books / 2003年02月03日〜

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ローレンス・ブロック/田口俊樹・訳『暗闇にひと突き』
Lawrence Block “A Stab In The Dark”/translated by Toshiki Taguchi

1) 早川書房 / 文庫判(ハヤカワ文庫HM所収) / 1990年9月30日付初版(1994年9月30日4刷) / 本体価格505円(4刷当時、現在は本体600円) / 2003年02月03日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 九年前、アイスピックで女性ばかりを刺し殺した連続殺人犯が、ふとした契機から逮捕された。だが、犯人は被害者と目されたうちのひとりについて頑強に犯行を否認し、アリバイも立証される。保育所で働いていたその女性の父親は、遣り場のない感情を癒すために、警察に犯人を捜し出すよう懇願するが、既に風化しつつある事件を本気で捜査しようなどという奇特な警官はいない。
 担当刑事はその父親に、かつて警官であり、ある事情から仕事を辞し無免許探偵として収入を得ているマット・スカダーを紹介した。関係者のほとんどは街を去り、散り散りになってしまった状況で、スカダーはさながら暗闇を手探りに進むような頼りない捜査を開始する……
 これまでのスカダー・シリーズと較べても、事件と関係者の描写に深みの増した一篇である。謎が深まるとか次第に解きほぐされているという感覚は乏しいのだが、ひとつの事件と関係者それぞれの関わりを浮き彫りにしていく過程が丹念に描かれており、読み応えがある。
 そういう語り口のせいもあって解決はいささか唐突の感があるのだが、仕掛けは非常に巧く、真相に沈痛な深みを与えるある事実についてはきちんと伏線も張られていて、ミステリとしての味わいも充分にある。
 本書に続く『八百万の死にざま』、『墓場への切符』『倒錯の舞踏』『獣たちの墓』と続く三部作など、その後の傑作群に埋もれて目立ちにくいが、はじめて作中に「アル中」と「AA」という、その後のスカダー・シリーズの鍵となる単語が登場する、特に重要な一冊と言えるだろう。『墓場への切符』刊行以前に、二見文庫所収の諸作も踏まえてシリーズの来歴と今後とを見据えた池上冬樹氏の解説も、いま読んでもなかなか面白い。

(2003/02/03)


折原 一『倒錯の死角(アングル) 【201号室の女】』
1) 東京創元社 / 四六判ハード(<鮎川哲也と十三の謎>所収) / 1988年10月発売 / ― / [amazonで購入する]
2) 東京創元社 / 文庫判(創元推理文庫所収) / 1994年10月発売 / 本体価格640円 / [bk1で購入するamazonで購入する]
3) 講談社 / 文庫判(講談社文庫所収) / 1999年10月15日付初版 / 本体価格648円 / 2003年02月05日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 叙述トリックの第一人者として活躍する折原 一が、デビュー作品集『五つの棺』(のちに増補されて『七つの棺』に改題)に続いて初めて発表した長篇推理小説。江戸川乱歩賞最終候補作となった『倒錯のロンド』を第一作、前後どちらからでも読み始められるトリッキーな造本で話題となった『倒錯の帰結』を第三作とした“倒錯三部作”の第二作でもある。
 口喧しい伯母と同居しながら海外推理小説の翻訳で生計を立てているが、のぞきと飲酒の悪癖に悩まされる大沢芳男。大手旅行代理店に就職し、夢を抱いて上京し安アパートに居を構えた清水真弓。大沢と同じ病院でアルコール中毒の治療を受けたが、いまなお生活保護を受けながら飲酒と狡い窃盗に明け暮れる曽根新吉。互いの生活を覗き、覗かれつつやがて物語は思いも寄らぬ結末を迎えることに……
 作家・折原 一の看板が叙述トリックと捉えられるようになった端緒でもあり、最も早い時期に衝撃を以て迎えられた長篇である。それだけに文章的にも、人物の造型面にも荒削りさは否めないが、全編異様な熱気に包まれていて読み手を逸らさない。
 叙述トリックという看板が先に掲げられてしまっていること、その後多くの追随者が登場し、著者自身も様々な試みを実践した今日となっては、ある程度の仕掛けを先読みすることが出来てしまうのが難点だが、それでも幾重にも積み重ねられる細工の数点は見逃してしまう読者が大半だろう。
 惜しむらくは、筆がまだ覚束ないせいか物語の焦点となる家屋とアパートの位置関係・距離感などがいまいち正確に掴めず、終盤の行動で意外の念に囚われがちと見られる点である。
 とはいえ作品全体のインパクトは、これだけ類型の作品が多く並んだ現在も色褪せていない。文章面でもテーマの面でも今日の著者の方が遥かに洗練されていることは疑いを容れないが、いわゆる「新本格」ムーブメント初期の一翼を担った力強さを感じさせる、忘れがたい一冊。

(2003/02/05)


平山夢明・編著『「超」怖い話A』
1) 竹書房 / 文庫判(竹書房文庫所収) / 2003年2月6日付初版 / 本体価格552円 / 2003年02月05日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 怪談ブームの波に乗って登場し、二度の中絶を経ながら2003年に版元を竹書房に移して待望の復活が叶った、伝説の怪談本最新刊。付き合う男がいずれも犯罪者か危険な男になってしまう女性の話、有り得ない番号からの着信履歴、心霊写真の専門家を目指した青年の災難、など全36篇を収録する。
 語り手の目線に立った『新耳袋』に対して、本書のシリーズは聴き手の立場から叙述を行う形を取っている。だが、怪異に纏わるディテール以外の描写を極力排し、シンプルに語ろうとしている点で共通している。聴き手の常識や価値観がときどきふと顔を出し、語られる事実が滑稽味を帯びる場面も幾つかあるが、それも含めて豊かな臨場感がある。怪を語りながら、現代の社会事情やアンダーグラウンドの世界を垣間見ることが出来るあたりが、『新耳袋』との最も顕著な差違と言えるだろう。「なんでも屋」や「ボッタクリ」のエピソードなど、怪の部分を除いてもある意味怖い。
 ブランクがあったせいか、いずれも丹念な仕上がりとなっているが、個人的にはふりから着地に至る経緯が華麗な「眉剃り妊婦」のエピソードをベストに掲げたい。

(2003/02/06)


折原 一『倒錯の帰結 首吊り島/監禁者』
1) 講談社 / 四六判ハード / 2000年10月発売 / ― / [bk1で購入するamazonで購入する]
2) 講談社 / 新書判(講談社ノベルス所収) / 2003年01月07日付初版 / 本体価格1100円 / 2003年02月08日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

『倒錯のロンド』『倒錯の死角』に続く、「倒錯三部作」完結編となる大作。四六判では『首吊り島 監禁者』という題名で表記されがちだったが、新書判ではきちんと『倒錯の帰結』という総タイトルが前面に押し出されている。
 作家・山本安雄がひとりの女に連れられて日本海のとある島に渡り、そこの旧家に纏わる連続殺人を捜査することになる『首吊り島』、叙述トリックを多く手掛けた作家が女に監禁され優れた密室ミステリを書くように強要される『監禁者―102号室の女』――二篇のまるで趣の異なる長篇ミステリが、両者のあいだに挟まれた袋綴じによって決着する。
 折原 一という作家の仕掛けへの耽溺これに極まれり、という作品。先に読むことを推奨する『首吊り島』は密室トリックこそ優れた着眼があるものの手付きが如何にも不慣れで、展開にもわざとらしさが付きまとう。『監禁者』のほうは完璧に折原一の常通りのテイストだが、それだけに――こと、準備と称して事前に『倒錯の死角』を読んでしまった私には仕掛けがあからさまで、また結末がばたついている感覚がある。
 が、それも袋綴じにおける決着で許せてしまうのが魔術的というか奇怪というか。全体にまとわりつくバランスの悪さが、ここで明らかにされる幾つかの趣向のためだと解ると、結構頷かされてしまうのだ。
 読者のふたつの長篇に対する様々な感情も呑み込んでしまう決着は、たぶん人にとって大いに評価が分かれるだろう。それでも、折原 一がキャリアの全てを注ぎ込んだ集大成といえる一冊であることは疑いない。ひとまず、『倒錯のロンド』『倒錯の死角』いずれも・あるいはいずれかを読み、楽しんだ方ならば触れてみるのも一興だろう――ただ、楽しめるかどうかは、ちょっと保証できない。私は大いに楽しんだが。
 いずれにしても、もしこれから読もうという方があるなら、三部作を順繰りに読み、本書は最後にするのが賢明だと思う。著者も記すとおり、本編だけ読んでも問題はないだろうが、ここから前二作に戻ると色々厄介ではなかろーか。

 ……ところで。
『首吊り島』のp131に、どーも腑に落ちない奇妙な描写がある。以下、問題の箇所のみ引用。
[画面の中に動きがあった。何かがちかちかと点滅している。急速に現実の世界にひきもどされ、私は腕の力を抜いた。
 私の視線に気づいたのか、月代が体の動きを止め、背後をふり返る。
「あら、メールが届いてるわ」
 月代は私から体を離し、送受信ボタンをクリックした。
 一件の電子メールが届いている。]
 ここを御覧になっているような方には言わずもがなだと思われますが念のため。
 通常、パソコンで電子メールの着信通知が行われているときには、メールは既にパソコンの方で受信したあと。従って、ここで「送受信ボタン」を改めて押す必要はない……はずなのだが、それとも特殊なソフトでも使っているのか。回線が細いから、サーバの受信だけ先に確認して容量とかウイルス感染の有無をチェックしてからパソコンのほうでオリジナルを受け取るシステムだったり――いや別に悪いとは言わないが、問題はこの作品にそんなディテール必要か、ということであって。
 どなたかこの違和感に答をください。

(2003/02/08)


若竹七海『船上にて』
1) 立風書房 / 四六判ハード / 1997年03月発売 / ― / [amazonで購入する]
2) 講談社 / 文庫判(講談社文庫所収) / 2001年6月15日付初版 / 本体価格571円 / 2003年02月09日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

『ぼくのミステリな日常』でデビューした若竹七海初の自選短篇集。ノンシリーズ作品ばかり八本を収録する。

『時間』
 結婚を間近に控えた静馬は、久し振りに母校を訪れた。かつて恋した女性を巻きこんだ災厄の、真実を知るために。
 偶然と真実に纏わる物語。それだけに出来事ひとつひとつが全て「偶然」という言葉でしか説明できない点がミステリとして歯痒さを感じるが、登場人物達の繊細な言葉のやり取りが印象深く、重い内容にも関わらず心地よい余韻がある。

『タッチアウト』
 優等生だった19歳の浪人生は、ひとりの少女に執着するあまりストーカーになり果て、遂に彼女を襲った。反撃に遭い重傷を負った彼は虎視眈々と次の機会を待つ――
 題名に籠められた複数の意味が着眼。ただし、文章自体の仕掛けはシンプルなので、結構読めてしまう。

『優しい水』
 ビルの狭間で目醒めたわたし。朦朧とした意識のなかでその日の出来事を辿る――わたしは何故、突き落とされなければならなかった?
 ミステリとしての仕掛けは一発ネタだが、途中でさりげなく語られる事実が意外な形で物語の結末に奉仕する構成の巧みさが素晴らしい――ただし、非常に意地悪だ。

『手紙嫌い』
 見た目は清楚だが爬虫類愛好家、しかもどういうわけか手紙を蛇蝎のように忌み嫌う女性。しかし、憧れの写真家と会うためにどうしても手紙を書かねばならなくなり、窮した彼女は手紙文例集を購入するが――
 作者が発表当時どう思っていようとも、本作品集の白眉であることは間違いない。出来ればもうちょっと前から伏線を張ってあれば、という嫌味はあるが、この結末は強烈。

『黒い水滴』
 かつての夫の死を契機に、イギリスから日本へと帰還した女。自分に懐いていたはずの義理の娘とのあいだには、奇妙な緊張があった……
 乾いたタッチの多い本作品集のなかでは情緒的な雰囲気と、真相の意外性よりも余韻を重視したような決着が印象深い。

『てるてる坊主』
 とある鄙びた旅館で発見された縊死体と、幼馴染み三人のあいだに起きた変化の物語。
 作中のあるトリックと、それに纏わるどんでん返しは「どっちにしても無理があるんちゃうか」と首を傾げるが、別のある仕掛けは手垢の付いたものながら効果的。サプライズエンディングだが驚きよりも悲しみがつきまとう。

『かさねことのは』
 悪戯好きの精神カウンセラーがわたしに提示した八通の手紙。その裏で発生していた事件のあらましとは……?
 本作品集収録作品のなかでは最も本格ミステリの香気漂う一篇。著者特有の意地の悪さも稚気として昇華しつつ、ラストは相変わらず一筋縄ではいかない。構成そのものが真相の持つインパクトをやや弱めてしまっている点が勿体ないが、発想といい結末といい着眼であることに変わりはない。個人的には『手紙嫌い』と並ぶベスト。

『船上にて』
 1920年代、ニューヨークに留学していた日本人青年は、ちょっと回り道をして帰国する道を選んだ。フランスに渡る船中で得たハッター氏との縁は、過去と現在ふたつの盗難事件の謎と彼とを引き合わせる。
 表題作ながら最も毛色の異なる一本。世界観のみならず、テーマもトリックもどこか黄金時代の好短篇といった印象。唯一、語り手を日本人青年にした必然性をあまり感じないことが難点か。

(2003/02/09)


レイ・ブラッドベリ/宇野利泰・訳『10月はたそがれの国』
Ray Bradbury “The October Country”/translated by Toshiyasu Uno

東京創元社 / 文庫判(創元SF文庫所収) / 1965年12月24日付初版(1993年10月8日55刷) / 本体価格728円(55刷当時、2003年02月現在本体価格940円) / 2003年02月15日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 今なお現役で活動する幻想・SF作家ブラッドベリの処女作品集『闇のカーニヴァル』に、後年五篇を追加し改題した、幻想小説の定番とも言うべき作品集。以下、各編の簡単な粗筋と感想を記す。

『こびと』
 毎夜、遊園地の《鏡の迷路》を訪れるこびと。女は彼に同情心を抱き、ある施しをするが……
 美しくも哀しげな情景が綴られる。現代ではあまり描かれ得ない露悪的な物語だが、それ故に貴重な光芒を放っているように感じた。

『つぎの番』
「死の日」の祭りに合わせてメキシコへ旅行にやってきた若い夫婦。地下墓地に陳列されたミイラを目の当たりにしたときから、ふたりの間に奇妙な不協和音が生じる。
 次第に齟齬を来していく男女の姿を実に巧みに描いている。不可解なラストも、語りすぎていないからこそ本編に相応しい――中途半端な余韻が残ってしまうが。

『マチスのポーカー・チップの目』
 何ら目立つところのない、平凡で退屈な男がある日を境に前衛芸術家達の注目の的となった。生涯で初めてのスポットライトに、男はにわかに活力を得るが……
「奇妙な味」を思わせる、ミステリ的な小品。複雑から単純、ふたたび複雑へと舞い戻る発想が凄まじい。

『骨』
 慢性的な痛みをきっかけに、男は自分のなかにある「骨」に違和感を抱きはじめた。とある医師の言動から、遂に男は自らの「骨」を敵視するまでになる。
 決着の予想はつくのだが、だからといってそこに至る顛末の迫力と恐怖が和らぐものではない。

『壜』
 カーニバルのボスから男が購入したのは、得体の知れぬものをアルコール詰めにした壜。人々はその謎に魅了され、定期的に集まってはその正体について議論を戦わせるのだった……
 奇妙な味の一篇。壜の中身の描写が巧妙。

『みずうみ』
 ある秋の日、少年は家族と共に西へ去った。五月に湖に消えたまま戻らなかった少女の記憶を、砂の城と一緒に置き去りにして――
 ノスタルジックな雰囲気を纏った作品の多い本書のなかでも、特に情感の強い一篇。

『使者』
 病床に就く少年にとって、その犬だけが唯一外界とを結ぶ窓口であった。折々の季節の気配を少年の元に運び、時として訪問客をも導いてくれる、かけがえのない存在だった。だが……
 僅かな紙幅に生と死の気配を余すところなく描ききっている。

『熱気のうちで』
 癇癖のある女性の元を訪れたふたりの老人。彼らの目的はいったい何なのか……?
 見方によって作品の印象が大きく変化する不思議な物語。どう解釈しても不気味である。

『小さな殺人者』
 望んで生んだはずの赤子を、何故か妻は奇妙なほど怖れていた。あの子は自分たちを殺そうとしている、と。
 前半での妻の感情が、状況次第では誰しも抱きうるものだけに迫ってくる。が、それ故に後半やや興醒めする可能性もなきにしもあらず。

『群集』
 事故に遭った男が、朦朧とした意識のなかで見上げる野次馬達。何処からともなく集まってくる彼らの素性に、男は疑問を抱いてしまう……
 これまた自然なだけに恐ろしい着想に基づいている。ラストの捻りに至るまで、きっちりと筋道が通っている。

『びっくり箱』
 母と二人きりで生活する少年。誕生日ごとに新しい部屋の鍵を開けながら、かつて森のなかの野獣に喰われた父に代わって神となる日を、少年は楽しみにしていた。
 絡繰りは読めるものの、最後まで動機を示さないあたりに悲しみが漂う。題名が絶品。

『大鎌』
 職も家も失い放浪していた一家は、物乞いに立ち寄った農家で正装した老人の屍体と、彼の遺書を発見する。最初に屍体を発見した人物に家財と農地を託す、という内容に従い、一家はその地に根を下ろしたのだが……
 一見不条理、だが自然な出来事を理屈づける寓話。死を巡るヴィジュアルが美しい。

『アンクル・エナー』
 アンクル・エナーは異能の一族のなかでも珍しい、緑の美しい翼を具えていた。人目に付かぬよう夜の空を駆けていた彼は、とある事故を契機に夜はばたくための力を失ってしまい、手当をしてくれた女性と結婚するが、日に日に空への憧憬が募るのを抑えられない……
 大人のための童話、とでも言おうか、実にシンプルな「いい話」である。ラストシーンはその情景を頭の中に絵として描きたくなるくらいに爽快。

『風』
 ハーブの友人アリンは、風の襲来に怯えていた。大風は彼を付け狙い、いたぶりながらやがて死に至らしめようとしている、と。
 発端は異なるものの、結末は前出のある短篇の変奏曲といった趣がある。第三者の目で語ることにより、事態を明確にしていないあたりが出色。

『二階の下宿人』
 ダグラス少年の祖母が運営する下宿屋に、新しい店子が入った。高い背に麦わら帽子を被り、片腕にステッキを提げた男。1セント銅貨しか持たない彼が、どういうわけかダグラスは気に食わない。
 一種の怪人譚だが、これも事実に紗がかかっているのが巧みである。

『ある老母の話』
 その老女は「死」という概念を頑なに受け入れようとしなかった。父の葬儀にも出席せず、大戦中は新聞やラジオからも面を背け。だが、そんな彼女の元にも遂に使者が訪れる。
 本作品集のここまでのパターンから、冒頭でこんな話だろう、と予想していると見事にひっくり返される話。色んな意味で参った。

『下水道』
 雨が降りしきる中、窓から見下ろす街に女は別世界を幻視する。人々の目から覆われた下水道に、もうひとつの街が存在するという……
 前作から翻って、終盤まで全体像が見えてこない。この別世界に「下水道」をあてがったあたりに、底意地の悪い美しさが漂う佳篇。

『集会』
 かつては年に一度行われていた、異形の一族の集会。人間たちの領域が拡大したために、数年振りに行われた宴のなかで、ひとり異能の兆しも見えないティモシー少年にだけ居場所がなかった……
 本作品集における「異形の人々」の集大成のような作品。自分だけ仲間たちと違うことに苦しむ少年の姿は普遍的で、異なった世界の話のようには見えないのが不思議。

『ダッドリー・ストーンのふしぎな死』
 1920年代に活躍し、文壇に名を残すところまであと一歩というところで突如筆を折り隠棲してしまったダッドリー・ストーン。数年後、死んだという風聞を確かめるため、ひとりの男がストーンを訪ねて辺鄙の地に向かった――
 収録作中最も現実的なシチュエーションに彩られながら、それでいて掉尾に相応しい幻想的な美しさを湛えた一本。創作という行為にまつわる業を綴り尽くしている。

(2003/02/15)


鯨 統一郎『「神田川」見立て殺人 間暮警部の事件簿』
1) 小学館 / 新書判(文芸ポストNOVELS所収) / 2003年2月20日付初版 / 本体価格905円 / 2003年02月16日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 間暮警部の非現実的な指摘が現実的な解決の契機となったり、最終的にどこかで結びついたりするのが狙いなのだろうが、それにしてはカタルシスも乏しいし、間暮警部の言動も笑えないところが多い。
 間暮警部を馬鹿にしている語り手が、そこそこ賢いつもりで異様に視野が狭かったり、語り手が讃える探偵事務所の所長がまったく活躍しなかったりで、間暮警部の馬鹿さ加減が際立たなくなっているのがいちばんの原因だろう。彼が間暮警部に突っ込むたびに、読んでいるこっちが
「馬鹿はおのれじゃこの色ボケ」
 と激しく突っ込みたい衝動に駆られることしばしばだった。
 ミステリらしい仕掛けにも全体に説得力に欠く。特に顕著なのは検屍技術の侮りと勘違いで、作中で語られるほど検屍の技術はいい加減ではないし、確定が難しいときはある程度の幅が取られ、そもそもアリバイ作りの役には立たない場合が多い。例えば(以下伏せ字)家庭用の空調で変化させられる範囲では死体兆候にさほどの差は生じないし、たとえ水に浸けられた死体でも、現在の技術であれば死亡推定時刻はかなり絞られるし信憑性は高い。また、移動する車のなかに死体を収めるトリックが登場するが、こういうのも死斑の状態などから早期に発覚することが多い(以上伏せ字)、などといった法医学知識を踏まえず、半端な思い込みに基づいた推理が多く、これで証明されてしまう作品世界そのものが随分と粗雑なものに映ってしまうのだ。
 各編共に着想は面白いと思うのだけど、尽く詰めが雑すぎる。第一作である『「神田川」見立て殺人』だけは初回の勢いもあってそれなりに楽しめるのだけど、続編はパターンを踏襲しながら第一作以上に生かし切れている場面は少なく、尻窄みの感あり。道化役の間暮警部のみならず取り巻く世界観全てに蔓延する独特の感覚を許容できれば楽しめるだろうが、生真面目な読者ほど辛くなるはず。

(2003/02/17)


若竹七海『死んでも治らない ―大道寺圭の事件簿―』
1) 光文社 / 新書判(カッパ・ノベルス所収) / 2002年1月25日付初版 / 本体価格800円 / 2003年02月18日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 約17年間勤めた警察を辞したあと、旧縁からまぬけな犯罪者たちの実話を集めた本『死んでも治らない』を著し、作家生活に入ることになった大道寺圭。だが、その本の意外なヒットが様々な余波を呼び、彼の元には珍客が引きも切らない。殺人を犯していないことを大道寺に証明させようとする強盗、家でした娘を連れ戻してほしいと懇願する微罪の常習犯、完全犯罪をテーマにした短篇推理小説の添削を執着的にやらせようとする男。それらの難所を、果たして大道寺はどう乗り越えるのか? 大道寺の刑事時代最後の事件を断章として各編を繋ぎ合わせた、連作ミステリ。
 季刊誌『ジャーロ』で第一作を読んで以来、単行本化を待ち望んでいたシリーズ……のわりには読むのが一年近く遅れたが気にしないでほしい。
 味わいはかなり独特だが、一風変わった導入に奇妙な展開、そして意外な決着まで、実に端正に築き上げられたミステリである。探偵役である大道寺が読者に対して隠している情報が結構多い点でアンフェアだと唱えられそうだが、直接ではないにしても伏線はきっちりと張られているので、わりと素直に納得できるはず。
 大道寺のキャラクターは元警察官という設定の常套からやや外れているのだが、それがブラックな雰囲気の作品によく合っている。各編を繋ぐ断章によって、初めて大道寺の行動理念らしきものを垣間見せているのも面白い。
 難癖をつけるとしたら、出来ればここで終わってほしくなかった、ということぐらいか。いちおう内容的にはケリが付いているのだが、もう二冊くらい出してくれると嬉しい。読み終わって改めて、個人的にお気に入りの作品だと思う。

(2003/02/18)


モーリス・ルヴェル/田中早苗・訳『夜鳥(よどり)』
Maurice Level “Les Oiseaux De Nuit” / translated by Sanae Tanaka

1) 東京創元社 / 文庫判(創元推理文庫所収) / 2002年2月14日付初版 / 本体価格700円 / 2003年02月22日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 新青年誌上で発表され、江戸川乱歩、小酒井不木、夢野久作らを熱狂させたモーリス・ルヴェル。最も早い本邦での紹介者となった田中早苗の訳による諸作を、春陽堂から昭和三年に刊行された『夜鳥』に一篇を追加して復刻した作品集。
 簡潔だがそれ故に切れ味鋭く、染み入るような情感に満ちている。怪奇小説と言うべきシチュエーションだが、怪異現象に頼らずいわば運命の悪戯のようなもので彩った作風が大半を占めている。概ねO・ヘンリの逆を衝いたような酷薄な結末に至るが、後味の悪いものでさえ嫋々たる余韻を秘めているのが凄い。古風だが丁寧で的確な訳文も作品の風格を高めており、体裁まで理想的である。
 私如きがあれこれ語るよりも、初刊時に田中早苗氏が手掛けた序文と、巻末に集められた錚々たる面々の讃辞に目を通していただいた方が早い。今後の訳出を促すためにも、怪奇小説・探偵小説愛好家の諸氏には購入と早い通読を請いたい。好い本だ。
 普段なら個人的なベストを掲げるところだが、全部好きなのでもう何も言えません。兎に角読んで下さい。ええもう。

(2003/02/22)


村瀬千文『沙織のニース誘拐紀行』
1) 講談社 / 新書判(講談社ノベルス所収) / 2003年2月5日付初版 / 本体価格780円 / 2003年02月23日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 ホテル評論家として活躍する著者初の小説。思わぬきっかけからフランス・ニースに建築模型を届ける仕事を請け負うことになった沙織は、そのさなか何故か誘拐されて……
 ……ええと、前半はバカっぽくて楽しかったです。しかし後半、明らかにやもすると命が脅かされるような出来事が起きているのに暢気に飯食ったり初対面の人物にあっさり気を許したり、でそれを何の疑問もなく受け止める登場人物たちにどんどん嫌気が差して、最後は拷問のように思えてきました。
 確かに料理の知識はあるのだろうし、名所についての登場人物たちによる説明は巧いのだが、一面的すぎるし明らかに物語の方向性、こと帯にある「サスペンス」という語にはそぐわしくない。更に折角のカラー写真と本文がまったく合ってない。
 ホテル評論家としての実績は存じないが、小説家としてもし今後もこんなものばかり書くのであれば、多分駄目だと思います。少なくともミステリを期待させるのは、色んな意味で拙い。
 料理や観光地の描写だけを楽しむなら非常に贅沢な一冊、だがミステリやバランスの取れた物語を期待する読者には間違ってもお薦めしません。

(2003/02/23)


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