P35型ディスクリートヘッドホンアンプ

2009年5月25日公開

はじめに

外観

 昨年ディスクリートヘッドホンアンプ回路を製作し、いろいろ検討を行いましたが、もう1回路製作してヘッドホンアンプとして完成させました。第27作目のアンプとなります。

 

回路

 製作したアンプの回路図を以下に示します。

回路図

 回路は昨年検討したものと全く同じです。元になった回路はタイトルにもあるようにクリスキットP−35で、ヘッドホンアンプ用にあちこち変更を加えています。

 クリスキットP−35の回路は、桝谷氏の著作に掲載された回路によれば、PNP差動−エミッタ接地−ピュアコンプリメンタリSEPPという構成となっています。その特徴は、いわゆるACアンプであること、定電流回路やカスコード、カレントミラーなどの技術を一切使わないことで、そのあたりはあっさりと抵抗で済ませています。唯一の特性改善テクニックとしては、2段目のエミッタ接地増幅回路のブートストラップのみです。最終段も一般的な2段ダーリントン・ピュアコンプリメンタリSEPP回路です。回路形式としては1970年代初頭によく見られたものです。

 ベテランなら、初段は定電流、カスコード、カレントミラーといった技術を導入し、2段目もブートストラップではなくて定電流負荷とするか、いっそのこと差動増幅にするとかして、物理特性の改善を図りたくなるでしょう。ただ、特性だけを追うなら素直にLM4562といった最新OPアンプを使った方が、確実に手間もかけず良いものができます。やたら複雑なディスクリートアンプを製作する意味は(回路・実装技術を磨くという意味を除いて)無いようにも思われます。その意味でクリスキットP−35のような、ある意味シンプルで古典的な回路の方が、複雑さと性能のバランスが取れていると言えるのかもしれません。

 本機の回路ですが、原回路の構成を尊重しつつ、ヘッドホンアンプということで少しアレンジを加えています。大きな変更点は、それほどパワーを必要としないことから、最終段を単段のコンプリメンタリSEPPとしたことです。ただ以前の検討で、低インピーダンスのヘッドホンに対する性能が今ひとつだったため、トランジスタをもう一組追加しパラレル駆動にしました。また原回路の初段や2段目の+電源側に付いていたリップルフィルタは、ヘッドホン駆動と言うことで、電源変動がそれほど無いと考えられることから、思い切って省略しました。

 電源回路は3端子レギュレータを使っています。本機のアンプ回路は電源電圧変動の影響を受けやすいので、安定化された電源の供給が必要です。
 

製作

内部写真

 使用部品はどこにでもある一般的なものばかりです。トランジスタは最も入手しやすい2SC1815と2SA1015です。初段の2SA1015のペアとコンプリメンタリ段の2SC1015/2SA1015は、大まかに選別を行いhFEを合わせてあります。バイアス用のダイオードも手元に大量にあった日立1S1067Aです。東芝1S1588でもOKです。

 電解コンデンサも、回路図中(NP)とあるところにノンポーラ(無極性)電解コンデンサを、バイアス回路にタンタル電解を使用している他は全て一般用です。その他のコンデンサについては、電源用に積層セラミック、位相補正用にディップマイカとなっています。
 抵抗器は全て1/4Wの金属被膜抵抗です。バイアス調整用の半固定抵抗器(50Ω)は1回転型の一般品ですが、初段用(20kΩ)は調節のしやすさを考えて多回転型を採用しました。

 電源トランスはRSコンポーネンツで扱っている、Nuvotem Talema社の基板取付型のトロイダルトランスを使いました。コンパクトで使いやすく、しかも格好良いトランスです。整流ダイオードはWO1、3端子レギュレータは新日本無線社製の7805と7905と、至極一般的なパーツです。また電源からのノイズを防ぐため、ノイズフィルター付ACインレットを使用しています。平滑用コンデンサは10,000μFとヘッドホンアンプにしては大きな容量のものを使っています。もちろん縦置きではケースに入りませんので、電源基板から横置きに、翼を広げるような形で実装しました。

 26作目のアンプと同様、本機でもクリスキットにあやかってプリント基板を起こして実装しました。もちろんガラスエポキシ基板です。パターンは全く違いますが雰囲気は出ていると思います。ケースはタカチ社製のブロンズ色アルミケースを使い、シンプルにまとめました。

 組み立て後の調整ですが、まず500Ωの半固定抵抗を0Ωにしておき、電源投入の後、出力の電位が0Vになるように20kΩの半固定抵抗を調整します。その後SEPPのエミッタ抵抗(10Ω)両端の電圧が、0.1Vになるように500Ωの半固定抵抗を回して調整します。最後にもう一度中点電位が0Vであることを確認して調整は終了です。この状態でアイドリング電流はSEPP1組あたり10mAとなっています。

 ディスクリート回路は、オペアンプを使ったアンプ回路と違い、配線量や半田付け箇所が多く製作は面倒ですが、完成すれば色々な形状の部品がたくさん並んでいてなかなか壮観です。電子回路を作った、という気にさせてくれます。
 

特性

基本特性

 最大出力(歪率3%)は、100Ω負荷で3V、33Ω負荷で2.5Vでした。電力に直すとそれぞれ90mWと189mWです。増幅度は22倍(26.8dB)となっています。

周波数特性

周波数特性

 周波数特性は5Hz〜250kHz(−3dB)です。オーディオアンプとしては全く申し分ない数値です。ピークもなく素直な特性です。

歪み率

歪み率

 100Ω負荷においては、100Hz、1kHzの歪み率は0.01%以下となっており、非常に優秀です。10kHzでは若干歪み率が悪化しますが、それでも0.01%オーダーと問題になる値ではありません。。
 33Ω負荷において歪み率は若干悪化しますが、それでも50mW以下の領域では0.01%オーダーを保っています。
 いずれの負荷においても、他のヘッドホンアンプと比較して遜色のない特性といえます。
 

試聴記(プラセボ入り)

 LM4562使用のCMoyアンプと比較試聴を行いました。どちらも物理特性からすればほとんど差はないはずで、実際、何回かつなぎ変えて聞き比べても、違いがあるようなないようなと言う感じです。インプレッションのみで書かせてもらうと、LM4562はきりっとした解像度の高い音なのに対し、本機は解像度と言うよりハーモニーをうまく表現しているように感じられました。かといって決してボケた音などではありません。クリスキットの音質はクラシック音楽向けと言われてるようですが、その回路を引き付いた本機もクラシックを楽しむのに向いているように感じられました。
 (蛇足ですが、他のジャンルの音楽に向いていないという意味ではありません。私がそれらの音楽を聴かないので、判断できないだけです。一応念のため・・・。)
 

参考文献

 桝谷英哉著「音を求めるオーディオリスナーのためのステレオ装置の合理的なまとめ方と作り方」大盛堂書房