cinema / 『ONE TAKE ONLY』

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ONE TAKE ONLY
原題:“ONE TAKE ONLY” / 監督・原案・脚本・編集:オキサイド・パン / 製作総指揮:ブライアン・L・マルカー・アンクル / 撮影:デーチャー・スィーマントラ / 音楽:オレンジ・ミュージック / 出演:パワリット・モングコンビシット、ワナチャダ・シワポーンチャイ / 配給:バイオタイド
2001年タイ作品 / 上映時間:1時間30分 / 日本語字幕:?
2004年03月27日日本公開
2004年06月25日DVD日本版発売 [amazon]
公式サイト : http://www.fullmedia.co.jp/oto/
新宿武蔵野館にて初見(2004/04/18)

[粗筋]
 ソム(ワナチャダ・シワポーンチャイ)は公営団地にひとりで暮らしている。学生をしながら、躰を売って稼いだお金から離れて暮らす母に仕送りをしている。自分の行いに嫌気を覚えながら、最低限の生活を維持するために、今更止めることは出来なかった。元締めをしている女性に金を前払いしてもらって、友達と一緒にショッピングに出かける姿は、ごく普通の女の子だった。
 バン(パワリット・モングコンビシット)は麻薬を売って生計を立てている。根はただの意気地なしで、腹の立つことがあってもそれを行動で示すことは出来ない。釣り銭を誤魔化されても、余所に女を作って出ていった父を目撃しても、妄想のなかで逆襲するだけで、実際には口答えすることも出来ないたちだった。日頃からいじめられている友人が顔を腫らしてやってきたのにようやく発憤して復讐に赴くが、返り討ちにあって袋だたきにされる。
 そんな彼を、偶然近くを通りかかったソムが見つけて、助け出した。以前、共通の友人を介して少しだけ会ったとき、パンが口にしたくだらない笑い話を記憶していて、そんな彼が鉄棒を持って歩いているのを見かけて追ってきたのだという。住んでいるのがたまたま同じ公営団地だったことも判明して、ふたりは瞬く間に意気投合した。一緒に遊びに出かけるようになり、ほのかに想いを寄せ合うようになるまで、ほとんど時間はかからなかった。
 お互いにもうワンランク上の生活水準を求めていた。仲間から稼ぎの大きな仕事を持ちかけられるが、危険を考えて二の足を踏むバンを、ソムは「いつもの仕事でしょ」とけしかける。そんな矢先、ふとした出来事から、バンは初めてソムのアルバイトの内容を知ってしまう。一時気不味くなったふたりだが、バンはそんな彼女のために、あの仕事を引き受けることにした。彼女に辛い仕事をさせないために、もう少しだけ幸せな暮らしを手に入れるために……

[感想]
RAIN』の監督と主演がふたたびコンビを組んだ作品である。それだけに、ところどころ相通じるものがあるようだ。
 子供でさえも裸足で花飾りを売り歩かねば暮らしていけないタイの低所得層の現実をありのままに描きながら、当事者たちにそうした悲壮感はあまり感じない。バンにしてもソムにしても、それぞれの水準に合わせて、こうしなければ自分たちの最低限の暮らしが営めないからそうしているだけ、という印象がある。オキサイド・パン監督独特のスタイリッシュな演出のせいもあって、生々しくもごく普通の出来事のように受け止められてしまうのが不思議だ。
RAIN』のような設定上の明確なつかみはなく、そんな風に主人公とヒロインが「彼らの基準に照らし合わせて」ごく普通の若者として描かれているので、全体の雰囲気はシンプルな青春物語のように仕上がっている。但し、それだけになかなか先が読めず、洒脱ながら妙な緊迫感が最後まで持続する。
 いかにも愚かな若者ふたりが、彼らを取り囲む状況に翻弄されるさまを描いただけで、プロットにこれといった仕掛けがあるわけでもなく、基本的にはこれといったメッセージ性もない。ただ、ハッピーエンドとはお世辞にも言い難い結末に、妙に暖かな余韻が漂っているのが一風変わっている。
 いわばタイの低所得層の生活を、男女の恋愛と重ねながらごく自然に描き出した、時代を撮した作品と言うべきだろう。強いてメッセージを求めるならば――こんな彼らの生き方を、“悲惨”と表現するのは正しくない、ということぐらいか。
 タイという国に暮らす人々の姿を窺い知るには好個の一篇。『RAIN』『the EYE』でパン兄弟のエッジの効いた映像と伏線を細かく鏤めたストーリー展開に魅せられた、という方なら、ひとまず渇を癒せることは確実。彼らの作品点数自体まだあまり多くなく、輸入される機会もまだまだ乏しいので、観られるうちに劇場のスクリーンで鑑賞しておきましょう。どちらにも興味がない、という方には――特にお薦めしません。

 前作は口のきけない青年という設定だったため、主演のパワリット・モングコンビシットの声をまともに聴いたのはたぶんこれが初めて(『RAIN』のDVDメイキングあたりにインタビューなどが収録されていた可能性がありますが、あんまり印象に残ってません)。バリトンでなかなかの美声ですが、喋ると想像よりも幼く感じる。ゆえに役柄には嵌っていたのですが。
 一方のヒロイン・ソムを演じるワナチャダ・シワポーンチャイのほうは、見た目が妙に幼い。いちおう学生という設定が垣間見えるものの、具体的にどんな学校に通っているのかが解らないので、幾つぐらいの設定だったのかが判然としない。途中着ているものが制服に近い印象だったので、日本で言う高校生か、せいぜい大学生ぐらいである、程度の推測しか出来ない。
 但し、それでも日本で一時期問題となった「援助交際」の類とは性質が異なるのは、元締めらしき女性が存在し、しかもその女性が若者の風俗に疎いことから察せられる。若者だけの一過性の売春組織のようなものであれば、元締めはリーダーシップを取れる同世代か、若者の心理に通じた者が就くはずなのだ。そのいずれとも異なっている、ということは、ある程度の年数継続し、複数の世代が出入りする組織が存在していることを想像させるのだ。
 いずれにしても、主人公ふたり揃って設定上は十代か、せいぜい二十代前半であることは間違いない。そうした彼らが、職業として危険な状況に身を晒している――というのは、たとえ上記のようなメッセージを嗅ぎ取るにせよ、慄然とせずにいられない。それをさりげなく表現してしまうこの監督の手腕にも、それを「生々しい」と感じてしまうタイという国の現状にも。
 こんなハードな役柄を文字通り体当たりで演じた彼女ですが、この作品の撮影後結婚し、当時通っていた大学も中退、出産して仕事そのものから一時離れているそうです。何だか、ヒロインの人物像と重なって、妙に微笑ましいというか、逞しいというか。

 上で『RAIN』の監督・主演コンビと記したが、正確には監督はひとり抜けている。『RAIN』は共同監督として、『インファナル・アフェア』の編集などを手がけ国際的にも活躍しているダニー・パンの名前がクレジットされているが、本編は彼が直接関わることなく、双子の兄弟であるオキサイド・パン監督が単独で手がけている。
 ……はずなのだが、劇場で購入したプログラムの日本語によるスタッフ一覧には、なぜか製作のところにダニー・パンが名前を連ねている。一方、表紙の英語表記のほうでは、ダニーの名前は一箇所も認められない。強いて言うなら、冒頭に“PANG BROTHERS PRODUCTION”の一文が見つけられるだけだ。しかし、それとは別に“PRODUCED”という単語とともにほかの人物の名前がクレジットされているのだから、やはり製作に直接ダニーは――のみならず恐らくはオキサイド自身も――関わっていない、と思うのだが……
 どっちにしても、こんな風に記述に混乱があるのは、あんまり出来の良いプログラムとは言えません。字幕担当者の名前も見つからないし、主演ふたり以外の役者については、名前の読み方さえ記していない有様。この配給会社はまだ映画配給に乗り出して日が浅いようですが、それにしてもちと不勉強すぎるように思います。

(2004/04/18・2004/06/19追記)


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