cinema / 『カオス』

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カオス
原題:“Chaos” / 監督・脚本:トニー・ギグリオ / 製作:ヒュー・ペナルト・ジョーンズ、ギャビン・ワイルディング、マイケル・ダーバス / 製作総指揮:デヴィッド・バーグスタイン / 共同製作:マイケル・ピアス / 撮影監督:リチャード・グレートレックス,B.S.C. / 美術:クリス・オーガスト / 編集:ショーン・バートン / 衣装:ボビー・リード / キャスティング:コリーン・メイヤーズ、ヘイケ・ブランドスタッター,C.S.A. / 音楽:トレヴァー・ジョーンズ / 出演:ジェイソン・ステイサム、ライアン・フィリップ、ウェズリー・スナイプス、ヘンリー・ツェーニー、ジャスティン・ワデル、ニコラス・リー、ジェシカ・スティーン、ジョン・カッシーニ / 配給:Art Port
2005年アメリカ作品 / 上映時間:1時間47分 / 日本語字幕:野口尊子
2006年11月04日日本公開
公式サイト : http://www.chaos-movie.jp/
銀座シネパトスにて初見(2006/11/04)

[粗筋]
 白昼のシアトル・グローバル銀行の喧騒を、銃声が引き裂いた。
 襲撃したのは、黒い服で固めた5人の男。爆薬で金庫をこじ開け、通報ベルを鳴らした行員を躊躇なく銃殺する男達は、連絡を取ってきた警察に対し、第一の条件として、交渉役にひとりの刑事を指名した。
 名指しされたのは、クエンティン・コナーズ刑事(ジェイソン・ステイサム)――最近、逃亡犯を追跡し、パール橋まで追い詰めながら、容疑者と人質に取られた女性とを死なせるという失態を犯したことで、時の人となっていた男である。事件当時、相棒であったヨーク刑事は懲戒免職となったが、コナーズは残留、パール橋の事件ではなく過去の証拠捏造疑惑に関する裁判で敗訴したことから休職処分を受けていた彼を、上司のマーティン・ジェンキンス警部(ヘンリー・ツェーニー)はやむなく現場に呼び戻すことにした。
 新米刑事のシェーン・デッカー(ライアン・フィリップ)は、コナーズの暴走を押さえるための監視役として彼のパートナーにさせられる。新米というだけで見下すような態度に反感を覚えるものの、現場に着いてからのコナーズの指示と判断には迷いがなく、デッカーに口を挟む余地はなかった。
 ローレンツ(ウェズリー・スナイプス)と名乗った犯人との回線越しの会話にも澱みはなく、既に死者・負傷者もいるなかでの持久戦には限度があると、即刻SWATに位置に就かせ、電源の供給を断ち、動揺に乗じて突入する手筈を整える。
 だが、強奪犯たちの行動は予想を超え、更に大胆だった。人質を利用しての派手なパフォーマンスの直後、銀行のロビーを一気に爆弾で吹き飛ばしてしまう。捜査関係者を含め大量に出た負傷者の対応に現場が大混乱している隙に、犯人たちは被害者や救助スタッフに紛れて逃走した。
 これほど大胆不敵な犯行であったにも拘わらず、犯人グループは銀行から現金を奪っていなかった。いったいどんな意図があって潜入したのか? コナーズたちは現場に居合わせたTVクルーの協力で、現場から逃げていく人々の姿を確認する。そのなかに、強盗の前科がある男――デーモン・リチャーズを発見した捜査陣は、リチャーズの自宅を急襲した。
 リチャーズは激しく抵抗、車にて逃亡を図ったが、デッカーとコナーズの連携で辛うじて逮捕する。リチャーズの自宅を捜索した一同は、だがそこで思いがけない痕跡を見つけた。報酬として渡されたと思しい大金には、警察で保管するための処置が施されていた――つまり、押収され警察に保管されていた金を持ち出せる立場にいる人間が、この事件に関わっているのである。

[感想]
 アクションを主体としながら、本編はその“仕掛け”の複雑さも当初から売りのひとつとして謳っていた。だが、過去の例を挙げるまでもなく、その手の宣伝文句はあまり信用できない。眉に唾して臨んだのだが――直前に鑑賞した『unknown/アンノウン』に負けず劣らず意欲的な、だがベクトルが異なる分、まったく別方向でのインパクトを齎す秀作であった。
 基本は決して独創的ではないものの、生々しい重みのあるアクションの数々こそ楽しみどころだが、しかしそうした派手な描写の随所に、実に多くの仕掛けが施されている。その場面場面ではさらっと見過ごしてしまう描写が、あとになってきちんと意味を明確にしていくさまは、強烈なカタルシスを齎す。
 しかしその反面、詰め込みすぎているという誹りも禁じ得ない。発想に夢中になるがあまり、それぞれの整合性にあまり注意が向かず、個々の要素が反発しあって不格好になっている箇所が多いのだ。観終わったあとでよくよく検証してみると、果たして必要だったのかと思われる仕掛け、また不確定要素が混じりすぎて思惑通りに運ぶはずがない、と感じられる。
 だが、いちど見ただけではそれをはっきりと確認できないほど徹底した作り込みそれ自体には、矜持を感じさせて頼もしい。検証した結果間違いに気づいたとしても、だからと言って安易に切り捨ててしまうには惜しい、とも感じるはずだ。何より、あらゆるピースは作中に登場する“カオス理論”に象徴される、大枠の構想に奉仕している。その着想とそれを支えるための構図、重要なピースを鏤める手管は傑出している。
 そうした部分を省いても、随所に設けられたアクション場面や銃撃戦のくだりの迫力、緊迫感だけでも存分に本編は楽しめる。意外な決着を迎える車vsバイクの追跡劇、中盤での混戦や、クライマックスにおける一対一の銃撃戦。そうした熱の籠もったシークエンスに、しばしば交えるユーモアや情感のあるひと幕が、いい具合に観る側をリラックスさせ、物語にアクセントを添えている。構成面でのリズム感にも冴えがあるのだ。たとえどのあたりに期待して観たにせよ、最後まで視線を釘付けにされてしまうことは間違いない。
 また配役がいいのだ。『トランスポーター』シリーズで一躍トップスターとなったジェイソン・ステイサム。『クラッシュ』『父親たちの星条旗』と味わい深い傑作に立て続けに出演するライアン・フィリップ。そして『ブレイド』シリーズを筆頭に多くのヒット作を持つウェズリー・スナイプス。それぞれ際立った個性、特徴的な演技によってハリウッドに存在感を示す俳優たちである。その3人が、それぞれの持ち味を存分に活かして物語に彩りを添えている。およそ色っぽい要素に乏しいというのに、それでも華やかさを感じさせるのは、この香気に富んだ3人の功績であろう。
 実のところ、私がここまで高く評価する理由は、最後に判明する事実ゆえなのだが、ひと言でネタバレになってしまうので触れられないのがもどかしい。ただ、あまりに詰め込みすぎたがゆえの危うさはあるものの、この発想を支えるために施された工夫には敬服させられる。
 そしてもう一つ、これほど派手で凄惨な展開を見せるにも拘わらず、本編には血腥い描写が少なく、ほんのりと気品を損なっていない。それ故に、人を食ったような意外なラストにも、爽快感を味わわせてくれる。年齢・嗜好を問わず、どこかしらに魅力を感じることが出来る、極めて優秀なエンタテインメントと言えよう。

(2006/11/08)


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