第2研究室〜路上の都市伝説を探る〜


レポート11 ガードレール





 A君には、幼なじみの友人がいました。その友人は明るい性格なのですが、調子に乗ると少し乱暴になるたちでした。
 とくに登下校や遠足では、道端のガードレールを叩いて大きな音を出し、周囲が嫌がるのを見て喜ぶくせがありました。

 中学1年のある雨上がりの夕方、二人は学校から塾へ向かうまっすぐな道を歩いていました。
 その日は学校で何か嫌なことでもあったらしく、友人はガードレールにしつこく傘をぶつけて遊んでいました。傘の柄が当たるたびにガードレールは遠くまで振動して、

ゴーン

ゴーン

 と騒々しい楽器のようにこだまします。
「やめなよ。怒られるよ」
 A君がたしなめても、友人はますます調子に乗って

ゴーン

ゴーン

 と鳴らし続けていました。

 道路沿いには住宅も多く、そのうち誰かに怒鳴られるのではないかとA君は気が気でありません。
 いらいらしながら少し離れて歩いていたとき、すぐ背後から、友人が立てていた音とは比べものにならないほど大きな

ガアー―ン!

 という音が聞こえ、ガードレールの振動がビリビリと伝わってきました。
「ほらみろ」
 A君は、怒った誰かがレールを殴り返したのだと思い、後ろを振り向きました。
「あれ……?」
 道には人も車もありません。何かがぶつかったような様子もありません。
 A君は変だなと思いましたが、友人はその音にムキになり、傘を両手に握り直してレールを打ち鳴らしはじめました。

カン、カン、カン。

 A君はまた「あれ」と思いました。傘が壊れそうなほど強く叩いているのに、レールの音は少しも響かず、まるで指で押さえた鉄琴のようにすぐ消えてしまうのです。
 友人の体はレールに触れていないし、あたりを見渡してもガードレールに寄りかかっているものはありません。
「なんだ、これ」
 友人も音の変化に気がついたらしく、気味悪そうにA君に振り返りました。
「見た? あそこ、誰もいなかったよな」
 A君がそう言ってさっき音がした方を指すと、友人は
「うそだ」
 と言ったきり、黙り込んでしまいました。

 塾を終えて、二人は同じ道を帰りました。すっかり大人しくなった友人に代わって、A君は手の甲でガードレールをそっとこづいてみました。

コーン

 と、いつものようにいい音がしました。
 やがて、あの大きな音がした場所に来ました。ガードレールは最近になってそこだけ付け替えられたものらしく、キズもサビもない新品でした。

 A君はあらためてあたりを見回しましたが、歩道はレールと高いブロック塀に挟まれいて、人が逃げたり隠れたりする場所はありません。車道を渡っていれば、あのとき振り向いたA君に見えたはずです。

 首をかしげていると、友人が
「音が出んかったの、これのせいかな」
 と言ってガードレールの一部分を指しました。
 見ると、レールの縁が10センチほど、妙な形に曲がっていました。
 それは、明らかに五本の指の痕でした。まるで、熱で軟らかくなったプラスチックを握り締めたかのように、鉄がぐにゃりと曲がっていたのです。
 友人が言いました。
「さっきはこんなの、絶対なかった。おれ、覚えてるもん」

 以来、友人は二度とガードレールを叩かなくなったそうです。



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