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2001年6月1日(金)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~tuckf/Diary/20010601~.htm#Day01

 世の中のゲーム、それも物語とシミュレーション的な側面を共存させようとするゲームにあって一番不可欠なのは、エピソードとシミュレーション展開の整合性だと考えております。何故かというと、この部分が崩れていると「攻略」するうえでの手懸かりが非常に曖昧なものになるからです。物語のなかでイベントの手懸かりが提示されていれば、再度はじめからやり直した場合の指針になりますし、シミュレーション部分の展開が物語に与えている影響が論理的に確認できるならば、それを参考にシミュレーション部分での選択をいじって新しい可能性を確かめられる。ここに矛盾があったりスタッフ側の放恣な手心が加えられていたりすると、もうそこで手懸かりは何の役にも立たなくなるわけです。従って、物語とシミュレーション部分のバランスが崩れている、或いはユーザーの自由意志である程度フォローできる状態になっていないものは、作品として及第と言えない。突き詰めれば、そうした配慮が施せない、施すつもりのない製作者などはそもそも両者の融合など試みない方がいいです。
 つまりこの作品のスタッフの力量では、はなから無謀な計画だったということ。悠長に「史上最多の残業」と言ってみたり(それでこのざまじゃねえ)ヒストリー本作ったり続編云々を事後に公表するような真似をしている暇があったらフラグ設定とシミュレーションとの整合性を調整し直した差分を作ることをお薦めします。その結果赤字になったとしても、この状態のまま放置することに較べればあとの被害は少ないと思います。……ああもう、まともに付き合って損した。
 情けを掛ける価値すら見出せなくなったので断言します、『univ 〜恋・はじまるよっ〜』(F&C/カクテルソフト・Windows対応ゲーム・18禁)地雷です。不愉快になるだけなので手を出さない方が身のためかと。

 漸く床屋に行き、ただただ鬱陶しいだけになりつつあった髪を夏向けに短くする。本当は四月末ぐらいに散髪するつもりが予算を入れていなかったために無為に伸ばし続けていたのであった。しかし、午前中に時間が空いたのでさっさと済ませるつもりで出かけたら、思いがけず客が多く四十分ほど待つ羽目になった……と言っても、元々席が二つしかないからなのだが。お陰で読書は進んだが執筆は進まず。

 本日のお買い物
1,乙 一『きみにしか聞こえない CALLING YOU』(角川書店・角川スニーカー文庫)
 だけ。


2001年6月2日(土)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~tuckf/Diary/20010601~.htm#Day02

 お気に入りの日比谷スカラ座だが、観るのは表のスカラ座1ばかりで2に入ったのは今日が初めてである。位置的には、スカラ座1の巨大なスクリーンの裏、通路を隔てたところに横向きになっている。入り口は一緒で、スカラ座1の扉を横目に奥へ奥へと進んだ宛ら穴蔵のような立地条件。座り心地のいいシート、予告編の間はまだ照明が点いているなど基本的な設計は一緒だがキャパシティは1/3程度、雰囲気は寧ろ1よりも私好みだったりする。現在1では『JSA』を上映中だが、私はその裏にある劇場で『JSA』の原作を読みながら上映を待つ、という倒錯的な真似ののちに鑑賞したのは、マルキ・ド・サドの生涯に取材したフィクションクイルズ』(20世紀FOX・配給)
 18世紀末或いは19世紀初頭、夫人のたっての希望により牢獄からシャラントン精神病院に移されたマルキ・ド・サド侯爵(ジェフリー・ラッシュ)は、だがある意味で理想的な生活を営んでいた。病院の経営者であるクルミエ神父(ホアキン・フェニックス)と友情を結び、家族からの送金と神父の尽力によって多くの書物と贅沢な調度、何よりインク壷と紙、そして羽ペンを持ち込み、望むままに背徳と悪意に満ちた物語を綴ることが出来た。それらは神父の手解きで読み書きを嗜んだ小間使いのマドレーヌ(ケイト・ウィンスレット)の仲介によって出版社に手渡され、市場に出回り人々の淫靡な享楽としてもてはやされていた。だが、彼の最新作『ジュスティーヌ』が時の皇帝・ナポレオンの目に留まり、公序良俗を乱す書物として廃棄を命令、同時にサド侯爵の更正を望み、その結果拷問を用いた精神医療で知られたロワイエ・コラール博士(マイケル・ケイン)がシャラントンに派遣された。
 当初コラール博士の派遣を戸惑いながらも快く受け入れたクルミエ神父だったが、彼によって初めてサド侯爵の著書が外部に出回っていたことを知らされ愕然とする。神父は侯爵に出版の断念を誓わせるが、しかしそれであっさりと意欲を捨てる侯爵ではなかった。シャラントンの患者たちによる演劇の脚本と演出を任されていたサドは、公演開始直前になって脚本を変更する。つい最近、コラール博士が尼僧院育ちの孤児であった16歳のシモーヌ(アメリア・ウォーナー)を半ば略奪するように己の妻とした事実を元に、コラール博士が幼い夫人に性生活を強要する様を描いたのだ。憤った博士によって舞台は閉鎖され、またサド侯爵も筆記用具の一切を剥奪される。激しい欲求不満に陥ったサドは、面会に訪れたルネ夫人(ジェーン・メネラウス)に羽ペンとインク壷、紙を差し入れるよう懇願するが、夫人はそれを拒みコラール博士に侯爵の治療を頼んだ。切迫したサドは、食事中に名案を得る。ワインをインクに、鶏肉から抜き取った小骨をペンに、上質のシーツを紙に見立て、貪るように物語を書き綴った。しかしそれも、洗濯中に色が他のシーツに移ったことで発覚、遂にサドは食事を含めた特権の一切を剥奪、二部屋続きの広大な独房に丁度の殆どない状態に置かれることになる。だが、サドの暗い情熱はまだ収まるところを知らない――
 フィクション、と記したのは本編が史実に取材しながらもそれをパーツごとに分解し、サドの精神をより忠実に再現するようインスピレーションに従って並べ直し、クライマックスに至っては全く史実と離れて展開しているため。本編のプログラムはその辺りに留意してサドの年譜を掲載するという配慮を見せている。早速利用させていただくと、本編では最後までシャラントンにいるサドだが、実際にはフランス革命ののちに一度釈放されており、その後最晩年の10年間に再び収監されている。また、本編では夫人とマドレーヌの登場が近接しているが、史実のマドレーヌは二度目のシャラントン入院後半に名前が登場しており、夫人はそれ以前に死亡している――そもそも夫人は本編で語られるほどサドを憎悪していたわけではなく、その暴力性と共存する聡明さ、芸術的才能に敬意を抱き彼の名声のために奔走していたらしい。ともあれ、斯様に本編では史実を援用しながら自在にインスピレーションを駆使し、従来と異なるサド像を描出しつつも世界観は明らかにサドのそれを再現している。
 という具合に精神は文芸的だが、作品そのものは完璧な娯楽作品。実在の人物だがそうして奔放に展開するため先が読めず最後まで飽きさせない。人々の欲と徳とが交錯するプロットの深みにも魅せられるが、実の処私が最も痺れたのは、サドの創作に対する飽くなき執念だ。彼の情熱は、当初は自らの歪んだ想念を放出させることを目的にしていたかも知れないが、本編にあってはひたすら書くことに集約されている。最期にはとんでもないものまで利用して物語を書き綴った執念に、書き手を志すものとしてある種の憧れと共に情熱を触発されるような心地がある。こと創作を目指す者ならば魅せられること間違いなし、ここひと月に見た作品のなかでは最もお気に入りの一作。

 来週以降の映画鑑賞予定。必須は『JSA』と『メトロポリス』だがその他は白紙。だが、職場で広告を扱っていたときから何となく気になっていた『g:mt』の予告編を初めて見て、どうもこれは非常に私好みではないかと思われてきた。週に一本ずつ鑑賞するとすれば、これで23日まで埋まるのだが――いや、まだ『みんなのいえ』、『誘拐犯』といったのもあるな。やっぱりどこかで週二本観ないと駄目か……? ともあれ、まだまだ映画道楽は終わる気配を見せない。そんなことしとらんではよ書けよ、という意見もあるが。

 それにしてもネパールでは何が起きたのか。今日付けの夕刊では王を射殺した皇太子は直後に自殺とあったが、公式発表では重体で現在手当を受けながら次期国王として即位、当面執行は出来ないため叔父(つまり殺された国王の弟)が摂政として業務に就くということになっているらしい。はてさて……取り敢えず私にはまだ野次馬的な興味しか抱けないのだけれど。


2001年6月3日(日)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~tuckf/Diary/20010601~.htm#Day03

 昼間を呆然とやり過ごしたあと、仕事の打ち合わせのため歩行者天国実施中の秋葉原へ。
 九月はじめ頃にFOX出版というところから一風変わったゲーム誌が創刊されるのだが、色々あって私がこの創刊号で掲載されるインタビュー記事のインタビュアーを務めることになり、今日はその方向性や具体的な内容について話し合う……が、この編集氏とは知り合った経緯が経緯なので、始終脱線しまくってネット回りの話とか共通の知人の動向とか業界の作品評とか裏話とかとてもここで書けないよーな話に推移しつつ、インタビュー内容のアウトラインを決めていく。ついでにその他の仕事について希望を交えつつ、都合四時間近くお話をしたのだった。こちら方面の仕事は関われるだけでも楽しいので、色々突っ込んだ提案もしてみたり――ノベライズとか、今回の雑誌で某氏が落としたら私が代わりに書くとか。
 この仕事のために大阪来訪の予定が立っているのだが、本職との兼ね合いで未だに確定しない。あちらの都合もあって日付は動かしづらいし、私自身大阪方面の方々に不義理を重ねているので、交通費が人の財布から出るという美味しい設定も捨てがたい――無論、インタビューのお相手とお会いできること自体が非常に楽しみなのだけど。
 この仕事を受けたことでの収穫は多い。旧作に触れる機会を得たこともあるが、もしかしたら最大の収穫は、FOX出版の別の雑誌で竹本泉氏が連載を始めるので、もしかしたらそのサイン本を頂戴できるかもしれないことだったりする。素敵だ。
 現時点では不確定の内容もあるのであまり多くは書けないが、実際の取材については特に箝口令を強いられていないので今後も時々ここで触れることになります。つまり、興味のある人は買ってねという話。で何故誌名を出さないのかというと、………………

 買ってから凡そ九ヶ月を経て漸く三谷幸喜監督作品『ラヂオの時間』(フジテレビ・DVd Video)見終える。……面白い。これは凄いわ。三谷幸喜作品のエッセンスを余すところなく詰め込んで、見所は徹底的に多い。いわば群衆劇だが各人のキャラクターがはっきりしているため、埋没する登場人物が一人もいなかったのがまた。実際にこういう放送があって本当に感動する人がいるのか、というのは最早些細な疑問だろう。ラストのある人物の号泣、そしてクレジットの後ろに流れる布施明の歌に至るまで実によく笑いのツボを押さえた名作――と言いつつ、私自身は笑うよりもただただ感心することの方が多かったが。


2001年6月4日(月)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~tuckf/Diary/20010601~.htm#Day04

 大阪行き実現のため外堀埋め埋め。

 本日のお買い物
1,こだま学『ナオミだもん(16)』(芳文社・まんがタイムコミックス)
2,梅原 猛『京都発見(三) 洛北の夢』(新潮社)
3,小林泰三『ΑΩ』(角川書店)

 1……もう13年も経つのか。第一回から読んでいるんだが……私はもう終わってもいいんじゃないかなーと思うが。他の作品もあるのだし。一つのシリーズに縛られ続けるのがいいことなのか悪いことなのか、私には判断できないのだけど――特にこの作家にとってどうなのかが。どっちにしても終わるまでは付き合い続けます。
 2は、例によって元バイト先でなかなか入荷されないので痺れを切らして別の店で購入。比較的規模の大きいそちらでも、二冊がひっそりと平積みになっておりました。3は迷うこともなく購入。一緒に倉阪鬼一郎氏の新刊もお願いしたのだがこちらは入らなかった……また駄目なのか??

 朴 商延(パク・サンヨン)『JSA 共同警備区域』(文春文庫)読了。ミステリと判断すればホワイダニットだが、それにしては前半の細かすぎる叙述から、何より映画の宣伝やあとがきなどから察せられてしまうのが傷だろう。作品の外側からミステリとしての性格はかなり壊されてしまっている。しかし、この映画版が韓国において熱狂的に支持されたのも、日本に於いてもヒット作品となっているのも、原作を読むだけでよく理解できた。いま、この時代のイデオロギー、特に韓国――朝鮮民族の特殊性を見事に反映しており、イデオロギーに翻弄されるヒューマニズムを的確に描いて非常に染みる物語となっているのだ。映画版は換骨奪胎――というと微妙にニュアンスが異なるのかも知れないが、題名に象徴される共同警備区域とそこで起きる可能性のある人間ドラマという性格のみを踏襲し、設定は大幅に手を入れているそうだが、確かにそれでいい。本編では主人公に複雑な来歴を与え、それと事件の捜査展開をオーバーラップさせることでクライマックスを効果的なものにしているが、映画では同様の効果を生むことは難しいだろうと思われる。いずれにしても、そうして設定を入れ替え文字から映像に変えてもこの作品――このテーマの持つ時代的な感動が揺るぎはしないだろう。成る程、韓国屈指のヒットも頷けるのである。
 但し、本書の解説者が指摘しているように、デビュー作だけあってテーマ以外の随所に傷がある。私が気になったのは、各章題の無神経な付け方と構成の不格好さだ。前者はあまりに内容を曝け出しすぎていて情緒を欠いている(純然たる論理ミステリなど、志す傾向が違えばまた問題は違ったのだが)、後者は屡々読者に論点の混乱を齎し理解の妨げとなっているように思われて仕方ない――それでも飽きずに読めたのは、私が日本人で韓国の歴史、時代事情に暗くその叙述自体を恐らく現地の人々よりも興味本位で読むことが出来たからだ。しかしそれは却って、韓国に通じていない私のような人間には別の楽しみ方が開かれていることでもあって、そういう意味で一読の価値はある、と言えるだろう。映画版に興味があれば無論のこと、そうでなくても「近くて遠い隣の国」韓国、そして朝鮮半島の事情について多少なりとも知りたい、という向きには、娯楽として読める点からも好個の一冊。作家としての評価は、続刊が訳出されたときに為すべきだろう――ハングルを解さない日本人としては。
 ちなみに映画は、来週に母親も見に行くというのでその時便乗することにしました。すると今週は『メトロポリス』か? ……あいや、『誘拐犯』も今週末からか……どないするか。


2001年6月5日(火)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~tuckf/Diary/20010601~.htm#Day05

 天井の羽目板が抜ける洋式便座の蓋が壊れる。古いにも程があるぜ職場(元住居)。まあ、二階が丸ごと落ちてこないだけましと言えよう。

 本日のお買い物
1,七月鏡一・藤原芳秀『闇のイージス(2)』(小学館・ヤングサンデーコミックス)
2,筑波さくら『目隠しの国(4)』
3,やまざき貴子『っポイ!(18)』(以上、白泉社・花とゆめコミックス)
4,大沢在昌『炎蛹 新宿鮫V』(光文社文庫)
5,『僕たちのアナ・バナナ』(Pony Canyon・DVD Video)
6,はっぱ隊『YATTA!』(フジテレビ・DVD Video)
7,Michael Brecker『NEARNESS OF YOU : THE BALLAD BOOK』(verveUniversal Classics & Jazz・CD)
8,『殻-kara- 鈴菜編』(CresCENT BLANK・Windows対応同人ゲーム・18禁)

 忙しいときに買い物しすぎるのは私にとって自殺行為だと改めて悟る。あーもう新規リンク多すぎ。
 1は待望の新刊だったが元バイト先には何故か二冊しか入荷しなかった。久々によく出来たハードボイルド・アクションなのだから、もっと売りませう。
 以下面倒なのでちょっと飛ばして、5。劇場公開時に見に行けなかったのをずっと気にしていた、エドワード・ノートン初監督の恋愛物、最近飢えていた恋愛物。先日入手し損なった『恋愛小説家』とちょっと悩むが、何はともあれエドワード・ノートンだということで。……6については突っ込まないでいただきたい。魔が差したの。
 7は現代ジャズシーンのサキソフォニストの中で最高峰に属するマイケルの最新アルバム、プロデュースはパット・メセニー、コ・プロデュースはスティーヴ・ロドビー(メセニー・グループのベーシストで、メセニーのソロアルバムなどでもプロデュースに参加している)、アレンジの一部をギル・ゴールドスタイン、そして参加ミュージシャンはパットの他にハービー・ハンコック(p)、チャーリー・ヘイデン(b)、ジャック・ディジョネット(ds)、加えてジェイムス・テイラー(vo)、なんだかもう並べているだけで眩暈がするようなメンバー。しかもこの面子がテクニックや新機軸に寄らず、現代的ながらもストレートなバラードを演奏しているのだからとんでもない話だ。ただただ堪能。ああ、いい。
 で、いきなり毛色の違う8は、以前某氏に薦められた同人ソフトの注目株。その時の話にも出たことだが……絵が……絵が……。……遊んでいる時間がない、というより当分ゲームは来月のお仕事の下準備として遊ぶのが中心になるはずなので、感想は後日。というか、宙に浮いている同人ソフトも既に幾つかあるんだけどね。

 なお、大手では既に出回っているようです『異形コレクション 夢魔』。元バイト先に頼んであるのと、あとで見本が来るはずなので今日は自らは買いませんでしたが。


2001年6月6日(水)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~tuckf/Diary/20010601~.htm#Day06

 筆が乗りはじめると反比例のように日記のネタが費えてきます。なので雑感をだらだらと並べてみる。
 一、はっぱ隊DVDの未放送コントはどっちかというと撮り下ろしという風に見える。南原の溜めが長いのが素敵だ。
 二、『僕たちのアナ・バナナ』初見ではBGVにはならないと判断して暫く保留する。いやね、音楽も映像もノートンのナレーションもあまりに私好みなので。
 三、『夢魔』職場の近所ではまだ数が入ってこず、差し上げると約束した分すら確保できない有様。それにつけても、私自身昨日発見したばかりなのに昨晩のうちに感想を頂戴したのにはかなり驚いた。……さすが葉山さん。
 四、BGMは昨日購入のマイケル・ブレッカーをひたすら反芻する。マイケルがバラードを演奏するのもそうだが、このメンバーそれぞれを取っても、こうまでオーソドックスで情緒的な演奏を繰り広げているのを聴くのは初めて、さもなくばひどく久し振りのようにも思う。走らず力みもせず、切々と説き聞かせるように歌うマイケルのテナーサックスを、まるでドサ回りのジャズマンのように淡々と的確にサポートするメセニー、ハンコックらという贅沢な図式。いいわー。

 本日のお買い物
1,ロクニシコージ『すべてに射矢ガール(2)』(講談社・ヤンマガKC)
2,あずまきよひこ『あずまんがリサイクル』(メディアワークス・電撃コミックスEX)
3,井上雅彦・監修『異形コレクション 夢魔』
4,満坂太郎『真説 仕立屋銀次』(以上、光文社文庫)

 矢少女、というギミックで売り上げ的には損をしている気がする1。今日買うときにも、元バイト先の店員氏に「面白いの?」と訊かれた。いや、面白いっすよ。2は以前パイオニアLCDよりCD−ROM付きの変形判で発売された、『天地無用』シリーズに『大運動会』などのLDC系列アニメーションに纏わる漫画作品ばかりを集めた作品集を、CD−ROMを外し再編集したもの。一部オリジナルを知らないと理解しづらい作品もあるが私は概ね大丈夫だった。過去の資産。
 3。元バイト先でなんとか一冊仕入れてくれました。何度見ても表紙に自分の名前があるのに取り敢えずひびります。4は鮎川哲也賞受賞者の書き下ろし新作、だが受賞第一作がそうであったように本編もミステリではなさそうだ。このままミステリから遠退いてしまいそうな傾向だが、取り敢えず買う。基本的に乱読なので、実際にはあんましジャンルは気にしていないのだった。

 ……何か書き足そうと思ってホームページビルダーを起動したが、矢先に友人からPC購入に関する相談の電話があって、延々40分話しているうちに忘れた。取り敢えず、久々に「所業」に記述を追加。このコンテンツも、そのうち完全に新調しようと思っているのだが。


2001年6月7日(木)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~tuckf/Diary/20010601~.htm#Day07

 ……あ、思い出した。『ダ・ヴィンチ』に第一回本格ミステリ大賞の選考過程及び結果報告の記事が掲載されているが、倉知じゃなくて倉知ね。複数回名前が出てきているが、合っているのは一箇所だけ。これじゃ正しい方が誤植に見えるではないか。

 本日の不幸。雲行きが怪しいので、昨日から職場に置きっぱなしだったバイクを今日はちゃんと自宅に戻す目的もあって早めに帰途に就く――が、明日発売予定のDVDを購入し、ついでに約束していた借り物を受け取るために秋葉原へ。用事は恙なく済むが、雲行きはいよいよ剣呑な気配を孕んでいた。途中、信号待ちしていたら、客待ちで並んでいた(違法です)タクシーの運転手のおっちゃんにいきなり「そこのバイクのにーちゃん」と呼ばれる。
「ついさっき、東京に大雨洪水警報が出たから、早く帰った方がいいぞ」
 ……ご親切にどうも。というかそれは聞いて有り難かったのか拙かったのか。そして慌ててバイクを走らせようとするも、上野から自宅のある方に抜ける裏道までは車が詰まっていて走りにくい。
 悪いことは重なるもので、そこへ携帯電話に入電。バイクに乗っている人間の携帯電話にかける場合、最低十回はコールを続けて貰わないと困る。バイクを脇に止めてグローブを外してヘルメットを脱いで、とやっているうちにその位はどうしてもかかるのだ。私が携帯電話の液晶を確認している間に電話は切れる。そして、折しも雨足は強まる気配。泡食って電話を仕舞い再度出発する――が、間に合わなかった。一分と経たずに雨粒は大きくなり、タクシーの運転手に呼び止められた辺りから自宅までの行程を半分も辿らないうちに服もズボンもびしょ濡れになっていたのであった……ちなみに、電話をかけてきたのは、母だった。

 本日のお買い物
1,本多俊之『METROPOLIS Original Soundtrack』(KING RECORDSSTARCHILD・CD)
2,『魔女の宅急便』(ブエナビスタホームエンタテインメント・ジブリがいっぱいコレクション・DVD Video)

 1はアニメーション映画のサウンドトラック、って見れば解るか。劇場に見に行く前に気になっていたサントラのみ購入したのである、ついでに。……しかし、ここまで見事にジャズだと私なんぞ笑みが零れてしまいます。
 そして本題は2。LDも持っているしテレビでも数えきれずに見ているので主にBGVになるだろうことは目に見えているのだがそれでいいのだ。あまりオリジナリティはないものの特典ディスクもついているし。……で、早速特典から眺めていてふと思ったのだが、キキの声って初期の予告編では高山みなみは当ててないんじゃないか? 声の表情が極端に違うのだが、単にプロモーション段階でキャラクターが固まっていなかったからか? にしても、いま改めて見ると結構色々と発見がある。キキが旅立ちの途中で出逢う先輩魔女の声が小林優子(最近やたら『天地無用』見ているもんだから)だったし、山寺宏一が警官役でちょこっと声を当てていたし、よく聞いたらオソノさんの声って戸田恵子やん今となったら顔が先に出てくるやんと思ったり。……ああ、しかし今更ながら面白いな。
 ちなみに前述の借り物は
1,久弥直樹『ONE's MEMORY』
2, 同 『SEVEN PIECE』(以上、Cork Board)

 売っている場所が見つかれば自分で購入するところなんだが。取り敢えずフォローできてない最新作を何とかせねば……って、あとから思うともーちょっと早く気づいていれば別の対処法があったな、と。


2001年6月8日(金)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~tuckf/Diary/20010601~.htm#Day08

 本日のお買い物
 先に言う……多いぞ。
1,秋月涼介『月長石の魔犬』
2,上遠野浩平『紫骸城事件』
3,篠田真由美『センティメンタル・ブルー』
4,椹野道流『壷中の天 鬼籍通覧』(以上、講談社ノベルス)
5,恩田 陸『上と外(5) 楔が抜ける時』
6,小林聡美『マダム小林の優雅な生活』(以上、幻冬舎文庫)
7,稲川淳二『稲川淳二の絶叫・心霊写真』
8, 同 『稲川淳二の最新・超怖い話2』(以上、角川書店・ザ・テレビジョン文庫)
9,栗本 薫『グイン・サーガ79 ルアーの角笛』(ハヤカワ文庫JA)
10,井上雅彦・編『異形アンソロジー・タロットボックスIII 吊された男』(角川ホラー文庫)

 この上更に『夢魔』を、私から知人に差し上げるもの三冊に親父が人にあげたり譲ったりするものを取り敢えず五冊と購入したから、帰り道はリュックの重さに肩が抜けるかと思った。……でもね、毎月一回はこんくらい運んでるのよね。
 毎月毎月講談社ノベルスときたら。読み切れない新刊は諦めればいいと自分でも思うのだけれど。5には発売遅延と巻数増加についてのお詫びが著者の言葉として掲載されております。ほんとに困りますわ、私なんかぼちぼち第一巻あたりの内容忘れてますもの。
 7と8は毎度ながら私の純然たる趣味……と言えなくなりつつある事実もあるが。ここ暫くの稲川氏の著書はレベルダウンが著しいように思われるが、それでもひとまずフォローしてしまうのはやはり「怪談と言えば」という刷り込みが私の中に生きている所為だろうな。ちなみに、以前の話通りなら今月中に新耳袋の最新刊も出ます。
 他に定期購読誌も二冊。……このインタビュー、あの作品を遊んだ直後ではただただ虚しく響くだけなのだが。

 帰宅後に某氏から久弥氏の最新作確保の報。わーい。……日に日に私の活動傾向はおかしくなっている気がしなくもない。

『夢魔』に掲載していただいた短篇『ゆびに・からめる』、実は某創作ML最初のローテーションの際に提供した短篇だったのでした。MLにはすっかり不義理を働いており、掲載が決まった段階でせめて予め御報告だけさせていただこうと思っていたのですが、結局今までほったらかしにしてしまいました。掲載に当たっては井上氏からの要請を反映すると共に、当時いただいた御意見を幾つか参考にさせていただきました……主に濡れ場に。改めて御礼申し上げると共に、長々と続く不義理についてお詫び申し上げます。というか、いつになったら戻れるんだ私は。

 久々に旧リンクページからの回収作業を行う。上記MLのお仲間でもある三澤未来さんのホームページ『Fortune』を追加。遅くなって申し訳ありませんー。

 ――いつも事件の詳細より気になるのは、現場に居合わせてしまった子供達への対応だ。取材なんかどうでもいい、いまは何よりも彼らを家に帰してあげろ。冷酷と聞こえるかも知れないが、事件直後にあって何よりも優先させるべきなのは、いま生きている人々の安全と安寧だろう。そうでなくても未成熟な心にこれ以上の傷を残すな。


2001年6月9日(土)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~tuckf/Diary/20010601~.htm#Day09

 祝・行き付けの蕎麦屋復活。ただし私はその現場に立ち会えなかった。恒例の映画鑑賞に出かける私を余所に、遠出する予定だった両親が結局予定を断念してふらふらと車で彷徨き、ふと立ち寄ってみたら復活していたとの由。親父さんは汁だけ用意して、上でゆっくりと過ごしているとのことだがそれで良し。ともあれあの唯一無二の質と量がまた堪能できる喜びに勝るものなし。……ああ、そう聞いたら明日にでもバイクで訪問したくなってきたが、訳あって明日も映画を見に行こうかなどと考えていたりして……迷う。

 さて、本日の映画鑑賞は手塚治虫原作、りんたろう監督、大友克洋脚本、本多俊之音楽という豪華スタッフによるアニメーション大作METROPOLIS』(東宝・配給)
 臓器売買などの国際犯罪に手を染めた科学者・ロートン博士の痕跡を追って、探偵である伴俊作=ヒゲオヤジとその甥のケンイチ少年は、折しも高層建築・ジグラットの完成に沸くメトロポリスを訪れた。三層に跨り、今や労働の場をロボットに奪われつつある地下世界と栄華を誇る地上世界とに分裂し、ロボットと人間、地下と地上という輻輳する対立構造に喘ぐ巨大都市の有様を、捜査員権限を与えられたロボット・ペロの案内で目の当たりにしてケンイチは当惑する。
 その頃、二人の追うロートン博士は、ジグラットの主であるレッド公の庇護の元に、自らの最高傑作である人造人間を手掛けていた。レッド公の死んだ娘を模したロボットには、ジグラットに秘められた機能を掌握する能力が備えられている。間近な完成を心待ちにしているレッド公の姿を、戦争遺児として公に引き取られ長じて政治結社マルドゥク党の幹部となったロックが苦々しく見つめていた。そして彼は遂に、ロートン博士が潜む地下工場に潜入し、博士と完成直前であった人造人間に銃口を向ける。果たして、ヒゲオヤジとケンイチが地下工場に辿り着いたときにはそこは猛火に包まれていた。中に人の姿を確認したヒゲオヤジは、自身は正面から、ケンイチには裏口に向かわせ救助を試みる。裏口からの侵入に成功したケンイチがそこで見たのは、全身を光に包まれた裸身の少女の姿だった。
 少女に上着を着せ手を取ってその場を逃れようとしたケンイチだったが、落ちた床から地下世界の最下層に転落してしまう。廃物処理用のロボットに助けられ、理の通った言葉を話すことも出来ない少女――ティマに戸惑いながらも上層への脱出路を探し求めるケンイチは、廃物処理場の出口で二人を捜していたロックの銃撃に晒された。そうして、ケンイチとティマの逃避行が始まる――
 見ているときはさほど意識しなかったのだが、本編は作り込まれた世界観と各登場人物の行動と思惑とが入り乱れ、粗筋を説明するのが結構めんどくさい。その辺りは流石に巨匠・手塚と大友の面目躍如と言えるが――結末まで見ての感想は、芳しくない。ある意味非常に辛い顛末も、後で考えれば「ありかな?」と思えるようになるのだが、エンドクレジットが出た段階ではただ腑に落ちない感覚を残すのみ。設定こそ緻密なのだが、その所為だろうか誰一人能動的かつ首尾一貫した動きを見せたものがなく、全員がただ状況に流されてそのまま捻りもなく決着してしまった、という印象が強いのだ。その登場人物の不安定さが、作品の印象そのものも不安定なものにしてしまっている。正直、あの、という冠詞が上につく大友克洋氏の脚本であるから、もっと作品として明確なイメージを披露してくれるものと期待していたのだが、あまり添う出来とは言えない。寧ろ、個人的には「こういう決着ならそんなビッグネームを起用する必要はなかったんじゃないのか?」という感がある。つまり、ある程度筋の通ったものが書ける人間であれば書ける程度のものであって。我ながら理不尽な要求と思わなくもないが、費やされた時間と金額とを思い合わせると他に感想がないのだ。
 加えて、ひとつひとつの描写の扱いにも疑問がある。ことに終盤、レイ・チャールズの『I Can't Stop Lovin' You』をバックに訪れるクライマックスの迫力は震えるほどなのだが、冷静になるとある名作(早い話が『天空の城ラピュタ』)がオーバーラップしてしまう。そしてエンドクレジット手前であるモジュールがアップで示される結末は『風の谷のナウシカ』のそれを思い出させる。狙いである、と捉えるにはあまりにもとってつけたようで、なまじそう思い込んでしまうと余計に、登場人物達の半端な描写が気になって仕方ないのだ。
 但し、不気味なほどに作り込まれた映像と、本多俊之による音楽は一見・一聴の価値有り。――が、前者については見ている間、『……ファイナルファンタジーみたい……』という思いが拭えなかったことは付け加えておく。技術力には目を瞠るが、多分にそれだけになってしまった嫌いがある、というのが正直な感想。同じ手塚治虫原作・りんたろう監督の『火の鳥』という名作を幼い頃に見た記憶が残っているだけに、余計に納得のいかない出来であった。
 ……で、どうにも不満が残るので、明日も映画鑑賞に出かけよう、などと思ったのだ……が。

  その帰途、ついでにと某所に久弥氏の新刊を受け取りに行くが、前日自宅に帰るとき、持ち帰り道すがら読んでいたらそのまま自宅に忘れてしまったのだそうな。代わりに怪しげなデータを頂戴し、一時間ほどあれやこれやと駄弁ってから去る。最後に某同人ショップに立ち寄る……土・日はあんまし近付きたくないな、と思った。

 本日のお買い物
1,フィリップ・マーゴリン『野性の正義』(早川書房・ハヤカワノヴェルス)
2,倉阪鬼一郎『ワンダーランド in 大青山』(集英社)
3,『月姫読本』(TYPE-MOON)

 1は私がリアルタイムで読む数少ない海外作家の新作。しかし、翻訳者が不満のあった人物のままなのが若干気に掛かる。でも嬉しい……当分読めないけど。
 同人ショップにて購入したのは、やや遅ればせながらの3。そこでの売り上げランキング、同人ソフト部門一位である。いやー、だって、冬コミで買ったときは並びすらしなかったぞ。隔世の感あり。ところで、この本をお持ちの方は、キャラクター人気投票のページを御覧下さい。私のコメントが載ってました。自分で見ると非常にそれらしい文体なので、その気になれば解るのではないかと。お暇な方は探して私にご一報下さい。当たっていたら……何も考えてませんけど。

 稲川淳二『稲川淳二の絶叫・心霊写真』、同『稲川淳二の最新・超怖い話2』(以上、角川書店・ザ・テレビジョン文庫)読了……やっぱりレベル落ちすぎです。『絶叫・心霊写真』は霊的存在の感じられる、と語る写真とそうでないものとを別枠にしているのに、解説付きの前者のコーナーで物理的解釈の可能なものが多く混ざっていたり、解説のない後者で不可解な写真がいっぱいあったり、と扱いに一貫性のないのが気に掛かる。それ以上に、心霊写真をモノクロで、しかも見やすさを考慮に容れずに無造作に掲載しているだけ、という姿勢は、オカルト本であるだけに余計許し難い。こんな本の作り方をしては駄目。『最新・超怖い話2』はそれに較べればまともだが、相変わらず話口調のままの文体は前後関係が掴みづらいし、話ではなく教条的な内容のものが混ざっていたり、また10年以上前から何度も披露しているようなエピソードが細部を変えて収録されていたりとこちらの姿勢もいい加減に過ぎる。読者を嘗めるのも大概にして欲しいなー、と。


2001年6月10日(日)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~tuckf/Diary/20010601~.htm#Day10

 本日のお買い物
1,道満晴明『性本能と水爆戦』(ワニマガジン社・ワニマガジンコミックス)
2,R・D・ウイングフィールド『夜のフロスト』(東京創元社・創元推理文庫)

 双方ともbk1より。漸く解ってきたようで、注文は別々で出荷連絡も別々で来たが梱包は一つだった。なぜ1を注文したのか記憶に御座いません。内容もよく解りません。ええ解りませんとも。兎に角何処までけったいなシチュエーションを案出できるか、に淫しているような。
 2……第一作から高評を聞きつけ二作・本編とも購入はリアルタイムだがどれも読んでません。相変わらず、買ってからいい評価を聞くとそれだけで安心して手付かずになってしまう癖があるらしい……逆かも知れないが。評判と無関係に自身の意に染まなかったらちょっと厭やな、と。

 というわけで映画は諦めて蕎麦屋に行って来ました。皆さん待ちこがれていたのか大繁盛で、我々が到着したのは午後二時前だったが早くもうどんは品切れ、食べる直前にシャッターを半分閉めていた。蕎麦屋に行きながらうどんを食うという厄介な趣味がある私だったが今回はやむなく蕎麦である、しかしここの蕎麦が食えるのなら何の不満があろうか。案の定といおうか、あまりの忙しさに休養中の親父さんも一度店に降りてきたそうだが。

 映画を見に行かない代わりに放り出していたDVDを見る。『僕たちのアナ・バナナ』(Pony Canyon・DVD Video)
 カトリック神父のブライアン(エドワード・ノートン)とユダヤ教ラビのジェイク(ベン・スティラー)は幼い頃からの親友だった。奉じる神は違いながらも友情が変わることはなく、ユダヤとカトリックの共同社交センター設立に情熱を燃やしていた。ある日、二人が小学校時代に親友となったが間もなく転校してしまったアナ・バナナことアナ・ライリー(ジェナ・エルフマン)が仕事のためにニューヨークに数ヶ月滞在することとなり、三人は待望の再会を果たした。聡明なお転婆娘だったアナはエグゼクティヴ・レディとして着実にキャリアを積み、忙しなさで恋もまともに出来ない状態ではあったが、この上なく魅力的な女性に成長していた。三人は旧交を温めるように頻繁に行き来を重ねていたが、ジェイクのお見合いを契機に三人の関係に変化が生じる。ラビの長となるためには慣例として所帯を持っていることが重要だったが、ジェイクは独身で、ひっきりなしに見合い話が持ち込まれた。あるとき、テレビのニュースキャスターである女性とデートの話が持ち上がるが、相手のキャリアに怖じ気づいたジェイクはプライアンとアナに頼んでダブルデートという形を取らせた。しかし、その時の二人の親密な演技が、ジェイクを動かしてしまった。デートが終わったあとの夜、ジェイクはアナのアパートを訪れ彼女を求める。アナも、それに応えた。ラビという立場、そしていずれ帰る予定になっているアナの事情も考慮して、二人は誰にも秘密の関係を結んだのだった。――だが、その一方で、ブライアンもアナに対する想いを募らせつつあったのだ……
 エドワード・ノートン初監督作だが、驚くほど安定感のある仕上がりとなっているのは、スペシャル・サンクスに名前の挙がっているデビット・フィンチャーらの助言もあったからなのか。音楽の使い方や主人公となる男性二人のシーンの絡め方にも、フィンチャー監督の影響らしきものがちらほら窺われるように思った。物語自体は、骨格は単純明快なラブコメディであり展開にも決着にも格別な捻りはない。ただ、そこに親友同士の神父とラビという関係を持ち込んで悩みを思いっ切り深めたのが慧眼だった。例えば恋に落ちるのがブライアンとアナだったら内容はもっとドロドロに、設定自体無意味なものになっていただろうが(カトリックの神父に婚姻は認められていないからだ)、それを拒んで自然な方向に持っていったのも、軽快な物語作りに貢献している。
 兎に角、全編に細かな遊びが盛り込まれて良く笑わせ、飽きが来ないのが本作の最大の美点だろう。台詞の細部に映画作品の引用をしてみたり、映像的な悪戯も随所に見られ、それをひとつひとつ挙げて計算を拾い上げるだけでも楽しめそうだ。印象深くそれでいて爽やかな良品、映画にテーマの追求のみを欲するような堅苦しい見方ばかりしていると、不意に恋しくなるようなタイプの作品である。必見とまでは行かないが、肩の力を抜きたくなったら御覧戴きたい。劇場で見なかったのがちょっと惜しまれるほど。
 DVD特典映像として恒例の各種予告編は無論、本編以上に愉しいとすら言えるシーンを含んだ未公開カット集、そして海外作品のDVDとしては珍しいNG集も同梱されている。本編を見て更にこの世界を堪能したいという欲求もこれで存分に満たされる、至れり尽くせりの一枚。最近の映画狂いのために名前でチェックする監督が増えてきたが、エドワード・ノートンも加える可能性が出てきた――一作で安易に信用してしまうのもアレなので、結論は次回作待ちだが。……作るよね?
 ところで、この作品の原題は『Keeping the Faith』。内容には相応しいタイトルだが印象深さという点からは珍しく邦題の方に軍配が上がるのでは、と思う。あからさまに題名で失敗した『ホワット・ライズ・ビニース』(だって、正しく記述する人すら少ないのよこれ。"What Lies Beneeth"だから「ビニー」なのに、大抵「ビニー」と書かれてるのよ)などを例に取るまでもなく、最近は安易に原題をカタカナにして邦題としてしまう傾向があって寂しかったところであり、こういうセンスのある邦題を見ると嬉しくなってしまうのだった。
 ……と、似たようなことを考える向きもあるのか、よくよく見ると最近の公開作では原題とかけ離れた邦題をつけて公開されるものがまた増えてきたようにも思ったり。先日見た『ザ・ダイバー』からして原題はやや解りにくい"Men of Honor"だったし、『スターリングラード』なんか原題の"Enemy at the Gates"よりも邦題が印象的なために作品的にも興行的にも割を食ったという感がある。何にしても、映画が当たるか否かは配給会社の努力次第というところなのだろう。単なる宣伝のみならず、こうした細かなところのセンスから。


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温泉にでも行きたいわ。作業が終わったら。

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