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2000年5月21日(日)
怠惰の極み。何もしていなかった訳ではないのだが日記に書けるようなことは殆どない。あ、第二の山手線占いをやってみたところ、駒込でした。本人は概ね合っているような気がしたがいかがなものか。但し忍耐力はあまりない。それと、結果の下の方にある「有名人」とか「月曜日の性格」というのは一体なんだろう。
『少女サーカス』、三人目の攻略に失敗したところでかなりやる気が失せてます。どうも、たった一つイベントを見落としただけで攻略が不可能になってしまったらしい。昨日付けの日記にも書いたとおり、このゲームは過程が非常に鬱陶しい。そこに加えて、フラグがたった一個欠けただけで、大体のイベントも見て仲良くなっているはずのキャラクターのエンディングに移行しなくなる、というのはこちらのやる気を酷く阻喪する。気力を奮い起こして再度攻略に挑戦し始めてみたものの、数分で苦痛になってきた。こういう遊ばせ方が端から念頭にあったのなら、二度目以降のプレイをスムーズにするために、メッセージの早送りをする際は画面切り替えの効果も外すとか、各キャラのパラメータを一覧できるようにするとかの配慮が必要だろう。二日目にしてもうかなり飽きてます。システムの組み立てに大いに問題あり。シナリオ自体は楽しそうなのだが、それを堪能する気分にさせないのが拙い。
――昨日にもましてテンションが低いので今日はここまで。
2000年5月22日(月)
仕事がなあ……
特に書くことがないので、先日ふと思ったことについて。
頻繁にここを御覧になっている奇特な方なら先刻ご承知の通り、私は最近ジャズに填っている。ジャコ・パストリアスを契機にウェザー・リポート、パット・メセニーと彼のグループ、チャーリー・ヘイデン、ジム・ホール、マイケル・ブレッカー、ジャック・ディジョネット、ハービー・ハンコック、リチャード・ボナ、NIACIN、仲宗根かほる、渡辺貞夫、綾戸智絵、そして果てにペニー・グッドマン。他にも以前から折に触れ聴いているチック・コリアとPONTA BOXというのもある。
一応ここまでに挙げたアーティストは皆、そのディスクには<ジャズ>というジャンルが基本的に記入されている。基本的に、と断るのは、<ジャズ>のみならず<フュージョン>というジャンル名が付加される場合もあるからだ。また、ジャコの「ワード・オブ・マウス」セッションによるレコード※注1には敢えて<ビッグバンド>と書かれている場合もあるが、これは売り手の意図やポリシーもあるのでジャズの中に括ってしまっていいだろう。
ところで、<フュージョン>とはどんなジャンルを意味するのだろうか? このジャンルには他に<クロスオーバー>という呼称もある。つまり、二つ以上のジャンルのスタイルを混合・融合させたものを「フュージョン」と呼ぶ訳だ。パット・メセニーのディスクは大半が<ジャズ・フュージョン>というラベルで統一されているが、それは彼の指向にブラジル音楽やR&Bというものが含まれている為であり、納得がいく。またハービー・ハンコックにも<フュージョン>という添え書きがしてあるのだが、これもまあハンコックにはファンク路線という本線からやや外れたスタイルを牽引した功績もあるので(あくまで<ジャズ>という信念の中でだが)、よしとしよう。ハンコックを認めてしまうと代表的なジャズミュージシャンの殆どはフュージョンと呼ぶ必要がありそうだが、元々フュージョンというカテゴライズはジャズから出たものなのでこれも構わないとして。
ここで疑問に思うのは、<フュージョン>がジャンル名であるなら、何故ジャズ出身アーティスト以外には用いられないのか。先週金曜日に購入したサンタナ『スーパーナチュラル』を聴いて、かつても感じたのと同種の疑問が久々に甦った格好だった。大ヒット曲『スムーズ』にしたところがラテンとの巧妙な融合、他にもラップやヒップホップ、冒頭の『ヤレオ』にはファンクジャズのイメージがあり、その混交ぶりは凄まじい。だが、カテゴリーは厳然として<ロック>である。
アーティストとして<ロック>を保守したい、<ヒップホップ>を標榜することに自負がある、などの理由から、<フュージョン>的な指向があってもそれらのジャンル名を誇示することはあるだろう。だが、結局ジャズ以外のジャンルから<フュージョン>の看板を掲げるアーティストが少ない※注2のは、何故なんだろう――
と、些か長々と綴ってきたが、書いている間に私の中では答えが出てしまった。要は、<フュージョン>というのも基本的にジャズの内側にあるカテゴライズの一つとして捉えられているからだろう。だから、例えばパット・メセニーならゲフィン移籍辺りからのグループ作品には<フュージョン>というカテゴリーが相応しいが、単独名義やサイドメンとしての活動はその大半がストレート・アヘッドなジャズであり、それらは誇りを持って<ジャズ>として括られることを望んでいるのだと思う――確かめたことはないので本当のところは解らないが。だが、ジャズ以外のジャンルでは<フュージョン>という形でのカテゴライズが行われなかったため、アーティストが自分の本領にどんな様式を持ち込んでも基本的に<フュージョン>とは呼ばないわけだ(たまに添え書きしてある場合もある。<ロック/フュージョン>とか)。だからサンタナも、彼がロックアーティストである限りその音楽は<ロック>と但し書きされるだろう、ということ。まあ、ただの聴き手としては、いい音楽であるならジャンルなどどうだっていいのだけれど。ジャズだろうがロックだろうがサルサだろうがクラシックだろうが、無論、演歌だろうが。本日のお買い物。今日から箇条書き。
・川原由美子『前略・ミルクハウス(1)』(朝日ソノラマ・ソノラマコミック文庫)
・和田慎二『怪盗アマリリス(3)(4)』(朝日ソノラマ)
・ふくやまけいこ『星の島のるるちゃん(1)(2)』(大都社)
・乙一『夏と花火と私の死体』(集英社文庫)
他、定期購読誌二冊。漫画は全部復刊じゃないか。夕方、徒然に「日々」のページをマイナーチェンジしてみた。内容は同じだが見た目はちょっとだけ整然とした、筈。そのうち、機会があったらサイト全体の構造改革をしようかな、などと思っている。出来ればフレーム版と通常版がうまく共存できる形にしたいのだが……
注1・レコードという語はそれ自体に「記録されたもの」「録音されたもの」という意味があり、所謂アナログディスクそのものを表す言葉ではない。従って、単純に「レコード」と言った場合は、所謂LPレコードのみでなくCDも含めてしまっていいと個人的には考えている。その謂いからすると、「CD屋」というのもかつてのように「レコード屋」として構わないようにも思うのだが……そこまで徹底する気力がない。いちいち説明するのも面倒だし。
注2・いない、訳ではない。現に前述したNIACINはロックバンドMr.BIGのベーシスト・ビリー・シーンのプロジェクトであり、そのカテゴリーは誇らしげに<フュージョン>としてある――どうでもいいが、今ニュースステーションのサッカーコーナーで掛かっていたBGMがNIACINの曲だった――し、日本国内の著名なスタジオ・ミュージシャンは個人名義でレコードを発売する場合、たとえロックで演奏する場合が多くともカテゴリーはフュージョンである……但し、後者には色々と問題を感じないではないが。
2000年5月23日(火)
ねったい‐や【熱帯夜】 夜間の最低気温が摂氏二五度以上の暑くるしい夜。
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) (c) Shogakukan 1988.国語大辞典(新装版)(c)小学館 1988.
――つまり字義に従えば、熱帯夜であったか否かを判断するのは夜が明けてからでなければならない。しかし正しい語彙が何であろうと、バイトから帰り、自室の温度計を見たとき、摂氏25度であった事実に変わりはない。
いいだろうクーラーつけたって構わないだろう許してくれ。まだ初夏と呼ぶのも早いというのに……予定通りの時間にデータが届かなかったため、午前中にするつもりだった買い物計画がご破算となる。あと三十分ぐらいで届く、と判明した隙を見てバイト先で漫画と定期購読誌のみを買い込んだ。あさりよしとお『宇宙家族カールビンソン(1)』、植芝理一『ディスコミュニケーション精霊編(2)』(ともに講談社・アフタヌーンKC)。前者は最近まで講談社で復刻していた『SC版』の基本設定のみを受け継ぎ、掲載誌を「アフタヌーン」に移して仕切り直したものの初単行本化。ちょっと違うのは、冒頭でベルカが家族の事情を知らないという点。それ以外は全くSC版と同じノリ。やー良かった良かったこれでまた年に一度の楽しみが甦る。
この二日で漫画が増えてしまったので淡々と読み続ける。バイトの前に、午前中の雪辱とばかり某ビルにある書店及びレコード店へ(昨日ああいう話をしたばかりなので一応固持してみる)。講談社から出るはずの書籍三冊とか創元推理文庫の新刊とかを探し歩くも見つからず、次いでレコード屋を眺め、こちらでは目当てのマイルス・デイビスリマスターCDがちゃんと並んでいたが、これは後日買う予定にしていたため、非常に惹かれつつも一枚も購入せず、結局何も具体的な収穫がないまま時間切れと相成った。バイト先を一旦素通りして行きつけのレコード屋も訪ね、予約してあるブツが入っていないか一応確かめるも見当たらず。そしてバイト先にも、午後の入荷に私向けの品物は混ざっていなかったらしい。こんなことならマイルス一枚ぐらい思い切って買っておくんだった、と後悔する。
バイト終了時に野間美由紀『閃光のサフェイロス ジュエリー・コネクション(2)』(白泉社文庫)を購入。なんとなく、久しぶりに結婚適齢期占いをやってみた。結果は御覧の通り。確か前にやったときは遙か先の話にされてしまったので、大分改善しているといえばそうだが。常に問題は相手の有無のみ、である。
やるべきことは色々あるのだが、些かグロッキーなので今宵はこれで店終いとしよう。しかし、十月はじめぐらいまでこの調子なんだろうかこの部屋は……えー、適齢期占いですが、あとで設問を再読したところ、単純な誤解をしていた一文を発見し、そこを訂正して改めて占ったところ、こうなりました。適齢期は案の定だが、他は……? 恋愛を手玉に取っている? 自分でも驚くほど大胆? 何処をどうすればそんな判定になるのだ? 確かに相手はコントロールするかも知れないが、というかコントロール可能な相手しか選ばないとか……止めよう。
2000年5月24日(水)
……1MB足らずのデータが何故EPS方式に変換すると60MB近くなるのやら。出力手続きの必要上、EPS変換は欠かせないから馬鹿でかいデータも放っておくしかないのだけれど……。折角データの予備をひと月で400MB程度に抑えていたというのに今日一日で大幅に浪費。この調子で行けばあと五ヶ月ぐらい保つかと思っていたのに。
やることだけ済ましてバイト先の本屋に向かうも、今日買う予定だった本が傷んでいたので収穫なし。行きつけのレコード屋に寄って槇原敬之『10.Y.O. 〜THE ANNIVERSARY COLLECTION〜』(WARNER MUSIC JAPAN)を買い、貯まったポイントカードを充てる形で、何故か入荷してくれない溝口肇のベストアルバムを注文する。午後、暫く予定がないのをいいことに秋葉原まで。今日は二、三カ所廻るつもりだったのに、初っ端でお腹にビッグバン。沈静化している間にMiles Davis『My Funny Valentine』(SME Records)の最新リマスタリング版だけ仕入れ、足早に帰宅する。噴火。
お目汚しご容赦下さい。ちょっとおかしいかも知らん私。
職場からの帰途、またバイト先に寄って『To Heart コミックアンソロジーVol.5』(スタジオDNA)と貫井徳郎『天使の屍』(角川文庫)を購入。『天使の屍』は解説がフクさんだ。冒頭の熱意溢れる文章、作品紹介に当たっての着眼がいかにも。フクさんのファンは読むべし。
槇原敬之『10.Y.O. 〜THE ANNIVERSARY COLLECTION〜』(WARNER MUSIC JAPAN)を聴く。と言っても収録曲は殆ど『SMILING』シリーズで網羅したものと同じ。「NG」「ANSWER」「どんなときも。」という初期の代表曲のみミックスを変更し、あとはボーナスディスクとして代表曲を九分程度に編集したメドレーを収録したのが特色である。だから改まって聴いたのはそれらの締めて四曲のみ。……あんまり感慨なし。リミックスされた三曲は演奏そのものに手を加えていないため、オリジナルに関する記憶が薄れている今聴いても変化が解らない。メドレーは演奏こそマイナーチェンジしているがヴォーカルはオリジナルを流用しているだけだし。『SMILING』発売時に購入し損なったか、まだ槇原の音楽(特にワーナー在籍時)に触れたことが無いという初心者の方向けの内容。
Miles Davis『My Funny Valentine』(SME Records)は現在だらだらと聴いている段階なので触れません。しかし、本当に表情のある音だ。
送信フォームより。
> >コントロール可能な相手しか選ばない
>
> 2次元?
込み。
2000年5月25日(木)
昨日の日記に大変見苦しい表現がありました。この場を借りて改めてお詫び申し上げます。
しかし昨日の表現の一番拙かった点は、ビッグバンと噴火というずれた言葉を対比させてしまったことですな。先に「噴火」という言葉が頭にあったわけですから、例えば「お腹の底に煮えたぎるマグマの気配が」といった具合に表現するべきでした。さすれば前後の表現がうまく対応し、より美しくなったというのに。
――まだちょっとおかしいです私。久々にまともに仕事をする。しかし職場に印刷機材を卸している会社は四割減収、また融資を受けている銀行では今月に入って製版会社がどっと不渡りを出していたという話を聞いて暗澹とした。景気の下げ止まり感が強まっているという報道も少なくないが、一部業種の零細企業には時間差でその影響が出ているのだ。
それはそれとして、仕事の合間を見て買い物に出る。基本的に待機が中心の仕事なので、寧ろこんな風に積極的に利用した方が有意義なのだ――と言い訳をしてみる。まず毎度の如くバイト先にて楠桂&大橋薫『戦国月夜(2)』(集英社・クリムゾンコミックス)、名取ちずる『眠る星の昨夜に』(集英社・マーガレットコミックス)、あさりよしとお『宇宙家族カールビンソンSC完全版(11)』(講談社・アフタヌーンKC)の三冊を仕入れると、昨日同様秋葉原に出かけ、某大書店で捜し物をする。だが、肝心のものだけが見つからず、購入したのは北森 鴻『凶笑面 蓮丈那智のフィールドファイルI』(新潮エンターテインメント倶楽部SS)だけ。実は梅村 崇『ファイヤーエムブレム -トラキア776- 亡国の王子』(エニックス・GAME NOVELS)の下巻が先月末に刊行になっていた筈なのになかなかバイト先で入荷できず、仕方なくここ二週間ほど意識的に探すようにしていたのだが、全く見当たらないのである。遅れてる……のかなあ。揃ってから読もうと思っていたんだが。
とまれ、昼食前には職場に戻るつもりだったので、前述の北森新刊のみ購入したあとそこは切り上げて、いつもの如く例のソフト屋を訪れてもう一つの捜し物。親父に頼まれてサンタナの「哀愁のヨーロッパ」が収録されているCDを探しに来たのである。成る可く曲数の多いものを、というリクエストだったのだが、何故か望み通りのものがない。点数はあるのだが何れも通常のオリジナル・アルバムで曲数は少なく、在庫のベスト・アルバムには「ヨーロッパ」が収録されていない。あるにはあるのだが輸入盤の上、三枚組というとんでもない仕様だった。トータルの収録時間は三時間に及ぶというが、しかし……。個人的には輸入盤にはあまり手出ししたくない、という気持ちもある。時間もなく焦りもあり、結局「ヨーロッパ」が収録された最初のアルバムSantana『Amigos』(Sony Records)を選んだ。ついでに自分のものも数枚、と思っていたが残り時間が皆無に等しく、探すつもりでいたら簡単に見つかった『ミスティ〜ベスト・オブ・ジャズ・ボーカル』(Mercury)のみ見繕って急いで帰還――しようとするが折しも今日は給料日の25日。やたら混雑している上にあちこちに下手がいるから道が詰まって平日比15%ぐらい進行が遅い。結構強引に流れの隙間を縫って走った。夕方の帰途に待望の角田喜久雄『底無沼』(出版芸術社・ふしぎ文学館)を購入。ついでに、今日『ダイヤモンド迷宮』を読み終えたばかりだというのに野間美由紀『君はルビーの嘘をつく』(白泉社文庫)を購入してしまう。これでシリーズ文庫版残り二冊。早い。ところで『君はルビーの〜』のP266二コマ目の発言を「キザ」と言うならP182から三ページに渉るあの台詞をどうして甘受するのだと思った。ツッコミにもならない揚げ足取りであるが。そう、こういうのを揚げ足取りと言うんです。ねえ。
最近政治が面白い。行政そのものが、ではないのがあまりにも悲しいが。
2000年5月26日(金)
今日は買い過ぎです。多すぎてどういう順序で買ったか覚えていないので、以下種別に並べる。
・加納朋子『いちばん初めにあった海』
・柴田よしき『月神の浅き夢』
・西澤保彦『彼女が死んだ夜』
・山口雅也『續・日本殺人事件』(以上・角川文庫)
ちなみにここまで全て親本を持っている。しかし一冊しか読んでいない。駄目だ。これを買ったあとの移動中、『彼女が死んだ夜』を個人的にAVGにしてみることを思いついてしまう。AVG作成ツールさえあれば、何とか出来そうな気がするんだが……それをどうこうしたい、という訳ではなくただの思いつきである。
・エドワード・D・ホック『サム・ホーソーンの事件簿I』(東京創元社・創元推理文庫)
・梅村 崇『ファイアーエムブレム -トラキア776-(下) 救国の英雄』(エニックス・GAME NOVELS)
やっと発見しましたU村さん。
・岩崎正吾『探偵の冬あるいはシャーロックホームズの絶望』(東京創元社・創元クライムクラブ)
随分待ちました。しかし読むのは来月『探偵の夏』が文庫化してから。
・島田荘司・責任編集『季刊 島田荘司 Vol.1 創刊号』(原書房)
あとがきを眺めていたら涙が流れそうになった。
・野間美由紀『エメラルド・シティ』『香港翡翠幻想』(白泉社文庫)
前者は朝、後者は夕方購入。ああコンプリートしてしまった。『香港〜』所収の「手袋とダイヤモンド」は短篇ミステリ漫画の手本のような出来だと思う。予想は出来るがそれだけ筋書きが完璧なのである。
・『愛姉妹』(elf・18禁)
・『Natural2 -Duo-』(FAIRY TALE・18禁)
これらと一緒にCD・DVDドライブそれぞれのクリーナーとCD-Rメディア25枚を購入。しかし何故こんな似たようなテーマの作品を、よりによって大手二社が同じ日に発売してしまったのか。所感は後日。昼間に寄った某ファッションビル内の書店ではU村さんの著書と創元推理文庫の新刊を買うつもりだったのだが、推理文庫の新刊はホックのものしか平台にない。確か今月発売だったよな、と思いつつ棚の方も眺めてみると、あった。ヒラリー・ウォー『事件当夜は雨』も、天藤真『死角に消えた殺人者』も。但し、帯がない。創元推理文庫は作品毎に発売時期がまちまちなためいつ頃から棚に挿されていたのかは解らないが、いつにせよ今月中であるのに間違いはなく、それが既に帯を外されている、というのはちょっと珍しいことのような気がした。
新刊で買うなら帯付き、という他人にはどうでもいい信念があるためそれらは棚に戻し、ホックと梅村さんの新刊だけ持ってレジに向かい、店員の女性に先の帯なし文庫は見なかったことにして「天藤真の〜はありますか?」と訊ねてみた。女性は検索コンピューターで確認したあとで棚の方に向かったが、なかなか戻ってこない。大体どんな行動をしているのか想像できる。棚の下にある平台を懸命に探しているのだ。それで該当するものがないと判断したところで、漸く棚を見る。――案の定、彼女が運んできたのは帯のないもの。新刊なのに帯がない点を指摘すると、或いは「そんなどうでもいいことに」と内心思っていたかも知れないが、ちゃんと探しに行ってくれた。
数分後戻ってきた彼女が言うには、店員が帯を全て外してしまったらしい。天藤真もヒラリー・ウォーも発売時期は今月中旬だった。先述の通り創元推理文庫は他社のように毎月特定の日付に新刊を一度に刊行するのではなく、順次刊行していく格好となっている。今月も下旬に入って私の購入したホック以外にアリサ・クレイグなどの新刊が出ている。陳列を担当した誰かは、平台から天藤やヒラリーを退かし、それらの新刊を積み上げた。そして恐らく何処かで学んだセオリー通りに、天藤らの新刊から帯を外して棚と在庫置き場に移した、ということらしい。
他の店で起きたことなら「仕方ない」で済ます話ではある。だが、この店では新刊でなくなった文庫の帯を外すことは必ずしも規則となっていない節がある。現に天藤真のふた月ほど前の新刊『炎の背景』は棚に挿された今も新刊当時の帯が掛かっていたのだから。たとえセオリーであっても、帯が掛かっていることを目安に新刊を買う人間もいるのだから、その辺は慎重に行ってくれないと困るんだけどね。そんなことを思いつつ、結局私が買ったのはホックと梅村さんの新刊二冊だけであった。思うところあってもう一度結婚適齢期占いをやってみる。結果はこちら。私は一体何者だ。
2000年5月27日(土)
ベッドの頭上に積み上がっていた漫画類を作者と巻数順に並べ直し、当分読まないだろうものは弾きそれ以外の物は後で置き場を考えるとして取り敢えずまた頭上に積み直す、という作業をする。ベッドの上にざっと並べると実に三分の二ほどが埋まってしまうほどの漫画の山。我ながら感動してデジカメで撮影してしまう。因みに山の中で一番古い地層からは凡そ一年前の新刊が当然ながら日焼けしていない美麗な状態で発掘された。なるほどこうしておけば痛まないのか――何か違う。
親父はバレーボールの合宿でお袋は車の整備、んでもって祖母は遊びに行くとかで朝のうちに皆出払ってしまい、私は一人だらだら片付けをしていたのだが結局合わせるように外出。またしても楽器を眺めに行き、ついでに昨日一旦断念した天藤 真『死角に消えた殺人者』(東京創元社・創元推理文庫)を買う。柴田よしきさんの『桜さがし』(集英社)が見当たらないのが気になったが、これはバイト先で頼んであるのでここでは執着しなかった。
その後行きつけの蕎麦屋までバイクを走らせる。一人で行く場合はこの移動をしばしば行う私だが、実は位置的には自宅を挟んで正反対に当たる。間違ってもついでと呼べる距離ではなく、ついでと呼ばなければいけないのなら「バイクに乗ったついで」と言うのが正しい。更に言えば今日の場合は初めから蕎麦屋に行くのが外出の目的であって、楽器を見に行ったのも本を買ったのもそのついでである。……つまり私は物好きなのだ、ということを説明したいらしい私は。昨日買ったゲームの所感。既に遅い時間なので簡単めに。
『愛姉妹』(elf・18禁)――フローチャートの組み方が如何にもリメイク。古い。音声の美しさや操作性は及第点。当初作品のイメージに合うか心配だったCGも、馴染むとそれなりに味がある。問題は部分的に反応が遅くなるのと、古いシナリオをほぼそのまま流用しているため全体の構成が平板でエンディングの条件にも蓋然性が窺えないこと。メッセージスキップを利用しなくとも二、三時間程度で一回りできる気軽さが売りであり、換言するとそれが魅力の大半だろうか。
『Natural2 -DUO-』(FAIRY TALE)――システムが駄目。前作と殆ど同じシステムなのだが、コンフィグ画面に移行するたびに音楽の切り替えを行うため妙に時間がかかる。それ以前にメッセージ進行がやたら遅く、スキップを実行しても『愛姉妹』の三・四倍ぐらいの時間がかかってしまう。また長時間プレイしていると余計なメモリを消費するようで、ただでさえのろい進行がより一層遅くなるのが辛い。シナリオ的には……さほど見る点はなし。『Natural』+『Palette』と思えば大体間違いではない――知らない方には申し訳ないけど。あと、このシリーズは意地でも「お兄ちゃん」「ボク」に執着したいらしいと解った。CGは絵柄が固まっておらず場面によってイメージが異なる上好き嫌いが『愛姉妹』以上に割れるのではないかと思われる。ともあれ全体に鬱陶しい癖がある。
2000年5月28日(日)
『Natural2 -DUO-』(FAIRY TALE)――やっぱりシステムが駄目。重すぎるし長時間遊んだあとで終了させると画面がブルーになる最低のシステムダウン状態を二度ばかり引き起こしている――尤もこの展開には私があまりの動作の重さにちょっと小細工を弄した所為もあるのだろうが、いずれにしても重すぎる。気が短い人なら途中で血管が切れること請け合い。そしてエンディング。ちょっとした選択ミスでそれまでのストーリー展開を一切無視した結末になってしまうのは解せない、というよりいつの時代のゲームだ。確かにシナリオの分量はかなりの量であり、スタッフの負担も大きかったのだろうが、このスタイルでユーザーを納得させるには更に繊細な気配りと更に多くのテキストが必要。努力が足りない。やっぱりこの会社、レベル下がってます。ここ暫くの作品では一番上出来だとは思うが、それは他の作品のレベルが低すぎるからで……とコメントするのも面倒くさくなってきたので今日はここまで。もっとメッセージスキップなどがスムーズに動いてくれればこんな時間(AM3:25)まで苦労せずに済んだというのに……
2000年5月29日(月)
届けられたIllstratorファイルを出力用に修正すると、張り込み画像のサイズに比例してデータ総量が増大してしまう。通常の形式であれば画像のイメージは同梱されたデータに依存するため、引用先データの規模は内部で作成されたモチーフやグラフィックのみに従う。だからよほど込み入った作り方をしない限り300kb、いっても精々3MBとかその位で済むものなのだが、どうも出力に最適化されたデータ形式に変更すると、引用した画像そのものを半ば呑み込んでしまうような形でデータが再構成されてしまうらしい。そのために、引用した画像が大きいほどデータの規模は大きくなってしまう。
今日来たデータは35MBという異様なサイズの画像を張り込んでいた。その原稿自体は暫く前から扱っている映画の、業界通信紙用に作成された広告であり、張り込まれた画像のデザインにも見覚えがある。受け取ったデータは全て予備を取っているので、今日受け取ったデータに利用している画像が以前貰ったものと同種であれば、Illstratorのデータのみをこちらのハードディスクにコピーしてしまえば済むことで、それならある程度データが大きくなってしまうのも仕方がないと諦めることも出来るのだが、腹立たしいのは、今日貰ったデータに張り込まれていた画像ファイルと、以前貰った原稿に張り込まれていたそれと、全く同じファイル名がついているのに中身が微妙に違うこと。原稿サイズが今日貰ったものの方が若干大きく、何より肝心要のタイトルロゴのサイズや位置が微調整されている。これでは前にあったデータを利用することも出来ず、やむなく私は画像データ+引用先のIllustratorデータ+引用先データの文字のアウトラインを取ったものの合計三個をハードディスクに写した。作業を終えるとハードディスクが100MB近く埋められてしまう。私がどんなにハードディスクの消耗を抑えるよう努力しても、こーいう無意味に馬鹿でかいデータがどんどんとディスクを侵蝕していくのである。はあ。本日の購入品目。
・やぶうち優『少女少年III -YUZUKI-』(小学館・てんとう虫コミックス)
・文月 晃『藍より青し(3)』(白泉社・JETS COMICS)
・ジョルジュ・シムノン『メグレと殺人者たち』(河出書房新社・河出文庫)
・高橋しん『最終兵器彼女(1)』(小学館・ビッグコミックス)
・竹本 泉『てきぱきワーキン・ラブ(5)』(enterbrain・BEAM COMIX)
・元田隆晴『現役医師が語る! 病院の怖い話』(竹書房文庫)
『少女少年』はそろそろ無理が見えてきました。いや端から無理な設定ではあったが、オチまでの展開が三部作全て同一だったから特にね。しかも今回で終りと前巻で断じておきながら既に『〜IV』が開始している。嫌いではないから次も買うけど。この年で、てんとう虫コミックスを買う……
『藍より青し』は第一巻から演出に無理があったが巻が進むに従って設定の無理も蓄積し、早くも収拾がつかなくなっている気配がある。三巻目にして惰性で読み継いでます。
高橋しん、前に短編集が刊行されたときも記した覚えがありますが、元々好きな漫画家の一人です。『いいひと。』は早々とついていけなくなってしまったが、今回はいい。とてもいい。「何故」が置き去りにされているのだが、そのお陰で状況の切実さ切なさが際立っていて、高橋しんの表現様式と綺麗に填っている。都合三巻程度で完結するらしいが、今から着地が楽しみである。
Dr.元田の本は……取り敢えず何も言うまい。
他にも、先日注文した溝口肇のベストアルバムが入荷したか確かめに行ったのだが、発売元で品切れになっているためいつ入荷できるか解らないとの返答だった。無為に待つよりは余所で探した方がいいだろうと判断し、預けてあった予約金をそのまま来月20日頃発売予定の平井堅のニューアルバムに投資した。しかしこの近くで一番大きいCD屋でも既に売り切れ。後日、いつも行くソフト屋にも確認するつもりだが、ちょっと難しそう。再販を待つしかないか……ホームページを公開し始めてからというもの、思いがけない方からメールや送信フォームを頂戴することがままあるが、今日いただいた送信フォームほど驚かされたことはなかったかも。かつてなら想像もしなかったジャンルの方から、である。御本人かどうかは幾らでも疑いようがあるが、私を騙すメリットはないだろうので自分の中では御本人と決めつけておく。うひゃあ。
「万死に値する」なら何故執行猶予がつくのだろう。比喩であっても「万死」と言うなら実刑判決が妥当ではないのか。確かに公人としては既に死刑執行されたも同然なのだが(その後道連れとなった同輩の数からすれば「万死」というのも誇張ではないなとも思うが)、一連の不祥事にきちんとしたけじめを付けさせたいなら執行猶予は温情が過ぎる。ここで検察が控訴したら心の底から誉めてあげるのだが。無論無理だろうと踏んで言っているので、本当に控訴したら大絶賛して差し上げます。ともあれ、もう口でだけ何と言っても納得する人は少ないのだとそろそろ弁えましょうよ、ね。
2000年5月30日(火)
仕事がないことについて愚痴るのは控えるとして(という発言自体が実態を克明に物語っているようにも思うがそれはそれとして)。
バイト先、といっても今日を以てお役御免となるわけだから今後他の言い方を考えなきゃいけないのだが今日まではこれで通させていただく、で定期購読誌を三冊買ったあと、昨日注文をキャンセルしてしまった溝口肇のベストアルバムを探しに秋葉原まで。訪れる店はいつもと同じ。
この店は一階にJ-POP(これほど実体のないジャンルも珍しいと思うが)に歌謡曲・インディーズ、二階に洋楽・ジャズ・テクノ・ソウルなど、三階にDVD・ビデオなどの映像媒体とそれらのサントラが配されている。さて、では溝口肇は一体何処に置いてあるのか。エスカレーター正面にある各階の案内表示には、恐らく溝口肇が含まれていると想像される<イージーリスニング>の項目は見えないから、ひととおり虱潰しに探すしかない。一階ではそもそもインストゥルメンタル自体、例えば坂本龍一や細野晴臣のようにもともとバンド媒体での活動歴があるようなアーティストを除いて扱っていない印象があったので、一応<イージーリスニング>と題した棚がないことのみ確認してすぐに上階へ。最近私にとって最も縁があるのは二階だが、それ故にどうやらこの階にも<イージーリスニング>がないのは既に解っていた。一応ひととおり眺め、ジャズ・フュージョンの棚に間違って入っている様子もないことを確かめて三階に向かう。
初めから多分三階が本命だろう、と思っていた。だが、CDの棚がある一画をざっと調べても、何故かイージーリスニングのコーナーがない。まさか、と思ってもう一度二階に下りてみるが、やはりない――と、登りエスカレーターの前をふと見ると、ちゃんと看板が立っていることに初めて気づいた。上向きの矢印、その下部に「イージーリスニング・サントラ」の文字がある。普段は大体目的の階まで脇目も振らずに向かっていたものだから、エスカレーターとエスカレーターとの中継点に置かれた看板の存在を見落としていたらしい。恐らく私と同様に案内板からイージーリスニングの文字を見出せなかった客から訊ねられることが多かったことから置かれた看板なのだろうが、この置き方はちょっと見つかりにくいと思う。
ともあれ三階に向かい、これまたちょっと難しい位置にあるイージーリスニングのコーナーを無事発見、今度こそ、と探してみるが――ない。その代わりに、タック&パティのCDを見つけた。あらこんなところに牛肉が。コーナー名は<WINDHAM HILL>。彼らのCDは殆どがこのレーベルから発売されており、それ故の配置らしい。幾らジャズの区画を探しても見つからない筈だ。目的からは外れているが、最新作と思しいものを一枚見繕う。これはこれで嬉しいことだったが、依然として溝口肇作品の形跡は見当たらない。途方に暮れてとうとう店員に訊ねることにした。例によって検索システムで調べたあと、店員は棚に向かう――既に私が探した辺りを見回している。当然ない。だが、探しに行ったという行為が指し示すとおり、データ上在庫はある筈なのだが、と言うのである。しかし見つからない以上は現実に売り切れている、と判断するしかない。「この辺りに置いてある筈なんですよね?」と念を押してみると、カテゴリーはイージーリスニングになっている、という返答。どうやら再版を待つしかなさそうだ、と判断し、先述のTuck&Patti『paradice found [New Edition]』(WINDHAM HILL/BMGジャパン)に『ブギーポップは笑わない 〜Boogiepop Phantom〜(3)』(Vap・DVD Video)のみ購入して、職場に戻ることにした――
何故か袖を引かれたような気がして、出入口の手前で立ち止まってしまった。まさか、と思いつつ、一階、棚の大半を占める<J-POP>という素性の定かでないカテゴリーの中から<マ>行、<ミ>の項目を探し出し、スリーブを辿っていく――あった。溝口肇『Espace 溝口肇best』(Victor Entertainment)。それも二枚も。裏返してみると、確かに<イージーリスニング>という刻印がある――店員の話は間違っていなかったらしい。だが、これは在庫管理が杜撰と言うほかない。躊躇わずに購入したが、嬉しいのと同時に何故だか無駄な苦労をさせられた気がして釈然としない。悶々としたまま帰途に就いた。途上、やっぱり一言ぐらい店員に文句言っておけば良かった、と思うが後の祭りである。今日が定期的バイト最後の日である。但し、スタッフの殆どが入れ替えとなり、結果として近場である程度時間の調整が利く経験者が私一人となってしまうらしいこともあり、忙しいときにはお呼びがかかる可能性もあるので、本当にこれが最後となるかは断言しかねるのだが。
最後とは言っても私がすることはいつもと同じ。他の店員諸氏は棚卸しの作業をしていた。どーも私にはそっちの方が楽しそうなのだが、今日一日で終わる仕事ではないので私が奪うわけにも行かず黙々とレジを打つ。
ところで、書店に置いてある書籍類には必ず短冊が挟まっているのだが、これは出版社毎にサイズやデザインが決まっており、要所要所にその製品特有の情報が打ち込まれている仕組み。中小出版社はともかく、小学館だ講談社だ角川書店だといった大手では一時期に刊行する点数が膨大な数に上るため、この短冊の記入に誤字・誤植がある場合もままある。買った時点で抜かれてしまうものだから、書店に関係したことのない読者は気にも懸けていない代物だろうが、気が向いたら商品をレジに運ぶ前にその記述をちょっと確認してみるといい。稀に素晴らしい誤植に出会うとささやかな幸せを感じられること請け合いである。何故バイト最後の日になってこんなことを書くかと言えば、実は昨日私が購入した高橋しん『最終兵器彼女(1)』(小学館・ビッグコミックス)の短冊には、こんなタイトルが記入されていたことに気づいたからである。
最新兵器彼女(1)
違う。それは絶対に違う。元田隆晴『現役医師が語る! 病院の怖い話』(竹書房文庫)読了。敢えて恐怖を煽るような描写を避けたとあるが、中途半端に原因を究明したりしている部分が目立つため消化不良のエピソードが多い。それでも徒に科学的解釈にもオカルト的解釈にも縋っていない分、類書より若干秀でているといった印象がある。但し、『アンビリーバボー』収録時のエピソードに纏わるインタビューは完全な蛇足。少なくともこの項は読むだけ無駄。
……おみそれしました市川憂人様。結婚できるだけ私の方がまし?
今日のその他のお買い物。
・山口雅也『続・垂理冴子のお見合いと推理』(講談社)
・竹本 泉『さよりなパラレル(4)』(角川書店・カドカワコミックドラゴンJr.)
エンターブレインから刊行の有川祐『彼女とデート』、集英社から刊行の柴田よしき『桜さがし』はちょっと入荷が難しそうとのこと。また余所で探すしかないようだ。お陰で最近出不精だけは返上できそうである。行くところは十年一日の如しだが。
2000年5月31日(水)
十時半に元バイト先の前を通ったら閉まっていた。棚卸しの続きをやっているらしく、下ろされたシャッターには「都合により11時から開店します」という張り紙がしてある。素通りして某ファッションビル内の書店まで自転車を走らせた。元バイト先で入荷が見込めない本を仕入れるのが目的。
うち一冊、柴田よしき『桜さがし』(集英社)はエスカレーターを上がっている途中で店の奥に在庫があるのを確認し、すぐさま一冊確保した。もう一冊のためにコミック類の置かれた一画を歩き回るが、あるだろうと予測される場所になくむやみに探し回る。普通なら青年コミックのちょっとマニア向けな作品群が並んだ辺りにあると考えるのだが、その周辺にない。で、同じ作者の過去の作品を発行した会社の単行本が並んでいる辺りを探したり、傾向の似通った作品の近辺を眺めたりと凡そ常識的に予想される範囲にないのが解った段階で博打を打ってみた。あった。少女漫画の新刊が配してある一画に。有川祐『彼女とデート』(enterbrain・BEAM COMIX)――まあ、題名だけならそこはかとなく少女漫画な風情がないと言えなくもないが。
帰り道、今一度元バイト先の前を通りかかる。11時を僅かに過ぎ、しかしまだシャッターは降りたまま。暫くシャッターの前で佇んでいたが開く気配はない。店の前には他にも開店を待っているらしき人の姿があり、自転車でやって来た顔見知りの常連さんも「まだ開いてないね」と苦笑混じりに言う。シャッターを上げて中を覗くと、まだ棚卸しの作業中で「閉めておいて」と言われた。しかし入ったところでめぼしい新刊もない今日は私に居座る理由がない、のでそのまま引き上げようとしたが、表で待ち続けていたお客さんがどうしても至急に欲しいものがあると言うので成り行き上私が仲介する羽目になった。本当に俺このままバイト辞めて良かったんだろうか、と改めて不安が胸を過ぎるが取り敢えず考えないことにした。……見通しが甘いような気がするんだよなー……
有川祐『彼女とデート』(enterbrain・BEAM COMIX)は雑誌掲載時に通して読んでいた。好きなタイプの作品。クライマックスにさしかかる直前の展開が妙に性急だが、それ以外は淡々としながらも的確な描きぶりをした好編だと思う。使い古されたモチーフを利用しているのだが、それらに縋らず物語としての筋を通しているのでその際どさが巧く中和されているのだ。雑誌掲載の最初の頃は雑な線が気に掛かったが、今回読み返して実はデッサンが非常に整っていることに気づいた。『反町くんは彼女がいない』も機会があったら読んでみるべか。CD-Rの書き込みが未だにうまくいかない。これはサポートセンターに問い合わせないと埒が明かないような気がしてきた。色々と保管しておきたいデータも蓄積してきたし。