books / 2002年4月〜

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芦辺 拓『名探偵Z 不可能推理』
1) 角川春樹事務所 / 新書判(ハルキノベルス所収) / 2002年4月8日付初版 / 本体価格895円 / 2002年04月03日読了

 一部の読者から「芦辺拓裏の最高傑作」と異常に評価されていた、ある意味地上最強の名探偵・和製ルーフォック・オルメス、名探偵Zこと乙名探偵(おとな・とるただ)の事件簿、遂に単行本化成る!
 特殊な構成のため、今回に限り粗筋/感想と別立てにせず、一話ごとにおーざっぱな内容と所感とを羅列することとする。普段と感想のノリが違うが、その辺は作品のハイテンションぶりが悪い形で伝染したのだと寛容に捉えていただきたい。悪気はないんです。

第一話……一番風呂殺人事件
[浴槽にて素晴らしい探偵を着想した探偵作家の恐るべき死因とは?]

 名探偵Z初登場、にしてよく見ると唯一の敗北だったらしい。いきなりこういう登場をしてしまったから怖いものがなくなるわけで。
第二話……呪いの北枕
[密室と化した洞窟で、教授は如何にして殺されたか?]

 顛末は兎も角、言葉の絡繰りは実は素晴らしい着眼である。こういう風にしかも本気で使われると結構くるものがあるが。
第三話……26人消失す
[女子大生ひとりを残し、アパートの住人は悉く消息を絶った……]

 流石に読めました。読めましたが、それでも出来事の現実を思い描くとかなり怖い。こと、この話が終わってから暫くの状態を想像すると本気で怖気が走る。
第四話……ご当地の殺人
[観光地での殺人に隠された、空前にして絶後の動機!]

 一言でいうとあーいうことなのだがその一言で勘のいい方は察してしまう恐れがあるため書くことが出来ない。ジレンマである。しかし、こんなに大規模なやり方はやはり前例を見ないしたぶん今後もあり得まい。
第五話……おしゃべりな指
[殺害された有名女優が指先で残したダイイング・メッセージの真意は?]

 何が起きても不思議でないのが名探偵Zのシリーズだが流石にこれはどーかと思う。メッセージにならないじゃんこれじゃ。
第六話……左右田氏の悲劇
[左右田氏を襲った、姿なき悪意の正体とは?]

 数行でオチまで見通してしまった自分もちょっとやばいんでないか、と思った一篇。なお、ここで語られている現象、説明は無茶苦茶だが実際に症例が確認されているものでもある。病名が上がっていないあたり、そこまでは意識していなかったのかもと思うが、個人的にあまり笑えなかった――Z特有の顛末は素晴らしいのだけど。
第七話……怪物質オバハニウム
[Q市を壊滅目前にまで追い詰めた、諸宇博士の狂気の研究]

 題名で察しがつくと言えばそうなのだがここまでやってしまうところが痛快。私もそれには嫌悪感を抱く口だが作者の筆には憎悪の迫力すら感じるのであった。
第八話……殺意は鉄路を駆ける
[こともないプラットホームに降り立った男の犯罪とは?]

 アンチアリバイミステリの傑作……か? こういう展開こそまさに名探偵Zの真骨頂という気もする。
第九話……天の邪鬼な墜落
[偏屈で知られる男のあまりに滑稽な死にざま]

 漫画や古典的アニメではよく見るが普通途中で落ちるよね。ラストの一言はこの単行本の中でも秀でて印象深い。
第十話……カムバック女優失踪
[芸能界復帰を望む女は、どのようにして密室から消えたのか?]

 とっても哀しい話だと思うのは私だけだろうかいやそんなことはないはずだたぶん。
第十一話……鰓井教授の情熱
[無人のガード下、鰓井教授の子弟を亡き者とした凶手とは?]

 この結末、よーく考えるともっと大変なことになったと思うのだが些末な問題である。
第十二話……史上最凶の暗号
[調査団を壊滅させたのは、未知の怪物であった……?]

 人間健康第一ですね、という話。違うのか違わないのか。
第十三話……少女怪盗Ψ登場
[芸能人夫婦の元に寄せられた、「猫を返せ」というメッセージの意味は? ――そして、名探偵Z最大のライバル遂に登場す!]

 名探偵Zだけでもたいがい最凶なのに更に少女怪盗(少女よ少女そこのあなた)まで登場してしまっては洒落にならない。と同時に、シュレーディンガーの猫に取材したミステリの中で最も特異な位置を占める一篇であろう。ちなみに“Pussy”という語は「仔猫ちゃん」を意味すると共に「女性器」「性交相手としての女性」を現します関係ないけど……あの、本当に関係ないんでしょうか、とふと不安になる一瞬。
第十四話……メタX2な白昼夢
[売れない探偵作家のサイン会が、俄に百鬼夜行の舞台と化した……?!]

 大丈夫私達がついてるわ(?)。……いまいち真意の掴めない冗談はさておき、鞄の中に限界まで荷物を詰め込んでいたらとうとうブラックホールが出来てしまった、というSFもどきのネタを彷彿とするエピソードである。
第十五話……ごく個人的な動機
[Q市全域に被害を齎した停電と、皮膚の裏返った屍体の謎]

 悪いことは言わないからそんなものを狙うのは止めなさい。いつの世も停電の理由となるのは同じということだ。
第十六話……人にして獣なるものの殺戮
[各地で発見されたバラバラ死体――犯人は誰か、そして犠牲者の繋がりは?]

 収録作中最も私の想像を絶した一本。Q市に存在しないものはないのだなきっと。
第十七話……黄金宮殿の大密室
[訪れた者が悉く消息を絶つ宮殿、そこに隠された財宝の思わぬ顛末]

 芦辺作品を概観する上で特異な地位を占めるもうひとりの探偵もゲスト出演した、文字通り贅沢なエピソード。エネルギー総量が明らかに非常識なレベルに達しているが深く考えてはいけない。
第十八話……とても社会派な犯罪
[日本を戦禍に導いた、探偵たちの功罪]

 荒唐無稽だがその実本作品集で最もさもありなん、と頷ける動機を示している、というこれまた微妙な一作。その通り、探偵がある限りQ市――本格推理の桃源郷が滅びることはない、のだろう、きっと。幸か不幸か知らんけど。

 特異な設定に精緻なロジックと絡繰りとを持ち込み大胆な本格ミステリを想像することにかけて当代一と言ってもいい(同じ表現を西澤保彦氏に対しても行えるが、微妙に意味合いが異なることをご理解いただきたい)芦辺拓だが、このシリーズはそこから「精緻なロジック」などの裏付けを確信犯的に取り除いてしまったものである。
 あまりに考え抜かれたロジック、現実に立脚した解決は、時としてミステリの美しい「謎」を地に貶め、凡庸な物語の一要素に変えてしまう一面がある。それこそが論理を旨とするミステリにとって最大の悩みのひとつと言えるだろうが、このシリーズは解決までも誇大妄想気味のギミックに置き換えてしまうことで、謎の魅力を損なうどころか余計に破天荒なものとし忘れがたいインパクトを付与することに成功した――その結果実に沢山のものが犠牲になったとも言えるが、気にしてはいけない。アルコール度75%の美酒に黙って酔いしれよ――ただの悪酔いかも知れないけど。

(2002/04/032002/04/04若干加筆)


稲生平太郎『アクアリウムの夜』
角川書店 / 文庫版(スニーカー・ミステリ倶楽部/角川スニーカー文庫所収) / 平成14年2月1日付初版 / 本体価格600円 / 2002年05月10日読了

 早春のある日、お気に入りの水族館近くに張られたテントの中で開催された『カメラ・オブスキュラ』というイベント――閑散と淡々としたその催しに立ち合った日から、少年たちの恐怖は始まったのだった……
 ある方からの熱心なプッシュを受けて購入したもの。ややステレオタイプな少年像に、奇妙な郷愁を感じさせるガジェット、そして読み手に先を予測させないプロット、いずれも静かで重い恐怖を演出する。物語のスパンは長いが、夜中一気に読むと黒々としたものが背中にのし掛かるような感覚に浸れるはず。
 少年たちが主人公で、しかもジュヴナイル−ヤングアダルトの文庫に収録された作品にしては珍しく、予定調和とは無縁の結末が果たしてどう受け止められるかが判断しがたいが、どんな形であれこういう本物のホラー・幻想小説が読めることだけでも嬉しい。傑作。
 ただ一点、嫌味を述べるなら、折角の題名とシチュエーションなのだから、もう少し水族館の生物をエピソードに絡めて欲しかった。ここまで傑出しているのだからあと一歩、という贅沢な思いではあるが。

(2002/05/10)


倉知 淳『まほろ市の殺人 春 無節操な死人』
1) 祥伝社 / 文庫判(祥伝社文庫所収) / 平成14年6月20日付初版 / 本体価格381円 / 2002年06月16日読了

 祥伝社文庫の400円文庫シリーズ第3弾の企画、競作「幻想都市の四季」の一冊。
 真幌市名物「浦戸颪」が吹いた日、美波は友達のカノコから奇妙な電話を受けた。「わたし、人を殺しちゃったかも知れない……」怪談紛いの出来事は後日、バラバラ死体の発見で奇妙な方向に発展する。何と、カノコが殺してしまったはずの男は、その数時間前に殺されバラバラにされていたらしいのだ――?
 競作の他の作品を読んでいないため判断は難しいが、果たしてこの都市を舞台とする必要はあったかどうか。しかも、事件の手懸かりの一部はより華麗で過激な前例を知っているため早いうちに読めてしまった。そうした点に目を瞑れば、非常に小気味よく纏まった、まさに理想的な中篇。推理の裏付けがなされていない点、推理小説としてはひとつの正しい態度なのだが、その辺が一般的な読者にとってどう見えるかがやや気になるところ。あまりに綺麗に纏まりすぎていて格別なコメントが思い浮かびません。
 心地よいくらいに本格ミステリでした。

(2002/06/16)


福澤徹三『怪を訊く日々』
1) メディアファクトリー / ソフトカバー(怪談双書/ダ・ヴィンチブックス所収) / 2002年8月23日付初版 / 本体価格1200円 / 2002年08月19日読了

 スタイルは平山夢明氏と同様の聞き書き、聴取の対象は平谷美樹氏『百物語』と同様に知人友人という具合に、決して新しいアプローチを試みたものではないのだが、完成度も読む上での安心感もある、端正な怪談集。ただ、今回私にとっていけなかったのは、読む前に御本人から裏話や背景をお聞きしてしまったために、文面よりも具体的なイメージが頭の中に出来てしまったこと。――それはそれで面白い読書体験ではあるのだが、本の内容そのもので楽しんでいると断言できないため、純粋にお薦めすることが出来ないのだ。だって、どーいう恰好で中に入ってたかとか、その人がその後こんな怖いこと言っていたと聴かされたら余計に恐怖掻き立てられませんかあなた。いやー、戸棚開けたくねーよーっ!

(2002/08/142002/08/19日記から移動)


加門七海『怪談徒然草』
1) メディアファクトリー / ソフトカバー(怪談双書/ダ・ヴィンチブックス所収) / 2002年8月23日付初版 / 本体価格1200円 / 2002年08月19日読了

 同じ叢書から同時に新刊を著した福澤徹三さんと同様、というより遥かに確実に生々しく「見る」人による怪談本。自らの体験を中心に編集者(三津田信三氏・一部東雅夫氏も参加)を聴き手に行った語りをそのまま文章に起こしているのが特徴だが、あちこちで言われるとおり「語り」こそ怪談の本質なのだから、そういう意味では基本に忠実な作りである。
 先に平谷美樹氏の『百物語』評でも触れたように、「見る」人の怪異体験はそれが日常に近い出来事であるため恐怖感が麻痺しており、文章に起こすとなおさら怖さが感じられない、という欠点がある。だが、この聴き手を用意しての語り下ろしという手法はこの欠点をいい形で補っているようだ。本書でもやっぱり語っている当人は一部のエピソードを除いてほとんど恐怖を感じていない様子なのだが、聴き手に生々しさを感じさせるための演出が、聴き手の反応とともにきちんと記録されているから、怖がるかどうかは兎も角人を惹き付ける「語り」として成立しており、読み物として楽しめる。
 福澤さんの『怪を訊く日々』や木原・中山両氏の『新耳袋』と比較して、怪異の説明――科学的とかでなく、因果関係が明確になっている、という意味――が成り立つエピソードが多いこと、ディテールがしっかりしすぎていて些かの胡散臭さを漂わせていることなどがややひっかかるのだが、これは前述の著作を「怪談本」の理想型と捉えている者だからこそ思うことで、この明確すぎるが故の胡散臭さも本書の魅力のひとつだろう。
 白眉はやはり巻末の三角屋敷だが、個人的にキたのは『珊瑚の祟り』。加門氏自らの体験でないため、やや距離を置いて語っていることがより効果を上げているとも考えられるが、シンプルな因果応報話であるにも関わらず祟るものが珊瑚というだけで得体の知れない怖さがあるのだ。
 しかし、こういっては何だが色々と罰当たりな方だと思う(いちおう褒め言葉)。これを読んで「あ、両国行こう」と一瞬思ってしまった私もかなりまずいが。

(2002/08/19)


綾辻行人『最後の記憶』
1) 角川書店 / 四六判ハード / 2002年8月30日付初版 / 本体価格1600円 / 2002年09月09日読了

 新本格ムーブメントの契機となった綾辻行人の、実に七年振りとなる長篇であり、初の「本格」ホラー。『KADOKAWAミステリ』連載作品。
 波多野森吾の母・千鶴は若年性痴呆を患い、余命幾許もない。彼女の病は記憶を新しいものから奪い、もはや彼女に残されたのは幼少の頃に経験した恐怖の記憶しかない。森吾は母を襲った病が遺伝性であることを怖れ、その可能性を確かめるために母の郷里を訪れる――
 なるほど、初の「本格」ホラーである。相変わらず理に落ちている印象はあるが、肝心の部分に多くの怪異が残されているから、『囁き』シリーズや『殺人鬼』シリーズなどと較べると若干の居心地の悪さと、不思議な余韻が残る。
 丁寧に伏線を張っているため、慣れているとかなり早いうちに核となるアイディアに思い至ってしまい、いわゆる「恐怖」はあまり感じられない。しかし、二度三度と繰り返し読んでいるうちに、細部から何かが滲み出してきそうな手応えがある。かつてのような力強さは薄れたが、その分描写やガジェットの処理に熟練の渋みを感じさせるようになった。
『囁き』などのイメージやリズムを求めるとやや肩透かしに思えるが、この静かな空気もいい。

(2002/09/09)


西澤保彦『人形幻戯 神麻嗣子の超能力事件簿』
1) 講談社 / 新書判(講談社ノベルス) / 2002年8月5日付初版 / 本体価格880円 / 2002年09月14日読了

 SFテイストを用いたパズラーで独自の地位を築いた西澤保彦の代表的シリーズのひとつ、神麻嗣子の超能力事件簿6冊目の単行本にして3冊目の短編集。
 水玉螢之丞という魅力的なイラストレーターを得たためにキャラクター小説化が著しかった前巻までの反省を踏まえてか、レギュラー陣を道化回し的に使った作品が大部分を占める。その為に、「超能力」という通常本格パズラーでは用いられないガジェットを導入したミステリ、という視座は確乎たるものになりながら、シリーズ物としての位置づけからすると微妙に据わりの悪い作品集となった感がある。往年の、実験的ミステリの創作者である西澤氏のファンとしては喜びたい傾向だが、シリーズのファンには若干の物足りなさを禁じ得ないだろう。シリーズとしての展開にもあまり前進は認められない(伏線は張られているようだけど)。
 とは言え、西澤ミステリ本来の面白みはきちんと封じ込められている。探偵役が視点にいないために、ロジックを二転三転させるようなお話が少ないのがやや悩みだが、丁寧に伏線を鏤め終盤できちんと回収し、更に人間の暗部を照射するような痛烈な結末を提示する、というお馴染みのプロセスが今回も活きている。とりわけ、冒頭『不測の死体』を除くと事件の構図にる一貫性が認められる点では、実は構成的にシリーズ中最も整った作品集という見方も出来るだろう(穿ちすぎか?)。
 個人的なベストは『おもいでの行方』か。表題作『人形幻戯』も、アンバランスさも含めて捨てがたいものがあるのだが。
 表紙にまでなったわりには阿呆梨稀嬢の出番が殆どなかったのが最大の不満と言えばそうかも知れず。

(2002/09/14)


桐野夏生『OUT』
1) 講談社 / 四六判ハード・上下巻 / 1997年07月発売 / 所持せず
2) 講談社 / 文庫判(講談社文庫)・上下巻 / 2002年06月15日付初版 / 本体価格 円(上)、619円(下) / 2002年10月16日読了 / bk1で購入する(上) bk1で購入する(下)

 弁当工場で働く四人の女。それぞれに闇を抱えた彼女たちの運命は、仲間のひとりがギャンブルで身を持ち崩した亭主を衝動的に殺したことで思わぬ方向に転がりはじめる。屍体の解体と放棄、保険金、膨らみはじめる疑心暗鬼。借金地獄に溺れるひとりの裏切りから、ふたたびの屍体解体――底なしの悪夢に、出口は存在するのか?
 初刊時には直木賞候補にも挙がり、日本推理作家協会賞を受賞、その年のベストセラーにも名前を連ねた作品だけに、リーダビリティといい有無を言わさぬ迫力といい、感想を書くのも今更という気分にさせる。
 ただ、物語を読み進めていくうちに、これは四人の女達全員の脱出(或いは逸脱)というよりは、うちひとりの心の闇を、後半で鍵となるある人物との関わりから剔出するのがテーマであった、と気づいて幾分落胆したことは否めない。どうせなら、全員に何らかの決着をつけて欲しかった。テーマの着眼が鋭く、簡潔ながら巧みな描写力を見せつけただけに、決して無理な注文ではないと思うのだが如何だろう。また、結末の決断についても、呼び水となる出来事や思考をもう少し前に挿入されて然るべきだったように思う。
 とは言えこれは贅沢な注文だと自覚している。いわゆる謎解きの要素は殆どないが、犯罪小説として未踏の領域を切り開いた功績と完成度は称賛に値する。何を言っても今更なんだけどね。

(2002/10/16)


ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『愛はさだめ、さだめは死』
James Tiptree Jr. “Warm Worlds and Otherwise” / 浅倉久志、伊藤典夫・訳
1) 早川書房 / 文庫判(ハヤカワ文庫SF) / 1987年08月31日付初版 / 本体価格720円 / 2002年10月20日読了 / bk1で購入する

 1968年のデビューから1987年の逝去(心中!)まで、作風においてもその生き様においてもSF界に多くの衝撃を齎したジェイムズ・ティプトリー・ジュニアが1975年に刊行した第二作品集。ネビュラ賞を受賞した表題作ほか、ヒューゴー賞を授与された『接続された女』ほか全12編を収録した。
 いずれも未知の、或いは不可解な生命体との接触や生態系そのものを描いた作品で、全体にその存在意義や目的を説明せず、事象やそれぞれの感情をいきなり並べているものが多いから、最初の取っかかりが掴めないと少々辛い。が、一旦馴染んでしまえばひたすらに深甚な世界観が堪能できる。
 元からおかしいのか、訳文で変ないじり方をしてしまったのか、ところどころ理解不能な文面、固有名詞や擬音があったりするのが難だが、それも含めて解釈することに楽しさのある作品だと思う。私のようなSF初心者がいきなり読むにはハードすぎた気がする。ちゃんと理解しているかどうか。もうちょっと勉強してから再読する必要がありそうだ。
 それでも敢えてベストを選ぶとするなら、現代の時代性をすら先取りした感のある『接続された女』か。

(2002/10/20)


河井智康『死んだ魚を見ないわけ』
1) 情報センター出版局 / 1987年06月刊行
2) 角川書店 / 文庫判(角川ソフィア文庫) / 平成11(1999)年08月25日付初版 / 本体667円 / 2002年11月06日読了 bk1で購入する

 海上或いは海中、或いは深海でまったく死んだ魚が目撃されないのは一体何故か。科学者である著者は、この謎にひとつの仮説を見出し、その研究のために自ら深海へと赴いた。
 魚の生態と、その機能性からすれば大量に目撃されておかしくない「死体」の発見されない現実の奇妙さ、そしてその理由に関する仮説と論考とを、緻密かつ極力平易に説いた本――と書くと(説明しようとしている内容にも関わらず)難しそうに聞こえるが、かなり読みやすい。決して巧い文章ではないのだが、専門用語も用いつつなるべく初心者にも解り易いように記述することを心懸けているのが窺われ、文章の不手際があまりに気にならない。なにより、その論考の過程が推理小説のようであり、建造したての「しんかい2000」に乗って自ら1700メートルの海中で実験を試みるくだりなど、冒険小説の趣すらある――と言うのは大袈裟にしても、まるで小さい頃に見た科学番組のようで、何とも言えぬときめきがあるのだ。
 後半、結果をもとに仮説を立証していくくだりに(理屈として間違っていないにしても)牽強付会の印象が付きまとい、いまいちすっきりしない後味を残してしまったのがミステリ的な読み物としてはマイナスなのだが、その点を差し引いても実直な究明ぶりと語り口は賞賛したい。読んだあと、きっとあなたは魚の口の大きさを確認したくなるはず。……なんで。

(2002/11/06)


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