LOVELY、LOVELY、HAPPY ! - summer festival - |
意地で約束を取り付けた。
『あーハイハイ』と相変わらずの適当な返事だったけれど、約束には違いない。
この前は目前で兄さまを誘われるという悔しい思いを味わったので、 今回こそは絶対に一緒に行ってやる、と意気込んで誘った。 更紗さんにもらった茜色の浴衣を着て、待ち合わせ場所に急ぐ。
「あれ、この前と違うじゃん」
「え!?」
驚いて、大きな声を出してしまった。
眉を顰めて竜くんが私を見る。
「エ…ってなんだよ」
「だって…」
竜くんが私の浴衣を覚えてるなんて!
目を丸くしたまま見上げると、
「でっかい花だったろ、前の」
と竜くんが言った。
「頭に お花が咲いてる伊集院にはピッタリだなーと思ってね〜」
「…頭に花って…〜〜〜咲いてません!!」
失礼しちゃう!!
「わはは。なに、買ったん? それ」
「いえ、更紗さんが…」
事情を説明した。
竜くんは、ふうん、と相槌をうっている。
「お嬢さまって、浴衣とか一杯持ってるのかと思ってた」
「浴衣も流行りものですから、その年々で買いますよ」
今年は たまたま更紗さんがくれただけ。
今日着ているものは、濃い茜地に明るい鞠が映える、一見地味だが印象の鮮やかな浴衣。
「じゃ、行くか」
竜くんは持っていた単語帳を鞄に仕舞うと、歩き出した。
いつもより歩調を緩めてくれているのは、気のせいじゃないと思う。
なんだか身体がふわふわした。
ただ隣を歩くだけで幸福感が溢れて、夏の温度でなく胸の内から熱を発する。
今日は竜くんも私も用事があったので、外で待ち合わせをした。
「兄さまに?」
「頼まれて洋服をな」
「自分で取りに帰ってくればいいのに…」
「1秒でも惜しいんだろ」
「え?」
意味が取れなくて竜くんを見上げた。
しかし竜くんは私の疑問に答えることなく、逆に訊いてきた。
「シズカいなくても全然ふつうなんだな」
「え、ああ…、みんなが、ですか?」
竜くんが頷く。
兄さまは、夏休みになってほどんど家にいない。
それでもおじい様や両親、私が気にしていないことが不思議なのだろう。
「兄さまが夏休みに家にいないのは、毎年のことなんですよ」
女の人のうちに居候していたり、 ふらりと海外に一人旅に行ってしまうこともあれば、 日本の奥地にいたりもする。
去年アフリカの民族儀式用のお面が送りつけられてきたときは流石に驚いたけれど。
それにしても珍しい。
旅先で服を買ったり、そういう手間も兄さまは好きなはずなのに。
カラカラと色鮮やかな風車の回る音がする。
「竜くん」
子供たちがきゃいきゃいと集まって覗き込んでいるところで足を止めた。
金魚すくいだ。
竜くんのTシャツの裾を引く。
「しませんか?」
竜くんは上手いかもしれない。
下手でもムキになる様子が浮かんで、してみたくなった。
ところが竜くんはあまり乗り気ではないらしい。
「え〜〜取れたって世話できねーよ」
口を曲げて言う。
絶対に取れると思っているところが可笑しい。
「私が世話しますよ?」
だいたい、うちには金魚だけでなく熱帯魚や鯉、それ以外だっている。
「でもなー、こういうトコで取ったのは すぐ死んじまうし」
そこまで言って、竜くんは考え込むように言葉を止めた。
(…ああ、この人は…)
金魚を睨む横顔を眺める。
情が強いから、持たないようにしているのではないだろうか。
だから避けているのではないだろうか。
本條さんと似ているように思えて、全く逆の行動をするのは。
つまり。
「やろ」
竜くんがしゃがみ込む。
「…え? するんですか?」
驚いて訊いた。
たったいま頭をよぎった考えは的を得ているような気がして、だから、竜くんはしないと 思ったのに。
「んだよ、しよーっつったの伊集院だろ」
訝しげに私を見て、ジーンズの後ろからお財布を出す。
二人分、と竜くんがおじさんに硬貨を手渡した。
「私も?」
「俺だけやってどーすんだよ」
竜くんはどいつにしようかな、と品定めをしている。
「…もしかして得意ですか?」
「ガキんとき よくやったからなー」
口調はのんびりとしているのに、まるで闘うときのように鋭い目付きをして、 不覚にも やはり私はドキドキした。
ほとんど水に触れないスピードで1匹めを掬う。
反対に、私のはすぐに破れてしまった。
「ハハッ」
下手くそ、と竜くんが笑う。
まったく屈託のない笑顔。
「金魚、飼うんですよ?」
すぐに死ぬ、という竜くんの言葉を繰り返すことは出来ず、曖昧に訊いた。
結局 竜くんは器用に3匹獲って、おじさんに手渡されたビニールの中には赤い金魚2匹と1匹の黒出目金が泳いでいた。
竜くんは目の高さまで上げて透明な水に泳ぐ金魚を眺めて、 不細工なツラだなーと始めに獲った出目金を笑った。
なぜかそれが私をとても不安にさせて、思わず訊いてしまったのだ。
飼いたくないのではなかったの、と、言外に含ませて。
竜くんは顔をこちらに向けて、目を細めた。
眩しいものでも見るように。
「伊集院が、大事にしてくれるんだろ?」
その目は柔らかく、 微笑みは穏やかで。
竜くんはとても優しい顔をして私を見た。
お前ら、いいエサ食って暮らせるぞー、と冗談のように金魚に話し掛ける竜くんを見つめることも 出来ずに俯いた。 顔が熱い、と思った。
大きく花火が上がる。
ドン、と落雷に似た音が辺りに響く。
よく、見えるだろうな。
あそこから、きっと。
竜くんが小さく呟いた。