本当に普通の日だった。
朝の稽古をして、メシを食って、学校へ行った。
うつらうつらと居眠りしながら どうでもいい授業を受けて。
友達とバカみたいに騒いで。
もしも。
もしもあのとき。
じいちゃんが死ぬなんて知ってたら学校へなんて行かなかったのに。
「あ!竜くん、あそこに座ろう!」
ぐいぐいと伊集院が俺の手を引いた。
もう片方の手にはさっき取った金魚を巾着と一緒にぶら下げている。
金魚すくいなんて何年ぶりだろう。
生き物はすぐに死ぬ。
金魚なんてそれこそ朝目が覚めたら、死んで水槽に浮かんでいたりするんだ。
いきなり。突然。
・・・ああ、そうだよ、シズカ。
俺は、じいちゃんがいなければ良かったなんて思ったことはない。
あとで苦しいから、いなければ良かったなんて、そんなこと。
もっと話したかった。もっと一緒に稽古をして。
もっともっと。
ただ一秒でも長く。
出来るだけ長く。
一緒にいたかったんだ。
「わぁ綺麗!!」
伊集院が顔を上げて歓声を上げた。
青い光の輪が、柳のように流れる。
水の入ったビニールの袋に光は反射して、黒い出目金が色彩を持ったように鮮やかに点灯した。
まるで、あの街のネオンのように。
きっと、伊集院は可愛がるんだろう。
熱帯魚にするように、朝に夕に声を掛けて。
死んだら、それこそどんなに短い間だったとしても、泣いて、墓を作るんだろう。
飼い猫が死んだときのように。
花の咲く樹の下に。
花ひらくたびに思い出せるようにと。
「見て見て、竜くん!」
「見てるって」
伊集院は純粋に綺麗なものに感動して、首が痛くなりそうなほど顎を上げて見惚れている。
わぁ、と口からは感嘆の溜息が漏れた。
・・・きっと、よく見えるだろう。
あの病院から、この一瞬の花が。
終わると、どこか物悲しくなる、だけれど見ずにいられない、美しい大きな花が。
よく見えるだろう。
「・・・やっぱ、兄妹なんだなー」
似てる。
「え?」
「や・・・」
エサをやって。水槽をたまには洗ってやろう。
・・・話し掛けないけど。
(・・・するかも?)
(伊集院のがうつりそうだ・・・)
きっと金魚たちは いいエサを食べて、これから丸々と太るんだ。
俺も一緒に墓を作ろう。
泣きはしないだろうけど、一緒に。
それが、いつのことになるか、わからないけれど。
きっと一人じゃないから。
たった一人で、冷たい手を握った、あのときとは違うから。
ふわふわと、伊集院の髪が目の前で揺れた。
焼きソバや焼き鳥といった匂いに混じって、花の香りがする。
花火に集中している伊集院は痛いほど俺の手を握り締めていた。
濡れた淡い眼球に花火の色が映っては消える。
「くち」
「・・・・・・」
「開きっぱなし」
「・・・えっ!」
ぽかぁんと見惚れていた伊集院は、慌てて口を閉じた。
不自然にきつく口を結んで、顔を赤くする。
「わはは」
「もう!花火に集中して!!」
伊集院に両手で顎を上げられた。
「いて!舌噛んだ!」
「知らない!!」
ぐいーっと上に押し上げて伊集院は怒る。
目の前に、夜空だけが広がった。
暗闇に光る花。
「きれいだな」
「でしょ?」
満足そうに伊集院が言う。
手が俺の指に戻った。
今度は緩やかに結ばれる。
見えなくても。
柔らかい手の温度が。
・・・・・・・・・・・・あつい。
体が熱い。
きっと。
きっと 、 夏だからだ。
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