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17.自然の描写  

 東洋古来の水墨画は、一般に簡潔な筆さばきで書かれているので、一見写実的ではないように見えます。しかし大家の作品をよく見ると、木々の描写では 樹種が概ね想像できるし、岩についてもその種類や生い立ちがある程度判るような描き方しており、その芸の深さには敬服させられます。
 油彩画で、 ごつごつした岩肌を描いている作品をよく見かけます。しかしそのごつごつの仕方がときに問題です。岩にも岩の種類があり、生い立ちがあります。生成、 侵食 風化の歴史があって、岩肌はそれらを年輪のように刻んでいます。 岩に変化をつけてキャンバス上に取り込むのは自由です。しかしそれは あくまでも単なるごつごつではなく、自然環境の下で納得のいく岩肌であり、単に色をつけた絵の具やプラスチックの固まりであってはならないのです。 岩を岩らしく書くには、いろいろと研究が必要です。研究をすればするほどに、いい加減な岩を書くことはできなくなります。
 木々の枝ぶりにも同じこと が言えます。私は故郷に在住していた時代に、とある版画作家とお付き合いしておりました。彼は現役時代、営林関係の事業所に所属し、山歩きが仕事でした。 彼は山の森林の枝ぶりにとても詳しく、例えばシルエットを見ただけで、何の樹種の森か当てることができるのです。だからこの人の前では、適当に枝葉を つけたいい加減な樹木は描けないと思いました。樹種に関心もなく、枝ぶりのことを深く研究することもとなく、キャンバスの上に安易に描いた木立は、 明らかに不自然で、美しさどころか違和感が残ります。
 自然の環境の中で時を経た金属の錆びや朽木も、それぞれ美しさがあります。 個々の錆び方、 朽ち方は、それぞれ環境の違いにより千変万化ですが、何でもありではなくて、おのずと傾向や法則があり、それがきっちりと守られているところが美しい のです。
 描いた作品は、何時何処で、誰に見られるかも判りません。だから絵にごまかしは禁物です。もち論絵画はイラストではありませんので、木々、岩々、その他なんでも、あるがまま、見たとおりの形を忠実に描く必要はありません。絵画流に大いに変化をつけてよいのです。しかし変化とごまかしとは違います。 対象の本質なり特徴を吟味した上で、それに叶った変化をキャンバス上に演出して絵を創作するのです。そこまで掘り下げて描くと、風景画の味わいが一層 深いものになりましょう。
  
   2008/12/1

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