cinema / 『犬神家の一族』

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犬神家の一族
原作:横溝正史 / 監督:市川崑 / 脚本:市川崑、日高真也、長田紀生 / 製作:黒井和男 / プロデューサー:一瀬隆重 / 監督補佐:手塚昌明 / 撮影:五十嵐幸勇 / 美術:櫻木晶 / 照明:斉藤薫 / 録音:斉藤禎一 / 調音:大橋鉄矢 / 編集:長田千鶴子 / 視覚効果:橋本満明 / テーマ曲:大野克夫 / 音楽:谷川賢作 / 出演:石坂浩二、松嶋菜々子、尾上菊之助、富司純子、松坂慶子、萬田久子、葛山信吾、池内万作、螢雪次朗、永澤俊矢、奥菜恵、岸部一徳、大滝秀治、草笛光子、林家木久蔵、中村玉緒、三條美紀、尾藤イサオ、石倉三郎、三谷幸喜、深田恭子、中村敦夫、加藤武、仲代達矢 / 製作プロダクション:オズ / 配給:東宝
2006年作品 / 上映時間:2時間16分
2006年12月16日日本公開
公式サイト : http://www.inugamike.com/
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2006/12/16)

[粗筋]
 昭和二十二年。一代にして信州屈指の財閥を築きあげた大立者・犬神佐兵衛(仲代達矢)が死んだ。遺族たちの苛立ちをよそに、佐兵衛は遺言を古館弁護士(中村敦夫)に託し、相続に関係のある九名が揃うまでは開くことを厳禁した。折しも終戦から間がなく、長女・松子(富司純子)の息子・佐清(尾上菊之助)が未だ帰っていない。
 そうして数ヶ月が過ぎたころ、犬神家の本拠である那須町に、金田一耕助(石坂浩二)が現れた。古館弁護士のもとで働く若林(嶋田豪)という人物から、佐兵衛翁の遺産相続を巡って血みどろの惨劇が起きる危険がある、と仄めかされやって来た金田一だが、当の若林が彼と接触するその直前に毒殺されてしまう。古館は若林が、金庫に仕舞ってあった遺言状を盗み見て勝手に依頼をしたと推測するが、同様の危機感から金田一に改めて捜査を依頼する。
 その頃、生存の報が齎されたままなかなか戻らなかった佐清が、ようやく博多に復員した。だが、松子が迎えに行ったきり、ひと月近く戻る気配がない。親族が訝しむなか、母子は人目を忍ぶように不意に舞い戻った。松子の指示で夜更けに裏口で出迎えた、松子の腹違いの妹である竹子(松坂慶子)と梅子(萬田久子)のふたりは、夜陰から現れた佐清が、黒い頭巾を被っていることに肝を潰す。
 ようやく催された遺言状公開の席であったが、当然のように覆面姿の佐清に、親族は疑問を呈した。松子の指示により覆面を脱いだ佐清の顔は――黒く焼け爛れ、鼻を失った無惨なものだった。言葉を失う一同に対して松子は、それが戦争によって傷ついたものであり、間違いなく我が子佐清であることを保証して、遺言状の公開を古館に促す。
 そうして古館が封を切った遺言状の中身は、だがよりいっそう彼らの想像を絶するものだった。全財産は、佐兵衛が若いころ恩を受けた那須神社の神官・野々宮大弐の孫であり、身寄りを失ったのち犬神家に身を寄せている珠世(松嶋菜々子)に譲る。但しその条件として、佐兵衛の三人の孫、松子の子・佐清、竹子の子・佐武(葛山信吾)、梅子の子・佐智(池内万作)のいずれかと結婚することを付け加え、他に配偶者を選んだ場合は相続権を放棄したこととする。その場合は遺産を五等分し、三人の孫にひと山ずつ、残るふた山を、もと犬神製薬の女工であり佐兵衛の愛人であった青沼菊乃(松本美奈子)の息子・静馬に譲るというものであった――
 血縁にあまりに冷たく、無視された者のあまりの多いこの遺言に場は紛糾する。何故親族でもない者に全財産が渡るのか、と責められる珠世だが、当人もあまりの厚遇ぶりに困惑を隠せない。だが金田一はこの時点であることに気づいていた。遺言状が公開される以前から珠世は何者かによって狙われている形跡があった。金庫を開けて盗み見た若林が金田一に捜査を依頼した直後に殺害されていることと合わせても、関係者のいずれかが遺言状を目にした可能性がある。若林や古館の厭な予感通りに、最悪の事態が勃発する危険が迫っている――
 そして間もなく、予感は現実のものとなった。佐武が殺害され、切られた首が菊人形の首とすげ替えられる、という猟奇的な仕打ちを受けた状態で発見されたのである……

[感想]
 1976年に発表されるやいなや一世を風靡し、空前の横溝正史ブームを起こすと共に、のちに一時代を築く角川映画の礎ともなった伝説的傑作を、オリジナルの市川崑監督・石坂浩二主演、それに加藤武や大滝秀治をはじめとする顔馴染みのキャスト、更に一部のスタッフにおいても旧作と同じ人物を起用し、新しいキャスト・スタッフも可能な限り贅沢なメンバーを集めてリメイクした作品である。
 基本的にプロットはオリジナル版に大きく手を加えていない。ごく一部の要素を継ぎ足したり、旧作では橘署長として登場していた加藤武の役名が等々力警部に変更になっていたり、キャストの変更に従って伏線の張り方が若干異なっている程度だ。しかし、そもそも発表時点でその面白さから評判となり、“佐清ごっこ”なる遊びまで流行るほどだったプロットをほぼそのまま受け継いでいるのだから、基本的に大きな不満を齎す要素はない。
 ただそれでも、あまりに人口に膾炙した傑作のリメイクであるからこそ感じる不満は幾つかある。まず、全体に些かテンポが悪くなっている。年輪を経た監督やスタッフが陥りがちな傾向として、人物の表情や細かな情景描写により多くの尺を割こうとすることが挙げられるが、本編はもろにその弊害を被った印象だ。市川監督特有の、唐突に次の場面に繋がる絵を一瞬挟んだり、会話の場面で複数の人物の表情を代わる代わる映したり、というスピード感のある演出も健在だが、しかしそれでもやや間延びしている。何せオリジナルがあまりに有名となってしまったため、観ている観ていないに拘わらずだいたいの流れや細かな要素は知っていたりするわけで、そのぶん観客に展開の早さを意識させるためには、もっと早いテンポと切れ味が求められる。そこをやや閑却視した作りとなっているのが惜しまれる。
 もうひとつ、これは今回のリメイク版公開記念として企画された、本作のオリジナルを除くシリーズ4作品連続上映を真面目に鑑賞したからこそ感じることかも知れないが、シリーズの他の作品と比べて、ややユーモアが足りない。シリーズ旧作では、陰惨極まりない事件の流れのなかで随所にコミカルな場面や人物が挿入され、物語のテンポを良くすると共に、腥さが強まることを防いでいたのだ。本編でもそれが佐兵衛の娘三人の掛け合いや那須ホテル、商人宿などの場面で挿入され、ある程度は奏功しているのは確かなのだが、なんとなく物足りないのは、そうした場面で先頭に立つことの多かった加藤武演じる警察官が、今回あまりおとぼけに走らず、比較的まっとうに活躍していたからだろう。やはりどこか間は抜けているし、粉薬を飲みかけているところで話をして口から噴射するとか、お決まりの「よーし、わかった!」も織り交ぜて往年のファンを楽しませてくれるものの、やはり全体に大人しく、そこに勿体なさと寂しさとがどうしても禁じ得ない。
 加藤武のまともさに反して、しかし相変わらず警察の捜査の仕方や金田一の言動にもしばし不自然なところ、捜査に携わる人間にしては思慮に乏しいと感じられる点が増えているのも気になる。特に今回、中盤あたりで金田一が宿の女中ハル(深田恭子)に手伝わせて調べているくだりなどは、完全に探偵である彼より警察がまず調査するべきところだし、恐らくはクライマックスにおける展開への伏線の意味もあっただろうとは言え、あまりに浮いた印象がある。そのあたりのバランスを欠いているのも勿体なかった。
 と、あれこれ苦言を呈しているものの、ほとんど旧版や旧シリーズへの愛着ゆえに出る無理難題である。様式美を重んじる探偵映画として、それを現代に蘇らせた作品としては充分に纏まっており、娯楽映画として良質の仕上がりを実現している。
 小道具やCGを用いて細心を配った映像は美しく、昭和二十年代の日本を本当の総天然色で蘇らせた手腕は素晴らしい。旧作から引き続き出演する俳優を揃えて喜ばせる一方で、主体となる犬神家の人々などメイン・キャストには望める限り最良の役者を配し、演技の点でも見応えが充分にある。個人的に、配役が発表された時点から不安に思っていた珠世役の松嶋菜々子も、こういう一歩退いた立ち位置にいながら疑われる、ある種人形的な存在が思いのほか嵌っていて、違和感は覚えなかった。
 そもそもプロットの完成度が高いのだから、探偵映画のクライマックスたる解決編とその中でのドラマも情感と迫力に富んでいる。ラストシーンにおいても、旧作で完成されたお約束をきちんと踏襲してファンの期待にも応える。全篇に横溢する、定石をよく理解した作り方が実に好もしい。
 旧作のムードをあまりに美しく復活させているために、「ほとんど同じなら作り直す意味はなかったのでは」と感じる向きもあるだろう。だが、今の技術、今の俳優、今のスタッフを起用して再生することで物語は瑞々しさを取り戻しており、恐らく若い観客が観ればまた新鮮な感興を催すに違いない。そうして新たな血を招き入れようとする積極的な姿勢が本編には窺われる。
 思い入れが強いほどに言いたいことは色々と思いつくだろうが、しかしいまリメイクする意義は充分にあっただろうし、本編はその要求に完璧なかたちで応えている。願わくば、これを機会に、今度はリメイクではなく、未だ市川監督が手懸けていない横溝正史作品の映像化を実現して頂きたいものだ――とりあえず、石坂浩二がまだ走れるうちに。

参考:シリーズ旧作の感想 『悪魔の手毬唄』 『獄門島』 『女王蜂』 『病院坂の首縊りの家

(2006/12/16)


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