cinema / 『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』

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フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白
原題:“The Fog of War : Eleven Lessons from the Life of Robert S. McNamara” / 監督:エロール・モリス / 製作:エロール・モリス、マイケル・ウィリアムズ、ジュリー・アールバーグ / 共同製作:ロバート・フェルナンデス / エグゼクティヴ・プロデューサー:ジョン・ケイメン、ジャック・レッチナー、フランク・シャーマ、ロバート・メイ、ジョン・スロス / 撮影:ピーター・ドナヒュー、ロバート・チャペル / 編集:カレン・シュミーア、ダグ・エイブル、カイルド・キング / プロダクション・デザイン:テッド・バファルコス、スティーヴ・ハーディ / 音楽:フィリップ・グラス / 出演:ロバート・S・マクナマラ / 配給:Sony Pictures
2003年アメリカ作品 / 上映時間:1時間47分 / 日本語字幕:森泉 淳 / 字幕監修:松岡 完、馬場広信
2004年09月11日日本公開
公式サイト : http://www.sonypictures.jp/movies/fogofwar/
ヴァージンシネマズ六本木ヒルズにて初見(2004/09/11)

[粗筋]
 ロバート・S・マクナマラ、1916年カリフォルニア州サンフランシスコに生まれる。三歳の頃第一次世界大戦が終了、そのときの人々の快哉を記憶している、と彼は語る。
 学業に秀で、ハーバード大学在学中は最も優秀な生徒三人のうちひとりとして数えられるほどだった。やがて若くしてハーバードの助教授となるが、折しも始まった第二次世界大戦の影響で1943年陸軍に入隊した。のちにキューバ危機・ベトナム戦争当時空軍参謀総長として彼と共に要職に就くカーティス・E・ルメイ少将の指揮下、マクナマラは日本各地への焼夷弾攻撃と広島・長崎の原爆投下作戦に関わることになる。
 除隊後は他の知識人と共に企業へと自らを売り込み、フォード自動車に入社した。約14年間、統計を手懸かりに新規市場の開拓、安全意識の向上を行って会社を成長させ、1960年には遂に社長に就任する。
 だがそれからひと月と経たず、マクナマラは新大統領ジョン・F・ケネディの使者の訪問を受けた。熱心な説得に折れ、得たばかりの地位を離れてマクナマラは国防長官の椅子に就いた。それからの約七年は彼と彼の家族にとって苦難であると共に得難い経験となった日々であった、と言う。幾たびの戦争の危機、核兵器の脅威にさらされるなか、この間にマクナマラはキューバ危機とケネディ暗殺、そしてベトナム戦争という歴史の大きな波を目の当たりにする。
 2001年、本作のインタビューが始まった当時、彼は85歳だった。年齢を意識させない矍鑠とした口振りで、アメリカ屈指の頭脳にして、のちにペテン師、独裁者とまで罵られた男は、しごく理性的に自らの体験してきた時代を語りはじめる……

[感想]
 今年はどういうわけかドキュメンタリーを観る機会が多い。『ディープ・ブルー』、『アマンドラ!希望の歌』、『華氏911』――そのなかでも本編がいちばん正統派であり、素材も描き方もハードだ。
 ほぼ全篇、ロバート・S・マクナマラというたった一人の人物の証言のみで歴史を再現している。アメリカでも有数のエリートとして第二次世界大戦、キューバ危機、ベトナム戦争という三つの局面に最前線で関わってきた人物であり、単純に彼の発言をまとめただけでも充分に興味深い記録となる、という確信あっての処理だろう。
 もし戦争というものを多面的に、そして公平に物語るドキュメンタリーを作ろうとしたとしたなら、これほど不公平な構成はない。作中、第二次世界大戦やベトナム戦争での映像や、当時にマクナマラ氏が受けたインタビューの模様などが随所に挿入されるが、いずれもマクナマラ氏の発言を補強する形で使われている。
 これはあくまで、マクナマラという人物と、彼が世間に対して提示してみせることの出来る“戦争”という局面のひとつの真実を、極力コンパクトにまとめた作品である。彼の証言に登場しなかった事実や、マクナマラ氏のその後の活動と引き比べて評価するのはあくまで観客それぞれが観たあとにするべきことだ。本編の優れた作品である所以は、そうした観客に対する動機付け、或いは疑問の種子を確実に植え付ける点にある。
 あまりにハードであり、個人の証言のみをストイックに綴っているだけなので、描写に波がない。社会派であると共にはじめから娯楽映画であることを志して製作された『華氏911』と同じ態度で臨むと後悔するし、退屈することも確実だろう。だが、もし本気で戦争というものを深く考えたいと思うのならば、本編は間違いなく最良の資料のひとつとなりうる。
 個人的には、本編でのマクナマラ氏の証言が、彼が見聞したことのすべてではないと思うし、またあらゆる点で率直に語っていたとは信じていない。計算ずくで多くの偽りを口にもしているだろうし、極めて理性的な人物であるだけに、繊細に線を引いた上で更に言葉を選んで話していただろう。だが、そうと捉えて鑑賞する限り、目が曇るようなことはないはずだ。そして、「私たちは殺しあいをするべきではない」という発言の揺るぎなさと、自らの行動に誇りを持ちながらも後悔の念をも抱いている、という述懐そのものに嘘はない、と感じた――そのアンビバレントな想いのいちばん直接的な反映が、あのエピローグにおけるインタビュアーの質問に対する彼の答だったのだ、と思う。
華氏911』だけで満足したくないのなら是非とも鑑賞をお薦めする。と同時に、この証言ひとつで結論を出すことも許されない。

(2004/09/12)


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