KageHinata/episode_1

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カゲヒナタ Episode 1

また一つ新しい契約がまとまった。仕事は順調だった。今日は一人息子の誕生日だ。隆弘は残業を早々に切り上げると、いつもより少し早い家路に着いた。

少し早いとはいえ、最寄り駅を降りたころにはもう日は暮れている。駅前で予約しておいたケーキを受け取り、家へと向かう。今日だけは妻も息子も、一緒に夕食にしようと待っているに違いない。

その道すがら、薄暗がりに立つ不自然な格好の女に、隆弘は気付いた。

まだ若そうな顔立ちに真っ白な長髪、黒基調の振袖。

隆弘に気付かれたことが分かったかのように、女は顔をあげた。

「お久しぶりね。十年前に隠したあなたの記憶を約束どおり、戻しに来てあげたわ」

隆弘はその女を知っていた。確かに出会ったのは十年ほど前。その記憶が少しずつよみがえってくる。

十年前のその日、隆弘の身に何かが起こった。何かが起こったのだが、今では思い出せない。その日の記憶を隠されてしまったのだ。

それは深夜、人気ないビルの屋上でのことだった。記憶は途切れ途切れで、なぜかそこには奇妙な振袖姿の女がいた。

「あなたは、身を投げるところだったのよ。私がいなければね。私はカゲヒナタ。妖怪ののようなものだと思ってくれていい。今、あなたの記憶を暗号化させてもらったところ。もうあなたが身を投げる理由は混沌の中。十年したら、記憶を戻しに私はまた現れる。戻すかどうかは、そのとき決めればいい」

それだけ言い置くと、カゲヒナタは闇の中に姿を消したのだった。

夢、かとその時は思った。自殺するような心当たりは微塵も無かった。ただ、確かにカゲヒナタの言ったとおり、その日の記憶は混沌としていた。

その後、これといった大事はなく、すべてにおいて順調に隆弘は生きてきた。

そして、今再び、カゲヒナタは現れた。十年前のそのままの姿で。

隆弘は尋ねた。

「あの日、俺は本当に自殺するところだったのか?」

「それは記憶を戻せば分かること。記憶を戻して事実を知るか、このまま何事も無かったことにして生きていくか、決めるのはあなた。ただし、これ以上時が過ぎるともう記憶は戻せなくなる。どうするか決められるのは今だけ」

「今、事実を知ったら俺は自殺したくなるのか?」

「それは私には分からない。ただ、あの時、あなたには身を投げる理由があった。そしてあの後あなたは、どんな記憶を隠されたのか人に尋ねることもできたはずなのに、そうする勇気を持ち合わせていなかった」

「俺は逃げていたんだよな」

記憶を曖昧にされて困惑したあの日の自分の姿が思い起こされる。一方で、妻と子の笑顔が脳裏を過ぎる。自分を信頼してくれている部下の顔が浮かぶ。

腹は決まった。隆弘は思い切って顔を上げた。

「あれ? 俺はどうして立ち止まっているんだ?」

夜道に隆弘は一人だった。