books / 2003年11月12日〜

back
next
『books』トップページに戻る
『light as a feather』トップページに戻る


江戸川乱歩『三角館の恐怖 乱歩傑作選17
東京創元社 / 文庫判(創元推理文庫所収) / 1997年04月25日付初版 / 本体価格580円 / 2003年11月12日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 蛭峰家の先代が残した遺言は不可解かつ理不尽なものだった。引き取った双生児のうち、より長く生きたほうに全財産を遺す――この言葉に縛られて、河畔にある洋館を対角線で二分し、鏡あわせの邸内に暮らしながらいつしか互いを激しく憎みあうようになった兄弟だが、ともに七十の坂を越えた頃、遂に兄が病魔に冒された。己の死後、子供達の生活を気遣った兄は弟に対してひとつの提案を試みるが、それがこの「三角館」における惨劇の引き金となった……
 乱歩傑作選のシリーズとしては、『緑衣の鬼』に続いての翻案ものである。エレベーターという密室内での殺人が特に有名なロジャー・スカーレットの長篇『エンジェル家の殺人』に基づいている。
 原典にあたっていないため余計にそう感じるのかも知れないが、『緑衣の鬼』同様、そう聞かされなければ完全な乱歩の創作と思いこむだろう。癖のある家族、怪しげな挙措の目立つ執事、そして犯行の向こうに見え隠れする怪人物、と如何にも乱歩らしいガジェットが乱立する。
 そのうえで、『緑衣の鬼』もそうだったが、乱歩作品としては珍しく整然とした印象を与えるのが面白い。もともとそのプロットに惹かれて翻案を考えた、ということらしく、批評眼の優れていた乱歩の目に留まっただけあって、シンプルながら衝撃的な筋書きとなっている。
 また、ほぼ全編「三角館」のなかだけで話が進行するのも、繁華街や洞窟などを舞台に大活劇を繰り広げることの多い乱歩作品にあっては目を引く。舞台を限定したことで推理ものとしての焦点が絞られた感があり、余分な要素が読者を煩わせないぶんだけ、恐らく乱歩が本来望んでいた探偵小説の型に近づいているのではなかろうか。
 翻案と聞いてどうしても一段下に見てしまうが、原典の魅力を引き出すとともに乱歩が備える高い作劇技術を垣間見るに格好の材料と言えるだろう。また、そんなことを抜きにしても掛け値無しに面白い「探偵小説」だと思う。忌避するのは勿体ない。
 なお、原作の邦訳は現在、大庭忠男訳によるこちら[bk1amazon]ぐらいしか確認できません。併せて読むのも一興。果たして、解説で小森健太朗氏が述べるとおり本書のほうが面白いのかどうか。

(2003/11/12)


アガサ・クリスティ/深町眞理子[訳]『ABC殺人事件 [新訳]
Agathe Christie “The ABC Murders” / translated by Mariko Fukamachi

東京創元社 / 文庫判(創元推理文庫所収) / 2003年11月07日付初版 / 本体価格680円 / 2003年11月13日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 ロンドンに滞在していたエルキュール・ポワロのもとに、ABCの署名のある一通の「挑戦状」が舞い込んだ。やがて、その手紙にあったとおりの日時、アンドーヴァーでひとつの殺人事件が発生した。ろくでなしの亭主とのいざこざが絶えなかった煙草屋の女主人の死は、無関係な人間にとってただの家庭内のトラブルとしか映らなかった――が、喫茶店で働くベティー・バーナードがベクスビルで、中国美術蒐集家のカーマイクル・クラークがチャーストンで殺害されるに及んで世間はこの異様な連続殺人を認識し、にわかに騒がしさを増した。犯人は一対誰なのか、その真意は……?
 いわゆるミッシング・リンク・テーマの代名詞的名作、実はいまごろ初体験です。のめり込むように(集中力に欠く近頃の私としては珍しく)二日で読了してしまい、これほどまでに遅れた不明を恥じるとともに新訳という形で機会を提示してくれた人々に心から感謝いたします。
『スタイルズ荘〜』『牧師館〜』とは大幅にイメージが異なる作品である。まず、舞台が限られていた両者に対して、本書は行動範囲が非常に幅広い。その活動の拠点も地方都市ではなく、イギリスの中心たるロンドンに置かれており、シンプルな文章と相俟って洗練された雰囲気を醸し出している。そのせいか、DNAなど影も形も見あたらない時代にもかかわらず、思いの外古さを感じさせない。登場人物が多く動きも激しいために、やもすると展開を把握しそこないそうになるが、そこを平明に理解させる手腕もある。読者の興味を逸らさぬよう、常に新しい趣向、新しい謎をちりばめながら、本当にさりげなく伏線を潜める手管は、今でも一線で通用するものがあるのではないか。
 定番と呼ばれる作品であるだけに、そのトリックそのものには(古今東西のミステリにそこそこ馴染んだ目には)意外性を感じない、古臭さを感じてしまうのは致し方ないが、そのために張られた伏線の整合性はやはり特筆に値する。もっとも、個人的には同じ趣向であればエラリイ・クイーン『九尾の猫』(ハヤカワ文庫HM/早川書房) [bk1amazon]ぐらいに画然たるロジックで解き明かしてくれた方が嬉しいのだが、本書の方法論にも説得力はある。
 ミッシング・リンクのお手本たるトリックと、そこに至るまでの華麗な手管を堪能できる、色褪せない名作。ミステリを基礎から学びたいと考えるなら避けるべきではない一作である。少なくとも私はかなり後悔してます。

 今年は突然クリスティ作品のリニューアル・新訳フィーバーとなっており、まず早川書房からクリスティーのみの新レーベルによる復刻が始まり、それに続く形で東京創元社からも新訳となる本書とともに旧刊の文字組みを変更し再版されはじめた。早川書房版は文庫よりも若干大きい独特の判型に大きめのフォントを使用しているが、創元推理文庫では判型は変更せず、フォントをやや大きめに、読みやすいものに改めている。見た目も美しくなったが、個人的には従来の潰れそうな写植にも愛着があってなんとなーく勿体ないと思ったり。
 なお、本作は奇しくも同月に早川書房版も新訳で刊行されている[bk1amazon]。どちらを選ぶか、はご自由に。

(2003/11/13)


スタンリー・ポティンジャー/高見 浩[訳]『第四の母胎』
Stanley Pottinger “The Fourth Procedure” / translated by Hiroshi Takami

1) 新潮社 / 四六判ハード / 1999年03月30日付初版 / 本体価格2700円 / 2003年11月19日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 その頃、アメリカの中枢をふたつの事件が揺るがしていた。ひとつは、中絶反対派の判事アブナー・タイタスが最高裁長官の席に接近し、一定期限まで女性の中絶を認める判例の存続が危うくなっている。いまひとつは、法の手に落ちる前に解剖され、体内にベビー・ドールを埋め込まれた屍体が発見されたこと。並行するふたつの事件は、だがやがて発覚する前代未聞の「犯罪計画」の予兆に過ぎなかった……
 まず指摘しておかねばならないのは、視点が錯綜しすぎていること。もともと登場人物が多く、海外小説によく見られる映画のような機敏な場面転換が行われるため、構成レベルでの視点が変化する機会が無数にあるのに、更にその細かなセンテンスの中で叙述の視座が頻繁に変わるのが、読書のリズムを殺している。叙述の綾が解決編での驚きに結びつく類の作品でない以上、こういう書き方は避けるべきだっただろう。
 特に序盤は場面どころかテーマそのものが錯綜しており、なかなか内容が捉えづらい。事実、購入直後に読み始めたときは、読書への集中力や作品の重要な背景であるアメリカの国民性などへの理解が乏しかったせいもあって、二度に亘って挫折してしまった経緯が私自身にある。猟奇的犯罪や一筋縄ではいかない社会的テーマが牽引力とならないほどに混乱しているのだ。
 だが、アメリカの社会事情にある程度理解があり、短期間に読み切る覚悟を決めてしまえば、そうした欠点をあまり意識せずに済む。ふたつの主題が絡み合う第三部以降は、読者が状況を把握したぶんだけサスペンスが増し、読むスピードも格段に速くなるはずだ。著者自身、本当のテーマに突き進むこのあたりから急激に筆が乗ってきているのが解る。
 以降の面白さは保証できるが、反面多すぎる登場人物の描き分けがあまり出来ていないこと、無駄な動きをしている人物が多いことが引っかかる。処女作ゆえ、観察力はともかく描写の技術が意欲に追いついていないのだろう。また、あまりに明確すぎるテーマゆえ、人によってはかなり早い段階で肝となるネタが見えてしまう危険もある。周到なリサーチとリアリティを追求したが故の弊害とも取れるもので、この点も作者の不慣れさが災いしたと言えるだろう。
 作品としてはアンバランス、処女長篇ということもあってか構成の不手際が目立ち、すべてが絡み合う第三部に入るまではどうも興が乗らないのが欠点だが、そのテーマや終盤で立ち現れる人間関係は示唆に富んでおり、「社会派ミステリー」の名に恥じない。とりわけ、終盤の法廷場面である人物が行う演説は感動的で、(あそこまで劇的な効果が期待できたかはともかく)長尺の物語を読み続けてきた苦労に報いるに足るものだろう。
 傑作と呼ぶにはかなり足りないものの、なるべくスピーディに読める状況が作れれば存分に楽しめる作品だろう。どうして入手不能になっており、文庫化も未だに実現していないのか不思議に思う。続編が訳出されていないのも不思議……かどうかは微妙か。強烈なワン・アイディアを軸にした人間関係の捻りに依存した本編の作りは、作劇の手腕にはやや不安を感じさせるものであるのも事実だから。
(――なお、訳者のあとがきによると、上で言及したような欠点は原典では更に著しかったようで、作者の許可を得た上で手直しを施したとある。が、それでもこれだけ問題が残っているのだから……)

(2003/11/19)


東野圭吾『ゲームの名は誘拐』
1) 光文社 / 四六判ハード / 2002年11月25日付初版 / 本体価格1600円 / 2003年11月19日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 仮面を使い分けて巧みに世間を渡り歩いていた佐久間駿介にとって、それは初めての挫折だった。大手自動車メーカーの大規模なキャンペーンの指揮を執っていた佐久間だが、幹部入りしたメーカーの御曹司・葛城勝俊に「先を見ていない」と企画を廃棄され、スタッフから外されてしまったのだ。苛立ち気晴らしに街を彷徨っていた佐久間はふと問題の葛城の家の近くまで足を運ぶ。そこで佐久間が見つけたのは、塀を乗り越えて家出する葛城の娘だった。成り行きから彼女を保護した佐久間は、娘のふとした台詞から危険な「意趣返し」を思いつく……
 こんなに嫌味な男を主人公にして読者に不快感を抱かせない、というだけで既に大したものだと思う。やり手ぶりを過剰にひけらかさせず、しかし丁寧なディテールにより一般的な「エリート」のイメージに接近させつつ個性はきっちりと浮かび上がらせている。誘拐される娘も、佐久間が敵視する御曹司も、更に脇役に至るまでシンプルながらもキャラクターがよく出来上がっているため、読みながら混乱することがなくスムーズに読める。先に手をつけていたのが難物だっただけに余計にそう感じた。
 誘拐ミステリとしての仕上がりも端正、だが端正すぎて裏が簡単に読めてしまうのが難だった。かなり最初のほうで疑いを抱いたため、あとは確認作業になってしまう。反面、誘拐計画としての展開はお見事で、話の設定上多くの制約があるにも関わらず、柔軟かつ大胆な発想を立て続けに繰り出すあたりは読み応えがあり、ある点を見越していても最後まで楽しめる。
 サスペンスの果てのクライマックスはやや弛緩気味で、あっさりとした結末も余韻が足りずやや消化不良の気分があるが、過程の完成度、安定感は一級品。大作や名作も多い東野作品のなかでは決して秀でたものではないが、著者のアベレージの高さを示す良作だと思う。

 本編は今年(2003)11月08日から、井坂聡監督・藤木直人&仲間由紀恵主演による映画版が公開されている。例によってその予習として急ぎ読んだのだが、この作りなら大幅に期待を裏切られる出来にはなるまい、と感じた。独特のあっさりした描写のためキャラクターの外観をあとから当てはめやすく、筋運びも映像的に無難にまとめられる、はず。てか、旬の仲間由紀恵プラス佐久間役に藤木直人という配役だけで評価できるぞ。

(2003/11/19)


江戸川乱歩『幽霊塔 乱歩傑作選18
東京創元社 / 文庫判(創元推理文庫所収) / 1997年09月26日付初版 / 本体価格740円(2003年11月現在780円) / 2003年11月23日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 長崎県に佇む、時計塔を擁した古い洋風建築。維新前にこの屋敷を建てた渡海屋市郎兵衛は、蓄えた財産を秘匿する目的で屋敷の内部に迷宮を築き上げたが、その内部で自らが迷い行方をくらましてしまったという。やがて屋敷には未練を留めた渡海屋の霊が彷徨するという噂が立ち、象徴たる時計塔は「幽霊塔」のふたつ名で呼ばれるようになった。
 時は過ぎて大正初期、数年前にふたたび発生した惨劇によって空き家となっていたこの屋敷を、退職判事の児玉丈太郎が買い取る算段をつけた。彼の代理として下見に訪れることとなった甥の「私」こと北川光雄は、問題の幽霊塔に通じる一室でひとりの美しい女性と出会う。やがて幽霊塔に移り住んだ北川たちは、野末秋子と名乗ったその女性を中心に、様々な怪事件に遭遇することとなる……
 創元推理文庫版の乱歩傑作選としては、『緑衣の鬼』『三角館の恐怖』に続く翻案ものとなる。前述の二作と異なるのは、原典が純然たる海外の本格ものではなく、いちど黒岩涙香が翻案したものを、更に乱歩流の筆致で再構築した点だ。
 アイディアとしても、乱歩が恐らく望んでいた「探偵小説」の理想に迫っていた前二作とは対照的で、乱歩のいわゆる「通俗もの」と呼ばれる作品群に近しいスリラーに仕上がっている。古典的な舞台装置に如何にも曰くありげな登場人物たち、そして様々な冒険と、論理的な筋立てよりも読者の興を繋ぐことに腐心したようなプロットである。
 だが、出来事と出来事との間隔が開いているためか、どうも全体に間延びして緊張感に乏しい。またひとつひとつの謎めいた事件も、謎そのものの底が浅いわりに登場人物がその都度やたら騒ぎ立てたり過剰に「謎」を強調するせいで、こちらは却って醒めてしまう、という場面も少なくなかった。
 恐らく翻案という形態が本編に関しては災いしたのではないかと思われる。予め全体の筋を把握しながら書いているため、異様な状況において乱歩の筆が常よりもやや冷静になっていて、読者作者ともに猟奇的、蠱惑的な状況に酔いしれにくくなっているのではなかろうか。
 また、随分と紆余曲折があったわりに、終盤がやけにあっさりと纏まってしまっているのも腑に落ちない。主人公や名探偵がこれといって活躍するまでもなく事態が終息に向かってしまっているし、それを受けての関係者たちの動向も、素直すぎて目を疑う。そんな簡単に諦められるだろうか? そんな簡単に、人間は性根を入れ替えることが出来るだろうか?
 全体の筋立てという点から俯瞰すると不満が噴出する作品だが、細部の仕掛けや描写は相変わらず怪しげな魅力に満ちている。幽霊塔や前半に登場する虎、虫屋敷といった発想は原典のままかも知れないが、乱歩の作風に合って実に禍々しく蠱惑的に描かれている。全体の粗にいちいち眉を顰めるよりも、そうした「乱歩らしさ」を無心に味わうべき作品だと思った。
 にしても……この設定通りだと、果たしてそー簡単にハッピーエンドになるかなー、と首を傾げたくなるのだけど。だって、そもそも物語以前のあの段階で某氏が判断を誤らなければむにゃむにゃ。

(2003/11/23)


田中啓文『蓬莱洞の研究 私立伝奇学園高等学校民俗学研究会その1
1) 講談社 / 新書判(講談社ノベルス所収) / 2002年10月05日付初版 / 本体価格880円 / 2003年11月24日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 広大な「常世の森」に隣接する私立田中喜八学園高等学校は、個性的な生徒ばかりが集まるマンモス校。ここでは最近、生徒たちが「常世の森」の中にあるという「蓬莱郷」を探して行方をくらます、という事件が相次いでいた。フィールドワークの名目でその調査に乗り出したのが、この田喜学園の民俗学研究会の面々と……どういうわけか彼らに引きずり込まれてしまった新入生の女の子、諸星比夏留であった。
 という内容の表題作ほか、奇妙奇天烈な事件の謎を一同プラス民俗学の天才(……?)保志野春信が解き明かす、という趣向の作品集である。
 学園青春ものなのかコメディなのか、はたまた伝奇物なのかミステリなのか、まるではっきりしないスタイルだが、確実にいえるのは、どう切っても「真っ当」な代物ではない、という点だ。学園ものとしては集まったキャラクターが異常すぎるし、そもそも立ち入って出てこられなくなるような森に隣接するマンモス校という設定自体が学園ものの定石から逸脱している。伝奇物としてはある意味「真っ当」だが、ここまで日本の様々な伝説がひとところに結集していること自体かなり狂っている。ミステリとしては何をか言わんや、これが本気で罷り通ったら危険すぎる。
 が、それが一束になるとあら不思議、ただただ楽しいだけの読み物になってしまう。その怪しさまで含めて作者が自覚的にコメディとして仕立て上げているからだろう、見事に独自の世界を形成していて、あっという間に読めてしまう。論拠や解決が大半、作者にとってはいつもの駄洒落に支えられているあたりで腰が砕けるが、その感覚も楽しい。
 一方で、民俗学の知識や解釈のところどころはきっちりと調べ上げたうえでの記述らしく、実に説得力がある。三話目『黒洞の研究』に登場する「オシラサマ」にまつわる論考など、たぶん前々から存在する説だと思われるが、それを作品のなかで説得力を付与させる技術は確かで、妙に頷かされてしまった。
 はじめからシリーズ化を目論んでいたためだろう、例えば研究会部長の伊豆宮に武術の心得があるらしいとか、顧問の藪田の来歴や事件の背後で暗躍しているらしい謎の人物などなど、放り出したままの伏線が多く認められるのがやや不親切なようにも思ったが、それを抜きにしても単純に楽しい一冊である。2003年11月現在二巻目まで刊行されているが、もっと読ませてほしい――大変だとは思いますが。駄洒落に屁理屈つけるだけでも一苦労でしょーし。
 なお、笑いのツボが多めの方は、電車など公衆の面前で読むのは避けるように心がけてください。

(2003/11/24)


さだまさし『解夏』
1) 幻冬舎 / 四六判ハード / 2002年12月10日付初版 / 本体価格1429円 / 2003年11月25日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]
2) 幻冬舎 / 文庫判(幻冬舎文庫所収) / 2003年12月05日付初版 / 本体価格648円 / [bk1で購入するamazonで購入する] 

『精霊流し』で本格的に小説の執筆を始めたフォークシンガー・さだまさしの、2冊目となる書き下ろし短篇集。難病を患い、失明を間近に控えた隆之の「行」を描いた『解夏』、日本の農家に嫁いだフィリピン人女性アレーナが迎え入れられるまでを描く『秋桜』、ダムの底に沈んだ郷里に始まる恋の顛末を綴る『水底の村』、父が老人性痴呆に犯されたことを契機に家族の再生を図る『サクラサク』の全四編を収録する。
 全編が著者のかつて発表した歌から題名を戴き、内容としてもステージ上でよく披露した話を連作のように綴り直した前作と異なり、本書は一編一編が独立した内容となっており、創作性が強まっている。表題作を除くとやはり発表済みの歌によく似た題名が並んでいるのだが、歌そのものとテーマは近しくても内容が重なってはいない。前作以上に小説としての志も完成度も高くなっていると言えるだろう。
 一冊の作品集としてはやや纏まりを欠いた印象だが、それぞれの出来は上質である。とりわけ、進行につれて視力が衰え、失明とともに他の症状は改善するという奇病に禅宗の行を準えた表題作、老人性痴呆を患った父の記憶と家族の再生を重ね合わせた『サクラサク』などは組み立てからして秀逸だ。『水底の村』は少々出来すぎているという印象を受けたが、ゴテゴテと飾り付けていないぶん、その推移が率直に胸を打つ。
 だが、色々な意味でいちばん衝撃的だったのは『秋桜』である。『秋桜』といえばさだまさしの代表作であり、山口百恵の歌声がすぐさま蘇るという人も少なくない名曲だが、本書に収録した小説版ではこの主題の別の切り口を見せている。あの曲の歌詞を脳裏に浮かべているだろう読者の意識をくすぐりながら、最後に意表をついてみせる。ある意味この作者にしかできないトリック・プレイであり、小説家としての独自性を探りながら「さだまさし」という音楽家の名前に惹かれて手に取った読者にもきちんと配慮していることが伺われる。
 わりと涙腺が詰まり気味の私でさえグッと来る作品が並んでいる。涙もろい方などたぶん覿面に効くでしょう。贔屓目なしで、いい本である。

 それにしても最近、幻冬舎はハードカバー作品の新書化・文庫化が早くて困ります。本書も購入からしばらく放っておいたら、映画化に合わせて(2004年01月全国公開予定)とはいえわずか一年で文庫化である。尤も、別の例では半年と開けずに新書化していたこともあったので、まだましなのだけど。
 ともあれ、これから読むつもりの方は、2003年中旬発売予定の文庫版をお待ちください。

(2003/11/25)


アガサ・クリスティー/長野きよみ[訳]『三幕の殺人』
Agathe Christie “Three Act Tragedy” / Translated by Kiyomi Nagano

早川書房 / 文庫判変形(クリスティー文庫所収) / 2003年10月15日付初版 / 本体価格640円 / 2003年11月27日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 最初の事件は、コーンウォールに隠棲した俳優が主催するささやかなパーティの席上で起こった。死んだのは、暮らしは倹しく人柄は善良な教区牧師。彼の手にしたカクテルから毒は検出されず、謎を残しながらも世間的には病死として処理された。だが、それから数ヶ月後、神経科の医師が牧師と似たような状況下で毒殺された。しかも、列席した顔ぶれは牧師の急死したパーティと似通っている。最初の事件のときから殺人の可能性を唱えていた俳優チャールズ・カートライトと彼を想う女性エッグ・リットン・ゴアは、演劇のパトロンであるサタースウェイトとともに真相を探ろうとする。まるで推理劇のような成り行きに容喙するのは、名にし負う名探偵エルキュール・ポアロ――
 題名も構成も、そして筋運びさえも演劇風の、独特な味わいを備えた長篇である。最初の事件を語る「第一幕 疑惑」、二番目の事件の発生と連続殺人の発覚を語る「第二幕 確信」、ポアロの再登場(冒頭のパーティにも参加していた)を契機に解決へと至る「第三幕 真相」という組み立てじたい演劇に準えたものだが、もともと人物の台詞と行動描写が中心で背景をあまり綴らないクリスティーの文体と相俟って、まるで本当に演劇を眺めているような心持ちにさせる。相当長尺になるだろうが、実際にこの小説のまま舞台に乗せても違和感は少ないだろう。
 ポイントとなるトリックは至って単純、このトリックだけを切り出しに考えると余計な部分が多すぎるようにも思うが、本編のキーポイントは第一の事件の動機であり、その異様さを際立たせるために紙幅を費やしたと言っていい。物語の闇を急激に照らし出す謎解きの場面は、推理小説としての醍醐味を見事に顕現させている。
 メイントリックが地味なせいなのか、これまであまり評判を聞いたことがなかったのだが、なかなかどうして、『スタイルズ荘の怪事件』などに匹敵する上質の作品だと思う。惜しむらくは作品の質ではなく、新訳初版であるが故の誤植や文脈への違和感が残っていること。二刷以降は解消されるはずの問題であり、安心して読める名作であることに変わりはない。

(2003/11/27)


田中啓文『邪馬台洞の研究 私立伝奇学園高等学校民俗学研究会その2
1) 講談社 / 新書判(講談社ノベルス所収) / 2003年11月05日付初版 / 本体価格780円 / 2003年11月29日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 色々と奇妙な伝説や事件を内包する謎めいたマンモス学校・私立田中喜八学園高等学校。成り行きでここの民俗学研究会に入部してしまった諸星比夏留だがいつの間にかすっっかり馴染んでしまった。どうも学校の近くにあるらしい“邪馬台国”とお宝の謎を探る「邪馬台洞の研究」、おかしな形の角を持つ昆虫と伝説の怪鳥を巡るミステリー「死霊洞の研究」、何故かわんこそばが伝統行事となっている小村に存在する悲しい伝説の顛末「人喰い洞の研究」、プラス断章「天岩屋戸の研究・序説(一)」を収録する。
 まー安定した筆運びである。前作でほぼ完成したキャラクターと世界観を操って繰り出される反則技スレスレ(一部犯罪レベル)のギミック。奇妙奇天烈な謎解きと共に毎回比夏留が披露する古武道の必殺技と何故かそれに名前を付けようとする保志野、といった構図も崩れず、2冊目にしてなんだかテレビ時代劇「水戸黄門」のような味わいがある。謎解きの無茶苦茶さとか、特に「人喰い洞」で顕著なお話としての構成の破綻に突っ込むのも馬鹿馬鹿しくなる。この横溢した馬鹿馬鹿しさ感がそのまんま武器となったシリーズと言っていい。
 とは言え、それでもいくつか引っかかった点がある。まず、『蓬莱洞の研究』では言及されていた比夏留の体重(外見は華奢で小柄だが実情は二百キロを超える)など、かなり特殊な設定の幾つかが、本書のなかでは説明されていないこと。前巻から継続して読んでいれば問題はないのだが、なまじ軽快で楽しい読み物であるだけに、どこから読んでも大丈夫、ぐらいにして欲しかったという気はする。
 あともう一点、実質的に「探偵役」を務める保志野はシリーズ第一作でいちどは民俗学研究会に勧誘されたものの、その場で顧問の藪田と確執を生じて出ていった経緯がある。が、2冊目となった本書ではその事実が殆ど無視されているように見えた。まあ、現実には多少時間が経てば確執のある状態に慣れてしまうものだし、研究会のメンバーに対して反感を抱いているわけではなかったはずなので、さしてこだわる問題でもないのだけど。
 ……まあ、仮に一冊目を読んでいなかったとしても、本書で「合わない」と感じたなら一冊目も合わないだろうし、描写の不備があっても楽しめたのなら一冊目は骨の髄まで味わえること請け合いなわけで、気にするほうが間違っているのかも知れない。兎に角深くこだわらず、笑ってすっきりした気分になりたい方にはお薦め――但し、多少行き過ぎていても笑って許せる度量も必要です。
 ちなみに私が本書でいちばん爽快に感じた箇所は、「人喰い洞」におけるエピローグでした。

(2003/11/29)


江戸川乱歩『人間豹 乱歩傑作選19』
東京創元社 / 文庫判(創元推理文庫所収) / 2002年08月30日付初版 / 本体価格700円 / 2003年11月30日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 1935(昭和九)年、「講談倶楽部」誌に連載された長篇。
 神谷青年は魔に魅入られたようなものだった。まずカフェの女給弘子、ついでレビューの花形女優江川蘭子、愛したふたりの女性を立て続けに、ひとりの男によって奪われたのである。その男の名は恩田――骨張った輪郭、爛々と輝く瞳、針のようなささくれを一面にたたえた赤い舌、まるで猫類の獣のような容姿を備えた男は、その外見と不気味な言動によっていつしか世間から「人間豹」と呼ばれ恐れられるようになる。二度に亘って最愛の人を奪われた神谷青年は明智小五郎探偵に恩田を捕えてほしいと依頼するが、大胆不敵にも恩田は次の標的として明智探偵の新妻・文代に狙いを定めるのであった……
 創元推理文庫版の乱歩傑作選としては、三作続いた翻案ものから五年の沈黙を経て久々に登場した「通俗もの」となる。立て続けに読むと流石に飽きが生じるこの系統も、シリーズを順繰りに読んできた身にはなかなか新鮮に映る。翻案もののもうひとつの代表作『白髪鬼』はどうするつもりだ、とはじめは思ったが、そう考えてみると心憎い選択と言えそうだ。
 先行する『幽霊塔』に比べると筋はかなり支離滅裂、人間豹=恩田の背景がほとんど説明されていなかったり、欲望の向かうところが判然とせず最後まで腑に落ちない部分が多く残ってしまうが、何故かあまり気にならないのは、恩田という自覚的に自らの欲望に従う悪党と、それに翻弄される若者および明智探偵という対決の構図がしっかりしていて、随所に興をそそる見せ場を設けてひたすらに「娯楽小説」たらんとした意志が窺えるからだろう。
 恩田が弄する策は決して独創的ではないし、非現実的でも乱歩の手癖を知っている者には概ね意図が読み取れる。それにあっさりと騙されがちな明智探偵の姿がやや間抜けに映るのが残念だが、目的や仕掛けが読み取れるだけに場面場面で読者が感じる緊張は高まり、思わず手に汗握らされてしまう。一種、定番のコントを眺めるのにも似た感覚だが、これも通俗ものの醍醐味のひとつには違いない。
 謎解きの興趣は味わえないし、明智探偵のファンには歯痒い内容ながら、乱歩の通俗長篇としては水準かそれ以上の楽しさを含んだ作品。浜田雄介氏の、人間豹の胸中にまで踏み込んだ詳細な解説も興味深い。

(2003/11/30)


back
next
『books』トップページに戻る
『light as a feather』トップページに戻る