病室に入ると、シズカが しいと人差し指を口に当てた。
「出よう」
医者や看護婦が何やら検査をしているのを横目に、俺はシズカに促されて病室から出た。
「ほれ、頼まれた着替え」
「さーんきゅ」
軽く笑って、シズカが俺の差し出した紙袋を受け取った。
見上げると、広い青空には巨大な入道雲が昇っていた。
入院時に過ごしていた屋上は、夏だということで様相を変えたようで、
照り付ける太陽は容赦がなく明るすぎて視界は白く掠れて見えた。
光を避けて目を落とす。下には陰になった川が涼しげに流れていた。
相変わらず、俺は「チカ」という女の子の顔は見ていない。
のちにこの屋上で会った少女だと聞かされるまで俺は気づかなかった。
一応 恋人の、死が間近だというわりにはシズカは普通の顔をしていた。
特にやつれたという様子もない。
手摺りに頬杖をつく横顔は、ただ、穏やかだ。
・・・・・・・・・げし。
げし。
げしげしげしゲシ!
「・・・・・・・・・・・・・・・ 竜、なんだよ」
「蹴ってんだよ」
見て判んねーのかよバカ。 のーみそ回転してんのかよ。
俺は無言でシズカの脚に蹴りを入れる。
むかつく。なんだよその顔。お前はそんなんじゃないだろ。へらへら笑ってんのがお前だろ。
んな顔してんじゃねーっての。ばかやろう。
「俺、もうちょっと優しく慰めてもらいたいなあ・・・」
「はあ?!」
なに言ってんだこのバカ。気持ち悪い。
むかつくから蹴ってんだよ。
むしろ殴ってやろうか。
「なんで そー、乱暴かねぇ」
シズカはそう苦笑して、
いいじゃん慰めてよーと懐いてきやがった。
「知るか。数いる女に慰めてもらいやがれ」
「そんなのチカと付き合うから別れたよ〜」
なに!?
「お前が!?」
「そー、この俺が〜〜」
そう言って、少し、へらり、とシズカが笑った。
それで、なぜか少々溜飲が下がる。
・・・コイツがねえ。
そんなに傷付けたくないのかな、その子。
意味がわからない。
知り合ったときにはもう、長くないって知ってたんだろ。
わかっていたことだろう。
そんな顔するくらいなら、なんで。
「・・・竜はさあ」
俺の表情を読んで、シズカは柔らかく笑った。
「じいちゃんと暮らしたこと、なければ良かったって思うか?」
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