「いい本があるの、ちょっと待ってね」
「うん」
桐香ちゃんが花の名前を覚えたいと言ったので、本を貸すことにした。
「あ、そういえば兄さまに・・・」
本棚を覗いて、思い出す。
ちょっと見たいからと言われて貸したのだった。
その本は、カラフルな写真と花言葉が添えられていて、幼い女の子にも面白いと思ったのだけれども。
「ごめんね、桐香ちゃん」
「ないの?」
「兄さまに貸したの」
「シズカくん?」
じゃあしょうがないか〜と兄さまには随分と好意的な反応だ。
人生目標である『 女性に大人気シズカくん♪ 』を、桐香ちゃんにまで実践しているとは思わなかった。
「他にも色々あるから、貸してほしいのがあれば言ってね」
良さそうに思えるものを選んで渡す。
桐香ちゃんは興味津々といった様子で本棚を眺めていた。
「シズカくん、会わないけど、おうちにいないの?」
「うーん、私もよく知らないんだけど・・・」
そういえばここずっと兄さまを見ていない。
どこにいるのだろう。
携帯の通じるところにいるのかなあ?
(今度メールしてみよう)
呑気に私はそんなことを考えていた。
女性に贈るための花に詳しい兄さまが、その本を借りた理由だとか。
さすがに 1,000種類はわからないと言った意味だとか。
私は全然 考えもせず、すべてのことを、後々になって知ったのだった。
「真琴さま。あの、土屋花店さんからお電話なのですが・・・」
(お花屋さん?)
土屋花店は大きな花会などを開くときにはいつも利用するところで、ここで取り寄せられない花はほとんどない。
なにか頼んでいたかなあ、と思いながら渡された電話に出た。
『静さまに御注文いただいていた花の、受け取りのことで電話したのですが・・・』
話を聞くと、携帯が通じなくて、家に掛けてきたということだった。
(でも私も判らないし・・・)
口篭っていると、隣にいた竜くんがどうした、と目で訊いてきた。
「兄さまに、らしいんですけれど・・・」
受話器を押さえて答える。
竜くんはきょとん、として、
「俺わかるぞ」
と言った。
「え?」
竜くんと兄さまは連絡を取っていたのだろうか。
マメではない竜くんと、相手に合わせて適度な位置をはかる兄さまでは、意外な気がした。
「かして」
受話器を渡す。
「たぶん携帯は通じないでしょうから・・・はい、またこちらからすぐ連絡します」
竜くんは通話を切ると、バイクのキーを掴んだ。
「竜くん?」
「ちょっと行ってくる」
「兄さまのところですか?」
「うん」
「待って、私も・・・」
慌ててTシャツの裾を取った。
行かなくてはいけない、という予感がした。
「いや、シズカは伊集院に知られたくないだろうし」
苦虫を潰したように渋い顔をして、竜くんが私の手を見た。
その目は放せと言っている。
「 行きます」
でも、きっと、
放してはいけない。
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