LOVELY、LOVELY、HAPPY ! - summer festival -
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「竜くんは渡しません!」
敵意丸出しの台詞に、着流し姿の本條さんは、やあねえ、と笑った。
「私は真琴ちゃんでもいいんだけど?」
微笑む瞳は、澄んだ緑色をしていた。
LOVELY、 LOVELY、 HAPPY ! 〜 夏祭り編 〜
夏祭りのために、高校の友人である里佳と眞乃とお店に向かった。
いつもお世話になっているお店の更紗さんが、
『 撮影で使った浴衣が余ってるんだけど、いらない? 』
と連絡してくれたからだ。
種類があって選ばせてもらえるということだったので、好意に甘えることにした。
そして、お店に入った途端、目に入った紺の着流し姿。
「あら? 真琴ちゃん?」
聞き覚えのある中低音。
「本條さん??」
「ちょっと、真琴、だれ?」
眞乃が小声で訊く。
「えっと…竜くんの………お友達?」
思わず語尾が疑問形になってしまった。
「か…っこいい…」
「え?」
美形好きな里佳の目はすっかりハート型になっている。
「あ、そっか」
今日の本條さんは和装。
スカートを履いているわけでもなく、まだ言葉も大して発していないから……ただの美形さん。
すらりとした和装姿は、確かに格好いい部類に入るだろう。
「真琴ちゃん、いらっしゃい」
更紗さんが店の奥から出てきた。
20代後半の更紗さんは、スタイリストを得て、今は自分の美容室を持っている。
そして…
「ぎゃー! なんでアンタがいるのよッ!」
と本條さんを見て叫び声を上げた。
「塩、誰か塩もってきて!」
「まあ酷いわね」
ねえ?と本條さんは私に笑いかける。
…ねえと言われましても。
「お知り合いですか?」
「まぁ野暮な質問」
「ソコ!誤解されるような言い方しない!」
ほとんど悲鳴に近い。
「ええと…?」
私でさえ戸惑っているんだから、里佳と眞乃は目を白黒させている。
「モデル時代の知り合いなのよ〜」
耳に心地良い、相変わらずの中低音で本條さんが言った。
「そう、知り合い! ただの・知・り・合・い」
いつも落ち着いた更紗さんとは思えない。
「酷いわ…私の髪に触れて愛を囁いたのはアナタなのに…」
哀しげな目をして更紗さんの頬に触れる。
「あんたの髪を褒めただけでしょーが!」
更紗さんは鳥肌が!と言いながら本條さんから離れた。
話によると、本條さんがモデルをしていたとき、 スタイリストだった更紗さんが何度か担当したらしい。
「何しに来たのよ!(きぃ!)」
「仕事の・は・な・し・♪」
ウインク☆
「…ッ 帰れーー!!」
スタッフから受け取った塩を撒きながら叫ぶ。
「あ、あのー…」
恐る恐る声を掛けた。
「…あ」
「あ…」
振り返った二人は……更紗さんは真っ赤になり、本條さんは面白そうに私を見遣った。
「あ、やっぱり!似合うわね」
更紗さんが色を合わせて言う。
どうも私に着せたいものがあったので呼んだというのが真相らしい。
里佳や眞乃は、色々なものを試させてもらっている。
「ふうん? それで一宮クンを誘惑ね?」
にこにこと本條さんが言った。
「う…」
もちろん そうしたい!…ところだけど…竜くんの好みって判らない。
別に拘らない、と言うから、逆に こっちはどうしていいか判断できないのだ。
本條さんは そんなことも お見通しなのだろう。
私の口篭る様子を見て笑った。
「一宮クン、お店に来るお姉さま方に誘われても靡かない子だものね」
なにより私に落ちないし!と言う。
「あの手この手で口説いてるんだけど、なかなかねえ…」
「竜くんは渡しません!」
ギョッとして叫ぶ。
あの手この手って…。
本條さんは笑って、真琴ちゃんでもいいんだけど、とのんびり言った。
「私は竜くんが好きです」
「プッ! あははは!」
判ってるわよーと大笑い。
「そんなの関係ないし〜」
ああ…そういえば節操のない人なんだっけ…。
「でもアレねー。一宮クンも真琴ちゃんも」
くすくす笑いながら散らばっている浴衣を手に取る。
「自分が好きじゃないと気持ちが盛り上がらないのね」
これもいいわよ、と淡い橙の浴衣を私に合わせる。
「一途で真面目な子は見てて危なっかしいわ。大切なものを失ったときがね」
私を見る。
おどけた表情だったが、目は真っ直ぐに向けられていた。
私のことも あるだろう。
でも、直感的に理解した。
竜くんだ。
一途で、自分の気持ちに、真面目な。
でも 。
でも本條さん。
竜くんは、もう、一度失っているの。
「自分が、好きになりたいのね」
腰を曲げてオレンジの大花に紺地の浴衣を拾う。
その微笑みには、羨ましい妬ましいといった色に、諦めが混じって浮かんでいた。
「私は、欲しがるばっかりだわ」
「本條さ…」
「なにやってんの本條!!」
「え? 試着」
「女物の浴衣だっつーーーの!!」
更紗さんは本條さんが合わせていた浴衣を奪い取った。
「なんでよー似合うのに〜」
口を尖らせてブーブーと文句を漏らす。
「そりゃ似合うけど……ってそういう問題じゃない! あんたにやる服はないの!!」
更紗さんは髪の毛が逆立っているかと思うくらいの勢いだ。
反対にどうも本條さんは からかって遊んでいる様子。
私はぼんやりと二人の様子を眺めた。
本條さんは、竜くんのバイトしているお店の常連さん。
つまり私が再会するまでの竜くんを知っている人。
それが、とても羨ましく思えた。