私は、なにもわかっていなかった。
10年、と鼻で嗤った竜くん。
わかった、やっとわかった。
そばにいないということは、そういうことなんだ。
兄さまは、どんな思いでこの夏をすごしてきたんだろう。
いつも笑っている兄さまは遠くて、
どこか、完全無欠のように思っていた。
伊集院の後継ぎのプレッシャーをなんでもないことのように飄々と受け止めて、
それに相応しいだけの実力もあって。
誰でも話しやすくて素直で感情豊か、
そう見えて、でも誰にも侵入させない人。
大きな感情の揺れ、兄さまの心を揺さぶることなんて存在しないと思っていた。
だからこの夏も、いつものようにすごしているのだろう、と。
でも。
『 いつも 』なんて 、 ない。
幸せにすごしているだろう、なんて、遠くにいる人間の勝手な想像だ。
はじめて竜くんと出会って、私は夢中になった。
竜くんは屈託なく笑っていて、幸せそうだったから。
竜くんが笑っていて、それがすべてだったから。
きっと幸福でいるなんて勘違いした。
どうやって耐えたのだろう。
竜くんは、たった一人。
おじいさんの亡くなったとき、たった一人 残された部屋で。
どうやって。
誰かにそばにいてほしいとき。
苦しいとき。
竜くんは、泣く場所はあったの?
私が未だに由希先輩よりテツくんより大切な人になれないのも、当然だった。
だって、そのとき、苦しいとき、一緒にいたのは彼らで。
月子さんと、ただ手を握り合って眠った、と。
きっと、それは優しい記憶。
世界に残された姉と弟のように、慰めあって眠ったのだろう。
私は、たとえ好きだったとしても、なにも知らず。
それが、離れるということだ。
連絡を取らないとは、そういうことなんだ。
竜くんに怪我をさせて、離れようとした私。
幸せを祈っている、なんて、勝手な言い分。
いつ、どこで、なにがあるかわからないのに?
そのひとが、悲しんでいても苦しんでいても。
なにもできずに。
なにも力になれずに。
「 っ!」
竜くんが優しくて、我慢できなくって、背中に手を回した。
私が、泣く筋合いじゃないのに、
ぎゅっと力をこめると薄いTシャツを通して竜くんの体温が感じられて、
ますます涙は止まらなかった。
あの女の子は、こうして兄さまの腕の中で泣いたのだろうか。
兄さまは、その体温を感じたのだろうか。
淋しいとき、となりにいるよ。
泣きたいとき、そばにいる。
助けが必要なときは、絶対とんでいくから。
「うん」
竜くんはそう抱き返してくれて。
「絶対だからね…!」
「ははっ、前も聞いたけど?」
そう笑って。
「ま、よろしくな」
ポンポンと頭をなでる竜くんは 、 もうすでに私を信じてくれていたのだ。
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