A子さんの家から歩いて5分ほどのところに、無人販売所ができました。 道端に簡素な棚が作られ、 「とれたて新鮮! どれでも100円」 と手書きの看板が掲げられています。 周囲は家が密集した住宅街で、野菜を作っているような農家もないのですが、だからこそ需要があると見込んだ郊外の農家が、出張してきたのでしょう。 A子さんも主婦なので、安くて新鮮な野菜があれば買いたいと思い、たびたびそこを覗くのですが、商品が並んでいるところを一度も見たことがありません。 すぐ売り切れてしまうのかと思い、早朝に散歩がてら足を運んだこともありますが、いつ見ても販売所の棚は空っぽなのです。 かといって、何も売られていないわけではないようです。というのは、A子さんが料金入れの缶を叩いてみると、ジャン、ジャンと音がして、かなりの量の硬貨が入っていることがあるからでした。 ある日の深夜、A子さんは別の用事でその無人販売所の前を通りました。まさかこんな真夜中に、とも思いましたが、いつもの癖が出てふと販売所を覗きました。 意外にも、そこにはビニール袋に包まれた商品が、棚いっぱいに並んでいました。袋には、それぞれカボチャや大根、トマトなどがはちきれんばかりに詰まっています。これで100円ならば、かなりのお買い得です。 (きっと、野菜が傷まないよう、こんな夜中に置いているんだわ。こだわりのある農家なのね) 幸い財布を持ってきていたので、いくつか買って帰ろうと、A子さんはまずトマトに手を伸ばしました。そして、おやと思いました。 トマトが妙に生温かく、ぐにゃりとした感触なのです。よく見ると、袋の底に赤い汁が溜まっています。 (こんな形崩れしたトマトを売るなんて) 少々腹を立てながら、隣のカボチャを手に取りました。そして妙なことに気がつきました。 カボチャに目と鼻と口がついているのです。よく見れば、白髪混じりの髪の毛のようなものまでついています。 カボチャのように見えたそれは、人の顔でした。それも、近所で一人暮らしをしているおばあさんの顔でした。A子さんが毎日のように道端であいさつを交わす相手なので、見間違えるはずはありません。 よく見れば、大根と見えたものには五本の指がついています。トマトだと思っていたものには、血管が浮いています。 A子さんは悲鳴をあげて自宅へ逃げ帰りました。 翌朝、少し落ち着きを取り戻したA子さんは、あのとき見たのは錯覚だったのではないかと思い、日の出前に家を出て、あの無人販売所に行ってみました。 販売所の棚は、空っぽになっていました。 (やっぱりあれは見間違いだったのかしら) そう思って料金入れの缶をつつくと、ジャン、ジャンと重い音がします。そのとき背後から声がしました。 「あら、奥さんもここのファン?」 驚いて振り向くと、近所に住む顔なじみの女性が立っていました。彼女は棚を覗き込んで、残念そうに言いました。 「もう売り切れか、すごい人気ね。……ここの無人販売、安くて新鮮で、それにとってもおいしいのよ」 以来A子さんは、あのおばあさんの姿を見かけていません。
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