(う~、疲れた…)
俺は玄関に鞄をドサッと置いて、シャワーを浴びるために風呂場へ向かった。
シャワーを出しっぱなしにしながら、じっと自分の手を眺める。
いま、俺にはどの位の力があるんだろう。
髪を拭きながら電話機に目を向けると、留守番電話のライトが点滅していた。
ケイタイを持っている俺に対して、家の電話に掛けてくる人物は ほとんど居ない。
再生ボタンを押すと、予想通りの『 父親 』の声。
『 竜也、・・・ 』
いつもいつも台本を読んでいるんじゃないかと思うほどの変わりのない内容。
一応最後まで聞いて、消去した。
父親は、俺が彼を恨んでいると勘違いしている。
俺の心に自分が影響を与えることが出来ると思ってるのだから、笑ってしまう。
恨むとか、嫌いだとか。
そんな強い感情、あんたらに対して持ってないよ。
ガンガンガン!!と玄関を叩く音がした。
こんな訪れ方をするのは、一人しか居ない。
「うっせぇぞ、テツ」
俺がドアを開けるとテツはひょいっと頭を下げて中に入ってきた。
「なんだ、竜兄いるじゃん」
「自分の家に居て何がワリィんだよ」
「そうじゃなくて、兄貴が竜兄が学校来なかったから見てこいってさ」
「あー、なるほど」
「今日貰ったプリント取りに来いっつってたぞ」
「はあ?明日でいいよ」
「『受験生だろ』…って、言えって」
くそ、由希の奴、俺の返事を予測して その返答まで用意してたのか。
「うちのオバサンも『夕飯にいらっしゃい』とさ」
・・・そういえば腹減ったな・・・。
バイクに乗って、同じくバイクのテツの後ろを行く。
ちょうど日が落ちるところで、道が真っ赤に染まっていた。
「ご馳走さまでした」
手を合わせて言う。
おばさんは いえいえ、とにっこり笑った。
「竜也くんは美味しそうに食べてくれるから作りがいがあるわぁ」
おばさんは自分の息子に食べさせるよりも俺に食べさせる方が好きらしい。
由希は無表情に食べるし、テツは味よりも量。
俺は一般的な食べ方をしているだけなのに、息子がこうだと誰でもマシに見えるだろうなぁ…。
ちょっとおばさんに同情した。
「竜也」
由希が顎で部屋のほうを指す。
「おう」
プリントかと思って部屋に入ると、
「お前、伊集院真琴と何してた?」
と由希が単刀直入に訊いてきた。
「なんで知ってんだよ…」
「ふたり一緒に休んでたら疑うのが当然だろ。昨日 伊集院が店に来てたってテツが言ってたしな」
由希が判らない方が馬鹿だという口調で言って、鞄から紙を取り出した。
俺はそれを受け取りながら何から話せばいいのか少し考える。
「あー、話せば長いことながら…」
「伊集院の見合い阻止?」
・・・は?
「いや、テツから聞いて、そうかな~と。竜也にもとうとう春が…おめでとう」
由希が感慨深そうに言った。
「・・・由希、おまえ・・・アホか? 」
俺は白い目で由希を見た。
由希は俺のそんな反応も予想してたのか、ま、冗談はおいておいて、と真顔で話を続ける。
「関係なくはないだろ?」
「・・・まあ、な」
一通り話すと、由希は「バレたか…」と舌打ちをした。
「は?」
「伊集院を騙せるとは思ってなかったけどな。こんなに早くバレるなんてな」
「あ、ネットで荒稼ぎしてるって話か。俺も初耳だったぜ」
「バレずにどこまでいけるかと思ってたんだけど。ま、こんなモンか」
由希はそう言って、次は何やろうかなぁ、と呟いた。
俺がジジイのところに弟子入りした話を聞いて、何も言わないでくれるのが有難かった。
次の日。
俺が、いつも通りに学校から帰ってくると。
「なんっじゃ こりゃーーー!!?」
部屋の中は空っぽだった……
「ジジイーー!!」
道場に駆け込んだ俺は叫んだ。
ジジイは、師匠と呼べと言ったじゃろう、と相変わらず涼しい顔だ。
「あの部屋では不満か?」
「じゃなくて! なんで俺がここに住まなきゃいけねぇんだ!!!」
そう、俺の家にあったものは みんな、この屋敷に運び込まれていたのだ。
「弟子入りとはそうものじゃ」
あっさりとジジイが言った。
何百年前の話だよ、そりゃ・・・。
「学校からもバイトも遠いんだよ、ここは」
「学校は真琴と一緒に送らせる。バイトはやめろ」
「は?」
「受験、稽古、その上バイトなんてやっていけると思っとるのか?」
「…っ冗談じゃねぇぞ! なんでそこまで干渉されなきゃいけねぇんだ!」
「と、いいたいところじゃが」
「へ?」
「そのくらい両立できる奴じゃないと面白くないしの~」
ふぉっふぉっふぉ、とジジイが笑った。
・・・完全に遊ばれてる。
「バイトはいくつか やめる」
もともと、そのつもりだった。
「だから、同居は勘弁・・・」
「なるほど、真琴と同室じゃないと嫌か」
誰が んなコト言ったよ。
「ちゃんと学校には住所変更の知らせはしておいたぞ」
「俺の意志は関係なしっすか」
ああ、麗しき師弟関係だ・・・ぜっ!
ガッ!!!
・・・華麗なる俺の蹴りは、平然と受け止められてしまった。 チッ。
「親にも連絡しておくのじゃぞ」
またもや投げられてしまった俺を見下ろして、ジジイが言った。
「それもしておいて下サイ」
「甘えるな」
ちぇっ、めんどくせぇな~。
アデュー、俺の気楽な一人暮らし。
父親は再婚して、離れたところに住んでいる。
金を送ってもらってるから一応連絡しておかないといけない。
母親は元お嬢サマで、貧乏暮らしに嫌気がさして俺が小学生のときに出て行った。
まあ、はじめは流石にショックだったけどさ。ガキだったし。
でもなぁ、はっきり言って今となっちゃ どうでもいいんだよな。
俺とは血が繋がってるってだけで、あの人らにはあの人達の生活がある。
由希やテツの母親は、俺の親が親の役目を果たしてないって思っているらしいけど、
金は貰ってるし、それで充分だ。
っていうか、マジにどーでもいい。
「竜くん!」
おわっ! びっくりした。
俺は、与えられた部屋の中で寝てしまっていたらしい。
フローリングで寝転ぶ俺を、伊集院が見下ろしている。
「伊集院…」
「はい?」
「パンツ見える」
・・・殴ることないだろ!
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