KageHinata/episode_3

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カゲヒナタ Episode 3

初夏の日差しはもう高い。

一時間目の教室は、カーテン越しの間接光に明るく包まれていた。

若い教師の声が力強く響く。

「そうだな、岡本。円周角を使うんだったな。よし、よくできた。座れ。じゃあ、次、この角度はいくらになる? 分かるやついるか?」

静かになった生徒たちをわざとらしく大げさに見回して。

「よし、高岡、何度だ、分かるか? え? あ、高岡、あれ? 高岡、どうして欠席になってるんだ?」

教師は手元の出席簿と、緊張気味に座っている女生徒の顔とを何度も見比べた。

「今日は、誰も休んでませんよ、先生。何と間違えてんですか?」

にきび面の男子生徒がふざけた様子でまぜっかえす。

「えーと、あれ、確かにそうだな。全員揃ってるよな。どうしたんだ」

教師は納得いかない様子ながらも、出席簿にごしごしと訂正書きを加えた。


その屋上には、青年が一人立っていた。

「遅刻のもみ消しとは、またずいぶんと安い仕事を引き受けたもんだな」

青年は隣にあたかもカゲヒナタがいるかのように語りかける。

「先生、生徒あわせて四十人ってところか。いくらお前でも楽なもんじゃないだろうに。それだけの記憶をまぜっぱなしにして、ずっと大事にとっておくのか? これじゃ、どれだけ時間が経ったとしても、お前、記憶を戻しに現れてやるわけにいかないだろ」

青年だけの視界の中、カゲヒナタは一瞬、怒りに似た表情を見せた後、寂しげに目をそらせた。

「生きていれば、いつか戻せる日がくる。お前には分かるまい。お前にとっては、たかが遅刻一回かも知れないけど、あの子にとってはそれだけ大変なことだったんだよ。あの子はその柵の外にいたんだから。それくらい思いつめないと、私を見ることはできないんだよ。普通の人間には。お前以外の、普通の人間にはね」

言い残すとカゲヒナタは宙に姿を消した。