cinema / 『ザ・インタープリター』

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ザ・インタープリター
原題:“The Interpreter” / 監督:シドニー・ポラック / 脚本:チャールズ・ランドルフ、スコット・フランク、スティーヴン・ザイリアン / 製作総指揮:シドニー・ポラック、アンソニー・ミンゲラ、G・マック・ブラウン / 製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、ケヴィン・ミッシャー / 共同製作:ライザ・チェイシン、デブラ・ヘイワード / 原作:スザンヌ・グラス(白夜書房・刊) / 原案:マーティン・スティルマン、ブライアン・ウォード / 撮影監督:ダリウス・コンジ,A.S.C.,A.F.C. / 美術:ベス・A・ルビノ / プロダクション・デザイナー:ジョン・ハットマン / 編集:ウィリアム・スタインカンプ,A.C.E. / 衣装デザイン:サラ・エドワーズ / キャスティング:エレン・ルイス、ジュリエット・タイラー / 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード / 出演:ニコール・キッドマン、ショーン・ペン、キャサリン・キーナー、ジェスパー・クリステンセン、イヴァン・アタル、アール・キャメロン、ジョージ・ハリス、マイケル・ライト / ワーキング・タイトル製作 / 配給:UIP Japan
2005年アメリカ作品 / 上映時間:2時間9分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2005年05月21日日本公開
公式サイト : http://www.inpri.jp/
有楽座にて初見(2005/05/21)

[粗筋]
 アフリカ南部の小国・マトボ共和国。クー語を母国語とするこの国は、恒常的な暴力と虐殺のために喘いでいた。かつて闘士として民衆の支持を得、大統領に就任したエドモンド・ズワーニ(アール・キャメロン)であったが、やがて彼の独裁政権に傾斜、さきごろは対テロ戦争と称して民族浄化を企図したと見られる虐殺を行い、国際世論からも批判を浴びている。国連では彼をICC(国際刑事裁判所)への訴追を検討しており、間もなく国連本部にてズワーニ自身が行う演説の出来に彼の去就がかかっていた。
 ――物語の舞台はニューヨーク、国連本部。通訳として勤務するシルヴィア・ブルーム(ニコール・キッドマン)は会議の終了後、無人となった会議室の通訳ブースに忘れ物を取りに戻ったとき、ヘッドフォンから漏れる微かな話し声に気づいて、思わず耳を傾けた。だが、その内容に驚き、慌てて逃げ出す。
 翌日、シルヴィアはマトボの駐米大使らと国連関係者との密談の場に呼ばれ通訳を務めた。マトボの虐殺問題について、ズワーニ大統領自らが国連に赴き釈明を行うことについての打ち合わせであったが、その内容でシルヴィアは初めて昨晩盗み聞きした会話の意味を悟り、セキュリティに連絡する。彼女が耳にした会話の断片は、「先生は生きてここから出られない」――“先生”とは、弁護士の資格も備えた大統領の別名。即ち、シルヴィアは何者かが国連本部を舞台にした暗殺計画を偶然耳にした、というのだ。
 国連の求めに応じてシークレット・サービスから派遣されたのは、トビン・ケラー(ショーン・ペン)とドット・ウッズ(キャサリン・キーナー)のふたりの捜査官。だが、ケラーは到着した早々からシルヴィアの虚言を疑っていた。憤然とするシルヴィアだが、行動を観察することで判断することを信条としたケラーは微動だにしない。
 しかし、危険がゼロとは言えず、まして国内で他国の要人が暗殺されるような事態になれば、そうでなくても低迷しているアメリカの信頼はがた落ちになる。FBIやCIA、更にマトボ共和国の警護責任者ラッド(ジェスパー・クリステンセン)を交えた捜査会議が行われ、ズワーニ大統領を狙う動機のある人間を特定した。ひとりはマトボ共和国内に潜伏、平和主義者ながらズワーニの圧政に対抗するために武装を推進したゾーラ。もうひとりはアメリカに亡命し、大統領追放の機会を窺う運動家のクマン・クマン(ジョージ・ハリス)。両者に対する捜査を行う一方で、シルヴィアの経歴に関する内偵も並行して進められた。
 やがて判明した事実を携えて、ケラーはシルヴィアを追求する。彼女はアメリカとマトボ共和国の二重国籍を持ち、現在係累は兄ひとり――両親と妹はシルヴィアが12歳か13歳のころ、地雷のために死んだ。地雷はズワーニの指示によって仕掛けられたものであり、つまり彼女には動機がある。しかも、ゾーラの平和集会の模様を撮影した写真に、参加者のひとりとしてシルヴィアの姿が写っていた。彼女の真意を問うケラーに、シルヴィアはマトボ共和国の部族クーに伝わる儀式を引き合いに出して応えた。犯罪によって家族を奪われた人間は、その一年後に罪を犯した者の手足を縛り、川に放る。遺族たちはそのまま溺れ死ぬのを待つか、或いは助けるかを選ぶのだ――溺れ死なせれば、その者は一生喪に服さなければならない。罪を赦し、この世の不条理を受け入れることで、初めて家族は哀しみから解放される。シルヴィアはこの言葉を信じている。対話による解決を掲げる国連の指針を信奉するからこそ、自分はここにいるのだ、と説く彼女に、ケラーは反論できなかった。
 その夜、帰宅したシルヴィアは、むかし兄から貰った仮面が壁に掛かっていないことに気づいた。不穏な気配に怯えて周囲を調べ廻っていたとき、とつぜん電話が鳴る。受話器を取った彼女は、窓の外であの仮面を被る何者かを見た――

[感想]
 受賞歴のあるスタッフやキャストが常にいい作品を発表しているわけではない。何人集まろうとそれは同じだが、『愛と哀しみの果て』のシドニー・ポラック、『めぐりあう時間たち』のニコール・キッドマン、『ミスティック・リバー』のショーン・ペン、『イングリッシュ・ペイシェント』のアンソニー・ミンゲラ、『シンドラーのリスト』のスティーヴン・ザイリアンと、これだけオスカー獲得者の名前が並んではさすがに期待もしたくなる。
 もうひとつ、これはあとで気づいたことだが、脚本家の面子も粒ぞろいなのだ。まずザイリアン自身が最近、『ハンニバル』でサスペンスの技倆を示しているし、スコット・フランクは『マイノリティ・リポート』で原作のSF設定を敷衍しつつ独自の謎解きを構築することに成功している。いまひとりのチャールズ・ランドルフは『ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』でワン・アイディアを駆使して印象的なドラマを織りあげた。全員、ミステリ的な趣向でかなりのレベルにある作品を手がけているのだ。
 が、並べてみて気づく方もあるだろうが、いずれも俳優に大物を起用した“大作”であるせいか、ある特定のアイディアを活かすことに特化し、プロット自体はシンプルに仕立てている作品が中心となっている。ミステリ風の作品といえど、その筋のマニアばかりが観るわけではないと承知しているが故の職人らしい配慮なのだろうが、それ故突っ込んで考察していくと物足りないものを感じることがままある。
 本編にしても、同様の欠点を背負ってしまったことは否めない。主人公シルヴィアが立ち聞きした会話の主は不明であり、一方相手はシルヴィアの姿をはっきりと目撃した可能性があるために、いつどのような形で狙われるか解らないというサスペンスと、暗殺計画を練っていたのは誰なのか、という謎解きのふたつが焦点となっているが、後者についてはかなり早いうちに察してしまう向きも多いはずだ。それというのも、ミステリずれしていない一般的な観客を想定に入れてか、かなりあからさまな格好でヒントが提示されているのである。これで気づかない登場人物がいささか鈍感に見えてしまうくらいにあからさまなので、少々呆れる。
 だが、前者のポイント――サスペンスの醸成はきわめて巧みだ。まず、シルヴィアの言動に見え隠れする不透明さから生じる緊張感、そして実際に彼女の魔の手が伸びたことから緊張は増幅する。とりわけ中盤で発生する爆破事件に至るシークエンスなど、ギリギリまで厭な雰囲気を高めていく手管が素晴らしい。
 そして、もうひとつ重要なポイントは、シルヴィアの行動である。本筋である暗殺計画の謎以上に作品を攪乱しているのは彼女の言動であり、物語が完結した時点でも――つまり彼女の最後の行動が示されたあとでも、その細部についての説明は行われないので、なんともモヤモヤとした印象を残す。が、観終わったあとでよくよく検証していくと、実は周到に計算されていたことが解るのだ。観終わったあと「なんか変だった」で投げ出してしまうのは勿体ないので、この辺もし気づかなかったなら改めて考えてみていただきたい。
 本当であればこのあたりについても説明があって然るべきだったものを、ほとんど端折ってしまったために、人によってかなり酷評をする場合も考えられそうだ。恐らくは、話が込み入って退屈に引き延ばしてしまうことを厭っての配慮であり、また作品の肝要なテーマはほかのガジェットと、その結実であるクライマックスによって表現できている、という自信からカットしたのではないかと思われる。
 その辺を強いて整理整頓して提示していれば更に評価は高まったように思うのが残念だが、それでも描こうとしたテーマの確かさと、中盤のあまりにも絶妙なサスペンスの価値が貶められるわけではない。
 そうしたプロットのクオリティの高さを、いま最も充実した俳優ふたりと優れたスタッフとが万全の力を発揮している。明確に示された反戦のメッセージや主人公ふたりの心の交流など、細々と美点をあげつらっていけばきりがないが、いちばん指摘したかったシナリオの難点が実はよく練られたが故の齟齬であったと気づいてしまっては、これ以上あれこれ語る意味はないだろう。

(2005/05/21)


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