<ブラボー、クラシック音楽!−折々の感想#6>
5周年にサティ特集
[2009年10月の第58回例会:5周年
(Featuring Erik Satie, the 5th anniversary)

−− 2009.11.27 エルニーニョ深沢(ElNino Fukazawa)

 ■はじめに − 嵐を呼んだサティ特集
 私が主宰する「クラシック音楽を楽しむ会」−【ブラボー、クラシック音楽!】は、09年10月7日(水)の第58回例会5周年を迎えることが出来ました。これも偏に会員の皆様方のご支援とご協力の御蔭と言うべきで、ここ迄続けられるとは全く思って無かった事は3周年の感想で述べた通りです。
 そこで5周年ではエリック・サティ(Erik Satie)(※1)を特集しオール・サティ・プログラムを組みました。サティと言っても、初等・中等教育で交響曲至上主義ベートーヴェン崇拝信仰を叩き込まれて来た人々には全く無名(即ち”圏外の人”)で、音楽の高等教育を受けた人やフレンチ・モダニズム(French modernism)の愛好家からは楽界の”変わり者”と受け取られて居る人です。況してや、××周年という記念イベントをその様な”変わり者”の音楽一色に塗り潰すなどは我乍ら”トンデモナイ企画”でしたが、更にトンデモナサを倍加したのはプログラム最後の『ピアノ曲「グノシエンヌ」』全曲生演奏 −演奏者は3周年と同じ小川恵子さん− でした。これはもう前代未聞、超先鋭的な「嵐を呼ぶ企画」と自負したものですが、当日は実際に台風18号が到来し風雨激しい中で開催されました。屹度私が呼び寄せた嵐に違い有りませんね、ムッフッフ!
 実は今年(09年)の3月から特別企画の例会の内容を録音して会のCDを作る企画をスタートさせましたが、この日の内容は『モダニズム音楽入門』シリーズの第2作目のCD(→解説書表紙の画像は最後に掲載)にするべく録音しました。そして丸々1.5ヶ月掛かってやっと11月24日にCD原盤と解説書が完成しました。その間この「折々の感想」を書く時間は全く取れなかったのですが、以下はCD解説書から抜粋したものを再編集して「感想」に代えたものです。
 尚、私が言う「モダニズムの音楽」については
  「モダニズムの音楽」概論(Introduction to the 'Modernism Music')
を参照して下さい。

    <モダニズム#2:エリック・サティの異端と先駆>解説書から

 ■プロデューサー・ノート
 私が主宰する「クラシック音楽を楽しむ会」−【ブラボー、クラシック音楽!】は、2004年10月1日(金)に第1回例会を立ち上げて以来、この度の09年10月7日(水)の第58回例会で5周年を迎えることが出来ました。「無事」に迎えたと言いたい所ですが、台風接近の風雲急を告げる中で行われました。
 振り返れば色々と紆余曲折が有りました。当初は上述の如く第1金曜日開催でしたが、木に替わり今は第1水です。会場も現在のミロホールが3番目です。第1の会場が閉鎖され第2会場を探す際に3ヶ月のブランクが空き、この時が最も大変な時期でした。しかし乍ら趣味人口の少ないクラシック音楽の会を5年間も継続して来れたのは、偏に会の皆さんやスタッフ各位のご協力の御蔭であると感謝致して居ります。
 その5周年は<モダニズム#2:エリック・サティの異端と先駆> −印象派以後の新傾向の音楽を私はモダニズムと呼びます− というテーマでエリック・サティ特集を組みました。斜に構えて物事を見る彼の”捻くれた曲”を私が好きという極めて単純な理由からですが、ピアニストの小川恵子さんにサティの『グノシエンヌ』全6曲の生演奏を正式に依頼したのは今年(09年)の年初でしたが、打ち合わせを進める内に5周年が良かろうと成りました。
 ところで、サティの音楽では『ジムノペディ第1番』がテレビCMなどで流される事は有りますが、彼の曲が意識的に傾聴される場である演奏会場で真っ当に採り上げられる事は少なく、況してや『グノシエンヌ』全曲演奏などは聞いたことが無い程です。つまりサティは音楽史の中での位置付けが定まらず、又実際にその音楽は捉え所が無く、得体の知れない毛虫同様に気味悪い存在として無視或いは異端視されて来ました。それ故に今回のサティ特集、取り分け『グノシエンヌ』全曲生演奏は「歴史的企画」であると多少は自負して居りますが、それが当日に嵐を呼んだのでしょう。その画期的な生演奏を収録した当CDは『モダニズム音楽入門』シリーズの第2作であり5周年記念盤です。
 さて、現在は巷に音楽が溢れ返り、それはエジソンが発明した録音再生技術の賜(←これについては当会の<モダニズム>シリーズ中で特集する予定)ですが、BGMや客引き用に聞き捨てられる「意識されない音楽」の何と多い事か。実はサティが標榜した「壁紙の音楽」「家具の音楽」こそはその先駆であり、『グノシエンヌ』の小節線を取り払った記譜法は現代音楽の前衛諸氏が好んで描く図形楽譜の先駆だったのです。これがテーマ中の「異端と先駆」の題意であり、今回の企画はサティを過小評価の穴から解放する試みでした。サティよ、羽搏け!
 しかし毛虫的なサティが羽化しても所詮は蝶には成れず相変わらず気味悪い蛾に成る訳で、羽搏けば周囲に鱗粉を撒き散らす余計に厄介な存在に成る事は必定ですが...。

 ■サティへの誘い
 (1)サティが生きた時代
 サティが音楽活動した1885年頃〜1925年のパリは「世紀末〜ベル・エポック(belle epoque)〜前衛(avant-garde)」という芸術上の諸運動の中心地で、彼もその影響を大きく受けて居ますが、彼の音楽は突然変異的で捉え所が無い一面が有ります。しかし敢えて一言で括れば、全てにアンチテーゼを掲げたダダイスム(※2)に諧謔的「遊び心」の個性が付加された音楽と私は捉えて居ます(→この時期の音楽状況はこちらを参照)。この時代は、有らゆる面で旧来の価値観が崩壊し新しい価値観・利害・秩序に向けて世界史の軌道が大きく転回した時代です。この「時代の曲がり角(=ターニング・ポイント)」での軋轢の力がサティという突然変異の捌け口を生じたと考えられます。

 (2)ジャズの様にサティを聴こう
 私を含め多くの人が”ベートーヴェンはエライ”という出発点から学校で音楽教育されて来たと思います。そして学校ではエリック・サティなんて全然習わなかったという人が多いと思います。まぁ、その様に固定観念の鋳型に填め込む事を世間では”教育”と呼ぶ訳ですが。
 サティを聴くには鋳型の鎧を取っ払って下さい。先入観を持たずに、ジャズでも聴く様に、出来ればサティと同時代の画家 −クレー/デュシャン/ピカソ/ロートレック/ユトリロ(←サティはユトリロが10歳の時その母親と恋愛)等− の画集など見乍ら、そしてコーヒーなどを飲み乍ら。お酒は尚宜しい、お酒なら「林檎のブランデー」が最適ですよ、その訳は最後に明らかにしましょう!(→そのヒントは「結び」の章を参照)
 私は若い頃からモダンジャズに親しんで居ましたので、例えばモダンジャズ界で私が好きなセロニアス・モンクの音をとことん切り詰め純化させる手法とサティの音楽 −彼は「音のクリーニング」と呼んだ(△1のp246)− との間には親近性を感じます。そう言えばモンクも”変人”として可なり異端視されて居ましたね。
 さあ、次に移り曲を聴きましょう。この点については後で論じることにして(←このフレーズはサティの文章のパロディーです(△1のp132))。

 ■この日聴いた曲目
 解説書では曲目解説に入りますが、解説は省略して曲名のみ聴いた順に列挙します。

  『ピアノ曲「ジムノペディ第1番」』
  『ピアノ曲「天国の英雄的な門への前奏曲」』
  『バレエ音楽「パラード」』(現実主義的な1幕のバレエ)
  『ピアノ曲「壁紙としての前奏曲」』
  『管弦楽「県知事の私室の壁紙」』(家具の音楽)
  『シャンソン「お前が欲しい(ジュ・トゥ・ヴ)」』(作詞:アンリ・パコリ)
  『シャンソン「ランピールのプリマドンナ(エンパイア劇場の歌姫)」』
        (作詞:ドミニック・ボノー & ニュマ・ブレ)

 【★5周年記念の特別企画】:ピアノ生演奏
  『ピアノ曲「グノシエンヌ」第1番〜第6番』(全曲)

 ■後日の小川恵子さんの感想
 【ブラボー、クラシック音楽!】5周年、誠におめでとうございます。3周年に続き、記念すべき例会にて演奏させて頂いたことを、とても名誉に思っております。
 今回は、サティの『グノシエンヌ』全曲、と言う、めったと無い機会を頂け、理解の難しい楽曲ではありましたが、当日は、不思議で、しかし心地よい浮遊感を、会の皆様と共に味わう事が出来たように思います。
 奇妙でありながら、聴いていて、そして弾いていても「癒される」のが、サティの音楽の魅力かも知れません。
        (09年10月9日)

 ■結び − 固定観念に”おちょくり”を入れる「遊び心」の出来心
 右下の画像が出来上がった
  『モダニズム音楽入門−2』 〜エリック・サティの異端と先駆〜
のCDの解説書の表紙です。
画像1:CD『モダニズム音楽入門−2』の解説書表紙。 嵐を呼んだ私の”トンデモナイ企画”が皆さんに充分理解戴けたかどうかは自信が有りませんが、生演奏も含め大いに楽しんで戴けたのでは、と思って居ます。サティの音楽を聴いたのは全く初めてという方も若干居られましたが、『ジムノペディ第1番』と『お前が欲しい(ジュ・トゥ・ヴ)』は[サティ作曲とは知らずに]何処かで聞いたという方が大半でした。生演奏では途中で楽譜が落ちるハプニングも有りましたが、珍しい楽曲を快く引き受けて演奏し、又後日には演奏の感想も寄せて呉れた小川さんには感謝です。
 実はこの”トンデモナイ企画”は私の「遊び心」或いは出来心(※3)の所産です。これに依って冒頭に述べた「交響曲至上主義とベートーヴェン崇拝信仰」という”鋳型の鎧”を少しでも取り払って戴けたら嬉しく思います。初等・中等教育で刷り込まれた教条的固定観念(=頑なな思い込み)は一部のクラシック音楽愛好家の中で未だにマインド・コントロール(※4) −新興宗教が社会問題を起こした時に必ず出て来る語− の如きに呪縛作用を及ぼし音楽観を偏狭な視野の中に閉じ込めて居る、と私には思えるからです。私は「遊び心」を大切に考えて居ますが、クラシック音楽界の偏狭な固定観念に対し真っ向から正面突破するのでは無く「遊び心」を以て横から”おちょくり”(※5)を入れてみたく成った訳です。広辞苑も「奇抜なユーモアと風刺に富む」と記す(※1)様に、サティは音楽の中で遊んで居る上に交響曲を1曲も書いて無いので、”おちょくり”の道連れには最適でした。
 解説書に記した様にサティの諧謔的「遊び心」江戸の狂歌師や戯作文学作家と共通のダンディズムに他なりません。では、この「遊び心」は何処から発するのか?、そのヒントは前出の「林檎のブランデー」、即ち「カルヴァドス」(※6)に在ります。『モダニズム音楽入門−2』のCDを買って戴き、解説書の最後に書いて在る答えをお読み戴ければ有り難き幸せで御座います!!

−− 完 −−

【脚注】
※1:エリック・サティ(Erik Alfred Leslie Satie)は、フランスの作曲家(1866.5.17〜1925.7.1)。その反ロマン主義的で客観的・即物的な作風フランス「六人組」の精神上の指導者とされ、新古典主義の先駆を為す。奇行が多く、作品も「梨の形をした三つの小品」など奇抜なユーモア風刺に富む。寧ろ20世紀後半に成って存在が高く評価される様に成った。主要作「サラバンド」「ジムノペディ」。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

※2:ダダイスム/ダダイズム(dadaisme[仏], dadaism[英])とは、(ダダ(dada)は、創始者のトリスタン・ツァラが敢えて無意味な語を選んで命名)第一次世界大戦中の1910年代にルーマニアの詩人ツァラを中心にスイスに興り、ヨーロッパ各地やアメリカに広まった文芸・芸術上の破壊的な新運動。個人をドグマ/形式/掟の外に解放する為に、既成の権威/道徳/習俗/芸術形式の一切を否定し、自発性と偶然性を尊重。意味の無い音声詩/コラージュ/オブジェ/フォトモンタージュ/パフォーマンスなどを生み、何でも芸術に成り得ることを証明。後、この運動はシュールレアリスム(超現実主義)に吸収された。詩人ではブルトン(=シュールレアリスムの創始者)/アラゴン/スーポー/エリュアール、美術ではアルプ/デュシャン/エルンスト/ピカビア/マン・レイらが居る。略称はダダ。

※3:出来心(できごころ、impulsiveness)とは、ものの弾みで、ふと起った悪い考えや思い。好色五人女4「よしなき―にして、悪事を思ひ立つこそ因果なれ」。「ほんの―で盗んだ」。

※4:mind control。[1].狭義には、催眠法で個人や集団を被暗示性の高い状態に導き、暗示で特異な記憶や思考を生じさせること。
 [2].広義には、強制に依らず個人の思想や行動・感情などを或る特定の方向へ誘導すること、又はその技術。精神統制とも言われ、宗教界などで使われる。
<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

※5:「おちょくり」とは、(主に関西で、動詞「おちょくる」の名詞化)からかうこと。馬鹿にすること。

※6:calvados[仏]。リンゴから作るブランデー。フランスのノルマンディー地方カルヴァドス県で生産されるのでこの名が有る。

    (以上、出典は主に広辞苑です)

【参考文献】
△1:『音楽の手帖 サティ』(秋山晃男編、青土社)。現在の日本でサティに関する最高の文献。

●関連リンク
補完ページ(Complementary):「モダニズムの音楽」について▼
「モダニズムの音楽」概論(Introduction to the 'Modernism Music')
3周年の感想▼
「ブラボー、クラシック音楽!」3周年
(The 3rd anniversary of our CLASSIC event)

会のCDを作る企画の開始▼
東洋と西洋の四季を味わう創意の試み
(4 seasons of the Orient and the Occident)

「遊び心」の大切さ▼
「言葉遊び」と遊び心(The 'play of word' and playing mind)
江戸ダンディズムとは▼
[人形浄瑠璃巡り#3]大阪市西成([Puppet Joruri 3] Nishinari, Osaka)
5周年の活動記録▼
ブラボー、クラシック音楽!−活動履歴(Log of 'Bravo, CLASSIC MUSIC !')
ピアニスト小川恵子さんのサイト▼
外部サイトへ一発リンク!(External links '1-PATSU !')


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