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20.明暗の奥行き  

 シンフォニー交響楽団の演奏は、囁くように奏でたバイオリンの演奏から、ドラムの大たたきの音に至るまで、その強弱には極端な変化があります。耳で聞いただけでは数十倍程度の差のよう感じますが、音のエネルギーを実際に測定してみますと、その変化は百万倍にも達すると言います。そこがシンフォニーの迫力なのです。
 さて話題をイメージの世界に移しましょう。よく晴れた日の風景を電子的な受光体で捉えますと、最も明るい点たとえば青空や直射日光を受ける白い壁などと、最も暗い部分、たとえば日陰にある黒ずんだ物体などとの明るさの比較でも、ときに数千倍あるいはそれ以上の差があるようです。しかし写真の印画紙の場合は、それほどの広がりのある明暗の表現はできません。中間的な明るさの部分の濃淡は比較的鮮明に映し出しますが、明るさの強いところは露出過度の写真のように一様に白っぽくなり、また暗い影の部分は逆に露出不足の写真のように一様に黒く塗りつぶされてしまいます。
 よくスナップ写真を真似て絵を描く人が居ます。現場にスケッチに行く労を省いたわけです。しかしこのような絵はかなり旨く描けたと思っても、目の肥えた絵の先生にすぐ見破られてしまいます。全体的な色の鮮やかさとか明暗の奥行きが無く、前述の写真の欠点がそのまま画面に表れているからです。
 しかし肉眼で見る実際の風景はそのようなことが無く、非常に明るい部分も非常に暗い部分もかなり明瞭に認識できます。網膜の受光素子は学説によると、比較的明るい被写体用と、暗い被写体用の二種類用意されており、それらを無意識のうちにも使い分けているから可能だと言われます。こうして数千倍にも及ぶ強弱の広がりでイメージ信号が脳に伝えられているのです。だから、実景で見る感動は、そうした大きな広がりから得られる感動なのです。極端に明るい部分や暗い部分がつぶされて表現力が乏しくなった写真などからは、同じ感動が得られないのは当然なのです。
 油彩画はこの点の解決に工夫をこらします。実際の光の強弱に比例して絵具を配したのでは、印画紙がキャンバスに変っただけで、写真と同じ結果しか得られません。ここでは網膜の受光素子が2種類ある事に倣います。比較的明るいところと暗いところとで明るさの尺度を切り替えることにより、視神経の実感に近い表現を可能にするのです。たとえば写真では通常白く塗りつぶされてしまいそうなところは、やや暗めにして濃淡を再現させ、また黒く塗りつぶされてしまいそうなところは、やや明るくして濃淡を表に出すのです。
 モチーフの形の上の特徴を強調するために、屡デフォルメという手段が使われます。それは形の一部を意図的に歪めるやり方で、似顔絵などに良くこの手が使われます。前項に述べたことはまさに光の強弱についてのデフォルメと言えるかもしれません。それは絵画ならではの裏わざなのです。そうすることにより絵画は画面全体にわたって、写真では得られない輝きと精彩を放つのです。      2009/3/1

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