cinema / 『フェノミナ インテグラル・ハード完全版』

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フェノミナ インテグラル・ハード完全版
原題:“Phenomena” / 監督・製作:ダリオ・アルジェント / 脚本:ダリオ・アルジェント、フランコ・フェリーニ / 撮影:ロマノ・アルバーニ / SFX:ルイジ・コッツィ / 特殊効果:セルジオ・スティヴァレッティ / 編集:フランコ・フラティチェリ / 衣装:ジョルジョ・アルマーニ / 音楽:ゴブリン、ビル・ワイマン / 出演:ジェニファー・コネリー、ドナルド・プレザンス、ダリア・ニコロディ、ダリラ・ディ・ラッツァーロ、パトリック・ホーショー、フィオーレ・アルジェント、フェデリカ・マストロヤンニ、フィオレンツァ・テッサリ、ミケーレ・ソアヴィ、ファウスタ・アヴェリ / DVD日本盤発売元:Imagica
1984年イタリア作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:岡枝慎二
1985年06月日本公開
2004年07月23日DVD日本最新盤発売 [amazon:単品4作品BOXセット]
DVDにて初見(2006/04/22)

[粗筋]
 アメリカ人で著名な俳優の娘であるジェニファー(ジェニファー・コネリー)は、スイスにある全寮制の女子校に編入する。アメリカにいた頃に何度か夢遊病の症状を起こした経緯のある彼女は、編入した最初の夜に久し振りの発作を起こしてしまう。記憶のないまま彷徨したジェニファーは、昆虫と交信する特殊能力を駆使して、地元に暮らす昆虫学の教授マクレガー(ドナルド・プレザンス)のもとへ一時身を寄せ事なきを得る。
 だが、旧弊に囚われたきらいのある校長(ダリラ・ディ・ラッツァーロ)は薬物や精神障害を疑い、EEGによる検査を施そうとする。その際、ジェニファーの脳裏に突如、昨晩目にした光景の一部が蘇る――それは近年、界隈を騒がせている美少女ばかりを狙った殺人鬼の犯行現場を目撃したものだった。その光景に対する衝撃と、校長たちの扱いの酷さに憤ったジェニファーは検査を中断させるが、既に彼女に対する偏見は生徒たちのあいだに蔓延していた。
 唯一、同室のソフィー(フェデリカ・マストロヤンニ)だけはジェニファーに友好的に接してくれていたが、ある晩ふらりと出かけていって、そのまま行方をくらましてしまった。ジェニファーは教授に教わったおまじないで夢遊病を起こす手前で踏み止まり、自らの意思でソフィーを追って寄宿舎を抜け出す。そうして発見した何者かの手袋に付着した蛆虫と交信して、既にソフィーが殺されていることを知るが、到底告白することは出来ない。ただひとり、教授が彼女を信じてくれたのが救いだった。
 ソフィーの失踪を契機に校長たちの偏見はより激しくなり、こともあろうに勝手に彼女の部屋に入り、昆虫と交信できることを父親に告白する手紙を読むに至って、ジェニファーの正気を疑い始める。ジェニファーは怒りのあまりに能力を最大限に発揮、大量の虫を呼び寄せて校長たちを脅かすが、却って恐れは増し、精神病院に収容させることを決めてしまうのだった。
 見張りが眠り込んだ隙に寄宿舎を脱出したジェニファーは、唯一の理解者となった教授を頼る。彼女に託された手袋に付着した蛆虫の特徴から、犯人が手許に屍体を保存していると察知した教授は、ジェニファーに彼女の備える特殊能力を駆使して犯人を捜すことを提案する。蛆虫が成長した蠅を道案内に、犯人の居所を割り出そうというのである……

[感想]
 アルジェントと言えば美少女イジメ、なんて表現されることが以前は多かったらしい。近年の『デス・サイト』『スリープレス』では初期の正統派スリラーに回帰する一方で、美少女という要素が薄れてしまったことを惜しむ声もあるようだ。
 本編はその“美少女イジメ”という側面からの最高傑作と呼んで差し支えないだろう。夢遊病で彷徨していきなり殺人現場を目撃してしまい、詳細は記憶していないと言うといきなり精神障害扱いされて効果の判然としない治療を受けさせられる。偏見だらけの校長らに薫陶を受けているせいか同級生たちもほとんどがジェニファーに対して嫌がらせを仕掛け、遂に寄宿舎を逃げ出す羽目になる。そのうえクライマックスで立て続けに彼女を襲う悲劇は、見ていて痛ましいほどだ。ここまで楽しげに少女をいじめ倒せるのは、一種の才能とさえ感じる。
 不運のヒロインを演じるジェニファー・コネリーは後年『ビューティフル・マインド』でアカデミー賞助演女優賞に輝くほどの名優に育ったが、本作ではその演技はまだまだ幼稚だ。しかし、表情や身振りの瑞々しさは、なまじ円熟した女優には醸し出しがたい、透明な色香とでも言えそうな魅力に溢れており、それがまたこの虐められっぱなしのキャラクターによく嵌って、物語に彩りを与えている。
 虫と交信が出来る、という特殊能力を採り入れているが、最終的に物語の焦点となるのは、界隈を騒がせる連続殺人の謎解きだ。しかし、純粋にミステリとして眺めるには、手がかりがいっさい提示されていないので不満が生じる。明かされた真相と照らし合わせると不自然な犯行もあり、評価は出来ない。
 だが、虫との意思疎通という特殊能力を見事に活かした仕掛けや、序盤の何気ない描写を思わぬタイミングで覆すことで驚きを演出したり、勢いの激しい展開に観客が忘れている要素で物語を締めくくったりなど、観客を魅せ、驚かすための工夫がふんだんに凝らされているので、充実感のある内容となっている。謎解きとしては不公平ながら、スリラーとして捉えれば実に緩急を押さえた巧みな脚本である。
 同級生たちのいじめの仕方や校長たちの言動に精神障害などへの色濃い偏見が見られたり、クライマックスで畳みかけるようにヒロインを襲う出来事の大半が生理的不快感に訴えてくるものばかりであることなどから評価は多いに分かれるだろうと予測できるが、しかしそういう要素に抵抗の少ない向きには堪能しがいのある一本であろう。一部の残酷描写が意味不明であるところまで含めて、ダリオ・アルジェントらしさの横溢する傑作である。

(2006/04/22)


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