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伊集院真琴は俺のいっこ下の高校ニ年(初めて知ったぜ)。
で、同じクラスであるはずもない俺が、なんでアイツの転校を知ったかというと…

『初めまして! 私、竜也さまの婚約者です!』

ばっかやろーーー!!

もう一気に学校中に広まった。
「照れるなって」
「照れてねえよ!!本気で嫌がってんのがわかんねえのか!!?」
だあああ!!誰も俺のことなんて信じちゃくれねえ…。

「一目惚れ、ねえ…」
そう呟いて、由希がそのさらさらの髪をかき上げた。
由希は、俺の友人A。中学からの付き合い。…と、ちなみに男だぞ?
ま、かなりの美人だが。コイツに一目惚れっつーんだったら、かなり納得出来るんだよな。
「嘘だと思ってるだろ。俺だって思うぜ」
俺は机につっぷして泣いた。
「ん〜…お前はこういうタイプの嘘は言わないからなあ」
「なんだよ、こういうタイプのって。俺はいつだって正直だ」
「よく言うよ。お前嘘つきじゃん」
「……」

…否定はしねえよ。

な?
もうわかっただろ?
俺は、人から好かれるような人間じゃないんだって、ホントに。

なのに、いったい伊集院はなんのつもりなんだよ…。
好きにならないって言ってあるのに……婚約だあ!?
なんっだよ、それ…

俺はふつふつと怒りが湧いてきた。

「あの…竜也さま…?」
「あんだよ」
俺がブスっとして応えると、周りの野郎どもに羽交い絞めにされた。
「真琴ちゃーん、こんな冷たい男のどこがいいの?」
「俺は優しいよ〜」
…お前はどこのオヤジだ。


伊集院真琴がちやほやされているのを遠巻きに見ながら、俺は溜息を吐いた。

「なあ、由希…」
ふと、あることを思いついて、俺は隣りで本を読んでいる美形の男に話し掛けた。
「なんだ?」
「お前、あいつ落とせねえ?」
俺はかなり本気だった。俺の愛する静かな学園生活を壊されたのに、腹を立てていた。
「ま、出来るだろうね」
さらりと由希が答えた。
「じゃあ、頼むぜ」
「断る」
間髪入れず言う。
「ケチ」
「お前にケチって言われたくない」
ケッと俺は椅子に寄りかかった。
「おめーも大概ケチだろうがよ」
「竜也ほどじゃない」
やはり本から目を離さず淡々と言う。俺は、その本を奪って、奴の目を真剣に睨み込んだ。
「いくらなら、やる?」
「………」
ふーっと由希はその長い睫毛を伏せて息を吐いた。
「悪いけど、伊集院を敵に回したくないんでね」
由希は俺から本を取り戻してそう言った。
「俺があの子を好きならいいよ。でも、そうじゃない。落としてどうする? はいサヨナラか? 伊集院に恨まれるのは避けたい」
「…はい!由希先生に質問です!」
俺は軽く手を挙げて言った。
「伊集院ってなんかあるの?」
俺がキラキラと目を輝かせて言うと、由希はゲンキンな奴…という顔をした。
うっせえな。
俺は金も権力も大好きなんだ。
「竜也が知らないのも無理ないか。伊集院は逆玉にはいい相手だぞ」
「いや、そういうことは置いといて」
俺は平穏な生活も大好きなんだ。
「なに?アイツただの金持ちの娘ってワケじゃねぇの?」
「…名前聞いて、旧家の出ってことくらい判るだろう」
「アイツの名前なんか興味ねえもん」
俺のセリフを聞いて由希は呆れたように説明してくれた。

伊集院家。
表には全く出てこない。 何故か、金を持っている。
会社もいくつか持っている。
でも、それだけでは説明できないほどの金がある。
例えば、潰れそうになった会社に金を貸す。そして立て直す。
でも自分の名を名乗らせない。
だから、伊集院の恩恵を受けた企業、財閥は図りきれない。
どこからどこまでが伊集院の力が及んでいるのか判らない。知ることは出来ない。
古い家だから。
下手したら、江戸時代に大名に金を貸した、とか言い出すかもしれない。
老舗の菓子屋の開店に手を出した、といわれるかもしれない。
そして世界にも繋がりを持つ。
ブラックマネーにも通じる。

「あー……マジ? つか、なんでお前がそんなコト知ってんの?」
「俺も将来、会社を背負う男ですからね」
にやり、と笑って言う。俺には今一つコイツが判らない。
由希のオヤジの会社っていってもホントに小さなものだ。由希はそれが自分への挑戦のように思っているらしい。将来の夢は計り知れない。
こんなに飄々としているくせに、中は俺よりもよっぽど熱い男だ。
「お前が逆玉に…乗るわけねえか」
「ま、そういうこと」
由希が好きなのは、あくまでも面白いことだ。あらかじめ力が与えられることほど詰まらないことはないだろう。
「どーすっかなぁ〜〜…」
冷たくもした。嫌いだとも言った。近寄るなとまで言ったんだ。
なのに伊集院真琴は俺から離れようとはしない。
「諦めて玉の輿に乗れ」
由希が言う。
「冗談だろ。俺、アイツと居るの耐えらんねぇんだよ」
「権力好きな竜にはいい話だと思うんだけどな。お前とあの子、結構お似合いだよ」
「…はあ?」
俺は由希の頭がおかしくなったんじゃないかと本気で心配した。
「俺とあの女と並んだら、ノビタ君とシズカちゃんだろ」
「お前がノビタ君って可愛いタマか?」
「まあ、中身はともかく。外見」
「お前は外見悪くないよ。良くもないけど」
あっさり言うなあ。別に自覚しているから何とも思わないが。
「普通って、すごいことだと思うけど? 俺はその外見が欲しかったね」
「はあ?」
どのツラ下げてそんなコト言うんだと、俺はお綺麗な由希の顔をまじまじと見つめてしまった。
「だって、その顔、特別に思われずに誰にでも受け入れられるだろ。嫌いとか好きとか関係なく。ある意味、好感をもって。トップに立つにはいいよ。案外、それに気づいて一目惚れってことじゃないか?後継ぎにぴったりってことで」
「………」
俺は、なんか、ちょっと混乱した。





俺が校門を出ると、伊集院真琴が待っていた。

「一緒に帰っても宜しいでしょうか?」
にこっと笑って言う。
ああ、普通だったら可愛いって思うんだろうな、と俺はぼんやりと思った。
茶色のふわふわした髪が靡いて肩にかかり、同じくらい薄い茶の目が見上げてくる。
「俺、これから直でバイトに行くから」
「はい」
俺は、それで断ったつもりだった。

が。

「…なんでついてくるんだ?」
後ろから小走りでついてこられるのに耐えられなくなって、俺は振り向いた。
「竜也さまは歩くのが速いのですね」
伊集院は俺の質問に答えず、少し息を上げながら笑った。
なんだか知らないが、嬉しそうな真っ赤な顔をして俺を見ている。
「なんでついてくるんだよ。あんたも家に帰れよ」
「えっ、はい!竜也さまと一緒に」
「は?」
「え?」
「………」
「………」
なんだか、話が噛み合っていない気がする。
「俺はこれからバイトなの。だから、まだ家に帰らないの。OK?」
まさか、お嬢だからってバイトの意味知らないわけないよな?
「はい、ですから、竜也さまがバイトがお済みになったら一緒に。…竜也さまが宜しいと言って下さるなんて夢のようです」
伊集院真琴は頬を染めて言う。
おーい…俺相手にそんなになるなよ〜…
アタマ大丈夫なんだろうか?

じゃなくて。
「俺、あんたと帰りたくない」
「え…」
「一人で帰れよ」

こぼれそうな大きな目に、涙。

それでも、なんとか堪えているようだ。

悪いな。
あんたといると気分が悪い。
なんでこうなるのか俺にもわからない。

こんな気持ち、ひさびさだ。

「いい加減あきらめてくんねぇかな? 俺は、あんたが嫌いなんだよ」
それだけ言うと、くるりと背を向けて駅に向かった。

俺に近づくな。

俺に、思い出させないでくれ。


「…竜也さま!! 私あきらめられません!! 悪いところがあったら直します!! だから、だから…!」

後ろから声が追いかけてくる。

「そういうところが嫌なんだ!」
俺は振り返りもせずに言い捨て、伊集院真琴を置いてバイトに向かった。







続く







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