2000年5月中旬の日常
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2000年5月11日(木)
木曜日だが私は暇。データ入稿がなければ私の出る幕はないわけで。CGの構図作りと読書を交互にしていたので特筆するような出来事もないまま一日が終わる。買い物も大沢在昌『無間人形 新宿鮫IV』(光文社文庫)という既に……あ、ハードカバーも新書も持ってるな俺。
昨日も書いたとおり、今後のためにCGの下絵をストックしておきたいので暫くは練習と構図作りに専念するつもり。インターバルを置くたびに絵柄が、というのは一昨日書いたが、どうもインターバルを置くたびに寧ろ上達しているような気がするのはやっぱり気のせいだろうか。バイト中やたら人の服装を観察する癖がついているからか、とか自己分析してみるのだが。
そう、私はバイト中よく立ち読みしているお客さんの衣服を観察している。ブランドとか素材とかには興味はないのだが、例えば体格に対する皺の付き方とか、身動きした際にどんな風に変形するかとか、その辺に気を配って眺めているのである。基本的に疚しい気持ちはない。それでも相手が女性だとなるべく気づかれないように目を逸らしたりする。そうした日々の研鑽が、ブランクを越えて技術の温存と向上に役立っているのだろうか……とか夢想するのだが多分別の要因だろう。昨日は峰 隆一郎、今日は塩沢兼人の訃報を聞く。ご冥福を祈ります。峰氏については昨日の段階で触れようと考えていたのだが、文面が漂泊旦那さんと大差なかったので止めたのであった。そう、私も隆慶一郎と混同していたクチである。
昏かった部屋にやっと明かりが灯る。……事実を書いているだけです。
2000年5月12日(金)
岩本隆雄『星虫』の復刻が心から嬉しい(朝日ソノラマ文庫より来月末予定)。他にも来月は都筑道夫『最長不倒距離』が光文社文庫から、赤江 瀑『オイディプスの刃』がハルキ文庫から予定されている。あと、岩崎正吾久々の新刊『探偵の冬あるいはシャーロックホームズの絶望』(東京創元社)の発売に合わせたのか、シリーズ前作『探偵の秋あるいは猥の悲劇』が創元推理文庫から復刻される。実は密かに楽しみにしていた、両方とも。
犬上すくね『恋愛ディストーション』(少年画報社・ヤングキングコミックス)を購入、読む。最近出たアワーズ増刊にこのシリーズの最新作が掲載されていて、絵柄が気になったので買ってみた。微妙に青年誌のテイストに染まった少女漫画、と言ったらいいか。妙にフェティッシュな着眼が私好みであった。ところで女性だよな作者は。
神坂 一『デモン・スレイヤーズ!』(富士見ファンタジア文庫)はとうとう訪れたスレイヤーズ長篇完結巻。今読んでいるのが終ってから一気に片づけるつもりだが、ちょっと勿体ない。すぺしゃるはまだ継続するらしいが……。本当に肩の凝らない作品というものは滅多に巡り会えるものではなく、そういう意味で私には貴重な作品だったのだが。
その他の買い物は、『IN POCKET 2000年5月号』(講談社)、ミステリー文学資料館・編『幻の探偵雑誌(3) 「シュピオ」傑作選』、レジナルド・ヒル『最低の犯罪』、北森 鴻『冥府神(アヌビス)の産声』(以上光文社文庫)、それと定期購読誌一冊。北森さんの文庫は、何となくそう来るのではないかと思ってはいたが、やはり『本格推理』シリーズと同系統の色使い。
臨時収入その1が突然届く。ラッキー、と言っても私の場合収入があると解った時点でどこに消えるかが確定してしまうのが悩みである。取り敢えず明日、性懲りもなく楽器を眺めに行く予定なので、そのついでにジャズの定番でも一枚仕入れることにしよう。多分キャノンボール・アダレイになると思うが。
一つの作業に意識を傾注しようとすると、何故か別の創作活動に気を惹かれるのが私の習い性らしい。今お絵かきをしているから、普段なら文筆の方に目が行く筈なのだが、やはり風向きがそちらに寄っている所為なのか、頭の中では正体不明のフレーズが渦巻いている。パット・メセニーやジャコ・パストリアスを聴いて落ち着こうとするが、チャーリー・ヘイデン&パット・メセニー『Cinema Paradiso (Love Theme)』を9800円のギターでコピーし始めてしまい余計始末がつかなくなる。だから、簡易デジタルレコーディング機器とMIDI入力用キーボード、それに安めのエレキギターぐらいなら10万以内で……うががが。どっちにしても、部屋を片づけるのが先決ではある(まだ終ってないんかい)。
2000年5月13日(土)
買い物に行く予定だったが、雨を理由に親父に引き留められ代わりに親父の運転する車に乗って栃木まで。雨が降っているのを理由にするなら何故高速に乗る何故そんなスピードで走る、と思うがまあいい。車中ではひたすら本を読み続ける。車の中でこれをやると驚かれることが多いが要は慣れだろう。無論、自宅などで読むのに較べればペースは遅くなるが、佳境に入ったので止められないのだ。
栃木インターで高速を降り、ナビを参考にしながら太平山神社まで。だが、駐車場を降りた先にある果ての見えない階段(あじさい坂)と「本堂まで600m」という案内に引き返し、駐車場近くにある連祥院六角堂を観察だけしてその場を引き上げる。私が後日資料になる可能性を見越してデジカメでお堂をあっちからこっちから撮影したことは言うまでもない。今回は特に他のことを考えずに撮影したものなので、ここには掲載しませんが。
撮りながらちらっと思ったのだが、デジカメで凶悪な心霊写真を撮ってしまった場合、一体どうやってお祓いすればいいんだろう。ネガポジ揃えて悪霊落としする、という訳にもいかないし。スマートメディア自体を祓うとか。本体に憑いていたらどうするんだよぉ。
そのあと太平山の上に向かう道を走るが、悪天候のため下車する気にならずそのまま下山、佐野周辺を徘徊して蕎麦屋を探す……だが、佐野と言えば蕎麦よりはラーメンなのだった。所々に手打ちラーメンの看板が掲げられ、多分メディアで扱われたのだろう店には雨をものともしない長蛇の列。しかし我ら一家は何故かラーメンについては特に執着がない。普段から親父がゴルフだなんだで遠出するたびにサービスエリアで佐野のラーメンを買ってきたりする所為もあるのだろう。寄り道する場所を求めながら蕎麦屋をざっとチェックしておく。前の那珂湊に較べれば遙かにその軒数は多かったが、惹かれるものも感じないままだらだらと小一時間程度放浪し、懲りたところで旅館のなり損ないのような外観をした和食・うどんの店を発見、丁度腹が減ってきた時間だったのでそのまま入る。
一瞬そこを選んだことを(選んだのは父だったが)後悔した。一般の二階建て家屋を二階までぶち抜いたような構え、座敷とテーブルと合わせて50人は収容できそうな店内に客の姿は片手で数えられるほどしかいない。店員の女の子のたどたどしく垢抜けない話しぶりが何故か不安を煽る。親父はすいとんと天重(普通に頼むとうどんかそばがついてきてしまうが、流石に単品で注文した)、母は――名前を忘れたが三種類の蕎麦が盛られたざる、だったと思う。そして私は唐揚げとかけとろうどんの大盛りを注文した。他に注文待ちする客の姿も見えないのになかなか料理は運ばれない。私は小説の続きを読み耽り親父は徘徊し母は地方版の新聞を眺めている。最初に届いた唐揚げを三分の二ほど食べ終ったところで漸く親父のすいとんが届き、続いて天重、私のかきとろうどんが並んだ。
――思いの外美味かった。所謂田舎蕎麦うどんに類する腰のある麺に重みのあるつゆ、行きつけの店の一つほどではないにせよかなりいける。親父がすいとんを絶賛していたのでちょっとスープを分けて貰うと、こちらも確かに美味しい。関東の雑煮などに使う澄まし汁を煮詰めたような雰囲気なのだが、見た目ほどきつくなく主食として成り立つぐらいきっぱりした味があった。一旦安心してしまえば、お運びの女の子の幾分訛りのある喋り方に不安を抱くこともない。近くにあったフラワーセンターの詳細を訊ねたりし、食事を充分堪能して店を発った。
そのあと件のフラワーセンターを訪れるも、親父が「安行の方が安い」と漏らしたのが全てを象徴して、見るべきものはあまりなかった。折から雨も酷くなってきたので、早々にそこを出た。帰途、雨粒が激しくフロントガラスを打つのを気にも留めず私は黙々と読書を続けた。芦辺 拓『時の誘拐』(立風書房)を読み終え、念のためにと持ち込んだ文庫本にも没頭、そのまま家に着いてしまう――いや、もともと車酔いはしない質だが我ながらここまで持ち堪えるとは思わんかった。そんな訳でこちらが芦辺 拓『時の誘拐』(立風書房)の感想であります。最近、何故一時期感想を書くのにあれほど苦心したのか、その原因が解ってきたように思う。粗筋だよ粗筋。あれを意地になって書こうとするから手間取ってしまうのだ。ここ暫く粗筋はさておき自分の所感から書き留めるように努めているのだが、その方針転換だけでほら、ここ暫くは読後あまり間を置かず感想がアップできるようになっている。今後もこのスタイルで続けてみることにしよう。いざとなれば粗筋は省いてアップすることも出来るわけだし。あまり自分に無理はさせないように、と。因みに芦辺さんの単行本、M2になりました。編著や文庫化などを含めるとまだまだ先は長いが、何としても今月中にある程度読み終えて、六月中に再読したい。そーじゃなければ絶対間に合わん。
勢いに乗って、というか大体読み始めればその日のうちに終ってしまうのがスレイヤーズシリーズ。神坂 一『デモン・スレイヤーズ!』(富士見ファンタジア文庫)読了。完結。一時はどうなることかと思ったが、第二部開始以後ばらまかれた伏線や登場人物の殆どをきっちり回収し、またボスキャラも第一巻、第一部に見劣りしないものが用意されたことで綺麗に纏まりました。ただ、第一部に較べると、行動理念や動機の設定が個人的で、その所為か妙にこじんまりと決着した、という印象がある。しかし、それは第一巻の風呂敷が大きすぎたために変な期待をさせられる部分があるからだろう。寧ろこのキャラクターや世界観からすれば、あるべきところに戻った、と捉えられる。カタストロフィを求めれば不満が残るが、そういう意味では非常にいい終り方だと思った。いつか第一巻から再読したいねーとも思う。いつだ。
巣鴨だとよ。そんなにベタでどうする。
2000年5月14日(日)
小渕前首相逝去。未だ積極的に評価する気にはなれないものの、依然「他の人よりはまし」という気がするし、せめてサミットと景気対策だけはある程度遂行させてあげたかったとも思う。ご冥福を。
昨日は雨天で断念した格好になったので、改めて秋葉原へ。あっちこっち見て回るつもりが出る時間がちょっと遅かったためいつも立ち寄る店でCDを物色するだけに留めた。予告通りキャノンボール・アダレイを捜すが、当初購入するつもりだったアルバムだけ、ない。なんでや。『Somethin' else』だぞ。あの『枯葉』が入ってるんだぞ。どうして置いていない。仕方なく店内を彷徨、他にめぼしいものがないか眺めて廻るが、時間を浪費するばかり。新盤の広告が貼られた掲示板を眺めていると、半ば忘れかかっていたチック・コリアのピアノ・ソロ・アルバムが17日に発売とあるのに気づいた。前からこれは買うつもりだったので、その前後に店に来ることになる。ならば、と思い、念のために店員に在庫を確認して貰い、無いようならそのまま取り寄せて貰うことにした。商品の在庫点検をしていると思しい店員を捕まえて訊ねる。すると、
「ジャンルは何ですか?」
……そら興味のないジャンルなら知らないかもしれんけどね。店員なんだから、コーナーがちゃんと設けられているアーティストぐらい覚えていてくれたっていいじゃないかよぅ。更に彼は「日本盤は出ているんですか」とも聞いてきた。出てなかったら別のところで探すよさすがに。
あとは届くまでお預け、でも良かったのだが、何も買わずに帰るのはちょっと寂しかったので、同じキャノンボール・アダレイの別タイトルを購入した。Cannonball Adderley『Mercy, Mercy, Mercy!』(東芝EMI・ジャズ名盤物語)。弟ナット・アダレイ(Cor.)と、のちにウェザー・リポートなどでも活躍するジョー・ザヴィヌル(Pf)を加えたクインテットの代表作。ザヴィヌル作曲の表題作は日本でもカバーされたものらしいが私にはあまり覚えがない。やはり古いという印象は否めないが、ライブ演奏の熱気も相俟って非常にいいアルバム。『Somethin' else』の入荷が楽しみだ――って、多分そっちは殆ど聞き覚えのある曲ばかりなんだろうけど。二時近くに帰宅後、試しに行きつけのうどん屋を訪れると、思いがけず客が少なく、久しぶりに座ることが出来た。今日は食事時の混雑も一時的で、私たちがお邪魔した時間にはマスター一人でやり繰りしてもまだ余裕のある様子だった。久しぶりにカレーうどん大盛りを食す。
芦辺 拓『死体の冷めないうちに』(双葉社)読了。『時の誘拐』でも登場した「大阪警視庁」「自治体警察」を現代に持ち込んだ、パラレル・ワールド的舞台で展開する短篇連作。立て続けに読んだせいか、為政者や既存の警察機構に対する鬱憤の噴出が些か鼻につく部分もあったが、せいぜい80枚程度という各編のお手頃さと切れ味の良さも手伝ってするすると読めた。
書評とだらだら格闘したりテレビをちんたら眺めていたり日記に手こずったりしているうちに時間が過ぎていった。あと二枚は構図を作らないといけなかったのに……。
2000年5月15日(月)
三浦洋一氏死去。一時期『三毛猫ホームズ』シリーズの片山役をやっていたことと『さすらい刑事旅情編』のレギュラーぐらいでしか私には馴染みはないのだが、亡くなるまでの過程が私の知り合いに似ていたので、少し沁みた。
ある取引先から届く雑誌広告のデータに困らせられるのは今に始まったことではない。昨年三月頃、親の仕事を手伝い始めた当時から、相性が原因で出力できないなど問題が頻出していたのだが、最近はIllustratorのグラデーションが正常に出力されない、という不思議なエラーが発生している。今日二回目。グラデーション部分のデザインを無理矢理変更することで回避しているのだが、根本的な解決方法はないものだろうか。手っ取り早いのは、問題のデータを作成している部署にIllustratorを成る可く新しいものにバージョンアップしていただくことのような気がするんだが。
バイト先の内装が毎週月曜日毎に様変わりしている。前は棚の上部にあった照明式の案内板が全て撤去されてオレンジ色の化粧版が填め込まれ、今日は蛍光灯の構成が変わっていた。店員もバイト中心に殆ど入れ替わるようだが……急激すぎるイメージチェンジは逆効果に繋がらないかと、些か危なっかしい気持ちで傍観するのみ。
買い物は『KADOKAWAミステリ2000年6月号』に北森 鴻『狐罠』(講談社文庫)、小川勝己『葬列』(角川書店)。最後のは本年度の横溝正史賞受賞作である……何故かもう一冊『DZ』は入荷しなかったらしい。知り合いにつられてICQを導入してしまう。日本語パッチを貼ったのだが受信文章や履歴が文字化けしたままなのでまだ使い物にならないのが現状。そもそも導入してもどのように使うか全く考えていない。暫くは漫然と利用して、用途があるならそのままにする。なければハードディスクの肥やしになっていただくだけだ。
『KADOKAWAミステリ6月号』をざっと眺める。先日、表紙の印象だけで購入したクレイグ・ホールデン『夜が終わる場所』がどうやら当たりだったようなことが書いてある。慌てて発掘した。次か次の次ぐらいに読むのだ。久々に読書熱が向上しているが、他の作業に悪影響を齎しているのも確か……な気がする。その情熱がうまい具合に配分できれば、ね。
2000年5月16日(火)
やけに疲れているのは多分バイト先のレジスターがいきなり新調されていたからだろう。ボタンが多すぎるのも配置が変わっているのもいけない。ボタン一つで領収書をプリントアウトしてくれるのは助かるが、今日含めてあと三回しか出勤しない私にはあまり関わりがないし。どちらにしても、違いを考慮に入れながら操作するのは結構神経を使う。朦朧としているので今日の日記は簡単に済ませよう、と思ったのだが、言い訳だけでもう何文字書いているんだ私は。
馳 星周『虚の王』(光文社・カッパノベルス)読了。昨晩は残り30ページほどのところで眠気に屈してしまった。別に作品が退屈だったからではなく純粋に生理的に眠かったのである。『不夜城』や『夜光虫』に較べると物語の規模が小さく、作品の性質も何処か卑小に見えてしまうが、テーマは現代的で非常に生々しい。登場人物の造形が通り一遍で、一部の衝撃的な展開を除くと概ね先の予想がつくのが難か。テーマを反映して旧作以上に虚ろな結末で、旧作で懲りたと思ったなら手出しするべきではない。しかし、個人的にはこの人、ダーティな作品ばかり書いているのは勿体ないと思うのだが。詳しい感想は明日以降。今日は書く暇が(というかPCの前に座る時間が)見つからなかった。
昨日出力したデータ、MOに入っているデータのうち最新のものを出力してくれ、と頼まれていたのだが、最新のものではなかったということで再出力を命じられた。問題は二点ある。何故、他人様に手渡すMOに、その場で必要のないデータが一緒に入っているのか? そしていまひとつ、何故、最新のデータの日付が1956年8月になっているのか? ――前者についてはかなり最初の頃から口が酸っぱくなるほど忠告しているのだが、一時実践されただけでふた月もしないうちに元の木阿弥となった。後者については一体何が起きたのやら、想像するのも鬱陶しい。冷静に考えれば1956年のデータが届くことなど現実にあり得ないのだから、私も或いはそっちが最新のデータである、と推理を働かせても良かったところだが、それ以前に考えたのはバグやウィルスの可能性であり、多分ある程度PCに親しんだ人間なら私の気持ちを解っていただけると思うが、恐ろしくてデータを開いてみることは出来なかった。昨日はちゃんとデータの更新日時が最新のものを探した上で出力したのに、それが一個前のものだったということは、日付に異常があるそちらの方が最新である可能性が高いと踏んで、命令を受けてやむを得ず開いたのである。さもなければ絶対にそんなデータには手を出さない。原因究明と問題解決はデータを作った側で考えるべきことだから私はもう頓着しないつもりだが、取り敢えず他人にMOでデータを届ける場合は、中身は必要最小限に纏めておけよ、とだけ、改めて忠告しておくに留めよう。一回で解って、お願いだから。
今日のお買い物。ゆうきまさみ『起動警察パトレイバー(5)(6)』(小学館文庫)、猪熊しのぶ『SALAD DAYS(9)』(小学館・サンデーコミックス)、皆川亮二『ARMS(12)』(小学館・サンデーコミックススペシャル)、井上尚登『C.H.E.』、小笠原 慧『DZ』(以上角川書店)、他定期購読誌三冊。
2000年5月17日(水)
緊急告知:どなたか『Memories of you』という曲について詳細を御存知でしょうか? むかーし漫画の中にこのタイトルを見つけて以来興味を持っているのですが、肝心の作曲者も演奏者も見つけだせずに難渋しております。何故かジャズ・スタンダードのオムニバスにも収録されていないんだこれが。作曲者でも演奏者でも、収録されているアルバム名でも何でも構いません。情報求む。メールでも送信フォームでも結構ですので心当たりのある方は是非ご一報下さい。本気で困ってます。
起きると頭が痛い。風邪なのか昨晩の疲れに起因する頭痛なのか決めかねたので、取り敢えず頭痛薬だけ飲んで出勤。良い子の皆さんは薬を飲んだあとに車やバイクに乗ってはいけません。使用上の注意にも書いてあるじゃないですか。んで頑張って出勤してみても仕事ないし。
頃合いを見て職場を出、久しぶりに近場で一番大きい本屋を訪れる。広い店内をあっちこっち渉猟し、拾って廻る。まずは『こみっくパーティー コミックアンソロジー(3)』(スタジオDNA)。先月末に発売したのだがバイト先では何故か入荷がままならず、私の分が残らなかったのである。ここでも平台に最後の一冊を残すのみとなっていた。危ない。次に拾ったのはボニー・マクドゥーガル『賠償責任』(講談社文庫)。フィリップ・マーゴリンが評価していると聞いて買う気になったものの、こちらもバイト先で品切れ。そして、何故か今頃谷崎潤一郎『痴人の愛』(新潮文庫)。無論某所の影響はあるが、それ以上にこのシチュエイションは私の手持ちのプロットで利用できることに思い至ったから、というのがある。兎に角早く読んでしまわねば、『ロリータ』とかフロイト全集とかと一緒に。更にもう一点、野間美由紀『ピンキーリング(ジュエリー・コネクション1)』。ジュエリー・コネクションの新シリーズは新書版で買っているが、旧シリーズは全て未読のままである。前にここで探したときは何故か置いていなかったのだが、試しにもう一度棚を眺めてみたらちゃんと文庫で全巻揃っていたので、取り敢えず一巻のみ。ここで買いすぎに対する警戒心が漸く働いて、レジへ向かう。
帰り道、ライバル店の袋を下げてバイト先へ行くという暴挙をしでかす――無論、実際には誰も気にしないのだが。何を買ったのかと聞かれて中身を見せるにも躊躇いはない。一応、ここにないことを知った上で買い物をしているからだ。だが、店員さんに「野間美由紀の文庫なら今置いているよ」と言われる。嘘だぁ、とコミック文庫の並ぶ棚に向かうと――あった。そう言えば先日、出版社から送られてくるリストを利用して売れ線を一気に注文しているのを横目にしていた覚えがある――。居たたまれずに立ち去った。いや、赤松 健『AIが止まらない! 新装版(7)』(講談社・マガジンKC)だけ買ったんだっけ。戻っても相変わらず仕事がないので絵を描いたり買ってきた漫画を読んだり。『ピンキーリング』を読んで「そーかこの二人は兄弟だったのか」と極めて下世話なことを考えたりする(知っている人だけ軽蔑してください)。
夕刻、またバイト先に寄って浅田次郎『活動寫眞の女』(活動写真の女、と書いてあります念のため)、有栖川有栖『海のある奈良に死す』(以上双葉文庫)、『To Heart 4コママンガ劇場(3)』(エニックス)の三冊を仕入れ、そのまま秋葉原まで。
注文品の入荷を確認する前に、お目当ての新作のジャケットだけでも眺めておこうと、Chick Coreaの棚を見に行く。――が、新作の枚数に合わせたのか、面出し用の留め具が二つ棚に置かれているものの、そこに宛われているのは旧作。おや、と思い最新版の試聴コーナーなどを確認して廻るが、新作二枚何れも見当たらない。一旦探し回るのを止め、レジに向かった。
案の定というか、注文してあったCannonball Adderley『Somethin' Else』(BLUE NOTE/東芝EMI)はちゃんと入荷していたのだが、チック・コリアの最新盤の方は芳しくない解答。最初は品切れ、と言っていたのだが、もう少し調べて貰ったところ、入荷した痕跡がない――無期延期しているらしい、という話になってしまった。今になって思うと、午前中に訪れた大手書店と同じフロアにあるCD屋でもその形跡を見かけなかったのだ――前日ではなく発売日当日だというのに、史上初のSwing Journal誌選定ゴールドディスクに二枚同時で選ばれた作品だというのに、である。どんな問題が生じたのか知らないが、楽しみにしていただけに落胆も激しかった。念のために予約して貰い、注文品だけ買ってすごすごと帰宅する。くそぅ。帰宅後、Cannonball Adderley『Somethin' Else』を謹んで拝聴する。
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参りました。これは確かに凄いわ。伝説の『Autumn Leaves(枯葉)』など、40年以上の時を隔てた今となっても色褪せていない名演。テクニックも無論だが、最早楽曲としてこれ以上引くことも付け足すことも出来ないのだ。今後町中でこのフレーズを耳にしたら、私は間違いなく足を止めてしまうだろう。歩きながら聴くことが自分に許せない。悶絶。一通り聴いたあとは思わず『枯葉』だけ何度も何度も繰り返し聴いてしまう。無論、他の曲もアベレージは極めて高く、「不滅の一枚」の呼び声も充分に頷ける。でもやっぱりキャノンボールのアルバムと言うよりマイルス・デイヴィスのアルバムだった。ちなみに私は新聞を開いたとき、十中八九の確率で最初に訃報欄を見ます。だからどうだと言う訳じゃないですが。
馳 星周『虚の王』(光文社・カッパノベルス)の感想を脱稿しました。結論は昨日書いたこととあまり変わらず。
あう、触れるのをすっかり忘れていた。祝・『ぼっけえ きょうてえ』山本周五郎賞受賞。朝の新聞で知りました。喜ばしきことこの上なし。でも未だに読んでいない私なのであった。発掘……してもいつ読めるんだろう。
2000年5月18日(木)
緊急告知:どなたか『Memories of you』という曲について詳細を御存知でしょうか? むかーし漫画の中にこのタイトルを見つけて以来興味を持っているのですが、肝心の作曲者も演奏者も見つけだせずに難渋しております。何故かジャズ・スタンダードのオムニバスにも収録されていないんだこれが。作曲者でも演奏者でも、収録されているアルバム名でも何でも構いません。情報求む。メールでも送信フォームでも結構ですので心当たりのある方は是非ご一報下さい。本気で困ってます。なおこの文章は満足のいく結果が得られるまで「最近の日常」トップに置きっぱなしにするつもりです。
木曜日が暇だというのはかなり危険な状況なのだが、まあ今はGWを過ぎたばかりで映画の新作上映も一段落着いたところだし、と自分を納得させよう。暇と言っても仕事はあったわけだし。
バイク乗りにとって、雨具に浸透するような霧に似た雨は、土砂降りと同等ぐらいに鬱陶しい。無論土砂降りの危険は言うまでもないのだけれど、霧雨は傍目以上に濡れるものだしじわじわと着衣が重くなっていく様はかなり気持ち悪い。また、土砂降りに較べると路面の状況が解りづらいのも困る。想像以上に路面が水分を含んでいることがあり、それは当然ブレーキの効力減退やスリップの危険に繋がるからだ。雨そのものによる危険の度合いは降水量に関わりなく等しいのだが、要はこちらの認識の仕方に差があり、余計に気を遣わされる分危険は増している、と感じてしまうわけ。んだから今日も両親の車に便乗させて貰った。暇な時間は絵を描いたり漫画を読んだり。
昼過ぎ、雨が上がったので買い物に出る。近くにある行きつけのCD屋で、最近発売予定の溝口肇(チェリスト・作曲家)のベストアルバムを探すも見つからず、店員に訊ねて来週発売(5/24)であることを知った。のでそこでは何も買わずにバイト先の本屋へ。買ったのは小学館サンデーコミックス三点のみ。店長と立ち話をしていると有線でサンタナが流れてきた。そう言えば、これも買うつもりでいたんだよなーとふと思い出す。……次にCD屋に行ったら多分買ってしまうだろうな。帰宅後もお絵かき。依然CG用の構図を描き貯めているのだが(そろそろ焦燥感がこみ上げてきたけど)、自分の部屋にてフルアコのギターをざっくばらんな服装で弾いている女の子、という図柄がふと脳裏に浮かんでラフを描いてみた。そうこうしているうちにふと思ったのは、そう言えば女の子だけのジャズバンドって知らないな、ということ。ロックバンドでは多いが、ジャズにおいては単独名義でセッションを率いる、という形はとっても、「Weather Report」なり「Return To Forever」なりといった具体的な名称を持ったセッションでは女性のみというケースは寡聞にして知らない。今挙げたRTFの初期メンバーにはフローラ・ピュリムという女性がいたが、他は全て男性だったし。だからどう、という訳でもないのだが……ただ、そうすると女の子ばっかりのジャズセッションを絵にするのはちょっと真実味に欠けて見えるかもな、と思っただけで。いや別にリアリティなんて必要じゃないとも思うんだけど。
2000年5月19日(金)
naubooさんに大感謝。『Memories of you』無事発見しました。「ペニー・グッドマンではないか」という情報を戴いたので、店頭に確認に行ったところBenny Goodman『This is Jazz 4 Benny Goodman』(Sony Records)に収録されているのを無事発見しました。価格もお手ごろなので即購入。時代を感じさせるモノラル音源ばかりで、問題の『Memories of you』も御多分に漏れず。非常にオーソドックスなスローバラードでした。しかし取り敢えず旋律とムードが解っただけでも大収穫。重ねて有り難うございます。しかしこのオールドファッションなスイング・ジャズも、意外と私の好みらしい。
断続的にデータが届き、総量は大したことがないのに妙に忙しない一日だった。その合間を縫ってバイト先・CD屋を歴訪する(大袈裟だ)。お買い物は犬上すくね『未来の恋人たち』(大都社)、うちだ藤丸『NUDE〜少女鮮明〜(2)』(秋田書店・チャンピオンコミックス)、絵夢羅『Wジュリエット(4)』、山田南平『紅茶王子(10)』(以上白泉社・花とゆめコミックス)、北条司『ファミリーコンポ(12)』(集英社・SCオールマン)、我孫子武丸『たけまる文庫 怪の巻』(集英社文庫)、そして昨日の危惧が的中した形のSantana『Supernatural』(BMGファンハウス)。
だが、午後三時半には「もうデータが来る可能性無いから帰ってもいい」というお達しがあり、素直に荷物を纏めた。そのままバイクを上野に走らせ、某所で『少女サーカス』(evolution・18禁)を買う。久しぶりにポイントを利用したら、現金37円で済んでしまった。ごめん内田さん。まさかそんな貯まっているとは覚えておらなんだ。
続いて秋葉原の、いつも行く店にて上記のペニー・グッドマンを見つけ、ついでに何かないかと暫く探索して歩くが決心が付かず目当ての一枚だけをレジに運ぶ。ついでにチック・コリアのニューアルバムの発売時期を確認したが、まだ決まっていないらしい。一体何が起きたのやら。芦辺 拓『十三番目の陪審員』(角川書店)読了。これで芦辺さんの単行本は完全攻略。編著や共著が残っているものの、後日予定のお仕事には必要ではないので慌てることはないでしょう。ここまで一人の作家を徹底的に読んだのは久しぶり。なかなか充実した一時期でした――と言っても六月に入ったらハイペースで再読する予定なのだが。
『少女サーカス』はまださわりだけなので何とも。ただ一つ、もー何回も何回も何回も何回も言ってますが、システムはもっと練り込みましょうね、とだけ。
週末に突然仕事が立て込んだのでやや疲れ気味で、文章に気合いが入りません。という訳で今日はこれだけ。
2000年5月20日(土)
だらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだら。雨が降っているのがいけないんだ。なーんにもする気が起きない、からルーティンワーク同然のゲームは却って捗ってしまうのであった。読書はおろかお絵かきも書き込みもさぼっている始末。決して体調が悪いとかそんな理由ではありません、ただひたすらテンションが低いだけ。
引き続きサンタナ『スーパーナチュラル』を聴き続ける。垂れ流している間はともかく、意識的に聴く場合はどうしても「スムーズ」を一曲目に引っ張り出してしまうのだった。封入の解説にも「日本人好み」とある名曲だが、それ以上に私はこの曲、桑田佳祐(サザンオールスターズ)の曲と言っても信じ込む奴いるんじゃないかと思っている。ラテン系のリズムといいサンタナのシンプルなディストーションのみを利かせたギターといい、何よりヴォーカル(マッチボックス20のロブ・トーマス)の作り込んだハスキーな低音は桑田佳祐の歌唱法そのものと言っていいほど。無論、双方のファンにとってその違いは歴然としているのだろうが、ちょっと聴いただけならまず錯覚してしまうだろう。元々有線で聴いていたときからお気に入りの一曲だったが、購入してからサルのようにこれを流しっぱなし。お陰で未だにアルバムの全体像が掴めていないのであった。
昼間は家族と共に行きつけの蕎麦屋へ。この店は何故か毎年浅草の三社祭に合わせたかのように臨時休業してしまうのだが、案の定入り口脇の柱に「5/21休ませてください」との張り紙がしてある。「ください」ということは「駄目」と言われたら休まんのかい。昨年まではてっきり店主が神輿を担ぎに行くために店を閉めているのだと思っていたのだが、ちゃんと別に理由があったらしいとおばちゃんの話で初めて知る。どっちにしても大した理由じゃなかったが。
『少女サーカス』(evolution・18禁)、漸く三つばかり結末を見た。最初のプレイでは肝心な動作の一つを見落としていたために、フラグが立たず無駄な時間を費やし、結果として非常に当たり障りのないエンディングに辿り着いてしまった。一廻り目の半分辺りで取ったセーブデータが幸いに残してあったので、そこから再出発して無事ヒロイン一人をクリアした。一度コツが解ればあとは簡単……なのだが、いかんせん全体に過程がだらだらと長い。遊んでいるうちに妙な倦怠感に包まれてしまう……雨の所為だろう、ですと? まあその可能性も否定しない。ともあれ、結局ゲームとしては単純なフラグ形式のアドベンチャーものに過ぎないわけで、ヒロインたちのスケジュールを管理して各種数値を上げていく、という部分はアドベンチャー部分の平板さを糊塗する意図で付与されたもの、のように見えた。この過程があるお陰で「攻略」という観念が際立った代わりに、一旦理屈が解ったあとだとこの付与された部分がどうにも鬱陶しい。数値の変動によって特殊なイベントが発生する、とか、キャラクター同士の数値の兼ね合いによって成長の度合いが変化したりトラブルが発生する、といった要素があれば、プレイヤーを怠惰な「攻略」に向かわせずに済むし、作品に個性を備えることも出来るはずなのだが、そこを回避してしまったため、結果として「過程のめんどくさいアドベンチャー」と評するほか無くなってしまったのが残念。本筋のシナリオより無理矢理な理屈で発生するHシーンが面白い、という珍しいタイプの(個人的には、非常にらしいと感じたのだが)ゲームであっただけに、そうした工夫を怠っているのが勿体ない、と思った。
そしてより一層酷なことを言わせて貰えれば、このゲーム、『めいKing』(にくきゅう・18禁)そっくりじゃ。それも、キャラクター毎の数値の変化が確認しづらい、日付が見えないお陰でゲームがいつ終わるのか解らない、プログラムが無意味に重い、何より数値変動によって発生するイベントも結局一本道になっている、といった点で『めいKing』に劣っている。物真似ならさもありなん、と頷くところだが、私の記憶に誤りがなければevolutionって元にくきゅうのスタッフ数名が立ち上げたソフトハウスじゃなかったか? それも『めいKing』の成功(あくまでもこの業界における、と云い添えておこう)とともに離脱したスタッフの。だとすると――これは非常に低レベルな自己反復の成果、ということになってしまい、評価はより一層引き下げざるを得ない。前作(『マシンメイデン外伝』)がそれなりの出来だったので期待があったのだが――やはり、半端にゲーム性を取り込んでしまったのがいけない、という気がする。
「爆汁アドベンチャー」という怪しげなキャッチフレーズに相応しく、その辺の描写は(私にしては珍しいことだが)楽しめるので、残り二人のヒロイン固有のエンディングを見るまでは遊び続けるつもりだが、上記の理由から総評は辛くなると思う。結局はこの業界、末端に至るまで「絵とシナリオに依存しすぎる」病に罹っている、と言えそうだ。なお蛇足だが私は丸く描かれた乳はあまり好きじゃない。……日記を書き始めるまでは依然「だらだら」が脊髄辺りに蔓延っており、書き終えたら即眠れそーだな、などと思っていたのだが、上のゲーム評を書いているうちにちょっとだけ目が冴えてしまった。どうする。