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25.贋作と真作  

 
 先日「贋作の迷宮」というタイトルのNHKのテレビ番組を観ました。20世紀最大の贋作画家と言われるジョン・マイアットの物語です。
 彼は田舎の学校の美術教師でした。41歳のとき、突然妻に蒸発されました。残された幼子の面倒を見るために、美術教師の仕事を捨てざるを得なくなり、プロ画家としての実績も収入もなかった彼は途方に暮れました。詮方なく有名画家のタッチを真似た絵を描いて好事家に売り、細々と生計を立てることにしました。もとより人を欺く積もりはなく、サインには自分の名前を入れ、正直な贋作として安い値で売っていました。
 ところがある日そうして描いた作品がある詐欺ブローカの手に移り、本物としてオークションに出品され、500万円の値がついたのです。味を占めたブローカは次から次へと、贋作を依頼してきました。彼はブローカの強引さと高収入の誘惑に負けて、悪いこととは知りながら仕事を受けてしまいました。
 彼は絵の才能があるだけでなく、とても器用でした。モネ、マチス、ピカソ、シャガール、モジリアーニ、ゴッホなど、15人以上の画家の贋作を見事に描き分けることができたのです。しかも相当の腕前で、何れも専門家が見抜けないほどの出来栄えだったのです。こうして彼は200枚の贋作を描き、それらは累計で3億円にも達しました。
 しかし悪事は長続きしません。彼はついに警察に捕らえられ、一年の実刑に服しました。 一見まことに正直で人のよさそうな風貌の彼は、自分の天職として大事にしていた絵の道を愚かにも自ら汚してしまったことを後悔しました。彼はもう二度と絵を描くまいと決意して出所しました。
 しかしその彼を待っていたのは以前にも勝る「正直な贋作」の注文でした。有名画家のタッチで家族の肖像画を書いてもらいたいなどの注文が殺到しました。彼は世紀の天才贋作画家として、確固たる評価を受けたのです。ロンドン郊外のギャラリーで開いた彼の「正直な贋作展」も大人気でした。ちなみに今日では、画家ジョンマイアットの作品に対する「正直な贋作」も市場に出回っているそうです。つまり贋作の贋作すら商売になっているのです。
 他方ではまたこれとは逆の話がありました。オーストリアの田舎の小さな修道院の一室に、長い間誰も顧みることなく飾られていた古びた一枚の絵がありました。ある日これが何かの都合で売りに出されました。
 オークションの関係者の一人が、ルーベンスのタッチに似ていると言い出して騒ぎとなりました。科学鑑定の結果は本物だとの判定が出ました。結局それは90億円の高額で落札されたことがごく最近世界の話題になりました。
  しかし以上に事実は、笑って済まされない問題を宿しています。芸術とは何ぞや、名作とは何ぞやが問われており、その本質と信頼にかかわる問題がそこにあります。一攫千金を企む人たちの野心によって、純粋な芸術の世界は常に振り回されているのです。
 ジョン・マイアットのような巧みな贋作者は、有名画家に対する盲目的な人気に水を差すことで、絵画の世界に適度に緊張感を醸し出しています。皮肉にも絵画の健全な進歩に役立っているかもしれません。
 ヨーロッパでは模写も絵の一つの修養法なようで、名作の前で若い画学生が模写をしている風景が有名美術館でよく見られます。贋作画家の養成所にならぬよう、くれぐれもご注意です。      2010/4

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