books / 2002年11月13日〜

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ジョン・A・キール/南山 宏・訳『プロフェシー』
John A. Keel “The Mothman Prophecies”/translateted by Hiroshi Minamiyama

1) ソニー・マガジンズ / 文庫判(villagebooks) / 2002年09月20日付初版 / 本体価格750円 / 2002年11月13日読了 / bk1で購入する

 1966年末、アメリカのウエストヴァージニア州を中心に奇怪な飛行物体の目撃証言が相次いだ。赤く輝く巨大な目を持ち、背には全長3メートルに及ぶ巨大な翼を具えた“鳥人”――のちに“モスマン”と名付けられたそれらの出現と共に、ウエストヴァージニア州は突如UFO研究者を欣喜雀躍させるような出来事が頻出する。作家であると同時に著名なUFO研究家でもあったジョン・A・キールは現地で精力的な取材を続けるが、いつしか怪異は彼自身をも巻きこんで、想像もつかない結末へと誘っていく……
 基本的には著者が取材し、体験してきた怪奇現象の羅列である。時系列が激しく相前後するため登場人物や現象の脈絡がしばしば掴みきれず、中盤では倦みさえ感じてしまう。が、前半の言いようのない不安に満ちた空気と、後半、次第に著者自身が狂気の縁に追い込まれる(読みようによっては、既に狂っているとも捉えられる)に従って掻き立てられる焦燥感、そして最後に待ち受ける思いも寄らない結末――そうした一連のくだりは、怖気を齎すほどである。
 想像を絶する現実とはこういうことを言うのだろう。ノンフィクションといいながら読後感は傑出したホラーのそれであり、しかし凡百のフィクションではここまで脅威を感じさせることはない。
 訳者があとがきで言及しているように、情報の峻別を行わず、一切合切そのままに受け入れて解釈してしまっていることが、なまじ理性的に記されている分大きな疵でもある。実際、描かれた事象を信じる必要はない。しかし、この異様な迫力に触れられることだけでも一読の価値があるだろう。凄い。

(2002/11/13)


ローレンス・ブロック/田口俊樹・訳『過去からの弔鐘』
Lawrence Block “The Sin of the Fathers”/translated by Toshiki Taguchi

1) 二見書房 / 文庫判(二見文庫) / 1987年05月20日付初版(2002年08月30日付11刷) / 本体価格581円 / 2002年11月15日読了 bk1で購入する

 捜査中の事故で少女を死なせてしまったことを契機に警官をやめ、酒に溺れながら無免許探偵としてどうにか糧を得る男――マット・スカダー。かつての同僚経由で彼に齎された依頼は、娘を同居人に殺された父親からのものだった。娼婦として生計を立て、最後に剃刀で滅多切りにされて殺されなければならなかったのは何故か。犯人と目された同居人は監房で自殺している。スカダーは自らの闇を透かし見るように、「娼婦」となった娘の半生を辿っていく……
 1976年にアメリカで発表されて以来、四半世紀に跨り書き継がれてきたマット・スカダーシリーズの記念すべき第一作。だが、デビューという気負いは全く感じられず、訳者自らがあとがきで書いたとおり、こぢんまりと纏まっている。
 同時に、既に現在にまで続く作風が完璧に形作られており、読みやすさと安心感は抜群である。扱っているテーマの重さに、文章と主人公の造型とが全く負けておらず、その力加減も巧い。巧すぎるが故にこぢんまりとした印象を与えてしまうのは致し方のないところだろう。
 終盤に説明される動機にいまひとつ説得力が乏しいこと、最後は簡単に決着してしまうこと、など欠点も少なくないが、ハードボイルド――というより私立探偵小説に飢える読者には間違いなく絶好の1冊であり、シリーズだと思う。
 のちの作品を先に読んでいると、スカダーがアル中であるという苦しみにまだ真摯でないことや、既にエレインが登場していることなど、感慨深い発見があちこちにあるのもまた楽しい。

(2002/11/15)


マイクル・コナリー/古沢嘉通・訳『わが心臓の痛み』
Michael Connelly “Blood Work”/translated by Yoshimichi Furusawa

1) 扶桑社 / 四六判 / 2000年04月発売 / 本体価格2095円 / bk1で購入する
2) 扶桑社 / 文庫判(扶桑社ミステリー)・上下巻 / 2002年11月30日付初版 / 本体価格各838円 / 2002年12月08日読了 bk1で購入する(上)bk1で購入する(下)

 心筋症がもとでFBIの職を退き、心臓移植を受けてボートでの隠居生活を送っていたテリー・マッケイレブは、ある日訪れたグラシエラ・リヴァースという女性から「妹を殺した犯人を捜して欲しい」と依頼される。移植後わずか2ヶ月、私立探偵のライセンスすら持たない彼は固辞するはずだったが、自らに移植された心臓がグラシエラの妹のものだと知らされ、捜査に乗り出す。シリアル・キラー専門であったマッケイレブにとって畑違いの、コンビニ強盗によるものと思われた犯行は、マッケイレブの前で次第に違った顔を見せていく……
 今冬クリント・イーストウッドによる映画化作品が日本で公開されるのに併せて刊行された文庫版で読んだ。最近すっかり読書の中心となってしまった、映画鑑賞の予習ではあったのだが、驚異的な完成度に圧倒されてしまった。
 移植された心臓の持ち主であった女性を殺した人物を捜す、という主人公への動機付けに始まり、かつて扱ったことのないタイプの事件への戸惑い、捜査陣との感情的軋轢、そして依頼者であるグラシエラと死んだ妹の息子レイモンドとの繊細な交流――ハードボイルドを描くに当たって相応しいパーツを美しく組み上げたその巧みさ。次第に主人公に迫っていく脅威と、終盤付近まで繰り返されるどんでん返しに至るまで、完璧に磨き上げられたミステリである。
 惜しむらくは、パーツが悉くあるべき場所に嵌りすぎているため、全体の構造を見通すと中盤から後半にかけての展開とミステリとしての大枠が透き見てしまうこと。ただこの点、私の場合は映画の予備知識をあれこれと仕込みすぎてしまったことにも起因しているのだが。しかし、それを支えるべき細部は科学捜査の知識や論理的な伏線で補強されており、堅牢で緊張感に溢れた作品の質が損なわれるわけではない。間違いなく大傑作。

(2002/12/08)


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