Book Review 二階堂黎人・アンソロジー編

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二階堂黎人・編『密室殺人大百科(上) 魔を呼ぶ密室』
1) 原書房 / 四六判ハード / 2000年7月21日付初版 / 本体価格2000円 / 2000年11月8日読了

「密室」というミステリ発祥以来と言われる根元的なテーマを据え、今をときめく本格ミステリ作家陣の書き下ろしと評論・名作紹介により構成された意欲的なアンソロジーの上巻。以下、読み終えたその都度に日記に書き留めていたものを並べてみる。

●芦辺 拓「疾駆するジョーカー」
[粗筋]
「麻酔連続暴行殺人」と呼ばれた悪辣な犯罪の容疑者として検挙された少年。だが、彼は冤罪に問われているのだと訴え匿う弁護士と記者がいた。少年たちの家族を他のマスコミや憎悪を抱く遺族たちから守り安眠できるようにするため、彼らは寝ずの番を雇う。だが、監視役の目前にジョーカーの服装をした人間が現れ、弁護士を殺害して消える、という事件が発生する。番に雇われた青年は自分にかけられた疑いを晴らすため、森江探偵に出馬を要請する。
[感想]
 ……実は見取り図を見た瞬間に仕掛けが読めてしまいました。終盤の会話がなければ拍子抜けのまま終わっていたと思う。トリックとこの心理描写が結びついたからこそ辛うじて読めるレベルにある、という印象。(2000/9/15)

●太田忠司「罪なき人々VS.ウルトラマン」
[粗筋]
 資料を借りに訪れたマンションは飛び降りが頻発することで知られていた。千鶴はその帰り道、件のマンションの屋上で佇む人を目撃する。だが、その人物は現れた野次馬を人質として炎天下の現場に拘束する。ウルトラマンのお面を被り、人を食った言動を繰り返す、その人物の目的は一体なんなのか。
[感想]
 こちらも仕掛けは読めてしまった……芦辺氏同様安定した語り口と動機の設定、そしてこちらは主人公たちの描写がこなれているので読んでいて退屈はしない。(2000/9/15)

●折原 一『本陣殺人計画 〜横溝正史を読みすぎた男〜』
[粗筋]
 白岡警察署の黒星光警部の下に届いた密室殺人の予告状。密室マニアの警部は喜んで予告された現場である本陣・笹原家を訪問するが、不吉な気配どころかその日は婚礼が行われるとかで慌ただしい。拍子抜けして署に戻る黒星だったが――計画は実際に進んでいたのだ。それも、複数の人々の思惑が絡み合った形で。
[感想]
 本格密室ミステリ、というよりはそのパロディと言った方がいい。トリックや論理的な展開を期待するとそれこそ黒星警部同様拍子抜けするが、それらをモチーフにした笑劇だと思えば楽しめるだろう。ただ、若干マニア向けなのは事実。そういう意味では先行する二作より若干敷居が高い。個人的には久々に登場した黒星警部をもう少し活躍させていただきたかった。(2000/10/8)

●霧舎 巧『まだらの紐、再び』
[粗筋]
 夜半、都内の警察署で署長を務める折川秀壱の許に、かねてよりある内偵を依頼していた部下が二人連れだって訪れた。彼らは互いを容疑者として密告する。――それから暫くして、彼らはあるマンションに住む女性の許に押し込む。その隣室に住む女性が覚醒剤を所持している、という密告を受けたからだったが、しかし彼女は密室状態の室内で死んでいた……
[感想]
 ――トリックそのものは評価したいが、語り口や筋回しに不自然が多すぎる。そもそも発端、互いを密偵している事案の容疑者と目している二人が連れ立って署長宅を訪れる必然性が何処にもない。他にも、トリックを成立させるためとはいえあまりにも無理な展開があちこちに散見され、トリック自体は興味深く感じられても物語は殆ど破綻している。くわえて、小説としても緩急に欠け魅力が足りない。今のところ、収録作の中で一番の不出来と感じる。んー……(2000/10/9)

●鯨 統一郎『閉じた空』
[粗筋]
 萩原朔太郎らと共に小石川で行われた気球搭乗会に出かけた私は、そこで殺人事件に遭遇する。浮上した気球の何処かで響き渡る銃声、降ろされた気球の中には、主催者として搭乗した津田龍二朗の屍体が。状況から警察も世論も自殺と判断した。だが、ミルクホール『和泉軒』にて事件を話題にしていた私達に、津田氏の婚約者であった女給の山口順子が話しかけ、津田は他殺だった、と言う。疑義を唱える私達だったが、ただ一人萩原は順子の弁を信じ、調査に乗り出す。
[感想]
 朔太郎を探偵役とする試みも、事件の内容を彼の詩の構想として結びつける趣向も前例を知っていたため、私自身はさしたる感興を得なかった。どうせそうして描くのなら、事件の動機にも犯人の心理描写にも拘りを見せて、作品全体を詩として欲しかった、という気がする。着想に寄りかかりすぎて、掘り下げが足りない、というのが率直な感想。鯨氏の作品という観点からは、新しい切り口を感じさせて興味深いのだけれど。(2000/11/6)

●谺 健二『五匹の猫』
[粗筋]
 阪神大震災後、公園に設営したテントで避難生活を続ける有希信一は、ちょっとしたきっかけから黒ずくめの服を纏った少女と知り合い、親しくなる。彼女が借金苦を抱えた義理の父親に迫害され、学校でもいじめに遭っている事実を知って有希はせめてもの慰めにと洋服を贈るが、間もなく彼女は当選した仮設住宅に移住して、音信を断った。数日後、有希はテント生活仲間でもある雪御所圭子から見せられた新聞記事に愕然とする。少女が越した仮設住宅で火災が起き、少女は焼死してしまった。そして更に一週間後、今度は少女の母親が、有希らの暮らす公園のすぐ傍で、屍体となって発見された――
[感想]
 全編が震災が生んだ悲劇であり、そういう意味での纏まりはあるのだが、ミステリとしては散漫な感がある。事件の焦点を少女の死に置けばもう少し芯が通ったものを、下手に密室殺人を挿入し、更に意外性を演出しようとしてしまったために全体がぎこちなくなっているのだ。震災という重いテーマから前向きな結末を提示しようとする試みも、ミステリとしての纏まりのなさのために説得力を欠いてしまっている。密室殺人と、少女の死に纏わる悲劇とを別の作品として描いた方が良かったのでは、と思った。惜しい。(2000/11/6)

●二階堂黎人『泥具根博士の悪夢 魔を呼ぶ密室』
[粗筋]
 柴崎秀一という若い化学者と青森県警の金田五助警部。彼らが蘭子の許に持ち込んだのは、泥具根博士殺害に纏わる五重密室の謎だった。泥具根博士は往年優れた研究を行いその筋では著名な人物であったが、自身の研究が夫人の病を癒せなかったことで次第次第に常軌を逸していった。十和田湖畔の深い森の中に逼塞しその地下に夫人の遺体を冷凍保存し、彼女の蘇生が叶うのであればと胡乱な秘法・魔術にまで手を出した。泥具根博士の許を訪れた有象無象の神秘論者、超能力者・新興宗教のうち、最後に彼に取り入ったのは、物体移動を得手とするという超能力者・冬木摩耶子。彼女を紹介した人物は、その能力を証明するためにと「霊応堂」と名付けた強固な建物を建築するよう泥具根博士を唆した。摩耶子がその能力の一端を、博士の助手である柴崎らがいる目の前で披露した次の朝、泥具根博士は「霊応堂」の中で刺殺屍体となって発見されたのである――
[感想]
 舞台設定は魅力的、全編に横溢する空気も禍々しくていい、謎とトリックもかなりの迫力がある。だが、正直に言って出来は良くない。欠点は冒頭から存在する。まず、柴崎秀一という化学者は泥具根博士の往年の論文に心酔して強引に弟子入りしたという設定なのに、どういう経緯でなのか既に狂気に踏み込んだ泥具根博士の言動を鵜呑みにしてしまった状態で登場している。その経緯が提示されず、誰もが疑問を抱いていない風なのも疑問だが、それほど泥具根博士に心酔していたのに蘭子にちょっと化学者としての姿勢を糺されただけで無理に繕おうとする。そして柴崎の事件に関する報告が始まると、そこからは記述者・黎人が「彼がやっと語った出来事を、無駄や重複を省き、曖昧な部分を補足して」纏め直した形としての、事件のあらましが述べられていくのだが、柴崎の報告が許になっているにしては泥具根博士に対する評が辛辣に過ぎ、明らかに記述者・黎人の主観が多く混入している。記述の仕方がどうにも矛盾を来しているとしか思えないのだ。
 加えて、肝心のトリックとそれを解明する過程にもかなりの粗がある。どうしてこのトリックを無理に採用したのか、という謎も残っているが(提示された動機からすると、準備段階の行動に色々と矛盾を感じる――それがミスリードだとしても、だ)、敢えて蘭子の出動を請わなくとも通常の捜査途上で発覚しそうな契機が幾つも窺われるのだ。実の処私は、トリックの全体像は掴めないまでもどのタイミングでトリックが成立したのかは事件の推移が綴られている段階で察知出来、捜査陣の誰もその過程に疑いを挟まなかったのかが不思議で仕方なかった。また、蘭子の推理は的を射ているのだろうが、証拠は何一つ提示されないまま終わっている。それなのに、犯人があっさり軍門に降っているのも腑に落ちなかった。ラストシーン、金田警部が蘭子を手放しで礼賛するのも、寧ろ「どうして途中で気付かなかったのか」と歯噛みした方が自然な事件のように思えたのだけれど。
 空気作りは上手い。あくまで「密室ミステリ」として組み立てようとした意気も高く買いたい。だが、細部の杜撰さや無理な叙述で相当損をしている作品としか読めなかった。
 もう一点。私は元々、二階堂蘭子という探偵役が好きではない。周囲が(探偵能力のみならず人間性までも)礼賛しすぎる探偵というものがそもそもあまり好きでないという性格もあるが、何より本編で言えば、動揺した関係者に対して理由もなく「同情いたします」などと無神経な台詞を平然と言ってのける、そういう造型がどうしても認められないのだ。――と言うより、彼女を無批判で受け入れている作中人物の二階堂黎人にこそ不審を感じているのかも知れないが。ともあれ、こうした理由から、トリックや物語全体としては面白いと感じる部分が多く、欠かさず新刊をチェックしているにも関わらず、私はすっかり二階堂作品とご無沙汰になっているのであった。お陰で未だに『人狼城の恐怖』も読んでません。(2000/11/7)

●鮎川哲也『マーキュリーの靴』
[粗筋]
 雪の降った翌早朝。雑誌編集者の戸山正は所用あってビルの屋上にある今井とも江の居室を訪れる。そこで彼が発見したのは、左胸にナイフを突き立て事切れたとも江の屍体であった。積雪に残された足跡の問題から警察は自殺との見方を強めるが、それでは遺産が下りないと不服を感じた遺族が弁護士を介して探偵である「私」に調査を依頼する。「私」は推理を行き付けのバー三番館のマスターに任せることを目論見つつ、関係者への聞き込みを開始した――
[感想]
 再読――だった筈、だが殆ど記憶にない。読んでないのか? 秀作揃いの鮎川作品から一品、という基準からすると首を傾げるが、地道な捜査過程と論理展開、意表を突きつつその実真っ向勝負のトリックという、密室物の教科書と呼んでもいいくらい整った出来故、そう心得て読むといい。読んでいて不安を感じさせない辺りは流石だが、解決部分の展開は今読むと疑問を感じなくもない。冷めすぎてないか。(2000/11/8)

●高木彬光『クレタ島の花嫁 贋作ヴァン・ダイン』
[粗筋]
 マーカムが起床前のフイロ・ヴァンスの許に持ち込んだのは、トロイ遺跡から発掘された首飾り。ハドソン河で上がった水死体の持ち物だとマーカムは語る。翌日、屍体の身元が判明するとヴァンスらは早速その人物の係累を訪れる。つい先日物故したフランク・アルバートという素人考古学者、その夫人の従兄に当たる人物だという。夫人と面談したヴァンスは、彼女の夫も従兄も、何者かの手によって殺害されたのだ、と言う――
[感想]
 こちらは、珍しい作品という以外に掲載した理由が解らない。未発表稿の訳出、と言われても信じてしまいそうなぐらい、贋作としての完成度は高いものの、事件の内容も肝心の密室トリックもさほど優れたものではない。事件よりもその存在を堪能したいところ。(2000/11/8)

●ジョン・ディクスン・カー『デヴィルフィッシュの罠』
[粗筋]

 キューバ海。エドマンド・スタンリーは潜水夫らを雇い入れ、同行した娘夫婦にも内緒である企みを実行に移そうとしていた。彼らの様子を不審がった現地の地主と名乗る男にスタンリーが語った目的は、宝探し。
[感想]
 カーによるラジオドラマ・シナリオ。朗読されることを狙って記されたものは耳で感じたいというのが本心だが、こういうものは訳が目に留まるだけでもマニアには嬉しい。タネはかなり荒っぽいが、語り口と見せ方は巧妙。でもやっぱり音で聴かせた方が効果的ではないかと思うんだが。『クレタ島〜』同様、稀覯品としての価値の方が高い。(2000/11/8)

 全体に厳しい意見を述べてしまったが、等しく「密室」というものに対する意欲を感じさせる作品が並び、通して読むのはこの上なく楽しい。粗も含めて、本格ミステリに愛着がある・作家を志す向きが読んで無益に終わることはない。私にとっての上巻ベストは『罪なき人々vs.ウルトラマン』でした。

(2000/11/9 編集)


二階堂黎人・編『密室殺人大百科(下) 時の結ぶ密室』
1) 原書房 / 四六判ハード / 2000年7月21日付初版 / 本体価格2000円 / 2000年11月12日読了

「密室」に纏わるアンソロジーの下巻。上巻同様書き下ろし短篇と評論、日本の発掘名編に海外作品一篇という構成。本稿では小説作品についてのみ言及する。因みに、津田裕氏ではなく津田裕氏の筈です>小森健太朗様。

●愛川 晶『死への密室』
[粗筋]
 八木沼新太郎は、旧友・中澤卓郎に啖呵を切った。彼の目の前で壁抜けをしてみせる、それが出来なければ婚約者との結婚は諦めよう、と。その現場への立ち会いを求められた刑事・桐野義太は、密かに想いを寄せる美少女代理探偵・根津愛を伴って八木沼の新居を訪れた。車で訪れるなり、愛は八木沼の壁抜けのトリックが解った、と桐野に言う――
[感想]
 ああ、馬鹿馬鹿しくて大好き。論理展開に色々と穴が見出せるが、それを乗り越えて妙な設定と意表を突く解決部分が出色。これ一篇であとは全部許せる気分になってしまった。根津愛の造型に共感を覚える、からでは決してない。(2000/11/9)

●歌野晶午『夏の雪、冬のサンバ』
[粗筋]
 不法滞在の外国人らが居住する倒壊寸前のアパート。ホームシックに悩むペレの部屋で二日酔いの体を横たえていたダビデは、バロンのけたたましい呼び声で目を醒ます。彼に連れられて行くと、中国人のドラゴンがめった刺しにされて絶命していた。話し合っている内に、アパートは雪によって密室状態となっており、中にいた者以外犯行が不可能な状況となっていた。それぞれに後ろ暗い事情を抱えるダビデたちは、うまい解決を求めて右往左往する。
[感想]
『生存者、一名』といい、上手くなったなーと感心させられること頻り。ここまで来ると「外国人労働者の描き方がちょっと突っ込み不足」という揚げ足取りに近い批判をしたくなってしまう。トリック自体は決してずば抜けたものではないし、冒頭に隠した仕掛もすぐに解るタイプのものだが、その編み方が小憎らしいほど上手い。(2000/11/9)

●霞 流一『らくだ殺人事件』
[粗筋]
 ピラミッドに纏わるオカルト風味のドキュメントを撮影中、ピラミッド監視のために設けられた密室状態の小屋の中から、ミイラ化した人間とらくだの屍体が発見された。同時期、番組のディレクターが失踪したことから屍体はその人物と目される。撮影は日本国内で続行されたが、再度の悲劇を恐れた製作スタッフは探偵・紅門福助に事件を未然に防ぐよう依頼した。だが、危惧も虚しく、『正倉院』と名付けられた美術品の保管庫で再び屍体が発見される――
[感想]
 無理を指摘すればキリがないが、それこそ落語のように設えた筋の導き方はなかなか。舞台転換も計算が見えていいのだが、その前後の描写で切替が見えにくい為混乱を齎すのがマイナスか。混乱までも計算の内であれば兎も角、初読の印象では不要。(2000/11/9)

●斎藤 肇『答えのない密室』
[粗筋]

 鹿崎永遠(とわ)という作詞家は、連続殺人の犯人なのか。その真偽を確かめるために、探偵の凡堂と山上は鹿崎の許を訪れる。だが、彼は自宅に建造した堅牢な核シェルターの中で殺されていた。パソコンには、遺書と思しき文書データが残されている。どう足掻いても脱出不可能な密室で一体何が起きたのか。既に全てを知りながら沈黙を保っているらしい凡堂の思考を辿るように、山上は真相を追求した――
[感想]
 相変わらず贅肉のない、透明な作風が特徴的。あまりに感覚と感傷に満ちた作りがやもすると鼻につきがちだが、それだけにトリックを真っ向から描いているという印象が強まっている。ある意味極北のような解答であり、故にすぐに真相に気付いてしまう可能性も高いのだけれど。(2000/11/10)

柴田よしき『正太郎と田舎の事件』
[粗筋]

 浅間寺竜之介の招きもあって、密室ミステリの種を求めて、玉村一馬という作家の田舎を訪れることにした桜川ひとみと、ひとみに巻き込まれる格好で連れ出された猫の正太郎。玉村の実家には、相続対策として収蔵物と共に博物館という形で寄付された蔵があり、ひとみはそこで密室物のネタを捜す心積もりだったが――そこで、現実に密室殺人が起きてしまう。
[感想]
 猫の視点という束縛されずまた特徴的な視線を用いたうえで、肩凝りを感じさせない作風がいい。人間描写も密室論も解決も、理より想いを重んじているのが如何にもこの作者らしい。密室発覚の契機が偶然に依っている点、作品全体のテーマからすれば必然性があるのだけれど、密室に拘りがあるとやや拒絶反応があるかも知れない。(2000/11/10)

●柄刀 一『時の結ぶ密室』
[粗筋]

 金銭的な弱みから、資産家・沢元泰史との婚約を余儀なくされた有村紗耶香。だがある日、沢元は紗耶香と彼女の幼馴染み・加藤雅彦の見守る目の前で、奇妙な条件下で殺害された。銃殺だが、どこから撃たれたのか解らない。必然的に警察の疑いの目は、沢元との関係から紗耶香に向けられるものの、確証は得られず事件は迷宮入りの兆しを見せる。その一方、関係者は四十五年前に発生した殺人事件にも思いを馳せていた――
[感想]
 謎の魅力は極上。だが、文章の様式と作品展開がぎくしゃくしており、謎の魅力にも拘わらず今一つテンポに乗れなかった。四十五年を隔てて現出した二つの密室トリックが焦点だが、過去のトリックは解決が些かインパクトに欠き(また、印象が昔読んだ長篇二作のミックスに見えるのも気に掛かる)、現代の事件の真相は――有り得ない、と言い切ることも出来ないし許容は出来るが、この筋に乗せるとどうも説得力が足りないように感じた。(2000/11/11)

西澤保彦『チープ・トリック』
[粗筋]

 トレイシィ・ケンプの許を訪れた、同級生のゲリー・スタンディフォードは、ブライアン・エルキンズが自宅の裏で首と胴体を切り離されていたと言い出した。先日、同じように廃教会で斬首された状態で発見されたスパイク・フォールコンとも縁のある彼の死に、ゲリーは次は自分の番だと怯え、恐らく二人を殺したであろうナタリー・スエイドの行方をトレイシィに訊ねに来たのだ。知らぬ存ぜぬを通すトレイシィを、兎に角話をきいてくれの一点張りのゲリーが件の教会へと連れ出した――
[感想]
 ――確かにチープだ。伏線は充分に張られているものの、どうも密室トリックとしては全般に安易な印象がある。本編の着眼は海外の短編ミステリに見られる独特のムードを再現したことと、文章の端々に潜ませた企みにこそある、と捉えたい。その為に、密室ミステリのアンソロジーと銘打った本書の中では些かインパクト不足の嫌いがあるのが残念。それにしても西澤さん、最近こーいうエロティックなニュアンスが増えてませんか。……人のことは言えないが。(2000/11/11)

●狩 久『虎よ、虎よ、爛々と −101番目の密室』
[粗筋]

 生来の能力でもって虎も女も視線ひとつで屈服させてきたアルフォンゾ橘という猛獣遣いは、ここに来て初めて女性に膝を屈した――探偵小説家の江川蘭子。一方の江川蘭子もまた、彼からの愛情を快く思ってはいたけれど、己の前にあってひ弱なアルフォンゾの態度に不満を隠せない。そして、売れ始める以前から蘭子の裸体を撮影し続け、密かに思いを募らせていた写真家の砂村喬。三者の関係性に、ある老大工の密かな道楽が絡んだとき、世にも奇怪な密室が形成されたのだった。
[感想]
 密室マニアが密室マニアに捧げる思考実験の極北的な産物。冒頭での密室論議から事件発生、そして調査の段階までの興奮は強烈なものがある。だが、解決編の展開はちょっと、戴けない気がした。意図は理解できるのだが、それまでの迫力と牽引力が凄まじかっただけに、やたら散漫になってしまった感が否めない。しかし、「密室を描く」という喜びも哀しみも悩みも同時に表現した作品とも言え、その意味で『密室殺人大百科』邦人作品の掉尾を飾るに相応しい一品と言えよう。(2000/11/12)

●エドワード・D・ホック『ブリキの鵞鳥の問題』
[粗筋]

 1930年夏、サム・ホーソーン医師は車の買い換えのために広告を打ちに訪れた新聞社で、近くに曲芸飛行が来ることを知った。サムは新聞社のボニー・プラットを伴って、会場となる飛行学校を訪れ、演技者や主催者と面談した。――本番の日、ポニーは演技者と恋に落ちたことをサムに話す。演技を行う飛行機の隙間を、ボニーとその恋人と主催者とを乗せた飛行機が縫うように飛んだ。だが、降りてきた飛行機の中で、ボニーの恋人はナイフで脇腹を刺され、息絶えていた――
[感想]
 結末は拍子抜けだったが、作品全体に漂うノスタルジックなムードと洗練された語り口が魅力的でいい。(2000/11/12)

 全体的に、下巻の方がレベルは高いという印象だった。下巻での個人的ベストは歌野晶午『夏の雪、冬のサンバ』か。

(2000/11/12 編集・加筆)


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