三郷北高校の国際理解教育ニュージーランド韓国

三郷北高校では、国際理解教育という事で、韓国・タイ・ミャンマー・台湾・中国・インドネシア・マレーシアの方をお呼びし、講演をしていただきました。
全てアジアの国の方々です。(07/11/1)

三郷北高校はニュージーランドの高校と交流をしています。隔年ごとに、日本の三郷北高校からニュージーランド、ニュージーランドから日本の三郷北高校へ、高校生を送ります。2008年はニュージーランドへ行く番です。

Wikipedia「埼玉県立三郷北高等学校」2007年11月6日のMkunによる投稿は、このWebページの作成者によるものです。三郷北高校Wikipedia(別ウィンドウ)

三郷北高校からニュージーランドへ交換留学

三郷北高校の生徒(1年生 4人, 2年生 7人)が ニュージーランドTokoroa市にあるForest View High schoolに研修のため行ってきました。
2006年7月24日(月)〜8月4日(金) 現地の家庭で、ホームステイをしました。

韓国語と日本語の共通点

韓国語と日本語はラ行で始まらない

ラ行で始まらないのは北東アジアの言語の共通点。

ラ行で始まる日本語はない

  • リス。リスの語源は栗鼠(りっしゅう)という中国語。リスは栗を食べる鼠(ねずみ)
  • らっきょう。漢字で書くと辣韮。辣は中国語で辛いという意味。韮(にら)。ラー油は辣油。
  • れんこん。中国語で蓮根。日本語では、はすね。
  • りく陸。漢和辞典で調べれば、リクは音読み、中国読みである。訓読みはオカ(大和言葉)。
  • リンゴ。林檎も中国語。
  • 江戸時代には、ロシアの事を「オロシャ」と呼んでいた。

韓国語もラ行で始まらない

ノドンミサイルというのがあった。「蘆洞ミサイル」、「労働ミサイル」と書く。
中国語では「ロウドウ」北朝鮮では「ロドン」韓国では「ノドン」と発音する。

韓国語と日本語の畳語

神々、キラキラなど、二語を重ねる言葉を畳語という。

日本語の畳語

言うまでもなく、日本語には畳語が多い。

韓国語の畳語

  • メックンメックン(つるつる)
  • ワグルワグル(うようよ)
  • ハルランハルラン(雪の降る音)。など

英語の不完全畳語は一部を変える

  • zigzagジグザグ。
  • ticktack。チックタック。時計の音。
  • pitter-patter。パタパタ。パラパラ。
  • bowwow。バウワウ。犬の鳴き声。
  • dingdong。ディンドン。西洋の鐘の音

畳語 神々ロミロミ
英語の擬態語 ジグザグ 畳語
ムー大陸と畳語?イースター島の神はマケマケに続く。

韓国語と日本語の動詞の位置

韓国語・日本語では、動詞が一番最後に来る。
英語では、動詞は主語のすぐ次に来る。

渡来人 秦氏(はたし)と古代日本 韓国

秦氏は教科書にも書かれている有名な渡来人。
古代、朝鮮半島韓国を経由して日本に来た大陸からの渡来人である。
渡来人秦氏 秦氏の末裔

渡来人 秦氏

秦氏は、機織(はたおり)・養蚕・造酒・土木・金属の採掘などの技術を日本に伝えた。
インドのサンスクリット語では、ハタは絹の布の事です。

秦氏の出身は、朝鮮半島韓国、中国、さらにその西域、そのいづれかは謎である。
次の2つの古代日本の事柄には秦氏が関係している。

  • 708年、朝廷に秩父郡から、銅が献じられたことを記念して、和同開珎と言う日本で最初の銅貨が造られた。
  • 710年、都が京都の平安京に遷都された。

和同開珎と渡来人 平安京と秦氏

「和同開珎」に関わった金上无は新羅(韓国)からの渡来人で、功績を讃えられ、朝廷から今の鳥取県知事に任命されている。当時、秦氏は渡来人のリーダであったので、秦氏も関わっているだろう。

平安京と秦氏の関わりは平安神宮の公式ホームページに書いてある。
平安京が設置されたのは山背国(山城国)であるが、秦氏の本拠地は山背国太秦である。

渡来人 秦氏と埼玉県の高麗川

和同開珎に関わる埼玉秩父の隣の比企郡周辺には今でも「秦」姓の人が多い。
埼玉比企郡を源流とする高麗川(こまがわ)は、渡来人が多く住んでいた事を物語っている。
高麗(こうらい)はKoreaの語源で、1000年ぐらい前の朝鮮半島の国。South Koreaは韓国の事。
神社の入口に左右1対で置かれている狛犬(こまいぬ)は、インドを起源とし朝鮮半島(韓国)を経由して日本に伝わったらしい。
ちなみに1972年の埼玉県知事は「畑 和」はた やわら。

秦氏と聖徳太子

秦氏で有名なのは、秦 河勝である。
秦 河勝は聖徳太子に仕え、太秦に広隆寺を創建したことで知られている。
聖徳太子より弥勒菩薩半跏思惟像を賜り広隆寺を建てそれを安置した。
この仏像は朝鮮半島の新羅か百済から送られた仏像です。
広隆寺は、渡来人系の豪族秦氏の氏寺であり、太秦寺という別名がある。
広隆寺の本堂の本尊は聖徳太子像である。
聖徳太子が亡くなった翌年、623年に、新羅王は太子の冥福を祈って仏像などを贈っています。

秦氏の祖先「弓月君」に関する資料

日本書紀には次のように書かれている。

応神天皇14年に弓月君が朝鮮半島の百済から百二十県の人を率いて帰化した。
京都太秦(うずまさ)の大辟(大酒)神社の境内には次のように書かれている。
弓月王、百済より民衆一万八千六百七十余人統率して帰化し・・・。 弓月王の孫 酒公は、秦氏諸族を率て蚕を養い、呉服漢織に依って絹綾錦の類を夥しく織出し朝廷に奉る。絹布宮中に満積して山の如く丘の如し、天皇御悦の余り、埋益(うずまさ)と言う言葉で酒公に禹豆麻佐の姓を賜う。 機織のみでなく、大陸及半島の先進文明を我が国に輸入するに力め、農耕、造酒、土木、管絋、工匠等産業発達に大いに功績ありし故に、其二神霊を伴せ祀り三柱となれり。 古代の葛野一帯を根拠とし、畿内のみならず全国に文明文化の発展に貢献した。秦氏族の祖神である。

これが太秦という地名の語源である。

三郷北高校の英単語、数学、理科、社会、国語、進路

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
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