバームは、ピーカートン警備会社と提携運営し、
雇用を集めながら収益性で健全だった。
武器弾薬製造会社を土木建設機械用具製造会社にされ、
さらに数万人規模で警備会社のシェアを拡大し、警備の一部を機械化。
失業者を吸収している事実を突きつけられると無碍に圧力を掛けられない。
そして、陸軍40万人体制にしたことでベルバームの武器弾薬製造の収入もさらに上がり、
その収益の一部が日本に流れている。
忌々しいこと、この上ないがアメリカ人労働者に給料を払っているのは、
アメリカ合衆国でなくベルバームだった。
そして、最近は、日本企業と日本人の進出も甚だしい。
イギリス人、ドイツ人、フランス人、
イタリア人、ベルギー人、アイルランド人。
白人系は目立たないが、黄色人の日本人は異様に目立つ。
黒人が減少して、日本人が増える。
それも、中間管理層が多かった。
「・・・・どこか、アメリカに戦争しかけて、こないものだろうか」
車椅子の男が呟いた。
「「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」」
・・・・・沈黙
ソビエト連邦
クレムリン
粛清の嵐が吹き荒れていた。
スターリンは、自分の地位を脅かす者を共産主義思想に不信を抱く者として断罪し、
強制収容所送り込んで粛清していた。
恐怖による圧政は、祖国の慕情もロシア民族という絆すら失わせる。
ロシア正教というニカワは薄れ、ロシア皇帝のいる聖ロシアへと流れていく、
宗教をアヘンと決め付けたマルクス。
しかし、共産主義もまた宗教であり反宗教、反キリスト教という覚醒剤でしかなかった。
そして、そのことをもっとも理解していたのがマルクスであり、
レーニンであり、トロッキーであり、スターリンだった。
国民が知恵を付ければ、そのことがわかることから国民を保護、育成させられず、発展できない。
国民を抑圧し、無能にし、活力を失わせ、
無知と盲人に市場を判断させ、生産力を低迷させていた。
主義と思想は、社会基盤を運営する上で無能、無力でしかなく、
共産主義国家は、不幸の原因を外圧に頼るしかなかった。
机の上の地図には、ドイツ軍、ドナウ軍、ルーマニア軍、
ブルガリア軍、トルコ軍、フィンランド軍の配置が記されていた。
そして、聖ロシア軍、日本軍、華北軍の配置もある。
政治的に処分したいのは、聖ロシア。
経済的には、バクー油田の回復がかかっている対トルコ。
軍事的脅威は、ドイツ。
華北連邦は、共産軍同士で、戦うことにもなりかねず。
イランは、イギリスと戦争必至で利害関係から全世界を敵に回す可能性さえあった。
世界最大の領土を持つソビエト連邦は、個人所得で貧困だった。
「・・・イギリスは、ブロック経済に向かわないのか」
「揚子江経済圏の利益が大きく」
「3大陸鉄道による需要と経済波及効果を期待してのことだと思われます」
「保護貿易に向かわないと?」
「はい」
「孤立と敵対が増長できないではないか」
「アメリカが軍備拡張をしているので各国間でも軍事増強の動きが見られますが」
「・・・なぜだ!」
「なぜ攻めてこない。国境から軍隊をもっと下げよ」
「はっ! 直ちに」
「・・・・いや、まて、軍をこれ以上、後方に下げると」
「ベラルーシ、ウクライナとも、ソビエトから離脱するかもしれない」
「・・・・・・」
「・・・・国境警備隊は、重火器を減らして増強」
「正規軍を後方に下げよ」
「見せしめにベラルーシとウクライナの反逆者を何人か処刑せよ」
「はっ! 直ちに」
ロシア帝国で革命を起こした共産主義者は、仲間やライバルを権力闘争で粛清し、
同時に民衆を抑圧。
スターリンは、ロマノフ王朝のニコライ二世より、
はるかに極悪で強圧的な帝国を作っていた。
スペインの内戦
フランコ軍が勝利して終わる。
しかし、内戦に勝利しても国家基盤の荒廃は大きく、
武器弾薬の購入資金で出した空手形と権益が重く圧し掛かる、
スペインの近代化は、列強の資本投資に頼らざるを得なくなっていた。
ところが大恐慌中にそんな資金があるはずもなく放置され、資源を持っていかれる。
そして、極貧に喘ぐスペインは、フランスの様に租借地で売り渡せる植民地もなかった。
それでも肥沃な土壌を利用し、
農産物を確保して国家再建を図ろうとする。
スペイン フランコ独裁体制下
某ホテルのテラス
数人の東洋人が街の様子を見ていた。
「ドイツが機械産業」
「イタリアが外食・縫製業」
「イギリスが海運・保険業」
「オランダが菜園業」
「フランスがインテリア業界に進出か・・・・」
「日本は、民族工芸品」
「出雲があれだから、後は、ホテル業だ」
「欧州各国とも得意分野で進出だな」
「スペインは小振りながら豊かな国だよ」
「あとは経済が回復した時、いかに寄生虫のごとく利益を吸い出せるかだな」
「出雲への利益とも直結しているので慎重に対応すべきでは?」
「むろんだとも、スペインは将来的に出雲産業の良い顧客になるだろう」
「保養地にもね」
「・・・だから、ホテル経営だよ」
「北欧諸国からの客人も取り込める」
「日本風庭園は、もっと大きい方が良いだろう」
「フランコ将軍と交渉中だよ」
「いろいろ規制はあるようだ」
「あとは、3大陸鉄道併設の飛行場へスペイン航空を乗り入れ・・・」
「日本製ならベストだ」
「ふっ 旅客機の売り込みですか?」
「軍艦より、飛行機の方が材料が少なくて済む」
「メンテナンス料も利益率も良い」
「資源の少ない日本向きだ」
「だろうね」
「どうせ、スペインにまともな旅客機なんて量産できるものか」
「いまのうちに足場を固めてしまえ」
「了解です」
揚子江 重慶
ポーランド人の入植に続き。
大恐慌で食いあぶれた白人入植者が世界各地から集まり、
一種、独特な世界を作り上げていた。
資本と資源があり、人権無視で搾取できる大量の労働力がある。
3点セットが揃っている地域は、世界でも揚子江だけ。
日本製のホテル船が行き来し、巨大な国際河川経済が形成されていく。
中州の多くが列強軍の要塞と化し、同時に経済の中心となっていた。
そして、日本製の旅客機が乗り入れるようになると、経済波及効果で収益が増大する。
中国人傭兵部隊と中国人強盗団は、血で血を洗い。
要衝は、インド兵、黒人兵、フィリピン兵が控え、
揚子江沿いに中国最強のポーランド軍が編成されていた。
旧式戦車がポーランド軍に配備されると華北軍、華南軍も圧倒できた。
欧州から追放したポーランド人を3大陸鉄道の防衛軍にすることがイギリスとドイツの間で決まっていた。
さらにインド兵と中国兵も祖国以外の路線の防衛を担当させることを思いつく。
アメリカは国連で、人権保護を訴えるがアメリカ資本も揚子江で荒稼ぎしているため説得力に欠けていた。
国 | 戦車 |
重量 (t) |
馬力 ディーゼル |
最大速度 |
航続力 |
武装 |
乗員 |
車体長×全幅×車高 |
装甲 |
日本 | 兵員装甲車 | 10 | 200 | 50km/h | 300km | 6.5mm機銃×2 | 3+10 | 5.5m×2.7m×2.3m | 5mm 〜8mm |
日本 | 97式 |
17 |
200 |
42km/h |
240km |
50口径40mm砲×1 |
4 |
5.60m×2.60m×2.40m |
20mm 〜30mm |
6.5mm機銃×2 |
揚子江ポーランド軍に日本製の兵員装甲車と戦車が配備される。
日本国防省でさえ、充足率5割に過ぎないのに新型戦車と兵員装甲車両が次々と納入されていく。
三大陸搾取鉄道連合ともいうべき国際利権勢力は、イギリスとドイツが組んだ時、初めて可能になった。
英独は連合し帝国主義らしく巨大市場を確保しようと理不尽で無慈悲な搾取を矢継ぎ早に強行し、
中国大陸の土地、資源、労力を買い漁っていく、
関係者たち
「兵員装甲車と戦車の比率は、10対1で良いだろう」
「兵員装甲車でも武装蜂起を牽制できて失望させられるし」
「戦車なら、絶望させることも出来る」
ポーランド軍は、帰るべき祖国を失って背水の陣を強いられていた。
揚子江ではインド兵より士気が高く、
同様に逃げ場の無い黒人軍と双璧をなしていた。
当然、彼らに近代兵器が優先的に割り当てられる。
もっとも、それも、費用対効果がある。
搾取するより維持費が高くなると無意味だった。
そして、物事には順番があった。
中国人下層管理職が中国民衆、農民、労働者を統制。
それが駄目だと中国人傭兵(匪賊、山賊)が動く。
次のレベルで、華北軍、華南軍が動く。
それが駄目だとインド兵、黒人兵、フィリピン兵が動く。
ポーランド軍が動くのは、最終局面で、
それこそ、中国大陸と揚子江の支配権を巡って雌雄を決するレベルだった。
そうなる以前に共産主義勢力を切り崩し、
中国民衆が戦わず、あきらめる軍事力が必要だった。
それが見かけだけでも絵に描いたモチでも目的を達成できれば構わなかった。
列強は、ポーランド人と流れ者の白人を揚子江利権の代理人にしていた。
そして、彼らポーランド人が中国民衆の恨まれ役になる。
その代わり、揚子江の利権の多くは、ポーランド人が支配するようになっていた。
彼らは、列強の庇護を受けるために絶えず列強と取引をしなければならず。
そして、国を失ったポーランド人のほぼ9割が揚子江に集結していく。
揚子江を見下ろす公園。
セルビア人、ポーランド人、ウクライナ人、
エストニア人、イタリア人、インド人など多彩だった。
それぞれの民族は、工場などで中国人の管理などしていた。
そして、次第に得意とするところの業種を副業にし、
さらに独立して生計を立て始めるようになった。
子供たちが “ナギナタ” の練習をしている風景が見られた。
東洋初、アジア初の東京オリンピックで “なぎなた” の種目入りが決まってフィーバーしたらしい。
数人の男たちが、チェスをしていた。
「ダムを建設して、重慶まで10000トン級の船舶を乗り入れる計画は?」
「アメリカがやりたがっていたな」
「アメリカは3大陸鉄道で仲間はずれにされているから」
「重慶まで、直接、船で乗り入れて市場を開拓したがっている」
「ここまで10000トン級商船に持ってこられたら勝ち目ないな」
「植民地に投資するとは、アメリカも珍しいことを」
ポーンが進み。
ビショップが逃げる。
「フィリピンに投資しても上がりは知れている」
「しかし、揚子江は違う。利益は大きい」
「そういえば、重慶と西安を運河で結ぼうと言う計画もあったな」
「それもアメリカだな」
どれも、中国人の労働力があれば実現可能な話しだった。
逆の意味で、中国人を使わずいる方が勿体無い。
「アメリカにとって中国は、将来最大の顧客になるかもしれないからな」
「ははは、どうかな、アメリカの方が最大の顧客だよ」
「あいつら、大恐慌で苦しいくせに贅沢病にかかっているぜ」
「働いている以上の利益を求めようとしているからな」
「少しは、日本人を見習えば良いんだ」
「日本人は、働いて得られる利益の何分の一でも文句言わずに働く」
「ふっ 資源の代わりに神から勤勉という才能を与えられたのさ・・・」
「チェックメイト」
「ちっ! 負けた」
「その才能で、重慶にまで円が蔓延か・・・」
1円札2枚が支払われる。
世界大戦を欧州の自殺と揶揄する者は多い。
しかし、欧州の再建は、なされつつあった。
オランダ アントワープ 迎賓館
クーデンホーフ・カレルギー(栄次郎)伯爵は、憮然としていた。
「パン・ヨーロッパ」 を提唱。
欧州の父とも言われても、
いったん動き始めた巨大な利権は、修正が利かないほど大きくなっていく。
いや、イギリスとドイツの連合は、三大陸搾取鉄道という巨大権益がなければあり得ない。
欧州平和は三大陸の巨大市場を搾取することで達成される。
欧州統合の母とも呼ばれるクーデンホーフ光子(64)は余命短い。
現実を知る者は顔を会わせるのも、ためらわれる。
なぜ、純粋な自由・平等・博愛によって欧州は、一つになれないのか。
人間には、二種類いる。
場をみる者、史をみる者。
場をみるだけで行動を起こせば一時的に成果も上げよう。
しかし、後々、災いに繋がる歴史が作られていく。
そして災厄の花を咲かせ、恥じることになるだろう。
イギリス人に “アヘンを売って儲けたのか” と言えば・・・
ドイツ人に “武器を売って儲けたのか” と言えば・・・
帝国主義で当たり前にやっていることが恥になっていくだろう。
一方、史をみる者は、場違いな異端児としてみられやすい。
しかし、歴史が真に求めるのは、史を見ることができる者だ。
そして、三大陸搾取鉄道によるパン・ヨーロッパ構想・・・
恥の発案者にされてしまう可能性もあった。
可能な限り、搾取率を減らさなければ・・・・・・
不意に気付くと、
メイドが目の前にいた。
「伯爵。英独宰相との懇談です」
「わかった」
聖ロシア ハルピニスク
ニコライ二世(71)は、新聞を読んでいた。
“路上でケンカ”
理由。ニコライ二世は、無能と言う勢力と。
無能でも有能なスターリンの1000倍もマシだと言う勢力の争い。
それが大きくなって、新聞沙汰になったらしい。
当局は、最初、共産主義者の扇動と調査したらしいが背景のないただの言い争いと処分を見送ったらしい。
苦笑する。
聖ロシア帝国は、名ばかりの帝国に過ぎず、
実体は、共和制だった。
日本の天皇と同じか、それ以下の飾りでしかない。
このことは、ロシア人なら誰でも知っている。
どうでも良くなっていたのは、年のせいだろうか。
孔子曰く “七十にして志の欲する処に従えども、則を越えず” だろうか。
則でがんじがらめと言うべきか、流された状態だ。
日露皇后と皇太子同士がテニスで遊んでいる記事もある。
互いにハーフで、思うところもあるだろうが、
皇太子同士の関係は、日露両国の将来にも影響が出てくる・・・・
「・・・陛下」
いつもの侍従が来る
「・・・何だ」
「原稿が出来ました」
目の前に置かれる原稿。
ため息を付く。
何の原稿かすら口出しも出来なくなっていた。
聞けば、末娘のアナスタシア皇后の方は、あれこれと口出しできるらしい。
“山東ドイツ領・遼東日本領・聖ロシア間の定期航路増便の賞賛”
反対ではない。むしろ賛成だった。
少なくとも自分で考えて賞賛するより、うまくセリフがまとめられ書かれている。
「良かろう。ご苦労」
「晩餐は、7時からでございます」
「ああ、わかっている」
聖ロシア、ドイツ、日本の連携は、東アジアの安定で重要だった。
日独露は、それぞれの理由で結束していた。
惰性で続いている日英同盟より、利害関係が一致している。
そして、日露皇族は、その雰囲気作りに利用されていた。
日本華族と欧州貴族の縁組も増え、
貴族階級の家柄も多彩になっている。
もっとも、日本側は、侍意識が強いのか、
欧州の貴族体質に反発する者も多い。
公家の出は、貴族に比較的近いようだ。
それでも相互に影響し合っているようにも見える。
貴族が平民の様に働くと言うのは、どうかとも思うが、
最近は良くも無く、悪くも無く、と思い始めている。
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月夜裏 野々香です。
ドイツ帝国は、第一次世界大戦後、アメリカへの移民が減少。
代わりに植民地への移民が増え、
ドイツ植民地は、急速に近代化していきます。
フランス人のアメリカ移民、北アフリカ移民は史実より増えそうです。
現地民にすれば不幸かもしれませんが、同化も行われ、
自立経済へと向かっていきそうです。
そして、3大陸鉄道(別名・3大陸搾取鉄道)によって、
ドイツ、イギリスの接近がなされつつあります。
ソビエトは、干渉戦争がなく、イデオロギーによる民族集結が難しく。
聖ロシア帝国の存在で離散気味。
バクー油田もないことから、史実より過酷な労働を国民に強いて、近代化します。
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第47話 1939年 『枯れススキは、いや』 |
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